聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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投稿を始めてから一か月と経過していないにもかかわらず、多くの閲覧や評価、感想……ほんとにありがとうございます!
皆様のおかげでこうして完結することができました!



告げる、鐘の音

 

 

 

 

『ゥゥゥ……ァ……』

「ちっ、もう白猫の結婚式は始まってるっつーのに、何処からでもワラワラ湧きやがって……!!まぁ、ルミア達の話を聞いた段階で予想できちゃあいたがな!」

 

 システィーナ達が式を行っている会場のすぐ近くに位置する住宅街。更にその裏道付近にて、ルミア達の頼みの綱であるグレン・レーダスは足止めを喰らっていた。相手にしているのは彼が嘗て解決した事件の発端。元帝国宮廷魔導士団特務分室執行官No.11正義のジャティス・ロウファンが開発した天使の塵を使われた一般人たちだ。

 

 天使の塵はそれを開発した術者であるジャティスに都合のいい人形を作り出すための物であり、それを使われたものの末路は決まって悲惨なものとなる。嘗てグレンが見たその死にざまはおおよそ人間が迎えるべき終末ではなかった。故に彼が今目の前の天使の塵服用者にできることは苦しみから早く解放すること……すなわち殺すことしかなかった。

 

 人間の軌道とは思えない壁蹴りで近づいてくる中毒者達を格闘と道具、魔術を混合した戦術で捌きながらもグレンは思考する。

 

――ジャティスの目的は十中八九俺だろう。白猫は大方俺を釣りだすための餌に使われたってところか……。クッソ、多分向こうにはサンが行っているだろうが、中毒者を使ってまで足止めをしてくるほどだ。アイツ一人では流石に無理だろう。

 

 そう。ジャティス・ロウファンは嘗て仲間すら手にかけた生粋の狂人。自らが盲信する正義の為にはいかなる手段も所業も肯定し、戸惑いなく実行するような男である。にも拘らずその才能は天才の一言に尽きるのだから尚更質が悪い。学生が相手にするには荷が重すぎる相手だった。

 

「どけぇ!」

 

 三人まとめてかかって来た中毒者を持ってきた有刺鉄線のような紐を操って全員に突き刺す。そしてその後ショック・ボルトをひとが殺せる威力で流してそのまま永久に沈黙させた。グレンはその死に様を確認する時間も惜しいとひたすら前進を行う。

 だが、目的地である教会へと近づくにつれて、中毒者の密度は高くなっていき、素の能力では即効性に欠けるグレンが徐々にじり貧となっていく。其れでも彼は、自身の生徒達を嘗ての仲間のようにしたくはないと自身を奮い立たせる。だが、その時―――グレンを正面から叩き潰そうとしていた中毒者の軍勢が上から降って来た何かによって割れることになる。

 

 凄まじい轟音を巻き起こしながら登場する様はリィエルを思い起こさせるが、それでも彼女は今教会に居る。昔ならまだしも今の彼女が守るべき存在を放っておいてグレンの元にやってくるとは思えなかった。では、目の前に居る人物は誰か。

 

「おい、もしかして腕が鈍ったか?」

「この声……まさか、ジジイか!?」

 

 グレンにかけられた声によって彼は上から降って来た人物が誰なのかを悟る。帝国宮廷魔導士団特務分室執行官No.9。隠者のアルカナを担うものであり、特務分室の中でもトップクラスの古株。そして―――グレンが使っている格闘術の師。物理系魔術師の開祖、バーナード・ジェスターであった。

 彼は地面に着地すると、着地狩りだと言わんばかりに襲い来る中毒者たちを一掃してグレンに近づく。その表情は久しぶりの再会を喜ぶ―――ものではなく、この程度に後れを取っているのかと言う失望の色がありありとみることができた。

 

「てめぇがいるってことは……」

「教会の方には既にアルベルトとクリストフが行ってる。もうしばらく遊んでても問題はねえ」

「………成程な。だが、生憎と俺はいち早く教会に行かなくちゃならなくてね。力を貸せジジイ」

「相変わらず言葉遣いが……別にいいか。さぁて、始めるか」

 

 特務分室きっての古株だけあってその実力はお墨付き。尚且つ、グレンの師であるというのであればもはや負ける理由など何処にもありはしなかった。彼らは自分が着けている白手袋を手首の方へと引くと、そのまま中毒者たちの集団の中を突き進んでいった。

