聞こえるか、この鐘の音が()   作:首を出せ

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一応この話の完結についてですが、アニメでやった分を消化し終えたらという方針で考えています。タグにも書いてある通り、私アニメしか見たことがないにわかなので……。


欲望渦巻くサイネリア

 

「うおぉぉぉおぉおおおお!!くたばれ、サン・オールドマン!」

 

 放たれるは殺意の言葉と高速で飛来する球体。目にも留まらぬ速さでそこそこの高さから打ち付けられたそれは、一点の迷いなく俺の顔面を捉えていた。このままでは確実に直撃コースである。

 どうやらクラスメイトの男子達は先程抱いた殺意を忘れてはいないようだ。だからここまで露骨に表に出すと女子達も引くということを何故気づかないのか。そのようなことを考えながら、俺は手を組み飛来するそれを真上に打ち上げた。

 

「出番ですよ先生!」

「任せろォォ!!」

 

 俺が打ち上げたもの―――バレーボールを追ってグレン先生は水着でもないのに跳び上がる。身体を撓らせて勢いをつけたそれは寸分の狂いもなく宙に浮くボールを捕らえた。そして、先程身体を撓らせた際にできた力を利用しそのまま相手のコートに向けて叩きつける。

 鍛え上げられた彼の肉体から放たれたそれは鋭く下り、見事相手のラインギリギリに突き刺さる。実に見事なスパイクだった。グレン先生が手を上げるので俺もそれに倣って手を上げ、そのままパシンと鳴らした。

 

 

 ここまで言えばわかるだろう。今行っているのは先程誘われたビーチバレーである。案の定組んでくれる相手がいない俺はグレン先生と組むことになった。そうして特に何の問題もなくチーム分けが済んだわけだが……問題はそこではなかった。何を思ったのかクラスの男子達が俺とグレン先生との勝負を熱望し始めたのである。一体なんでだろうと二人そろって首を傾げると、彼らは口をそろえてこう言った。

 

『いつもきれいな女子と一緒に居るお前らが許せない、と』

 

 おかしい。俺は自他共に認めるボッチだったはず。ここで思い返してみると、今年の初めに起きたテロ以来フィーベルさんとの仲が多少改善され、関わる機会は多くなっていた。その時、彼女の親友であるティンジェルさんともちょくちょく関わってきている。……成程。つまり、彼らはクラスのアイドルにして天使であるティンジェルさんとちょくちょく一緒に居る俺が許せないということか。グレン先生も同様だろう。彼もティンジェルさんと関わりが深い人物の一人だからだ。それにここ最近レイフォードさんという新たなる起爆剤も加わったこともある。

 要するにこれは男子達一同による八つ当たりと言うことだろう。そもそも女子と話したいのであれば会話に混ざることから始めた方が建設的だと思ったのだが、当然受け入れられるわけもなくこうして試合が始まったというわけである。ちなみに先程のチームがクラスの男子最後のチームだ。……うん、これでも二桁近い勝負を行っているんだ。最近続いているイベント(という名のトラブル)のおかげで体力や反射神経が身について来ているから問題ないけど、流石に疲れた。

 

「ふぅー……ナイスカバーだ。サン、意外と動けるじゃねえか」

「最近運動する機会が多かったもので。とりあえず、これで一段落ですかね」

 

 額から流れる汗を拭きながら笑いかけるグレン先生にこちらも笑顔で返す。とにかく自分達に恨み(妬み)がある男子諸君は潰したからもう問題ないと思う。これ以上の運動は普通に無理なのでそろそろ休みたいわ……。そんなことを思いながらグレン先生と共にコートを後にしようと思っていたのだが――――

 

 突然、俺達の背後から痛烈な殺気を感じた。

 半ば反射的に身体を逸らすと、その数秒後にナニカとしか言いようのない物体が真横を通り過ぎていき、俺とグレン先生の前に着弾。砂浜を抉り取り周囲に細かな砂を巻き上げた。

 

 俺とグレン先生は錆び付いたブリキのような動作で恐る恐る後ろを振り向く。するとそこには―――

 

「グレン、私とも……やろ?」

 

 とても可愛らしく首を傾げたレイフォードさんとたった今彼女が投げたと思われる弾頭の軌道を見て絶句しているフィーベルさんの姿があった。どうやら男子達は前座であったらしい。グレン先生と視線を重ね合わせ静かに頷く。俺達の死線はどうやらここからのようだった。

 意を決し俺達はコートに立つ。最早一瞬の油断もない。それを見せた瞬間俺達は目の前に存在している美少女の皮を被ったナニカに貫かれてしまうのだ。……こう言っては何だが、男子達なんかよりもよほど命の危険を感じる戦いの幕が今ここに切って落とされた。

 

「やってやるぜ!!」

「覚悟はいいか?俺はできてる」

 

 俺達の戦いはこれからだ―――!!

