聞こえるか、この鐘の音が() 作:首を出せ
「……帰って。誰だか知らないけど、今は、誰とも話したくない……」
取り付く島もない言葉。本当に最初に会った時の、他の出来事に興味がないと思われるために無関心無反応であった時に比べればまだマシな反応なのだろうが、昼間の様子を見る限りだとグレン先生もフィーベルさんもティンジェルさんも困っているのだろう。ならば良い変化だと悠長に言ってはいられない。すれ違いは仲直りの機会を逃せば逃すほどより複雑になってしまうものだからな。
そういえば、彼女とは自己紹介すらしてなかったな。すっかり忘れてたわ。……でもまぁ、今はいいか。自己紹介しても怪しい人物には変わりないし。むしろ知らない人にこそ話しやすいってこともあるよね。ない?そんなことを思いながらレイフォードさんの隣に腰を下ろす。当然、隣と言ってもすぐ隣と言うわけではなく一メートルほど離れた所だ。
彼女は腰を下ろして居座る気満々の俺を睨みつけてくるが、甘い。万年ボッチ気取っている俺からすれば温すぎるぜ(震え声)いや、冗談です。とても心が痛みます。しかし引かない。あの三人には恩義があるし、出来れば力になってあげたい。さっきも言った通り、たまには特に深い関わりもない第三者も必要だと思うんだ。悩み事とかの場合は真面目にね。
と言うわけで俺らしくないことは自覚しつつ、レイフォードさんに依然として睨まれながら続行の構え。
威嚇してくる彼女に視線を合わせながらまずはどうして彼女達と喧嘩したのか、その理由を探ることにした。多分、聞いても素直に答えてはくれないだろうし、そもそも俺にそんなことを話すとは思えないからね。
「ティンジェルさん、フィーベルさん」
「……?」
まずはジャブとして二人の名前を上げてみるが反応はそこまでではなかった。もしかして二人とは関係ないことなのか……?という思考が一瞬頭をよぎる。だが、白金魔導研究所までの道程のことを考えるとその可能性は低い。………もしかして、
「ルミアさん、システィーナさん」
「………!」
反応あり。ただ単にファミリーネームが分からなかっただけか。なんともまぁ……。
心の中で少しだけ呆れながらもとりあえず彼女達が関係していることは分かった。嘘が吐けない子でとても助かる。……さて、次は本命だ。
「グレン先生」
「―――――」
目を見開いて威嚇、と。
その後クラスメイトの名前を上げてみるが最初に上げた三人より強い反応が返ってくることはなかった。
さて、ここから考えることはこの三人が関わっていることがほぼ確定となった。後はこの情報をどうするかということなんだけれど……大よその予測は付いている。まず、レイフォードさんは自己紹介の時にグレン先生が自分の全てであると自らの口で語っていた。このことから彼女がグレン先生と浅からぬ仲であることは容易に想像できる。グレン先生も俺に頼るくらいレイフォードさんのことをどうにかしたがってたしね。結果は戦力外もいいところだったんだけど。とにかく、レイフォードさんはグレン先生に並々ならない意思を抱いている。これが第一の要素。
もう一つの要素は、レイフォードさんの精神……その未熟さだ。傍から見ていただけなので確証はないのだが。彼女はとても小柄な体型をしており俺達と同い年には到底思えない。そして、それに付随するかのような精神面。どうにも彼女は無知すぎるというか、純粋すぎる。その様子はまさに幼いと表現した方が適切だろう。転入から遠征学修の間まで、あの二人から様々なことを教わっていたようだが、それでもまだまだ足りない。
そして最後に本人の初邂逅時、つまり転入時にグレン先生は彼女に家族といった親族はいないと言っていた。
以上のことから、彼女は幼い頃家庭内、或いはそれを取り巻く環境下で問題が発生し、グレン先生に保護された。それ以降、彼女にとって頼れるのはグレン先生のみだったが故に依存……と云う言い方は悪いかもしれないが、ともかく執着するようになった。
が、ここで問題なのはグレン先生が生徒の中でも特に仲良くしているフィーベルさんとティンジェルさんの存在だ。レイフォードさんにとっては自身の全てと言ってもいいグレン先生を取られてしまうと思ったのだろう。結果、仲良くできなくなった……とかかな。
全部妄想だけど……まぁ、間違っても俺の黒歴史(前世を含め壮大なことになっている)が増えるだけだし問題はないか。
脳内で結論が出たところで、それをとりあえず真横に居る本人に語ってみた。もしかしてこんな感じなのか?という風に。するとレイフォードさんは、こちらに向けていた視線を自分の膝に落とし、ボソリと小さい声で呟いた。
「………わからない……何も、わからない」
「そっか」
自分の抱いている感情も不明瞭、か。
さてこれは先程の仮説における家庭の環境が原因とみるべきか……いや、別に原因が分かったところで直に解決できるくらいならカウンセラーなんて要らないか。既に起こってしまったことは仕方がない。
会話が途切れ沈黙が降り立つ。ぶっちゃけ前世でカウンセラーの経験なんてないから、どこをどうすればいいだなんて専門外なのだ。つまり八方塞がり、普通に弾切れ。会話の糸口を潰されたことで、どうすればいいのかわからず頭を傾げている俺に対し。先程の話で多少は興味を持ってくれたのだろうか、レイフォードさんが自分から口を開いてくれた。
「……貴方は、」
「……?」
「貴方は、何のために生きてるの?」
「…………」
おい、誰だよこの子のこと精神的に幼いとか言った奴。滅茶苦茶難しいこと考えてたじゃねえか。
予想外の角度から予想外の速度で放たれた攻撃は俺の頭を悩ませるには十分な威力を持っていた。くっそ、これはどうすればいいんだ。ショック・ボルトを極めるため?この場でそんなこと言ったら即効で会話切れそうだぞ……!
