聞こえるか、この鐘の音が() 作:首を出せ
ま、まさかそのような手段に出てくるとは思いもしなかった。顔を真っ赤にしながらも俺と自分が付き合っている(ということにしている)ことを理由にレオス・クライトスの求婚を断るシスティ。草むらのルミア達の驚きも伝わってくるレベルの内容だ。彼女、時々すごく大胆になるというか……アホの子になるというか……。
こちらも急に言われたので呆然としていると、システィが困ったようにこちらを見つめてきていた。その視線には話を合わせてくれという悲痛な意思をひしひしと感じる。……此処まで言われて「いや、付き合ってないです」なんて言ったら彼女の人生もついでに俺の人生も終わりそうだ……。これでも遠征学修の時には察せる男がモテると提唱した俺である。ここで彼女の救援をスルーなどできるわけもなかった。
「……と、システィの言った通りです。俺と彼女は男女の仲にあります。貴方の入る隙間は何処にもないんですよ」
この言葉にショックを受けたのだろうか、レオス・クライトスは整った顔を歪ませ口をあんぐりと開けていた。顎外れそう。
「う、嘘だ!私のシスティーナが貴方のような礼儀知らずな子どもと……!」
「ところがどっこいこれが現実です。………大人しく、講師としての仕事に戻られた方がよいのでは?」
とは言ったものの。彼の言った嘘と言う言葉も又真実である。今は本人が動揺しているからいいけど、ここから一歩突っ込まれたらかなり厳しいと言わざるを得ない。なんせ恋人同士ではないからそれっぽいことは何もしてないし。強いて言えばあーんくらい?
「分かっていないのですか?私はシスティーナのことを思うからこそ、早く夢から覚めて現実をみてほしいと言っている事を」
「学生が夢を見て何が悪いんですか?別に彼女には彼女の想うがままの人生を歩ませてもいいじゃないですか」
「青すぎるぞサン・オールドマン……!やはり貴様はシスティーナに相応しくない」
愛しのシスティからの宣言がかなり効いたのかもはや取り繕うことなく敵意と言葉をぶつけて来たレオス・クライトス。せめて取り繕うならシスティの前だけでもいいから我慢しようよ。
「直接フラれた貴方よりもマシです」
そもそもシスティ本人が断ったのだから大人しく引き下がればいいのに。やっぱアレかな。レオス・クライトスの方が家柄的にこの機会を狙っているとかそういうのだろうか。システィの家は結構上流階級だし、繋がりを持っておきたいという理由もなんとなくあり得るかなとは思うけど。
「………ふっ、まあ所詮は学生のお遊び。既に両家公認の私達の邪魔はできないでしょう」
おう急に冷静になるのやめろや。
「サンだって、お父様から家に御呼ばれするほどの仲よ」
「えっ」
「えっ」
何それ知らない。
ここでその話は有効的だと思うけど、あまり俺の知らない情報を出されるとこっちも対応が難しいです事よ?
何はともあれ、システィの発言はプラスに働いたようだ。レオス・・クライトスはもはや、なりふり構っていられないという風に手に付けていた手袋を外してこちらに投げつけて来た。えーっと確かこの意味は決闘を申し込むという意味だったっけ。
「決闘です。どちらがシスティーナに相応しいか、はっきりしましょう」
「嫌だから。はっきりしたんですって。流石に振られた相手に必要以上、付きまとうのはどうかと思いますよ?」
「………覚悟しろよ、サン・オールドマン!この私を敵に回したことを後悔させてやる……!」
レオス・クライトスは自分が投げた白手袋を自分で回収した後にそのまま立ち去って行った。その背中をずっと見つめ、姿が消えると俺はそっと息を吐いた。はぁー……よかった。ここで戦いをおっぱじめるようなことにならなくて。実際に戦ったら俺が確実にやられてただろうからな。
「―――サン、お前やるじゃねえか!」
「グレン先生!?」
状況が落ち着いたことが分かったのだろう。草むらからグレン先生とルミア、リィエルが出て来た。それにしてもやるじゃねえかとは随分な言い様である。俺が思うに、彼はあれで納得することはない。最後に残した言葉通り何かしらの手段をとってくるだろう。……なんていうんだろうな。あの執着は恋だの愛だのではない気がするんだよね。
「なんて面してんだよ?」
「絶対にこれじゃ終わらないと思っているからこんな表情しているんですよ。……グレン先生は最後のクライトス先生を見てあのまま素直に引き下がると思いますか?」
「……………ないな」
「でしょ?」