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「ちっ……!」

 

 一方教会では、神父に変装していたサン―――もしくは代行者の出現によりレオス・クライトス……その姿を借りたジャティス・ロウファンは完全に計画を狂わされていた。本来であればここで式を上げ、ルミアとリィエルから報告を受けたであろうグレンと対決する予定だった。彼はここに来て、サンという不確定要素を排除するのではなく取り除こうと考えたのである。グレンの性格上、生徒に手を出すだけでも十分効果的だと考え直したのだ。その思考の果てにサン・オールドマンを式場からの排除だけをすればいいというものに切り替わっていた。サンというイレギュラーさえなければ固有魔術で予測した通りグレンと戦う機会が巡って来ただろう。

 

 だが、彼は見誤った。

 彼が分析した結果サンはシスティーナが自分から結婚するといいだせば、深く突っ込むことはせずに静観すると予測を立てていたのである。だが、それは過去のデータや資料から手に入れた資料であり、現在とは違う。

 昔のサンであれば確かにジャティスの予想通りになった。しかし、時は進んでおり、彼らも日々成長している。そのことを計算に含めなかった時点で計画倒れだったということだ。

 

 故にレオスの皮を被ったジャティスは近くに配置していた中毒者達を此処に呼び出し、生徒達を襲わせようとした。目の前のサンは普段とは別人のようで確かに脅威を感じる。しかし、どれだけ強くても守る対象―――足手纏いが付けば話は別なのである。

 ジャティスの予想通り2組の生徒たちは中毒者の化した人々をみて絶句する。彼らは一見して正気を失っている存在であるが、製造者であるジャティスには従うためにここで蹂躙する命令を下した。最早なりふり構っていられないのだろう。指示を出したジャティスは一端この教会から出ようと出口の方に奔走した。

 

『―――!』

 

 代行者と化したサンは赤く変容した右目に力を込めてレオスの姿をしたジャティスに攻撃を仕掛けた。

 彼が魔力を込めた瞬間に、それは術となり足元に落雷を落とすが、それは身体を掠っただけで倒すには至らなかった。サン本人としては今すぐ追って止めを刺したいが、この場に居るクラスメイト達が心配なのも又事実だった。それに、代行者と呼ばれている者も、目の前でクラスメイトに襲い掛からんとしている天使の塵中毒者のことは放っておけないようだった。

 

『リィエル。生徒達を逃がせる?」

「………問題ない。……けど、後で説明は、聞かせてもらう」

『覚悟しておく。――――では往け!!」

 

 サンの言葉にリィエルはクラスメイト達を誘導しながら教会から出ていった。その一方でこの場に残ったものがいる。システィーナだ。彼女は身を包んでいる純白のドレスを膝上で千切って捨てるとサンの隣へと立った。

 

「何してるわけ?」

「私も一緒に戦うの。これでも色々特訓してきたんだから」

『…………例え、その手を血で汚すことになろうとも……それでも良いと申すか』

「もう、守られるだけのお姫様なんて御免だわ。―――私にも隣に立たせて」

 

 既に覚悟はできている。そう訴えている瞳を捉えたサン(代行者)はもはや問答は無用とばかりに視線を中毒者達に戻した。そして、右手を虚空にかざし、そのまま一気に引き抜く。すると彼の手には、代行者の象徴ともいえる武骨な大剣が握られていた。

 

『人としての死に時を失いし者達。この鐘を以てして、汝らの魂を天に還す。聞こえるか、あの鐘の音が――』

 

 紫電と黒い霧を纏ったサン(代行者)が文字通りその場から消えた。だが、次の瞬間には中毒者達が固まっている中心部――その真上を取りそのまま垂直に落下する。着地地点に居た三名を絶命させるとそのまま剣を横薙ぎに振り払う。一切のブレがないその剣はサン(代行者)の背後に居た二名の中毒者の首を綺麗に落としていった。その光景にシスティーナは当然吐き気を覚える。目の前で人が殺されていて、尚且つ首ちょんぱになっていくのだ。その反応も当然だろう。だが、彼女はそれでも生まれた気持ち悪さを飲み込んで、目の前の中毒者に集中する。

 

「拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢も安らぎを!」

 

 システィーナが使ったのはテロの際に自分で作り出したオリジナルの魔術。その効果は集団戦で発揮され、中毒者が故に面倒な人体の限界を無視した機動を見事に抑え込むことになった。だが、それは逆に彼女のピンチを招くこととなる。魔術式が構築されたことにより、予め設定がされていたのか、システィーナの方に向けて中毒者が殺到し始めた。

 

 四方八方から生気を感じることのできない表情で襲い来るという光景は、彼女ぐらいの年であれば魔術を中断してその場でうずくまっても不思議ではない。だが彼女は違った。額に汗をかきながらも、魔術を使うのをやめない。あわや彼女が中毒者達の被害にあうかと思ったその瞬間、背後からの強烈な一撃がシスティーナを危機的な状況から救い出した。

 

『どうやら、魔術を第一優先と考えるようだ』

「そうね。少しだけびっくりした……でも、ネタが分かればいくらでも対策なんて思いつくわ」

「本当に頼もしすぎるな……」

 

 サンが苦笑するもシスティーナは気にすることはない。彼女も自身の最も得意とする風の魔術をどこぞのショック・ボルト狂よろしく改変していたのだから。こうして彼らは新たに引っ提げた力を以てして、教会内に侵入した天使の塵中毒者を全員倒すことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

「くそっ……!くそっ……!!くそぉ!!!何故だァ……何故上手くいかないィ!これが絶対的正義を貫く僕に対して神が与えた試練だとでも言うのかァ!?」

 

 狂ったように叫ぶレオス……の外見を模したジャティス。最早彼はレオスの姿などはいらないと純白のスーツを身に纏ったレオスの外見ではなく本来の黒中心とした服にハット帽スタイルに戻った。

 まぁ、だからと言って今更状況が好転するわけでもない。確かに彼はこの街に天使の塵を回して密かに自分の駒を増やしていた。自身の持つ固有魔術で何度もシミュレーションを行った。……計画は完璧だった。ここで彼は嘗て自身を破ったグレンを倒してアカシックレコードを手に入れ、絶対的な正義を執行するはずだった……。だが、全ては一人の男によって崩された。サン・オールドマン。彼のことを調べた筈だった。けれども彼は隠し玉を持っていたのだ。第二の人格という飛び切りのジョーカーを。

 

「ハァ……ハァ……。僕の正義を汚したあいつは絶対に始末してやる。だがぁ、其れよりも先に戦わなきゃいけないのはグレンだ。彼は既に天使の塵の中毒者――僕の駒と戦っている。ルミア・ティンジェルからレオスがタルパを使ったことも既に把握済みだろう。なら、辿り着く答えは一つしかない。そして、その一つの為に彼はきっと僕を探しに来る!そこでグレンを倒すことができれば……くくっ」

 

 恐らく気分転換にでも自身がグレンを蹂躙し、正義を執行する様を想像していたのだろう。

 だが、現実と言うのは往々にして上手くいくものではない。ある意味で自身の妄想を現実に映し出す人工精霊召喚術でも不可能なことがあるように、何時だって現実(ソレ)は理不尽なものなのだ。悪にとっても正義にとっても。等しく平等に。

 

 教会から離れた路地裏。少なくとも鐘の音などは全く聞こえない地域にまで来たはずなのに、ジャティスの耳には何故か先程と全く同じ音が響いていた。その音色は祝福の音色ではあるが、結婚と言った目出度いものを祝福するための物とは思えないほどの寒気を感じさせる。

 奇しくもそれは、代行者として現れたサンが出たときからあの教会に響き渡っていた音色と酷似していた。

 

「……また、これか………。耳元でゴンゴンゴンゴンッ!いい加減、ウザイな……仕方ない。予定を変更しよう。どうやらアレはシスティーナ・フィーベルにご執心のようだしねぇ……」

 

 そしてジャティスは自分の手袋から砂と同じくらいの大きさの粒子を撒いた。それは彼が扱うことのできるタルパを発動するために必要なものである。ざっとばら撒いた後に彼はいつもと同じように自身の内で作り上げた、自分の正義の結晶である。天使達を生み出した。

 

