今回のメインは……?
八咫烏って計算高いのか?
「プリッキーゲ――――――ム!!!!!!!」
「うるせぇ!」
プリッキーの箱を掲げて唐突に叫んだ八重にチョップを食らわし、俺はやれやれと溜息を吐いた。今日がプリッキーの日なのはもちろん知ってるし、八重がプリッキーゲームを提案してくるのも察しがついていた。昼まで爆睡してたくせになんでこんな元気なんだこいつ。まぁそこも可愛いけどな!
去年とは異なり、俺と八重は正式に(?)に恋人となった。だから堂々とプリッキーゲームすることに問題はないのだが、もう一つ去年と違うことが……。
「待て、今年こそ私も榊とプリッキーゲームしたい!」
八重の叫び声を聞きつけて二階から紅葉が居間へ全速力でやってきた。軽く息が上がっている、どんだけ急いだんだ。紅葉は八重の元へ歩み寄ると、その身長差を生かして八重を見下すような表情を浮かべる。
「八重、今日は譲れないぞ。榊とプリッキーゲームするのは私だ!」
「えー、恋人の私に勝てるとでも思ってるの?」
挑発するように笑む八重と紅葉はにらみ合い、その気迫に俺は思わず後ずさった。と、居間に烏沙義がやってくる。
にらみ合っている二人を見て、俺を見て、そして八重の手に握られたプリッキーを見て漸く合点がいったのか、ぽんと手のひらを合わせた。烏沙義は少し考える素振りを見せると、いつもの可愛らしい笑顔を浮かべながら紅葉にっ抱き着き、
「紅葉さん私とプリッキーゲームしましょー!」
「え、えぇ!?」
紅葉は驚いたように烏沙義に目を向け、その瞬間八重と烏沙義が何やらアイコンタクトをとったように見えた。そしてすぐさまプリッキーを取り出した八重はそれを咥え、じりじりと俺ににじり寄ってくる。紅葉はそれを止めたいようだが、烏沙義に拘束されて身動き取れないようだ。
「ほら、榊。今年こそ、最後まで……」
俺は抵抗するのも無駄だと思い、おとなしくもう一方の端を咥えた。そして徐々に食べ進めていき、目の前には八重の顔が――
◆
今年も八重に負けてしまった……今年こそは、と意気込んだのに思わぬ邪魔が入った。私は烏沙義を引きはがすと、大人げないながらもあざとく舌を出す彼女をにらみつけた。プリッキーゲームを始めた二人を背に、私は居間をあとにした。後ろをてくてくと烏沙義もついてくる。
自室に入ってベッドに腰を下ろすと、隣に小さな彼女も座ってきた。何故邪魔をしたのか、という意味合いも込めてもう一度にらむと、烏沙義が手に何かを持っているのに気が付く。それは、八重のプリッキーだった。
「だから紅葉さん。私とプリッキーゲームしましょ?」
端を咥えてそう微笑む烏沙義に、不覚にもどきっとしてしまう。
「あれぇもしかして照れてるんですか?」
顔を近づけながら烏沙義は妖しく笑う。烏沙義ってこんな性格だったか……? 思えば、初めて出会った時よりもだんだんと大人びてきている気がする。八重を炊き付けたのも烏沙義らしいし……。
いやいや、そうじゃない。私がプリッキーゲームをしたいのは榊なのだ。私は烏沙義の肩を抑え、接近を阻止する。
「烏沙義、悪ふざけはやめろ」
しかし、烏沙義は止まらない。不意に胸倉をつかまれ、抵抗する間もなく私は烏沙義の顔へと引き寄せられる。その黄金色の瞳は私を真っすぐ見つめ、小さな口の端が吊り上がった。
「悪ふざけでこんなことしません。それに、たかがプリッキーゲームですよ」
再びプリッキーを咥えた烏沙義は見る見る私の顔へ接近し、ついに私の口にその端が到達した。思わず目を瞑ると、カリカリとすごい速さでプリッキーを齧る音が鼓膜を刺激する。
次に私が感じたのは、唇に触れた柔らかい感触だった。
「ご馳走様でした」
悪戯っぽく舌なめずりをする烏沙義。自分でも顔が熱くなっているのが分かる。今まではあどけない幼女だったのに、いつから烏沙義はこんなに大人っぽくなった? いや、もしかすると、本当は最初から……。
「さて、それじゃ……お姉ちゃんたちのとこ行ってくるです~!」
大人びた表情から一転、いつもの可愛らしい烏沙義が顔を出す。スキップで自室を去ろうとした烏沙義は、扉の前で足をとめこちらを振り返った。
その顔は、
「私は紅葉さんと違って躊躇わないので、これから覚悟してくださいね?」
柔らかくも妖艶に微笑み、私の前から去った烏沙義。私は一人、ベッドの上で呆けていた。
烏沙義の精神的な成長が早いのか。それとも最初からこうなのか――。そこまで想像して、私は考えるのを止めた。八重と榊のことも気になるのに、烏沙義のあの笑みが頭から離れない。
私は去年とは違うぞ。と八重に言いたかったのに、その台詞は烏沙義に見事に奪い去られた。