「二人とも、遊園地行くぞ!」
齢百二十四年。生まれて初めての遊園地に愛しの榊と行くことができて万々歳だ。
とはいえ二人きりなわけがなく、もちろん八重も一緒である。
なにやら三連休らしく、折角なので私たちをどこかへ連れていきたかったらしい。やはり榊は優しいな!
「紅葉、あれ何ー?」
「あれはコーヒーカップだね」
遊園地、入るのは初めてだが存在やアトラクションの名称などは知っている。伊達に百年以上生きていない。
さて、実のところ私は今朝からそわそわして仕方がない。
遊園地が楽しみ、というのももちろんあるのだが、別の理由で、だ。
ひとつ、決意したことがある。
――今日、私は榊に告白する。
もう感情が抑えきれないのだ。だから、率直に伝える。
「私の恋人になってください」と。
受付を終え、パンフレットをもらって入園した私たちは人の邪魔にならないよう隅の方に移動してパンフレットを眺める。
「さぁまず何に乗ろうか」
「これやりたい!!」
八重がパンフレットを見て指さしたのは、座った座席が高く上昇し、一気に降下するという絶叫マシンの定番だった。
八重のテンションの高さは普段通りだが、榊はいつもよりウキウキしているのが見て取れる。
何でも、遊園地に来るのは七年ぶりだとか。
こんなに気分上々な榊を見るのはたこ焼きパーティぶりだったりする。
空には程よく雲があり、特別暑いというわけでもない。
絶好のお出かけ日和というわけだ。
告白は一旦脳から取り除いておこう。まずは楽しむことが大事だしね。
さぁ、楽しい一日の始まりだ。
一番初めに乗るのは先ほど八重が乗りたいと言っていた絶叫マシンだが、榊はベンチに座っており乗る気はないようだ。
いわゆる高所恐怖症というやつらしい。榊の新しい一面を知れて私は嬉しいぞ。
さて、気がつけば私たちの座った席が徐々に上昇し始めている。一気に上がるのではなくゆっくり上がるところがまた恐怖心を煽る、という狙いだろうか。
残念ながら上空を飛びまくっていた八咫烏からしたら微塵も怖くない。
それは八重も同じだろう。そう思って隣を見ると……。
「あぁ、こっから落ちたらどんなに痛いんだろぉ……♪」
驚くことにドMを発動させていた。もしかして普段空飛んでる時も快感を味わってるのだろうか。
引く、を通り越してむしろすごいと思ってしまう。
「あ、落ちる」
席が急降下すると共につんざくような悲鳴が他の客から発せられる。その中に興奮してる声が混ざってたのは気にしないでおこう。
悲鳴に囲まれ地上へと到着すると、そこでアトラクションは終わった。
早く榊のところに戻ろう。興奮状態の八重の手を引いてベンチに向かうと、ソフトクリームを食べている榊がこちらに手を振ってくれた。
八重を見て状況を察したらしく、「相変わらずだな」と苦笑いを浮かべている。
と、榊が手にしているソフトクリームを私に差し出してきた。
「一口いるか?」
「え、た、食べる!」
いつもの私だったら恥ずかしがって断るだろうが、今日の私はひと味違うんだ。
勇気を出してソフトクリームに口をつける。
バニラの風味が口に広がり、それとは別の甘い味がする。おそらく後者は気のせいだろう。
榊のソフトクリームは、とても美味しかった。
「ありがと、榊」
「いいけど……なんか今日紅葉、変だな」
え?と思わず聞き返してしまう。
自分が変だという自覚はある。しかしそれを榊に悟られていたことに驚いたのだ。
一体どこが変なのか、榊に尋ねると悪戯っぽい笑みを浮かべて
「いつもなら間接キスしただけで狼狽えるのに。ちょっと残念だなぁ照れてる紅葉が見れなくて」
と揶揄られてしまった。
榊って意外とSな所があるよね…八重は多分そこが大好きなのかな。いや、八重のせいでこうなったのかな。
どっちにしても榊はかっこいいし大好きなのに変わりはない。
「……なんでこのタイミングで赤面するんだ?」
「ふぇっ?」
頭の中で榊のことを考えてた、なんて言えない。
こちらをニヤニヤと見つめてくる榊から視線をずらし、他のアトラクションに目を向ける。
八重も正気に戻ったみたいだし、そろそろ次に行こう。
「あ、観覧車は一番最後な」
榊が念を押すようにそう言うので、高所恐怖症じゃなかったのかと尋ねると、地面が見えなければ問題ないらしい。