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 時刻は既に夜。リゾート地としても有名なだけあって学生達が寝泊まりしているホテルから見える光景はまさに美しいの一言に尽きた。耳を澄ませばかすかに聞こえてくる海の音。周囲は普段とは違い豊かな自然に囲まれ、空を見上げてみれば雲一つない満点の星空を堪能することができた。

 その光景をシスティーナ達も自分達が泊まる部屋のバルコニーから覗いていた。システィーナもルミアもその光景に釘付けとなる。リィエルも何か思うところがあるのだろうか、それとも単純に見入ったのかじっとその夜空を見つめていた。

 

 美少女三人が星空を見上げる様子はとても絵になったことだろう。だが、そんな絵画のような構図に邪魔者が入った。それは思春期をこじらせた男子であり、金欠な魔術講師であった。

 

『俺は、俺達は……!あんたを倒して、楽園(エデン)に乗り込むんだ……!』

「その覚悟は受け取った。だがな、これ以上俺の給料が減るようなことがあれば、逆に俺が学園に金を入れなければならん。それだけは絶対に阻止しなくちゃいけないんだ……。だから、かかってこい男子ども。譲れないものの為に、この俺を越えてみなァ!」

 

 馬鹿みたいな主張と共に弾ける魔術。それらがぶつかり合う姿は皮肉なことに夜空に輝く星々に勝るとも劣らない美しさを誇っていた。人間の欲望とは時に美しく見えるものなのだろう。当然、この美しい花火もどきができるにあたっての経緯をバルコニーからしっかりと聞いていたシスティーナは呆れかえり、ルミアは困ったように微笑んでいた。リィエルは何が何がかわからないような表情であった。システィーナは思う。願わくば彼女にはこのまま純粋で居て欲しいと。

 

「よかったね、システィ。あの中にサン君が居なくて」

「んぅえっ!?そ、そんにゃこと気にしないわよ……!?」

 

 どうやらリィエルの心配ではなく自分の心配をした方がいいのではないかとこの時システィーナは思った。だが、元々ルミアも無理矢理話を掘り起こそうという人物ではなくシスティーナの反応を確認した後すぐにその話題を切り上げた。これに対して当のシスティーナはキッと自身の親友を睨みつけた。

 

 その後彼女達はクラスメイトが誘いに来た遊びに誘われクラスメイトとの関係を築いていく。

 だが、システィーナとルミアそしてリィエルは気づかなかった。男子とグレンが派手な花火を打ち上げる中、一人森の奥へと消えて行ったサンの姿に。

 

 

✖✖✖

 

 

 

 サイネリア島の何処か。深い森を抜けた所にポツンと存在している崖で、ある男女が話し合っていた。それだけならば深い関係の者達と思ってしまうだろうが、男性の方は普通の恰好をしており女性の方は何故かメイド服に身を包んでいた。この段階で他の者が見たらおかしいと違和感を覚えるだろう。さらに言ってしまえば、その二人は男女の関係を匂わせるような雰囲気を作り出してはいなかった。

 メイド服を着た女性が纏う雰囲気はとても冷たく、浮かべている表情にもどことなく狂気が見て取れた。男性――いや、青年と呼ぶに相応しい外見の男も女性ほどではないが普通の人間とは思えない血の匂いが感じ取れた。

 

「あの件は、組織も前向きに検討しております」

「こちらも感応増幅者についての仕込みは既に……」

「それでは、互いの望むもののために」

「はい。誠心誠意頑張らせていただきます」

 