多分あの人の中にはシスティを手に入れるということだけでなく、新たに俺に痛い目を見せるという目標も追加されていそうだしね。これで目出度いことに俺も関係者の仲間入りとなったわけだ。自業自得だけど。
「ごめんね、サン。こんなことに巻き込んじゃって……」
額を指で押さえているとルミアとの話が終わったのか、システィが謝罪の言葉を口にした。まぁ、彼女が謝ることはない。結局間に介入したのは俺の意思であり、あそこまで煽ったのも俺なのだ。
「結局自分から介入しに行ったわけだし、システィは悪くないよ。……強いて言うならしつこい彼が悪い」
「ま、そうだな」
「もしかしたらグレン先生。そっちの方に面倒事が行く可能性もあります。その時は申し訳ないんですけどお願いしていいですか?」
「ふっ、このグレン大先生に任せろ。昼食一回奢りな」
「了解です」
先程の宣戦布告、もし受けていれば十中八九魔術を使った一騎打ちとなっていただろう。まあ、そういう提案をされても言いくるめられるくらいのボキャブラリーは残ってたけど。多分そういう提案をしてきたと思う。何はともあれ、今しばらく警戒が必要だろう。
「そういえば、システィの両親に相談するのはダメなの?」
「……お父様とお母様は今日から仕事の関係で帝都に行っちゃって」
「タイミングが悪いなぁ」
むしろこのタイミングだからこそ彼が来たのかな?何となくシスティを覗き見してみれば、笑顔を浮かべて会話をしている。……何はともあれ、表情が戻って何よりだと思うわ。
そしてその日の内に、レオス・クライトス率いる4組と魔導兵団戦における模擬講義―――と言う名目で宣戦布告を申し出て来たのだった。
✖✖✖✖
「やっぱり予想通り別の手で来やがったか」
「まさか講義内容を弄ってくるとは思いませんでしたけどね」
正式に魔導兵団戦のことが発表された次の日。珍しいことに朝早くから学院に来ていたグレン先生と俺は今回のことについて話し合っていた。
一先ずルールはその名の通りクラス単位による魔導兵団戦。勝敗は敵の本拠地を制圧するかもしくは指揮官である担任講師を倒すこと。そして時間は3時間。予め戦場は決められているので後で地形の確認に行くのもありだろう。
「レオスは学会でもかなり有名だったらしくてな。学院長もあいつの提案を無下にできなかったらしい。他の魔術講師も是非行ってくださいって言ってやがってなぁ……俺に向けられる侮蔑の視線が鬱陶しいのなんの」
「他の魔術講師たちは有名な人の戦略魔術が拝見できるうえに気に入らないグレン先生が敗北するところが見れる。レオス・クライトスは俺のことをボコボコにできる、とそう言うところでしょう」
「白猫も手に入るしな」
「入るわけないでしょ。そんなこと約束すらしてませんし、第一システィはものじゃないですし。景品にされるとしても本人の了承が得られて初めてそうなると思いますよ?」
当人の意思も関係なしに周りだけ盛り上がっても迷惑極まりない。本来ならこんなことをするまでもなく断られた時点で終わりのはずなんだけどさ。いやはや、意地でも我を通すその姿勢には感心するけどできれば研究面だけでそれをみせて欲しかった。
「クラスの皆にはどうやって説明しましょうか……」
正直、今回は俺達がクラスの皆を巻き込んでしまった。ここでやる気がない、出たくないと言われてもこちらは何も言えないのだ。まして、相手は専行講師と既に能力でこちらに勝っている4組……やるだけ無駄と考えられても仕方がない。
「その辺は俺に任せろ」
だがグレン先生は俺の不安を打ち消すようにニヤリと笑ってみせた。それを見て、俺も少しだけ肩の力を抜く。ここで負けても約束していない為、何より本人が認めていない為にシスティのことを手に入れるなんてことはできない……と思う。けれども、何かしらこちらに不利となる要因にもなり得るかもしれないし。できるだけ不安の芽は詰んでおきたい。とりあえず、口から生まれたであろうグレン先生の屁理屈に期待を寄せることにした。
―――結果がこれだよ。
「つまりだ。この講義の始まりはこういうことだったんだ」
教壇には魔導兵団戦を行う経緯を話しているグレン先生がいる。その話を聞いているのは当然俺達2組の生徒なんだけど……全員が何やら憤怒の表情を浮かべていた。最初はシスティの夢を馬鹿にしたことが許せないとかそういったことかなと思っていたのだが、その考えは、ある意味でこの騒動の原因とも言えるかもしれないウィンガー君によって否定されることとなった。彼は昨日と同じく俺の方を掴むと、感極まったように口を開く。
「すまん、オールドマン――いや、サン!俺はお前のことを誤解していた……!お前は真の漢だったんだな……!」