高所恐怖症仲間には分かるだろうが、生憎私にはよく分からない。
「じゃあ榊は何に乗りたい?」
八重の問いに少し考えた後、榊はここから少し離れた場所を指して言った。
指の先にあるのはジェットコースターだ。
怖いのに乗りたいのか。ドMなのか。
「ジェットコースターは楽しいからいいんだよ」
言い訳じみた言葉を残し、早く行こうと急かしてくる。それがなんだか小さな子供みたいで思わずクスリと笑ってしまう。
身長検査では当たり前だが誰も引っかかることなく乗車許可を得た。
「あ、私榊の横座る!」
八重が榊の腕に抱きつき、当然のように宣言したのを私は聞き逃さない。
くっついている八重を引き剥がすと怒りを含んだ目で睨んできた。
「……何?」
「私だって榊の横に座りたいんだ」
「いやいや明らかに私の方が先だったよね」
「そんなルールないだろう。そもそも榊は何も言ってないぞ」
「私の方が榊と仲いいもん!」
「そ、そんなことない!」
八重といがみ合っているの、強めに頭を叩かれた。叩いてきたのは榊だ。
初めて見たが、完全に怒った目をしている。
私と同じく叩かれた八重も、痛みに喜ぶことなくしょんぼりとしている。
「周りの迷惑だろ。喧嘩するようならもう帰るぞ」
「「ごめんなさい……」」
素直に頭を下げると榊は普段通りの優しい目に戻り、私たちの頭を撫でてくれた。
大人しくするようにと念を押され、もう一度深く頷く。
じゃんけんで決めろと言われたので言われるがままに八重とじゃんけんで勝負して、愛の力で勝った私は無事に特等席を手に入れた。
八重も駄々をこねることなく若干落ち込みながらもジェットコースターを楽しんでいた。
そんなこんなでアトラクションをほぼほぼ制覇する頃にはすっかり日が落ち、辺りは暗くなっていた。
残すは観覧車だけだ。
さて、困った。今日告白する気でいたがタイミング的には観覧車内での告白が一番良いだろう。
しかし、八重がいるではないか。そのことをすっかり忘れていた。
どうにか二人きりになる方法はないだろうか。
知識を振り絞って考えていると、八重が気だるそうに口を開いた。
「私もう疲れたから二人で乗ってきてよ。ソフトクリームでも食べて待ってる」
少し残念そうにする榊からソフトクリーム代を受け取り、ベンチへ足を運ぶ八重。
私の横を通り過ぎる際、ぼそっと呟くのがしっかりと聞こえた。
「――ま、頑張って」
閉園間近なせいもあり観覧車にはカップルたちが複数組並んでいた。皆仲睦まじく手を握っている。
私も榊とあんな風にできたらなぁ……。
ちらにと横に並んでいる榊を見上げる。と、榊が顔を赤くして何故か狼狽えている。
どうしたのだろう、不思議に思っていると榊はこっそりと私に囁いた。
「なぁ、なんで手ぇ繋いでんの?」
初めは言っている意味がわからなかった。
まず自分の左手を見る。気付かぬうちに他人の右手を握っている。
腕を伝うように目線をあげると、そこに居たのは榊だった。
思わず顔が熱くなり、咄嗟に手を離して後ずさる。
後ろの客にぶつかってしまい、頭を下げて謝りまた榊の隣に並んだ。
うう、気まずい……。
その後の会話がないまま私たちの番が回ってきて係員にカップル扱いされ余計に恥ずかしくなってしまう。
ゴンドラに乗ったあともかける言葉が見当たらず、沈黙が続いていた。
先に沈黙を打ち破ったのは榊。
「なぁ、今日の紅葉、ホントなんか変だぞ?なんかあったか?」
榊に真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「え、ええとだね…その、こ、こく……」
「こく?」
ゴンドラが上昇するにつれ、窓から見える夜景は一層綺麗になり、告白に相応しいムードを作り上げていく。
だが、それに比例するかのように、私の告白するぞ、という決意はぼろぼろと崩れていった。
ど、どうしよう。今更緊張してくるなんて……。
榊の顔もまともに見れず。思わず俯いてしまう。
顔が熱い。愛しい人に想いを伝えるのは、こんなにも勇気がいるのか。
「ここここここくは、く……」
「告白?」
そう、告白だ。私が今からするのは、愛の、告白……。
しかし自分でも気付かないうちに私の口は勝手に動いていた。
「榊は告白されたことあるのかなぁって!」
ああああ何言ってんの私!馬鹿なの!?死ぬの!?