 闇に紛れる者達の密会は、それだけで終わるはずだった。いや、本人達もそう思っていたことだろう。常にこれらの行動を行ってきた彼らはこの場所に誰も居ないことを悟っていた。遠見魔術の気配も感じていなかった。だからだろう。その声が聞こえた瞬間にはまるで心臓を鷲掴みにされたような感覚が走ったのは。

 

『―――人としての在り方を失った者達よ、汝らの首既に捕らえた』

「ヒィ!?」

「―――!?」

 

 自分達が張っていた感知にも引っかかることなく、その声は彼らの直ぐ近くで発せられた。青年が周囲を頻りに見渡してみても姿が見えることはない。だが、確かにそこには存在している。

 メイド服を着た女性―――天の智慧研究会所属の魔術師、エレノア・シャーレットは青年とは対照的に分析を始める。

 

――――存在は感知できるにも関わらず姿が見えない。……不可視の魔術もしくはそれに類する異能者……?いえ、違いますね。正確には()()()()()()()()()()()といったところでしょうか。

 

 エレノアは今自分達に話しかけている人物がわざとその存在を認知させているのだと予想を立てた。そして、彼女はそこからこの人物と自身との戦力差を計算していく。例え自身が絶対的な不死性を持っていたとしてもそれに驕ることなく引く時は引く、その動きができるのがこのエレノア・シャーレットという人物であった。

 

――――先程まで全く感知させなかった所を考えますと、力量は向こうの方が上。それでもこちらに手を出してこないのは、出せない理由があるのかそれともここで殺す気がないのか、あるいは姿を見せたくないのでしょう。

 

「あら、女性を捕まえておいて姿も見せないなんて紳士のすることではありませんわ」

『我は只の代行者。私を殺し公に徹し、歴史に刻まれた果ての残滓に過ぎぬ。故にそのような拘りはない。我は()の為すべきことをするまでのこと』

「冗談が通じないお方ですこと……それで、此度は一体どのような御用件で?」

 

 気だるそうな表情を崩すことなく、むしろ唇の端を吊り上げ笑みすらも浮かべた。しかし不可視の声はそのようなエレノアの様子に気分を害した様子はなく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

『我等にこれ以上関わるな。この言の意、理解しているだろう』

「…………」

 

 不可視の声が言う通り、彼女はこの声が指していることが理解できていた。それは彼らが立てている計画。王家の身分でありながら異能者として生まれてしまい、死んだものとして扱われた王女ルミア・ティンジェル。彼女を使った計画を彼女達はこの島で計画していた。

 それの中止を訴えるということは恐らくこの声はルミア・ティンジェルの近くに居る存在だという予想をこの会話でエレノアは立てた。そうしつつ、彼女はこの場を逃れるために言葉を紡いでいく。

 

「えぇ。畏まりました。その言葉に従いましょう。私達は貴方様方の前には現れない……それで、よろしいですね?」

『その言葉、努々忘れるな』

 

 それ以降その声が聞こえることはなかった。そして声が聞こえなくなると同時にエレノアと青年に纏わりついていた気配も消え去る。青年は自身の命を脅かしていた存在が消えたことに安堵すると同時にエレノアに詰め寄った。その内容はもちろん今後どうするのかということである。仕込みは確かに終わっている。彼の目的達成は目の前まで来ていた。しかし、あのような存在が近くに居るとあっては恐ろしくて実行できそうにない。縋るように彼はエレノアに懇願する。彼女は情けない青年に対してこともなげにこう言った。

 

「そこまで恐れる必要はありません。ここで私達に手を出さなかったことが何よりの証明。アレには手出しできない理由があるのです。それが判明してしまえば、いったい何を恐れることがあるというのでしょうか」

「し、しかし……」

「もちろん。当初の予定よりも困難なことはこちらも承知の上です。なので、できる限りの助力はさせてもらいます……どうですか?そちらにとっても悪い条件ではないと思いますが……」

 

 青年にとってエレノアの言葉はどれほど甘美なものだっただろうか。彼女の実力は組織に属している者として知っている。彼女は間違いなく一流の魔術師だった。その彼女が助力をしてくれる。……彼にとってそれほど心強いものはなかった。謎の声に関しても確かにあの場で襲って来ないことはおかしいと思い、結果的にエレノアが言った言葉を鵜呑みにしてしまう。

 

