八咫烏ってMなのか?   作:凛之介

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八咫烏ってクーデレなのか?

ざぁぁと鳴り止まない雨音が俺たちを憂鬱にさせる。

洗濯物も乾かないし、梅雨は嫌な事ばかりだ。

 

「バス通学面倒臭いし……」

 

夕飯前に俺がソファで愚痴を零すと、隣の八重も便乗してきた。

俺に負けず劣らず不満そうである。

 

「私も湿気で髪の毛が……」

 

髪の毛を触りながら唇を尖らせる八重。確かにいつもより毛量が多いように感じる。

随分気にしているようで、先ほどから溜息を何度も吐いている。

 

「別にこれでも可愛いからいいと思うぞ」

 

気にすることはない、と言いながら頭を撫でてやると八重は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

少し撫でにくいが、問題はない。全くない。

紅葉はストレートだから困んなくっていいなぁ、と文句を言いながら俺の肩にもたれ掛かってくる。これが乙女の嫉妬という奴か。

癖毛も可愛いと思うが、やはり手入れとか大変なんだろうなぁ。短髪の俺には分からん。

 

肩からずり落ちて膝に頭を乗せた八重は、あっと呟いて冷蔵庫へと行ってしまった。

少し残念な気がしたが、すぐに戻ってきてまた膝に頭を乗せて寝転がった。

手には最近買ったプリンが握られている。あとスプーンも。

 

「梅雨でイライラするからプリンで誤魔化す!」

 

「こら、食べるなら座れ」

 

意気揚々に蓋を開けようとしたのでそれを咎めると、八重は不満そうな顔をしたがちゃんと座り直した。俺の膝の上に、だ。

前も一度この状態になったことがあるが、その時は即座に八重をどかした。

なぜなら八重の髪の毛の香りを至近距離で嗅いでしまうのだ。

恥ずかしいとか嫌だとか、そういう訳ではない。

だけど、こう、アウトな気がする。下手したら理性が保てなくなりそうだ。

だが、プリンを食べ始めてしまった八重をどかすのも悪いからなぁ……。

 

仕方なくできる限り口呼吸で過ごしていると、居間に紅葉が入ってきた。

そして俺たちを見ると不服そうに顔をしかめて口を開こうとしたが、何か思いついたかのようにこちらへ近寄ってくる。

何を考えたか、ソファの裏に回った紅葉は俺の胸の前に手をまわしてぎゅっと抱き着いてきた。

その豊満な胸がむぎゅっと柔らかに俺の背で形を変えていく。

予期せぬ事態に俺の心臓はものすごい速度で鼓動しだした。しかも動揺したせいでうっかり鼻呼吸してしまい、八重の髪の香りが鼻腔を刺激する。

嗅覚と触覚がやけに敏感に反応し、俺の理性を蝕んでいく。

それはたったの数秒のことかもしれないが、俺には十数分くらいに感じられた。

 

――もう、耐えられない。

理性が遂に限界を迎え、八重を背後から強く抱きしめようとした瞬間、

 

「……サンドイッチ」

 

頭上から聞こえた紅葉の唐突な一発ギャグにより、今度は俺と八重の腹筋が崩壊した。

 

「紅葉、なに、いきなり、サンドイッチってあはははは!」

 

「さ、サンド、イッチ…ははははは!俺を八咫烏でサンドか!ははは、腹いてぇ……!」

 

俺たちが腹を抱えて笑っているのに対し、紅葉は何も言わない。

笑いを必死に押し込めながら振り返ると、そこには顔から湯気が出るほど真っ赤になった紅葉が立ち尽くしていた。

それは俺たちに笑われて恥ずかしくなったのか、俺に抱き着いてたのが恥ずかしかったのかは分からない。

紅葉は真っ赤な顏を隠すようにして俯いたまま居間を出て行ってしまった。まだ笑い続けている八重を膝から降ろして追いかける。

自分の部屋に入った紅葉を確認してから、俺も声をかけながら部屋に入る。

俺はベッドにうつ伏せで寝転がっている紅葉の脇に腰かけた。枕を抱きしめながら紅葉がこちらをちらりと見上げる。

 

「なぁ、紅葉があんなことするなんて珍しいけど、なんかあったか?」

 

そう訊ねたが、紅葉は再び枕に顔を埋めてしまった。うーんと悩んでいると、不意にベッドについていた右手にぬくもりを感じた。

 

「……私だって、たまには甘えたいんだよ」

 

か細い声でそう呟いた紅葉は俺の手をさらに強く握りしめてくる。こういう乙女な紅葉は八重に負けずとても可愛い。うん、俺の胸を跳ね上がらせるには十分な可愛さだ。

普段は大人びているけどまだまだ乙女な紅葉に思わず頬が緩んでしまう。握られた右手をするりと引き抜いてサラサラの赤髪に触れる。八重とは違った撫で心地の良さだ。さらに紅葉の顔が赤くなってしまったが気にせず撫で続ける。

俺だって、たまには紅葉を撫でたいんだ。

 

「お前も可愛いなぁ」

 

本音をそのまま伝えると、先ほどのように顔から湯気が出始めてしまった。

八重よりも恥ずかしがり屋なんじゃないかこいつ。

 

「やっぱり、大好きだ……」

 

「え、今なんか言ったか?」

 

なんでもないと慌てて首を振る紅葉。枕に顔を埋めてるからよく聞き取れなかった。

ま、今日でまた一段と紅葉との距離が縮まった気がする。

そして、俺は夕飯の用意を済ませていないことに気が付くまでずっと紅葉を撫で続けていた。

 

 

「榊お腹すいたー!」

 

二人で居間に戻ると八重が頬を膨らませながらスプーンを咥えて怒っていた。まさかそれプリンの時のか?

駄々をこねる八重を一撫でしてから台所に向かう。

 

「ねぇ八重」

 

「ん?」

 

「私も榊に撫でてもらったからね♪」

 

何故か八重に自慢している紅葉が可笑しくて思わずクスッと笑ってしまう。

何を張り合ってるんだか。

 

「別に、私榊に膝枕しょっちゅうしてもらってるからね~」

 

「っ!」

 

顔は見えないけど、多分悔しそうな顔をしているのだろう。

次の日、帰ってきた俺に紅葉が膝枕をねだってきたのはまた別の話。


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