だがレイフォードさんは俺の答えを待つことなく再び自ら言葉を紡いでくれた。なんだ天使か(錯乱)
「私にとって、生きることはグレンを守ることだった。それが存在意義で、それ以外はどうでもいい。……でも、グレンはそんなことより友達を作れって、言った……」
成程ねぇ。自身の存在意義が、定義している本人から否定された。友達を作れと言ったことからグレン先生はあの二人の名前を出したのだろう。それを聞いたレイフォードさんは「ま た そ の 二 人 か」と言う心境。結果今朝のあれに繋がる、と。
またまたここで思い出すのは転入の時ではなく、初めてレイフォードさんを見た時。競技祭の建物に潜むように佇んでいた姿。隣に居る男性といい、一線を画す雰囲気を纏っていた。そして再び転入時(転入時に重要な情報多すぎる)。彼女は、グレン先生作の自己紹介を言うまではなんて言っていた?帝国宮廷魔術士団特務分室といかにもやばそうな組織の名前を口にしていただろう。あの時はそこを志望するとかグレン先生は言っていたが……レイフォードさんは嘘が吐けない。その純粋さを考えるとその帝国宮廷魔導士団に所属していると考えられる。
そして、俺は前世の知識で知っている。創作物の話だけどそういった名前の組織は大体真っ黒いことをやっていると相場が決まっている。グレン先生の戦い慣れた姿が嘗てやばい系の仕事をしていたと予想を立てた俺であるがまさかここなんじゃないか。そうすれば一番話がつながる。
……以上のことが本当だと仮定するならもしかしてレイフォードさん、もっと複雑な生まれなんじゃないか。正直、このような年齢でそんな所に抜擢されているなんて何かありますと盛大に宣言しているようなものだ。……今更だけど、大丈夫だよね。こういうのに関わって良い結果に終わった物語、見たことないんだけど。
ま、まぁいいや(震え声)
ここまで来たら後には引けない。というか、こんな関わりのない奴にここまで心情を吐き出してくれたのだから全力で応じないとだめだ。
「私の存在意義は何?私は、一体……?」
うーん。これはこの場で解決できる問題じゃないな。ついでに言えば俺では役者不足も甚だしい。なら、グレン先生を頼るしかない。あの人の講師……いや、教師としての力量に賭けよう。やる時はやる人だし何とかなるだろ。
「……じゃあ、今は今のままでいいんじゃないのかな」
「――――――――えっ」
驚いたように顔を上げ、こちらを見るレイフォードさん。
グレン先生に否定されたことを、まさか俺なんかに肯定されるなんて思っていなかったのだろう。恐らく本人も迷っているはずだ。グレン先生が言うのであれば彼を守るということは間違いなのではないか、と。
だが、自身の根底に根付いてしまったものはそう簡単に剥がすことはできない。なら今はそれを使うしかないのだ。様子を見るにレイフォードさんは自分の基盤となる物すら持っていない。であれば、グレン先生を守るということを土台として、そこから色々なことを知ってもらうというのが一番安全牌だろう。
「でも、グレンが……」
「そこはグレン先生に『貴方なしでは生きられない身体にされました責任取ってください』とでも言えば大丈夫」
「………」
グレン先生の世間体は大丈夫じゃないし、このことを吹き込んだのが俺だとバレれば俺も大丈夫じゃないけど。問題はない。美少女と男では等価値にはなり得ない。前者が優先されるべきなのだ。それが人間界の摂理である。
「けど、それだけじゃグレン先生も怒るだろうからね。グレン先生も守りつつ色んなことを勉強していかなきゃいけない」
「勉強……」
「そう。でも難しく考えなくてもいいと思う。言っちゃえば、今やってることも勉強になるよ」
「例えばなに?」
「この海と星空を見ることとかね」
「……そんなことで?」
「それでどう思ったのかが重要だと思うよ」
自己を確立することは意外と難しい。アイデンティティークライシスなんて言葉もあるし、一度形成できた自己だっていつまで続くかわからない。……社会の荒波に揉まれて鬱になって後は……何てコンボも世の中には存在したんだから(白目)