 そして彼はそのまま自身を納得させ、当初の予定通り感応増幅者―――ルミア・ティンジェルと彼が欲している()()の回収準備に回った。

 

 

 

 

 

――――そして、この場に一人残ったエレノアは自身の言葉を疑いつつも縋ることしかできなかった憐れな青年を笑顔で見送った。

 

「大変申し訳ないのですが……貴方には、フフフ……当て馬となっていただきましょう」

 

 実のところ、彼女には先程の声の正体―――その目星がついていた。それは魔術競技祭に置いて自身に視線を向けていた或る男子生徒。傍から見れば特に特徴のない、それこそごく一般的な学生である。

 しかし、長年魔術師として生きて来た彼女の勘が囁くのだ。あれは自分と同じく皮を被っているだけに過ぎないと。本来は、大陸最高峰の魔術師―――セリカ・アルフォネアにも劣らない傑物であると。

 

「あぁっ、名も知らない貴方様。私、とっても興味が湧いてきましたわ。フフフフフフ……」

 

 未だ夜が明けないサイネリア島で、エレノアの笑い声が不気味に木霊する。何があろうとももう止まることはない。既に賽は投げられているのだから。

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 右をご覧ください。森です。

 左をご覧ください。森です。

 後ろをご覧ください。疲れ果てた生徒達です。

 前をご覧ください。疲れ果てた生徒達です。

 

「寝不足なのにこの運動量は流石に死ねるんですけど……」

 

 馬車に、船に、海に……と遊びまわった結果だろうか。昨日早めに睡眠を取ったにもかかわらず微妙に疲れが残っており、寝不足特有の気だるさが俺の身体を包み込んでいた。それだけでも一日のテンションが急降下なのに、この遠征学修の本来の目的である帝国白金魔導研究所はこの自然の奥深くに在るらしく移動がとても困難だった。長い道のりだが、道が整備されていないため移動手段は徒歩しかない。その結果、インドア派が多いこのクラスの生徒達は大半がぜぇぜぇ言いながらこの山道を歩いていた。かく言う俺もそのうちの一人である。まさか、魔導研究所に行くために登山をする羽目になるとは思わなかったわ。

 

「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!」

 

 何か楽しいことでも想像しながら歩みを進めようかと頭の片隅で考えていると、後方から悲痛な叫びが聞こえてきた。ちなみにくぎゅうではない。

 チラリと視線を向けてみれば、ずんずんと早歩きでこちらに向かってくるレイフォードさんの姿があった。表情は下を向いているために確認することはできなかったが、少なくとも笑っていたなんてことはないだろう。

 彼女が俺を追い越して行ったのを見送りながら、今度は彼女が先程まで居た場所に視線を移す。そこには深刻そうな顔をして話し合いを行っているグレン先生とティンジェルさん、フィーベルさんが。成程、つまりまた厄介事ですね。

 現状をなんとなく把握した俺は今度はレイフォードさんが消えて行った方に身体を向ける。未だに全速前進をしている彼女を視界に収めて俺は静かに溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 白金術。それはこの前も説明した通り白魔術と錬金術を複合させた系統の魔術であり、それが扱うのは生命そのものらしい。故に此処みたいに自然にあふれた環境とマナが必要なのだと所長のバークス・ブラウモン氏は言っていた。

 別にそれはいいんだけど、ちょくちょくティンジェルさんを見ているのはどうしてだろう。もしかして彼はロリでコンな人なのだろうか。外見がタケシ面(糸目)なことが関係しているのだろうか。白金術の何たるかを聞き流しつつ、そのようなことを考える。真面目に話を聴けって?正直俺はショック・ボルト以外は致命的とは言わないが、お世辞にも得意とは言えない腕前である。だからこそこれを聴いても何の利益にもならない。それに、バークス・ブラウモン氏はこの魔術を生命そのものとまで例え誇らしげに語っているようだが、前世でそういった禁忌に対する怖い話を視て来た自分としては素直に賛同できるものではなかった。バイオとかいい例だと思う。それに試験管の中によくわからない継ぎ接ぎだらけの生き物がいるのは気分が良くないし。何より、正体は掴めないけど何かしらの衝動に襲われるような感覚を覚えるのだ。それに伴い気分もあまり良くなくなってきた。原因は不明だけれども長居しない方が得策だろう。