どうやら俺がシスティを庇ったことが、元々学院に蔓延っていた夫婦という噂と見事に交わった結果、無理矢理システィを我が物とするレオス・クライトスから力量差も関係ないと言わんばかりに彼女を庇った真の漢として受け取られてしまったらしい。他のクラスメイトの様子を見てみれば大よそ全員がそう思ったのだろう。今まで向けていた視線は何だったのかと言わんばかりにキラキラとした瞳でこちらを見ていた。
この時期の子たちは大人の恋愛が大好物だからね(白目)
システィもシスティで実に大変そうだ。むしろ俺より大変かもしれない。今の話を聞いて興奮した女子たちの質問攻めを受けていた。その勢いは男子なんかの比ではない。最早濁流と言ってもいい勢いでシスティを飲み込んでいっていた。これは収拾が叶わなくなるのではと思っていると、この雰囲気を作り出した当の本人が手をパンパンと叩く。
「これでお前達も理解できたと思う。今、我等が夫婦の関係はレオスによって引き裂かれようとしているんだ。それを止めることができるのは俺達しかいない……!いいのか、皆の衆、俺達のつまみが、こんなところで終わりを告げても……!」
『よくない!』
『あんな光景を奪わせたりはしない!』
『あれでご飯3杯は行けますわー!』
「ならば訊こう!諸君、俺達がするべきことは何か?」
『レオス先生率いる4組を殲滅することです!』
「よろしい。―――ならば兵団戦だ!俺達のオアシスを、俺達の手で守るのだ!!」
『うぉぉぉぉおおおおおお!!!』
なぁにこれぇ?
目の前に広がる光景は片手を上げたグレン先生に向かって吼える生徒達。その姿からは狂気すら感じられぶっちゃけ新手の宗教にしか見えない。しかも、クラスメイト達が俺に敵意ではなく優し気な瞳を向けるのも戸惑いすら覚える。本当に何なんだこれは?どうすればいいのだ!?
まるで世にも奇妙な物語にでも入り込んでしまったかのような雰囲気の中俺の近くに座る眼鏡をかけた男子生徒――ギイブルだけは普段と変わらぬ様子で読んでいた本を閉じた。
「全く――――また、貴重な講義の時間を潰してくれたな」
「いや、申し訳ない」
本当ならそれはレオス・クライトスに言って欲しいだけど、俺も原因の一端を担っている為、甘んじてそれを受け入れる。
「しかしシスティーナがレオス先生と籍を入れて学業で腑抜けられても困る。それに、オールドマンの調子が悪くなるなんてことがあれば気味が悪くて本すら読めなくなりそうだ。だから、今回だけは僕も力を貸そう」
「うん。それは素直にありがとう」
このある意味狂気に満ちた教室に置いてギイブルが少しだけ癒しに見えた。何はともあれ何だかんだでクラス一丸となってくれるらしい。変なノリはあるが、今だけは彼らに多大な感謝を。
「ようし、皆の衆!今から白猫とサンが共にバージンロードを歩む未来の為に、魔導戦におけるいろはを叩き込んでやる!覚悟はいいか?俺は出来てる」
『よろしくお願いします』
「~~~~っ!!」
「もうそろそろ落ち着いてください!システィが色々限界です!」
感謝するが今は止まれ。頼むから。
✖✖✖✖
「本当にごめんなさい……」
「もういいって」
学院からの帰り道、珍しくシスティ達と時間が被ったので一緒に帰ることになった。こうして肩を並べて帰るのはグレン先生といざこざがあった時以来だろう。ルミアとリィエルも一緒に帰っているのだが、何故かルミアがリィエルのことを捕まえてどんどん前に進んでいってしまっているので二人で並んで歩いている。
彼女はずっと俯いたままで、たまに口を開けば謝罪ばかり口にしていた。全く、真面目過ぎるのもあまりよろしくないのではと思い始めた。
「………」
「………ビリッと・いい感じで・お願いします」
「うっひゃぁ!?」
気にしないでと言ってもなお気にするシスティには少しお仕置きとして何時ぞやに放ったショック・ボルト(マッサージ風)をお見舞いする。すると筋肉に微弱な電気がいきなり走ったからだろう。彼女は甲高い悲鳴をあげて身体をビクンと跳ねさせた。
「いきなり何するのよ!?」
「システィがちょっと面倒臭かったからお仕置き。……まだ食らう?」
抗議するような視線で見つめてくる彼女に対して両手から微弱な電気を流しながら笑顔でその視線を受け止めると彼女は自分の身体を抱いたまま数歩後ろに下がった。だが、先程浮かべていたような深刻そうな表情はもう浮かべていなかった。
「全く、いきなり体に触るなんて……セクハラよ、セクハラ」
「やめろシスティ。その言葉は俺に効く」
満員電車、痴漢、逮捕……うっ、頭が……!