 そして準備を整えて、待つことにした。あの鐘の音が代行者出現の合図であることにジャティスは気づいたのである。故に彼はそれを逆手に取ることにした。その鐘の音から代行者の位置を割り出し、一斉に始末することにしたのだ。

 勝算はもちろんある。システィーナのことも計画に組み込むために調べた彼は彼女が後ろでおとなしくしているような人物でないことに気づいていた。丁度似たような人間と会ったことがあるということも一役買っているだろう。

 だから彼が狙うのは代行者と共にやってくるであろうシスティーナだった。……その行いは決して正義とは言えないが合理的ではあった。尤も、皮肉なことに正義ではなく悪が好んで使いそうな手段ではあったが。

 

「………そろそろか」

 

 鐘の音が教会で聞いた時のように強く響く。ジャティスは何処からでも攻撃されても良い様に既に天使達に攻撃の準備をさせるが―――――――そんなもの代行者には通じない。

 

「――――!?なにィ!?」

 

 ジャティスはあり得ないものを目にした。

 そこには誰もいないはずなのに、彼が作り出した天使達が一人ずつその首を撥ねられていっているのである。気配は感じない。音も、息遣いも、空気の流れさえも。それら全てが感知できないにも関わらず、彼の正義、その象徴たる天使達は無残にもその首を撥ね上げられていった。

 

「くそっ!」

 

 次々と減っていく天使達に危機感を覚えたジャティスは自身も再び召喚して不可視の存在に対抗しようとするがどれも無駄。天使達の攻撃はかすりもせずに空を切り、次の瞬間には首を斬られて光の粒となり、消えていく。

 

『これが汝の正義……そして――これこそが汝が為したことの結末である』

 

 そして、聞こえる。 厳格な声と少年の声が入り混じった不気味な声が。ジャティスの全てを否定し、彼の生も否定しようとする男の声が。

 

 天使達が居た場所の中心部。丁度そこに、代行者は現れた。恰好は学生服であり、本人も威圧感など与えない平凡な顔立ちだったが、彼の身体から出る雰囲気がそれを否定する。

 生物が見ただけでも禁忌を覚え、近づきたくない物。しかし全ての生命に約束された結末。……まさに『死』。

 

「黙れェ!絶対的な正義である僕が生み出した天使達を殲滅したド畜生めがっ!貴様のような悪が蔓延るから、この世界は何時まで経っても正しい方向に進むことがないんだよ……!」

 

 頭を振り乱し、目を見開き、認められないジャティスは吼える。

 だが代行者はそのジャティスの咆哮を耳にしてもその態度を変えることはない。片手で持つには大きすぎる剣を下に向け、その柄の先端を両手で支えているのみだ。

 

『正義とは千差万別。時、場所、信仰……あらゆるものに左右され移ろいゆく。その問いに答えなどはない。………だが、それら全て。正義があらゆる形を取ろうとも――――個人による絶対的正義などあり得ぬ。常に正義としてその時を支配してきたのは、数多の人間からなる普遍的意識の元で作り上げられてきた』

「何が言いたい……」

『これ以上の言葉が必要か。……汝のそれは正義ではない。独善と私欲が入り乱れ、腐敗した堕落の塊である』

 

 代行者の言葉に、ジャティスは激怒した。表情を崩し、余裕を崩し、唯ひたすらに目の前にいる不届き物を始末しようと天使を繰り出し《代行者》を襲わせる。だが、今までの交戦で既に判明しているだろう。その力量差は歴然としている。地面に接触させていた剣を右手で掴みそのまま横薙ぎに振るう。

 

 剣を振るった回数は一度だけだろう。しかし、ジャティスが召喚した天使は幾重にも切り裂かれて空中の塵と化した。

 だが、ジャティスとて無駄とわかっていることを何度も繰り返す人物ではない。彼は狂人ではあるがタルパを使いこなす天才なのだから。正面からの天使は囮、彼の本命は無防備な背中に在る。作られた天使が代行者の背中を切りつけようとしたとき、

 

「集え暴風・散弾となりて・撃ち進め」

 

 ジャティスの中ではすっかりその存在が忘却されたシスティーナが天使を即興改変の魔術で打ち倒した。……代行者は自身の背後で起きたことを見向きもせずにただジャティスだけを見ていた。

 

「何で動かないのよ」

『動くなって言われた。多分、これくらいなら任せていいと思われたんじゃないかな」

 