 

 そのようなことを考えつつ、俺は柱に寄りかかって一先ず見学時間が終わるのを待っているのだった。

 ……なんか離れた所でプロジェクトなんたらっていうのが聞こえたけどどうでもよかった。どうせ碌なもんじゃないんでしょ?俺知ってるよ。

 

 

 

 

 

 無事に内臓の中の物を吐き出したりすることなく白金魔導研究所の見学を終えた俺達。フィーベルさん達は食事に誘われていたようだが、当然俺にはそういった誘いは来ない。……いや、正確に言えば彼らはどうやら迷っているようだ。恐らく此処二日の間で俺が普通の人間だと分かって来たらしい。自分でこう言うのもおかしいと思うけどね。多分間違ってないと思う。クラスメイトが俺に向ける視線は未知のものを見る眼と似てたしね。

 まぁ、その辺のことは気にしていても仕方がないので一人で何処か気晴らしにでも行こうかと伸びをする。すると、猛ダッシュで街中に消えていく鮮やかな青髪を見つけた。恐らくあれはレイフォードさんだろう。見た感じだと朝の一件以来進展は見えなさそうだ。

 

 少し周囲に目を向けてみればレイフォードさんが消えた方を見つめるフィーベルさんとティンジェルさんの姿もある。ここで慰めの言葉でもかけられればかっこいいんだけれども如何せんこの状況で俺にできることはない。万年熟練ボッチ(強制)の俺にはグレン先生を二人に会わせることしかできなかった。

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

「やっと隙を見せたか。それにしてもこれは好都合だ。わざわざ付け入る隙を見せてくれた連中には感謝しないとな」

 

 サイネリアのビーチへと続く森の中、一人呟きながらその青年は軽い足取りだった。そう、彼は昨日エレノアと会談していた青年である。昨日は不可視の声に対して恐怖を抱いていた彼だったが、エレノアの巧みな話術によって精神を補強された彼は求めていた自身の玩具―――リィエルの元へと歩みを進める。

 

 そう、ここまで言えばわかるだろうが、リィエルは元々天の智慧研究会の人間だったのだ。彼女の場合はその出自がかなり複雑になっているが、簡単に言うのであれば彼女自身は嘗て天の智慧研究会の人間だった少女のクローンということであり、この青年はそのオリジナルとオリジナルの兄を殺した人物でもあった。

 だが、彼はリィエルを利用するために今は殺した兄の皮を被っている。それは正しく人を捨てた存在と呼ぶにふさわしかった。彼の計画はこうである。リィエルは外見に反して中身は年齢よりも未熟である。故に兄の恰好をしていれば容易く操れると彼は思っていた。

 そうして手に入れたリィエルを使ってルミアを攫いだし、自分は手を汚さずにのうのうと見ているだけで地位を手に入れることができるのだ。

 

 自身の未来を思い描き、さらに軽くなった足を踏み出そうとしたところで―――彼は違和感に気づく。

 

「―――?―――――――!?」

 

 先程まで問題なく歩けていたにも関わらず、歩くことができなくなっているのだ。それだけではない。彼の顔は地面と接触しており身体は地に伏せていた。どうなっているのかと自身の足に力を込めて立ち上がろうとすると、全身を激痛が走り抜けた。

 

「―――ぃぃぎぃぃい……!痛い痛い痛い、これは一体なんだ!?」

 

 慌てて上半身だけを起こして自分の足を確認する。するとそこにはあるはずのものが綺麗さっぱりなくなっていた。

 そう、ほんの数秒前まで自分の身体を支えていた右足が綺麗さっぱりなくなっていたのである。ここで自身が負っている傷を明確に意識したために右足の痛みが脳を貫いた。

 

「う゛っあ゛あ゛あ゛あ゛っ……!!」

 

 自分の身体から流れる血を自覚しつつ青年は何とか止血をしようと来ていた服を千切って足に巻き付ける。

 そして痛みに苦しみながらもこれを行った人物をこれから手に入れる玩具(リィエル)で叩き潰そうと決意する。だが、悲しいかな。彼にそのような未来は訪れない。何故なら、もう既に青年の天命は決まってしまったのだから。

 

