「あけましておめでとうございます。今年も一年どうぞ宜しく虐めてください」
なんだか可笑しな挨拶が聞こえた気がしたけど、空耳かな。
大晦日に年越しの瞬間を迎えようと夜更かししていた八咫烏三名は無残にも睡魔という強敵に敗北し、一番早かった烏沙義でさえ、起きたときにはとっくに初日の出も過ぎ去っていた。
年越しジャンプしたかった、と泣きじゃくる烏沙義を抱きかかえて背中をさすりながら二人を起こしに行く。
ちなみに俺は八重がダウンした時点で八重をベッドに運び、そのままベッドに入った。一人で年越しの瞬間を迎えても嬉しくはない。
おせちなんか作るほど出来た人間ではないのでいつもの朝食の前にお互い新年の挨拶をしている。
「榊、今年も宜しくしてもらっても迷惑じゃないかな?」
「家族が何言ってんだよ。当たり前だ」
頬を赤らめて幸せそうに微笑む紅葉を見ているとこちらまで嬉しくなってくる。
二人で笑い合ってたら後ろから八重に飛びつかれた。
むすっとしかめっ面で俺のジャージを引っ張ってくるので撫でてやったらにんまりと笑顔を浮かべた。新年早々大天使。
烏沙義はというと、俺が慰めている間に泣き疲れて二度寝に入ったのでソファでおやすみ中。
というわけで三人での朝食だ。
「ふふ、こうして三人で食べているとなんだか懐かしいね」
目玉焼きを食べながら紅葉が懐かしそうに目を細める。そうか、紅葉が来たのが五月の……中旬くらいか。つまり六ヶ月弱。時間の流れとは恐ろしく早いものである。
「そうだね、あの頃は紅葉が榊を好k――」
八重が何かを言うとした瞬間、紅葉が鬼―どころではない。羅刹も顔負け―の形相で睨みをきかせる。しかし、八重にそんなものが効くわけがない。
「あぁ! いいよ、もっと睨んでいいよ!」
新年早々超ドM。
睨まれる快感に身をよじらせて興奮している八重はエロ可愛いという言葉がとても当てはまる。この前烏の発情期について小さな希望を抱いて調べてみたが、よく考えるとうちの八重ちゃんは年中発情期みたいなものであった。ちょっと残念。
「まったく……」
呆れたように溜息を吐いた紅葉は自分の食器を下げ、烏沙義の分の朝食にラップをかけてくれた。相変わらず気の利く奴だ。ほんと良い嫁さんになれそう。
……烏って人間の嫁になれるのか?
「なぁ、八咫烏と人間って結婚できるの?」
ガシャン。パリン。
八重の手にしていたグラス。紅葉が扱っていた皿。それらが同時に音を立てて破片と化した。
何事かと八重を見ると、口を一文字に結んで発熱を疑うほどに顔を紅くしていた。
「どどどどうしたんだ急に結婚なんて」
紅葉に至ってはどこに目があるか分かりにくいレベルに赤面し狼狽えている。
俺はそんなに変なことを言ったのか?
はっ! もしかしてこいつら好きな人いるのか? 八重に好きな人がいるとしたら悔しいが……。
「……二人とも、良い人見つけたらその人についていっていいからな」
「なんだいその父親感! それに、私はずっと榊と――」
紅葉の言葉を遮るように、隣に座っていた八重があのね、と俺の手をそっと握ってくる。
まっすぐ俺を見つめてくる八重に、胸の鼓動が早くなる。
「榊よりも良い人なんていないって、私は断言できるよ」
「わ、私だって! 榊以外の人を好きになんて――」
「キャベツ食べたいですーーー!」
ウサギ ガ メザメタ ヨウダ
「あ、あぁ。キャベツならあるけど、朝飯先に食っちまえな」
烏沙義に食事をするよう促し、お茶を持ってきてやろうと席を立って、俺は一度足を止めた。
「二人とも、ありがとな」
精一杯の感謝を込めて笑みを向ける。こんな日常がいつまでも続いたのなら、それはこの上ない幸福だ。
「今年もこれからも、よろしくな」
今年も一年、良いことがありますように。