 サン(代行者)がシスティーナの問いに答える。一方システィーナは動くなって自分の身体じゃないのかな?と思いながらも今は目先のことに集中することにした。

 

「システィーナ・フィーベル……!」

「………だれ?」

 

 この温度差である。それも当然だろう。システィーナが知っているのはレオスの姿であり、ジャティス・ロウファンとして会うのはこれが初めてである。まぁ、予想は出来ているが、とりあえず知らないふりをしておく彼女。大体グレンが悪い。

 

「お前の……!お前たちの所為で……!くそぉ!お前達は、お前達は……!この僕が自ら滅ぼしてやる!!さぁ、出現せよ。僕の奥底に眠る正義の具現!僕だけの神、正義の神よ!!目の前の邪悪を駆逐せよ……レディー・ジャスティス・ユースティア!」

 

 元からしていなかった我慢の限界が訪れたのか、ジャティスは左手を天に掲げ、今までとは比べ物にならないくらいの疑似霊素粒子粉末をまき散らし、彼が作り上げた最高の存在を具現化させる。

 それは今まで召喚してきた天使とは比べ物にならない程大きく、手には天秤と黄金の剣を携えていた。その姿はまさにお伽噺に出てくる天使と表現してもいいだろう。だが、システィーナは怯むことすらしなかった。自身の妄執に取りつかれた憐れな男の切り札。……そんなものよりも恐ろしい存在をシスティーナは知っている。近寄り難いほど圧倒的で、その力は強力にして並ぶものはない。しかし決して無慈悲ではないその存在を。

 

 自身はこの場に必要ないかもしれない。それほどまでに代行者の力は圧倒的だ。この状況においても彼はその表情を崩すことはない。だが、それでも彼女は隣に立つことを決意した。もう自身は誰かの後ろで泣いているだけではない。無力に歎き、人に頼むことしかできない自分ではない。

 

『システィ。……背中を押せ(行くよ)

「えぇ――――いつでも、いいわよ!」

「往けェ!ユゥゥゥスティィァァァァァアア!!!」

 

 ジャティスは認めるわけにはいかなかった。自身の正義を否定する者は嘗て自分と鎬を削ったグレン・レーダス以外にはあり得ない。これ以上の敗北は自身の絶対的正義にかけて許されることではなかったのだ。ジャティスの命令を受けて、彼の本質――正義の具現たる天使はウェディングドレスを着た少女―――システィーナを狙う。だが、既に彼女の手には完成された術式が構築されていた。

 

「集え大気・集いて固めよ・圧搾せよ!」

 

 風の呪文を改変したシスティーナの魔術は空気を固めるというもの。その性質上長くは持たないが、空気を固めて止めている以上現界している天使を止めることもかなった。そして、個人が生み出した正義の神の横を代行者が通り過ぎる。それだけでジャティスが生み出した最高の天使は彼らの前から姿を消した。最早剣を振るう速度すらも確認できないジャティスに勝ち目などはない。もう彼に残された道は錯乱することだけだ。

 

 錯乱したジャティスを見ながら、代行者は自身を包む霧を深くしていく。その霧はやがてジャティスやシスティーナの視界すらも覆い、昼間だというのに完全な暗闇を作り出した。

 何も見えない、何も聞こえない空間。しかしジャティスだけはその音を聞いていた。大剣を持ち一歩一歩自分の方に近づいてくる足音と――彼に終わりを与えようとする者の声が。

 

 

 

『――――聞くがよい。晩鐘は汝の名を指し示した……。告死の羽、首を断つか――――』

 

 

 

 

 声が途切れた後ジャティスは視た。

 自身のことを粛々と狙っている赤い二つの光を。最早そこから彼の記憶は定かではない。自身が生きているのかどうかも分からない感覚。只、おぼろげに身体に力が入らないということは感知することができた。

 

 

 

『――――死告天使(アズライール)

 

 

 

 そうして代行者の剣が振るわれる。

 意識も保てず、声も出せず、身体も動かせない。そんなジャティスが最後に見た光景は、大量に羽が舞う光景と何処かの山の麓と曇天の空……そして、雲の隙間から光が降り注ぎ、大地を照らしている幻想的な光景とそれを祝福するかの様に鳴り響く鐘の音。死の間際、その光景を見た彼の心境は彼にしかわからない。ただ事実として確定しているのは、ここでジャティス・ロウファンという人物の命が尽きた。それだけだった――――。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖✖

 

 

 

 

 

 

 ジャティス・ロウファンが光の粒子となって消えていくのを見守った俺は、全身の力が抜けてその場に倒れ込みそうになった。しかし、地面と接触する前にシスティが受け止めてくれたおかげで何とか地球に接吻をしないで済んだ。

 

「ありがとう」

「良いわよ、このくらい」

 

 このまま受け止めてもらうのもあれだったのでその辺の壁に寄りかからせてもらう。そして俺は改めて今の状況について頭を働かせた。まずはこの力のことについて整理する。

 

 

 

 

 

―――一週間前

 

 

 正直今までは何となく考えようとも思わなかったことを急に考えるようになったのである。その事とは俺を殺した上に情けないとまで言って切った神から贈られた晩鐘と、時折起きる意識不明コンボ。

 今までどうして考えようと思わなかったのかという点については、考えても分からなかったのでいいとして、改めてやはりこの二つは無関係ではないと思い始めたのだ。結論に達するまでに十六年ほど使ったということに今思うと頭が痛くなるがまぁ、考えて結果的に何かが俺の身体を使っているんじゃないかという結論に達した。こういうのって意外とお約束だったりするし。

 

 で、考え始めたその日は結論には達したが何をどうするかわからずにとりあえず自分が使える魔術の確認をした後に眠りについた。

 

 

 眠りについたのはよかったんだけど、その後すぐに目を覚ました俺は目覚めるととてつもなく暗い所に立っていた。恰好は寝る前のパジャマなどではなく学院の制服で、この段階で夢だということに気づくことができた。

 ざっと辺りを見回してみれば蒼い炎が一定の距離を置かれて配置されており、何処かの廟のような所だった。正直、見覚えがある。

 

『―――よくぞ、参った。我が契約者よ』

 

 聞き覚えのあるボイス。

 ここ最近結構聞く頻度が高かった鐘の音。それを扱うお方のような声が背後から聞こえて来た結果俺は無様にも身体を震わせることになる。しかし、このまま背中を向け続けるのも失礼極まりなので何とか身体を反転させる。

 

 するとそこには、

 

『―――我こそは山の翁。初代のハサン・サッバーハにして最後のハサン・サッバーハ、ハサンを殺すハサン……その残滓也』

 

 牛のような立派な双角を備えた髑髏面の奥に青白い眼光を滾らせた220㎝越えの人物が立っていた。―――――当然俺はその場で失神した。

 

 

 

 そこから三日は寝るといつも初代様が夢に出て来て現実で目覚めるまで失神と言うことを繰り返していたのだが、四日目にしてようやく耐性が付いたのか、身体が震度6レベルで揺れるけれども意識を保つことができるようになった。

 

 ついでにその時、初代様から色々と聞いた。

 曰く自身は本人――真の初代山の翁ではない。曰く俺を殺した神が親切心一割、遊び九割で付属した存在である。曰く、今まで気絶している時は自分が表に出ていた。曰く、俺の身体はかなり晩鐘に馴染んできた等々、様々なことを教わったのである。途中、精神が侵され少しだけ価値観が変わったとも言われたが既に変化した後なので俺では自覚することができなかったのでとりあえず放置した。

 

 とまぁ、そんな感じで話し合いの結果今までとは違い初代様が表に出ている状態でも俺の意識は保てることになったんだが――――勘違いしてはいけないのがどちらにせよ俺の意思でこの力は振るえないということである。当然だよね。だって普通の人間だもの。こんなの使ったら速攻で意識が死ぬ。ぶっちゃけ、こうして俺に宿っている時点で乗っ取り殺されてもおかしくないと思いました。

 その辺は神様の慈悲と初代様自身の慈悲が効いているらしい。本当にありがとうございます。今回は初代様も首を出せ案件ということで普通に力を貸していただきました。

 

 自分で使いたい場合は、それにふさわしい精神と力と信仰を身に付けてからと言っていたけど。その日は来ないんじゃないかな。

 

 

 

 

 

「やっぱり今思い返してみてもよく生きてたな……」

「えっ?どうしたの?」

「ごめん何でもない」

 