「な、なんだ……この、音は……」

 

 一瞬だけ痛みも忘れ、彼は自身が感知した音に意識を集中させる。

 それは厳格な音色だった。それは全身に浸透してくるかのような音色だった。それは、神々しく祝福すらも感じる音色だった。それは生命に根本的寒気を与える音色だった―――。

 幾重にも矛盾しているようで、矛盾していない……そのような感想が頭の中を駆け巡る。わからない。分からない。ワカラナイ。けれど、そんな彼にも確信できることが一つだけあった。

 

 

 

 

 それは、確実にその音が近づいているということだった。

 

 

 

 

―――そして、時は訪れる。

 

 

 

 

「――ぅ、ぁっ……」

 

 

 

 

 現れたのは、何の変哲もない剣を持った学生服の少年。年齢は足を無くした青年よりも若いだろう。それだけであれば迫力も何もない光景だ。しかし、対峙している青年だからこそわかる。今、目の間に居る学生こそが昨日の不可視の声の正体。死の具現と言われても納得できる規格外の存在。青年にとって目の前の学生服の少年は、ただ『死』という概念が学生服を着ているようにしか映らなかった。一歩一歩恐怖を刻み込むように踏み込む少年。彼は残り数歩という距離まで詰めると、今まで下に向けていた表情を上げた。

 

 上げられた顔には一切の表情が存在しない。まるで仮面のように張り付けた無表情が顔を覗かせているだけだった。その人間味のない表情に青年は言いようのない嫌悪感を刺激され、地面を這いながらも距離を開ける。

 

 

『選んだな』

 

 

 静かに学生服を纏った『死』が問いかける。

 その言葉について青年は今更考えるまでもなかった。何を選んだのか、それは当然昨日の警告を無視して計画を実行することである。エレノアの言葉に乗せられ、自身の欲望によって突き動かされた彼はこの時ようやく己が犯した間違いを自覚した。彼はあの時大人しく手を引いておくべきだったのだ。より一層、彼の耳に鐘の音が鳴り響く。先程よりも大きく、響く。

 

『―――聞くがよい。我が鐘は汝の名を指し示した。告死の羽、首を断つか――――『――――』!!』

 

 まるで祝福するかのように響く鐘の音と、己を取り囲むように現れ舞う()()()()。それがリィエルのオリジナル、その兄に姿を変えていた青年の最期に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

✖✖✖

 

 

 

 

 少女、リィエル・レイフォードは昨日システィーナとルミア達と遊んだ砂浜にて膝を抱えて泣いていた。

 

 彼女自身もどうして泣いているのかはわからなかった。二人と遊んで楽しかった。それは本当の事である。だが、彼女達はリィエルにとって全てと言っても差し支えないグレンを奪った存在でもあると感じていた。だからこそ、彼女達から差し伸べられる手を、言葉を全て払いのけてここまでやって来たのだ。仕方がないことだったのだ。何故なら、グレン・レーダスはこのリィエル・レイフォードという少女にとって文字通り自身が生きる理由。全てなのだから。

 

「違う、私は悪くない……!悪くなんか、ない……!」

 

 言葉から出るのは正当化の声。自身が正しく悪いのはシスティーナとルミアであると断じるもの。しかしその言葉によって彼女の心が軽くなることはない。むしろ、自分で自分の身体をナイフで抉っているかのように鋭い痛みが走った。

 

「分からない、わから、ないよぉ……兄さん……」

 

 結局はそこに戻ってきてしまう。

 グルグルと頭を悩ませては答えがわからず泣き腫らす。それを繰り返していると、リィエルの耳に砂浜を歩く音が聞えて来た。

 彼女はそれを聞いた瞬間にバッと振り向き、やって来た人物を確認する。もう今は誰にも会いたい気分ではなかった。システィーナもルミアも、グレンでさえも。

 

 しかし、彼女の目の前に現れたのは予想外の人物だった。

 

「……何でレイフォードさんが此処に居るのかはともかく、こんな所に居ると風邪をひきますよ?」

 

 そう彼女の前に現れたのは、どうしてこんな所に居るんだ?と言わんばかりに不思議そうな顔を浮かべたサン・オールドマンだった。 




デデーン。ライネル・アウトー(リンゴンの刑)

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