最終話目前にしてスランプに入る、これぞ俺のスタイル! 嘘ですごめんなさい。
亀更新ながら、読み続けてくださった読者の方々、お気に入り登録してくださった皆様、評価を付けてくださった皆様に多大なる感謝を。
それでは最終回、どうぞ!
『明日、八重に告白しろ』
俺が紅葉を振ったことに対する、交換条件だ。正直言えば、俺は八重に告白しようだなんて微塵も思っていなかった。だって家族だから。この関係を壊したくなかったから。
でも、紅葉はそれを恐れずに勇気を出して俺に告白してくれた。
「……八重に告白、か」
「なんだい、怖いのかい?」
遊園地を出たころはまだ橙色だった空はすっかり藍色に染まっている。最寄り駅から自宅へ向かう中、紅葉が俺の顔を覗き込んだ。
怖くない、といえば嘘になる。関係云々もそうだが、純粋に受け入れてもらえるか。そこが怖い。八重は正直言ってまだまだ精神面は子供だ。八重の言う「好き」がどの程度のものか、俺は知らない。何度も好きと言ってもらったことはあるが、それは果たして俺と同じ好きなのだろうか。
「まぁ指定したのは明日さ。今日は何も考えずに普通にしてればいい」
簡単に言ってくれる。俺が文句を言うと、「私は吹っ切れたからね」と舌を出された。そう返されてしまうと、こちらは言い返せない。
そうこうしていると、我が家に到着。
「ただいまー」
声をかけながら玄関扉を開けると、駆け足でこちらへ向かってくる小さな影。
「おかえりなさいなのですー!」
飛びついてきたのは烏沙義一人だった。烏沙義を抱きしめながら八重の姿を探すが、気配が感じられない。
と、烏沙義が思い出したように俺に報告をしてきた。
「お姉ちゃん、なんかお出かけしちゃいましたー。ご飯もいらないって」
「は!?」
◆ ◆ ◆ ◆
予期せぬ訪問者。彼女を言い表すとしたらそれが当てはまる。
「こんばんは、小鳥遊さん」
「八重ちゃん……?」
そう、我が家のチャイムを鳴らしたのは私のクラスメイト盥榊君の家に住んでいる少女―八重ちゃんだ。
何故私の家を知ってるのか、そんな疑問も浮かんだが、八重ちゃんの目を見たらそんなことはどうでもよくなった。この前会った時とは違い、目に自分の気持ちがはっきり表れている。
私のところに来たのは、私が前言ったことの意味を理解したからだろう。
『なぁ、なんで今日遊びに来たんだ?』
『ちょっと気になったことがあったから。そんだけ。』
「やっと気が付いたんだ?」
「うん」
私の問いかけにも迷わず頷き、まっすぐ私を見つめてくる。
「小鳥遊さんは、榊のこと好きなの?」
ド直球にそう訊ねてくるものだから、私はついつい意地悪をしてしまった。
「さぁね、答える義務はないよ。でも……」
八重ちゃんの気持ちがもうぶれることはないだろう。だから、最後の確認だ。
その可愛らしい黒髪に手を伸ばし、そっと頭を撫でる。
「私が榊君を頂戴って言っても、くれないでしょ?」
私自身、正直言えば榊君のことが好きなのかどうか分からない。だからこそ、私と同じ―榊君のことが好きなのか、自分でもわかっていない八重ちゃんが気になって仕方なかった。
でも、やっと確信したみたいだ。
私の目を見て、八重ちゃんは強気な笑顔で答えた。
「榊は私が貰うから、小鳥遊さんにはあげないよ」
そうこなくっちゃと、私も微笑んだ。
「どうする、ご飯でも食べてく?」
「うん、最初からそのつもり!」
「あはは、遠慮ないね~。おかーさーん!」
後で榊君には電話をかけておこう。それよりもまずは、八重ちゃんとガールズトークでもしましょうかね。
◆ ◆ ◆ ◆
電話を切り、俺は台所に戻りながら溜息を吐いた。
「八重、小鳥遊ん家にお邪魔してたらしい」
「はぁ!?」
ソファで本を読んでいた紅葉は声を荒げ、顔をしかめた。まだ小鳥遊に良いイメージがないのか……。
それはともかく、八重を迎えに行こう。もうすっかり暗いし、近頃物騒だからな。手早く上着を羽織り、玄関扉を開けたその時。
「あ、榊。ただいまー!」
八重が丁度帰って来た。いや、流石に早すぎないか? さっき小鳥遊から「八重ちゃんが今家を出た」と報告されたばかりだぞ?