 俺の人生綱渡りっていうレベルじゃない。蜘蛛の糸もびっくりなだ。なんせ、生まれた瞬間にゲームオーバーとなってもおかしくはなかったんだからなぁ。と、思わず言葉を溢す。それをシスティに拾われてしまい何とか誤魔化した。

 

「とりあえず、帰ろう。帰って寝たい……」

「そうね。私もかなり疲れたわ……」

 

 だろうね。結婚式だと思ったら、カリオストロの城をやった後にバイオハザード。果てには頭の逝かれた人と訳の分からないバトルだからね。普通に疲れるだろうね。今まで支えてくれたシスティにお礼を言ってそのまま立ち上がり二人並んで歩く。

 ここは路地裏だから太陽の光が当たりにくいが、空を見上げるとすっかりと夕暮れの時間帯にまでなっていた。そういえば、リィエルたちは無事なんだろか。身体的には無事だと思うけど、死体とか見て気分を悪くしたりしないか心配だわ。え?俺?そんなものよりもっと怖いものがいるんですけど何か?

 

 暫く歩いていると教会の近くまでやって来たらしく、耳に教会の鐘の音が届く。もちろん晩鐘ではないので死ぬような寒気は感じない。鈍くそして響く音を聞いていると向こうの方から無事だったクラスメイトといつぞやのフレイザーさんとリィエルが着てたような服に身を包んだグレン先生がいた。

 どうやら向こうの方はグレン先生が守ってくれていたのだろう。何はともあれ全員無事だったことにほっとする。

 

「―――ね、サン」

「ん?」

「私、貴方の役に立てた?しっかりと隣で戦えた?」

「……もちろん」

 

 身体を提供して、殆ど見ているだけと変わらなかった俺とは違って彼女はしっかりと自分の意思で戦っていた。それはそう簡単にできることではない。まして、彼女は家が立派なだけの一般人である。特別な事情もない彼女があそこまでできたのは偏に彼女自身が強かったからだ。何でそこまで卑下するのかわからないけど、もう少し彼女は自分に自信をもっていいと思う。

 

 と、柄にもないことを考えて恥ずかしくなったので少しだけ歩くのを早めて彼女の前に出る。……と言うか、教会の鐘の音。少ししつこすぎやしませんかね。まだ鳴ってんのかよ。

 

 てくてくと歩きながらそう思っていると、再び背後からシスティの声が。今度は一体何なんだと思いながら背後を振り返えると――――何故か両手を広げて飛び込んでくる彼女の姿があった。 

 

 予想外の事態に動揺するが、身体の方は男を通した。不意打ちにも関わらずシスティの身体をしっかりと受け止めることができた。もしかしてこれが初代様に身体を使われた影響か……。何はともあれ、

 

「いきなりは危ないだろ……」

「ごめんね。でもね、どうしても伝えたいことがあったのよ」

 

 反省した様子も見せず、楽しそうな笑顔を浮かべた彼女はそのまま顔を近づけ、口を俺の耳元に移動させた。……近い近い。

 

「し、システィ=サン!?近いんですけど!?」

 

 やめろシスティ。その攻撃は前世含めて女性経験のない俺に効く。最早冷静を保つ余裕などなく無様なくらいにわたわたと慌てている俺に対して、システィは全く構うことなくそのまま小さく囁いた。

 

 

「―――本当にありがとう。私は貴方の事が―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 教会の鐘が鳴り響く。ついでにクラスメイトの黄色い声も響き渡る。おまけとしてグレン先生の指笛まで響き渡る。……あんなことがあったっていうのに呑気だなぁ、全く。

 

 

 そんなことを思っていても俺の表情は全く取り繕うことができていなかったらしい。一様に皆は笑みを深めて更に俺達のことを弄ってくる。一方そんな状況を作り出したシスティは真っ赤な顔を見せないように俺の胸にぐりぐりと押し付けていた。とりあえずきついので自分で歩いてくれませんか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その鐘の音は告げるだろう。

 彼らの未来に、幸多きことを―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もし忙しい時期が終わり、私が原作を買って……需要があればシーズン2やる……かも……?
可能性はかなり低いですけどね。

何はともあれ、重ね重ね本当にありがとうございました!
……今思うとサブタイトルに鐘の音入ってるの多いな……。

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