……たるんでいる。実にたるんでいる。
窓からは日光が降り注ぎ、絶好の外出日和の土曜ではあるが、俺は居間に仁王立ちして顔を顰めた。
放置された本、使いっぱなしのコップ、乱れたソファカバー、片付けられていないジェンガetc……居間の荒れっぷりといったら、もう酷いの一言に尽きる。一度説教しないとダメだな。
「お前らー、居間に集合!!」
俺が声を張り上げて二階に向かって命令すると、三つの足音が階段を駆け下りる。居間に入ってきた奴からソファ(カバーは整えておいた)に座らせた。
烏沙義はキョトンと首を傾げ、紅葉は真面目な顔で俺を見てる。一方八重は満面の笑みでニコニコしている。なんとなくチョップを頭頂部に食らわせた。
「いったい! ひどいよ榊……♪♪」
言葉と表情が噛み合わず、より一層笑顔になった八重を無視して説教を始める。
「あのな、居間を散らかしすぎ。使ったものは片付けなさい!」
「申し訳ないのだが榊、私は散らかしていないぞ」
「え、そこの本は?」
「それは八重が途中まで呼んで挫折したものだ」
しょんぼりとしていた紅葉を優しく一撫でして、上に戻っていいと伝える。うむ、悪いことをしてしまった。
となるとこの二人か。ちびっ子だからといって加減はしない。怒る時はきちんと怒らねば。
「コップとかジェンガは使ったらきちんと戻す! わかったか?」
「コップもジェンガも使ったのお姉ちゃんだよね。朝一人ジェンガやってたし」
「うん、私だね☆」
烏沙義が冷たい目で八重を見つめ、八重がてへっと舌を出す。
「あと、ソファカバーもちゃんと直すこと!」
「お姉ちゃんさっき寝転がってたよね」
「うん、寝転がってたね!」
上に戻ってもいいですか? と訪ねてきた烏沙義に謝罪し、二人きりになった居間で八重と見つめ合う。薄く頬を火照らせ、俺にはにかんだ笑顔を見せてくる。
そっと至近距離まで歩み寄り、華奢な両肩に手をかけた。
「全部お前じゃねえか!」
勢い良く頭を振り下ろして、八重の脳天に頭突きを食らわせる。例え喜ばれても構わない。それでも頭突きせずにはいられなかった。
頑張ったら虐めてるから、と気持ちよさそうに顔を蕩けさせた八重に居間を片付けるよう言いつけ、俺は二階へ上がる。二人には悪いことしたなぁ、と反省しながら、二人の部屋に顔を覗かせた。紅葉と烏沙義は仲良さげに同じベッドの上で寝転がり、本を読んでいる。最近烏沙義も紅葉に影響されて本を読み始めた。いいことである。うむ。
「さっきはごめんな」
「悪いのは八重さ。榊が謝る必要はない」
「ありがとな。今日の昼は紅葉が行きたがってたラーメン屋に行こうか」
そう言うと、紅葉は素直に嬉しさを顔に表した。にっこりと微笑む紅葉の顔がとても綺麗で、胸がどきりと高鳴る。どうして八咫烏は皆こうも美形なのだろうか。そういう血筋なのか?
身支度を始めた二人に背を向け、居間へ向かう。勿論、八重を手伝うためである。甘やかすのはあまりよくないかもしれないが、早く出かけるためという口実を用意できたので問題ない。
「八重、片付け手伝うよ――って、まじかよ」
めっちゃ綺麗だった。綺麗になってた。八重もやればできるんじゃないかと思ったが、当人を見て納得した。
「えへへ。頑張れば榊が虐めてくれる。虐めてもらえる……えへへ」
ドМパワー、恐るべし……。
その後興奮状態の八重を正気に戻し、俺達は外へ出た。行先は少し歩いた処にあるラーメン屋だ。八重も、その店に激辛ラーメンがあると知ってはしゃいでいる。そんな八重と手をつないで、暖かな日差しの下を歩く。
いつも通りの変わらない日常。だが、俺達はまだ知らなかった。
この後、衝撃的な出会いをするだなんて――。