俺が訊ねると、八重はさも当然のように答える。
「空飛んで帰って来た」
……まったく心配する意味がなかった。なんだろう、この残念感。
ともかく無断で外出し、あまつさえ夕飯までご馳走になったことに関して軽く説教をした。普段ならば嬉々として説教を受ける八重だが、何故か今日は真面目にうなずいていた。
俺達がいない間に何かあったのか? 一緒に留守番していた烏沙義に視線を送るも、烏沙義は何かを隠すようにそっぽを向いてしまった。怪しすぎる……。
「なぁ烏沙――」
「私お風呂入ってくるですー!」
逃げるように風呂へ向かう烏沙義。紅葉も不思議そうに首をかしげている。まぁ、話したくないのなら仕方ないかと諦め、そのあとはごく普通に、いつも通り過ごした。
順番に風呂に入って、明日の朝食の用意をして。八重と烏沙義が寝たあと紅葉と二人でお茶しながら小説の話をして。
そして、八重を起こさないようにベッドに入った。
(明日、どうやって告白しよう……)
が、自分から告白したことのない俺には答えが導き出せず、結局諦めて目を瞑る。緊張と不安から逃れるように。
◆ ◆ ◆ ◆
「おはよう、榊」
朝一で言葉をかけられたときは心臓が止まるかと思った。言っておくが、一応コミュ障ではないぞ。学校でおはようと言われればおはようと返すさ。当たり前だ。
問題は日頃一番に起きて、それから三人を起こしていた俺より先に起きていたやつがいるということだ。
寝起きのせいで目の前の状況が理解できない。まだ完全に活動を開始しない脳を必死に回した結果、口から出たのは
「……なんで八重俺に乗ってんの」
という素っ気のない一言。驚こうにも驚けないこの状況。
八重は何故か俺に馬乗りになり、俺の顔を覗き込んでいた。昨日はあまりよく寝れなかったせいで、頭の回転が遅い。俺は近くに迫っている八重の顔を眺め、懸命に脳を回す。
相変わらず世界一の可愛い顔。桃色の唇にクリッとした瞳。おろした髪は肩にかかっており、その黒髪が雪のような肌と絶妙に合っている。
悪戯っ気を帯びた微笑みに、俺は思わずその体へ手を回した。ぎゅっと抱き寄せると、八重は抵抗せず俺に覆いかぶさってきた。
「あのね、榊。大事な話があるの」
俺の胸に顔をうずめたまま、八重が話し始める。
「最初は、この人に虐めてほしいって思いだけで押し掛けた。でも榊は私を受け入れてくれて、いっぱい優しくしてくれた。手をつないでくれた。撫でてくれた。ぎゅーってしてくれた。それが嬉しかった」
でも。と、八重は俺に強く抱き着いてきた。
「だんだん自分でも分かんなくなった。私にとって榊は何なんだろうって。初めはただ、虐めてほしかっただけなのに。
紅葉と添い寝してた時、すごくむかむかしたの。プリッキーゲームした時、すっごく恥ずかしくなった。
小鳥遊さんが来るたび、榊を取られるんじゃないかって、不安になった」
「八重……」
朝日が窓から差し込み、顔を上げた八重を柔らかく照らした。頬を赤らめ、潤んだ瞳で、八重ははっきりと俺に告げた。
「榊を誰かに取られたくない。榊は誰にもあげない。榊は、私が貰う」
お菓子を買ってくれと駄々をこねるように。譲る気はさらさらないとでも言わんばかりの強い眼差しで。
なんだよ。と、俺は溜息を吐いた。不思議そうに八重が首をかしげる。
散々悩んだ自分が馬鹿みたいじゃないか。
「八重」
俺は格好つけるのが苦手だし。気の利いた一言も言えない。ましてや、紅葉や八重みたいに思いを語ることもできない。だから、飾らずに、ただの一言を。
「俺も大好きだ」
その瞬間、八重の顔が急接近してきた。押し付けられた唇は甘く、愛しく、温かく。自然と繋がれた手に力が入る。黒髪の毛が垂れ下がり、八重の香りが鼻孔に広がった。八重の体温に包まれ、俺はもう一度、強く抱きしめた。
「おやおや、朝っぱらからかい?」
手を繋いで居間に入った俺達に、紅葉がからかうように微笑んだ。
自慢げに俺の腕に抱き着く八重に、俺は苦笑いを浮かべる。紅葉はそんな八重の前に立ち、
「八重、油断してると私が榊を貰っちゃうからね」
「ふふん、出来るものならやってみてよ! 榊は絶対にあげないから!」
「朝から賑やかですねぇ」
眠そうに目を擦りながら烏沙義も居間に入ってくる。朝飯にしようと俺が台所へ足を向けると、八重に呼び止められた。
どうしたと振り向いた俺は八重に胸元を引っ張られ、思わず前傾姿勢になる。そして――
二人の前で、キスをしてきた。
紅葉と烏沙義の顔が赤くなる。俺は咄嗟に肩をつかんで離すと、八重にチョップをくらわした。
いきなり何をするんだと怒っても、八重にそんなの意味はない。
怒っても叩いても無視しても、何をしても笑顔を浮かべるのだから。
「えへへ、もっと叩いてもいいんだよ♪」
「まったく……。ほんと、八咫烏ってMなのか?」
八咫烏ってMなのか? 完