などとふざけたことを言いつつ、段々と空気を明るいものに変えていく。彼女は一回ドツボにはまるととことん変に考えてしまうからこうして息抜きをしていかなければ潰れてしまうだろうしね。
「……ふふっ、あの時と同じね」
「――?あぁ、あのテロの時か」
まだあの時はご近所さん呼びだったな。そういえば。
「あの時言ってくれたわよね。魔術は使いよう。使い方によっては人を助けることだってできるし、夢を叶えることもできるって。………本当に私は夢を叶えることができるのかしら」
「………」
夢を叶える。
言葉にすればとても簡単だ。しかし、現実は言葉にするほど、夢を語るほど容易なことではない。その目標が高ければ高いほど実現は難しく大半の人間が挫折を覚えることだろう。特にシスティの目標は彼女が敬愛していたお爺さんですら辿り着けなかったものだという。10代後半という年齢にレオス・クライトスから言われた言葉も重なって大分不安になっていると見える。
俺には無責任なことは言えない。結局のところ俺は俺でありシスティではないのだから。
「やりたいことをやればいいと思う。なんせ、夢だ。思い描くのは自由……そこで夢想だけの願望で終わるのか、実現させるための道標にするかは人によると思うよ。どちらにしても、俺は応援してる」
結局は全て彼女が決めることだ。俺にできることは彼女の意思を尊重してそれを支えることだけ。薄情と言ってしまえば薄情かもしれない。けれどもそうしなければ己の人生ではない。我思う故に我あり。リィエルが自分を形作ろうとしているように、俺が―――サン・オールドマンであると同時に『■ ■ ■ ■』であるように。
「サン……」
「ま、直接悩みを解決できない代わりに、考える時間だけは確保できるように努力するよ。目先のことで言えばレオス・クライトスの排除かな」
「もう少し穏便な言葉を選べないの……?でも―――」
流石に色々俺に話したのが恥ずかしくなったのか、言葉を途中で切って彼女は前を行くルミア達の所に早歩きで向かっていく。
とにかく、色々ため込んでいるのは吐き出すことができたかな?とおもっていると、システィがくるりとこちらを振り返った。沈みかけの夕日が彼女の髪に反射してまるで光っているようにも見える。そのまま、彼女は上半身を少しだけ前に傾けると見たこともない笑顔でこう言った。
「――――ありがと!」
✖✖✖✖
すっかりと太陽が沈み、街灯が静かに道を照らす中。不自然に止まっている馬車に二人の男性が座っていた。
一人はアルザーノ帝国魔術学院に特別講師として招かれ、1週間後に魔導兵団戦をおこうなうレオス・クライトス。そしてもう一人は彼が乗る馬車の御者を務める男だった。その男は一見優男のような印象を受けるが、その瞳には常人には理解できない狂気を孕んでいる。
御者の男は笑みを浮かべながらレオス・クライトスに学院での様子を尋ねていた。彼には行動パターンの完全分析により予知に近い予測を立てることができる固有魔術を持っているそれ故にレオスの反応は視えているのだがそれでもあえて彼は尋ねた。……だが、返って来た返答は御者の男が予想もしていない一言だった。
「グレン・レーダスですか?貴方が言うほど絡んできませんでした。……それよりも、あの男、サン・オールドマン……!あの舐めた態度を必ず後悔させてやる!」
どうやらもはやレオスには御者の男の声は聞こえていないようだった。只、病的なまでにサンへの恨み辛みを吐き出していく。
何処か壊れたようなその様子を見ながら御者の男は考えた。彼が予測した未来にサン・オールドマンと言う男はいない。それも気になるが何よりもグレン・レーダスが
「……これは、調べる必要があるかもしれないね」
御者の男は先程まで浮かべていた笑みを消すと、馬車の窓から街を眺めるのだった。場合によってはサン・オールドマンという男を優先的に始末しなければならないと考えて。
ごめん、ジャティス。私今まで君の事ジャスティスかと思ってた……。
お詫びとしてもうすぐ首を切りに行きます。