八咫烏ってMなのか?   作:凛之介

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八咫烏って暑がりなのか?

まだ七月初日だというのに、もう蝉が鳴き出している。

ただでさえ暑いのに、蝉の声はその暑さを増幅させているような気がしてならない。

暑いぃと呻きながら襟首でパタパタと仰いでいる八重の胸元がちらりと見えそうになり、俺は咄嗟に視線をずらした。

日差しが強くになるにつれ八重の露出度も多くなっていくから困ったものである。

去年の今頃はもう少し涼しかったんだがなぁ……。

 

俺はまもなく高校初めての夏休みを迎えようとしている。

結局部活には入らなかったから、宿題さえ済ませれば特に予定はない。

友達と遊んだり勉強したりもあるけどな。

八重達とも出かけたいし。

 

「さーかーきー、エーアーコーンー!」

 

「駄目だ。エアコンは八月に入ったらな」

 

寝室で横になりながら八重がねだるが、俺はそれを躊躇なく断る。いくら八重が可愛いとはいえ、甘やかすのはよくない。このくらいの暑さでクーラーを使っていたら電気代がとんでもないことになってしまう。

黒いノースリーブを身に纏った八重が不満の音を上げながら大きく伸びをした。

両腕を上げると同時に、八重の白く穢れなき腋が目に飛び込んでくる。本当、無防備すぎて困る。

 

一方紅葉はというと、暑くて耐えられないと言って図書館へ避難してしまった。

どんだけ暑さに弱いんだこいつら。

八重も行けばいいのに、なぜか家にいるの一点張りだ。

 

「にしても暑いな。昼は素麺にしようか」

 

ベッドに身を投げていた八重は上体を起こし「ファミレス行こーよ」とだけ言ってまた横になってしまった。

ファミレスか。

店内は涼しいだろうし最近行ってなかったからな。たまにはいいか。

幸い図書館とファミレスは近いので紅葉を迎えに行ってそのまま行こう。そう八重に伝え、戸締りを確認してから俺たちは家を出た。

そう言えば、ここ最近八重は俺と外出する度手を繋ぐようになった。

初めて手を繋いだ時あんなに恥ずかしがってたのに。俺は構わないけどな。

 

「紅葉~」

 

図書館内で紅葉を見つけ、小声で呼びかけるとこちらに気が付いて近寄ってきた。

ファミレスに行くことを伝えると、ぱぁと表情を明るくして「さぁ行こう」と急かしてくる。流石に喜びすぎだろ。

少し歩いて着いたファミレス店内はやはり冷房が効いていて、心身ともに癒してくれた。

 

「あ~涼しいぃ」

 

紅葉も八重も座席に背を預けて深々と息をついている。そんなに暑いのが苦手なのか。

 

「何食おうかなっと、素麺セットにしよう」

 

「私もそれにする~」

 

「私もそうしよう」

 

「お前ら選ぶの面倒臭いだけだろ……」

 

呼び鈴を鳴らして店員に注文を伝え、ドリンクバーで各々飲み物を取ってきて席に着いた。

ストローでメロンソーダを美味しそうに飲んでいる八重を眺めていると、自然と頬が緩んでしまう。可愛いなぁこいつ。

と、八重の隣に座っている紅葉が立ち上がって再びドリンクバーへと向かって行った。コップを持って行かなかったから、お代わりという訳ではなさそうだ。

少しして戻って来たと思ったら、その手にはストローが一本握られていた。

さっきまで普通に烏龍茶飲んでたのに。飲みにくかったのかな?

まぁ別に訊ねるほどの事でもないのでスルーしていると、なぜかしょんぼりとしてしまった。

一体何なんだ……?

 

「お待たせいたしました」

 

店員が素麺セットを運んできたので、全員分揃ってから食べ始める。

ひんやりとした素麺が身体を内側から冷やしてくれるようだ。

ゆったりと味わっていたら、正面から「ごちそうさま!」と聞こえたので顔を上げると、八重の前に置かれた空の器が目に入った。

食べるの早いな……。紅葉も俺も今半分食べたくらいだ。

暇そうに口をとがらせながら貧乏ゆすりを始めた八重に、俺はメニューを差し出して、

 

「ほれ、デザート決めてな」

 

明るい表情を浮かべて頷いた八重は鼻歌を歌いながらメニューを眺め始めた。

俺はもうチョコレートパフェに決めたからのんびりと素麺を頂こう。あー旨い。

皆素麺を食べ終え、紅葉もデザートを決めたので追加注文して暫く待つ。

 

「パンケェキ~♪」

 

「こら、貧乏ゆすりは止めなさい」

 

八重を叱る紅葉はどっからどう見てもお母さんだ。そんな事を呟いたら紅葉に怒られてしまった。

各々のデザートが届き、改めて合掌して甘味を堪能する。

やはり甘いものは別腹だ。満たされたお腹でも余裕で完食できた。

 

「ん、八重口元にカスが付いてるぞ」

 

俺の指摘に八重は舌で口元をぺろぺろと舐めるが一向に取れる気配はない。

一生懸命に舐め取ろうとしている八重をもっと見ていたい気持ちを押し殺してナプキンで口元を拭ってやる。ついでに口周り全体も拭いてあげると、八重はにぱっと俺の好きな笑顔を浮かべた。

 

「ありがとっ♪」

 

「どーいたしまして」

 

不意に紅葉に声をかけられ、目をやると何故かぐいっと上半身をこちらへ乗り出していた。

 

「わ、私は何もついてないかい?」

 

と訊ねられたので口元を見るが、何もついていない。綺麗に食べた証拠だ。

 

「大丈夫なんもついてないぞ。流石だな」

 

「そうか……」

 

なんで褒めたのにしょんぼりされるんだろう。今日の紅葉は少し様子がおかしい気がする。

 

アイスを買って帰りたいと八重にねだられた結果、根負けして了承して会計を済ませて店を出た。

俺のデザートはチョコパフェで紅葉はイチゴパフェ。どちらもアイスが乗っかっていた。

だからアイスはもう十分なのだが、八重のパンケーキには乗っていなかったから羨ましかったのだろう。仕方ない奴だ。

コンビニでアイスを買って帰路に着くころには、先ほどまでの涼しさの余韻は遥か彼方へ消し飛んでいた。

正午を過ぎてさらに日差しが強くなっている。

 

「……家帰ったらクーラー点けようか」

流石に辛いからな。居間だけ点けると言うと、二人ともやったね!とハイタッチして喜んだ。

涼しい部屋でのアイスは美味しいだろうな。

腹を壊さないか少々心配ではあるが……。

しかし、その心配は的中し、紅葉はお腹を壊して蒸し暑いトイレに三十分程籠っていた。

可哀想に。


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