「い、今のは気にしなくてもいいよ!」
慌てて発言を撤回するが、榊は真面目な表情で唸りながら腕を組んで
「ん~告白は何度かされたけど、全部なんとなく断ってたな。そこまで親密だったわけじゃないし」
と教えてくれた。
つまり今現在彼女的存在はいないわけだ。よかった、既に人間の女性とお付き合いしていたらどうしようもないからな。
というか、親密な私となら、いいってこと……なのか?
これは、もしかして、受け入れてもらえるのではないだろうか。
私の愛を受けて止めてくれるんじゃないだろうか。
「あ、あのっ!」
「でも、今なら”好きな人がいます”ってきちんと断れると思うんだ。なんとなくじゃなくて」
「え……?」
好きな人が、いる?私の想い人には、別の想い人がいる?
いや、でもそれが私だという可能性もないわけじゃ……。
しかし、そんなちっぽけな儚い希望も、榊の言葉ですべてかき消されてしまう。
――丁度、ゴンドラが頂上に到達した。
滅多に見れない、最高の夜景だ。
「俺はさ、きっと、八重のことが好きなんだ」
……あぁ、そうだった。当たり前と言ってもいいほどじゃないか。
心のどこかで気付いてたはずだが、無意識のうちに知らないふりをしていたのかもしれない。
榊がこの世で最も愛情を注いでいるのは、八重であることに。
「誰かを好きになったのなんて初めてだ。だから気が付くのが遅くなったけど……。うん、八重が大好きだ」
私もその言葉をそのまま榊に伝えたい。
初めは気が付かなかったけど、次第に榊が好きだと分かった。だから勇気を振り絞って、想いを伝えようと……。
でも、そうか。私の恋は、実らないのか。
榊は今、八重以外を受け入れる気はさらさらない。
だったら、告白しても、意味がないじゃないか。
こんなの、報われないじゃないか。
私の初恋はこんなにも呆気なく散ってしまうのか。
「なぁ紅葉。応援、してくれるか?」
あまりにも残酷なお願いが私の胸を突き刺す。
その願いを否定して告白することも可能だ。しかし、それを受け入れてもらえる確率は圧倒的に低い。
つまり、私に抗うすべは残っていないということだ。
「……あぁ。もちろんだ、応援するさっ。大事な家族の初恋なんだから」
泣きたい。でも泣いちゃいけない。
榊に理解させてしまうから。罪悪感を与えてしまうから。
深く深呼吸して感情を抑え込む。
「ねぇ、榊?」
「どうした?」
例え報われなくても、それでも、一度だけでいいから言って欲しい。
その大好きな声で、愛しい笑みを向けられながら、言われたい。
降下しつつあるゴンドラの中で私は訊ねる。
「榊は、私の事好きかい?」
一瞬驚いた表情を見せた榊だったが、すぐに私の大好きなあの笑顔を見せてくれた。
「あぁ、大好きだよ」
「いやー、楽しかったな!」
観覧車を下りた私たちを出迎えた八重はもううつらうつらとしていた。ふふ、これだからお子様は。
もうそろそろ帰ろうと言って出口へ向かう途中。
「ごめん、お手洗いに行ってくるよ」
半分寝てしまっている八重を負ぶった榊に断り、最寄りのトイレへと向かう。
利用者は誰もおらず、静かな女子トイレには私一人だった。
個室に入り、鍵を閉めると同時に先程堪えた涙が溢れだしてくる。
私の想いは受け止めてもらえない。その現実は、もうどうしようもなかった。
「――ふぇぇ、ざがぎぃ……っ!大好きなのにぃ、大好きなのにぃっ!うあぁぁぁぁぁ……」
あぁ、榊。私は貴方のことが大好きだ。
だから、絶対に八重と幸せになれ。もしならなかったら、四肢を引きちぎって殺してやる。
長くて短かった私の恋煩いは、儚く散って消えた。
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