「でも、私……皆に酷いこと、言った」
「大丈夫。何だかんだ言ってあのクラスはいい人しかいないし、フィーb―――じゃないやシスティーナさんもルミアさんも勿論知ってると思うけど、グレン先生も根に持つような人じゃないから」
多分あの人達なら、ごめんなさいを言えば、何とかなるんじゃないかな。ティンジェルさんは笑顔で許す姿が見える。むしろあの人なら原因は自分にあったと言って謝りかねない。フィーベルさんだってあれだけ嫌っていた俺と仲直りしてくれるぐらいだから、この程度誤差だろう。グレン先生は拒否したら通報ものだけど……ないでしょうね。フィーベルさんとティンジェルさんに話しかけられて、クラスの人と交流するレイフォードさんを見てあそこまで優しい顔ができる彼ならば。
「………」
「………それでも不安?」
「…うん」
「なら、どうしても不安なら俺も一緒に謝りに行くよ」
これから三人には丸投げをするわけだし経緯とかも説明した方がいいだろう。それに一人じゃなければ意外と行動を起こせるものだ。人間だって群れる生き物だから。
レイフォードさんは暫く考え込むように唸るがすぐに意を決したように口を開く。
「名前」
「え?」
「名前、教えて」
おぉ……まさか向こうから尋ねてくれるなんて少し感動。
「サン・オールドマンです。好きに呼んで」
そもそも呼ぶ人物が少ないからね。サンでもオールドマンでも大歓迎。
「サン……うん、覚えた」
そう言ってレイフォードさんは静かに微笑んだ。外見に似合う実に可愛い笑顔である。成程男子達が熱狂するのも分かる上に、ロで始まってンで終わる趣味の方々の気持ちも少しだけ分かった。これ以上は危ないのでその思考は切るけど。
「じゃあ、サン。とりあえずは一人で、頑張ってみる」
「そっか。……よし、頑張ってねレイフォードさん」
「ん」
返事をした彼女の頭をポンポンと軽く叩きながら俺は立ち上がる。その時、ずっと座っていたからだろうか立ち眩みがして一瞬だけ意識が遠退くが、すぐに収まった。彼女も戻るかと思いきや、どうやらもう少しだけこの海と星空を見ていくらしい。彼女曰くとても気に入ったのだとか。
ならもう俺にできることはないだろう。そのまま俺は踵を返して自分達が泊まる宿泊施設を目指すことにした。
目指すことに、したんだけどなぁ……。
『GUUUUUUUU……!』
宿泊施設に向かうために森を突っ切ろうとしたのがいけなかったのだろう。現在俺は実に不可思議な生物と遭遇していた。顔と身体はライオンなのだが、背中からは蝙蝠のような羽が生え尻尾は蛇という生物だ。……いくらここが魔術飛び交う異世界だからってこんな生物が普通に存在する―――なんてことはないだろう。ぶっちゃけ、これは典型的なキメラである。しかもただのキメラではない。
こいつ、今朝見学した白金魔導研究所にある試験管にプカプカ浮いていた生物の一体だ。これが一体何を指し示すのか?それはたったひとつ、シンプルな答えだ。……要するに白金魔導研究所はその名とは逆の真っ黒施設だったということだろう。
「だからああいう施設には碌なものがないとあれ程……」
『GUUAAAAAAAAAAAAAAA!!』
「襲って来たし……」
獰猛な前足を見せつけながらキメラは口から火炎を放ってきた。おい、振り上げた前足使えよ。
そんなことに思考を割きながら、俺は右側に弾けるように跳ぶ。さて我らが担任講師は来てくれ――――ないよね。流石のグレン先生もそこまでタイミングよく現れてくれないだろう。であれば結果として自分で時間稼ぎもしくは逃走を図らなければいけないわけで……。
とにかく俺は生き残るために足を地面に叩きつける。するとその場所を基点に紫電が駆け抜けキメラの周りを取り囲んだ。
「頑張って逃げよう」
追撃に右手からショック・ボルトを放ってキメラの動きを封じると俺はそのまま背中を見せて逃走を図った。
……まぁ、こんなものを連れて宿泊施設に行くわけにはいかないから、完全に知らない所に向かってるんですけどね!!
グレン先生VSリィエル?知りませんな。