ターミネーター イースタン・フロント   作:花咲 狼

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群れから追い出され、一匹になった狼は鴉と徒党を組んで獲物を探す。
鴉は目を光らせ、狼は牙を剥く。



15話「狼と鴉」

〈06:10 レスキュー部隊:神崎一狼〉

救難信号の発信源に近づく。

おそらくもうすぐ短波無線機の範囲内に入るだろう。

無線の周波数でハンターキラーが捜索に来るまで約5分、今回は不時着の騒動もあり敵は警戒態勢に入っているだろう。

遅くて1分。

救出は30秒、森林に身を隠し泥を身体に塗るまでは15秒かかるだろう。

泥濘んだ土を踏みしめる足が速くなる。

 

 

話し声が聞こえた。

 

 

「おい!それは俺のだって言ったろ!」

 

握った拳を顔の横まで挙げて見方に停止する指示を出す。

ゆっくりと音がしないようにスニーキングという歩法で距離を詰める。

 

 

見つけた。

 

 

猟銃を持った“ジャッカル”が5人、輸送機のパイロットと思しき兵士が2人。

兵士は跪き命乞いをしている。

少し離れた場所にもう1人、耐Gスーツを着てM9を持った兵士が腰を屈めて今にも仲間を助けに出ようとしている。

背後の仲間に姿勢を低くして付いて来るように指示を出す。

兵士の背後に回り込み、肩に手を掛ける。

反撃する素振りを見せる彼に小さな声で囁いた。

 

「動くな。見方だ。」

 

彼は振り返りこちらを見据える。

青い瞳に赤毛の髪、日に焼けた白い肌。

報告の通りで間違いないようだ。

 

「在韓米空軍の人間だな。」

 

「そうだ。もし良ければ彼らを助けてくれるか?」

 

俺はその要求に頷いて答える。

もとよりそのつもりだ。

背後の仲間にハンドサインで散開を合図し、俺自身も前へ出る。

89式を構えて仲間とコンタクトをとる。

 

「一番左を狙う。他は狙えるか?」

 

「配置についた。Lady.」

 

「了解。カウント3。

3...2...1...」

 

引き金を引く。

銃がキックバックし、身体に反動が来る。

銃声をサプレッサーが抑制し、死に神の吐息が鳴る。

敵の頭から清潔が舞い倒れる。

立ち上がり、見方に指示を出す。

 

「クリア。

残り45秒、ハンターキラーが来るぞ。

急げ!」

 

見方が2人の拘束を解き、森に運ぶ。

流れ作業で泥を全身に塗る。

間もなくしてハンターキラーが頭上に現れる。

左頬に冷たい土を感じながらただひたすら身体の力を抜き、動かないことだけを意識する。

拘束されていた兵士の一人と目が合う。

 

「動くな。」

 

小声でそう言うと彼は目を強く閉じ時が過ぎ去るのを待つ。

HKはスポットライトで辺りを照らしながら索敵する。

おそらくサーマルカメラでスキャンしているのだろう。

暫く索敵した後、敵が居ないと判断して別の場所を索敵しに向かう。

 

「行ったな。」

 

立ち上がり先のM9を持ったパイロットに向き直る。

 

「抵抗軍:日本国・対馬支部のウルフだ。」

 

「本名は明かさないんだな。」

 

眉間を寄せてそう言う彼の言葉に肩を竦めて返す。

 

「どこに偵察型のマシーンが居るかわからないからな。」

 

そう言って手を差し出す。

彼はそれに答えて握手をする。

 

「それじゃあ、レイブン1だ。仲間を代表して感謝する。」

 

そう言って強くお互いの手を握り合う。

 

「それが務めだからな。それに他の仲間をまだ救えていない。

礼を言われるのはそれからだろ。」

 

そう言って武器の点検をする。

地面に落ちた水平二連式散弾銃を拾うとレイブン1に投げる。

 

「随分と古風な銃だな。」

 

「日本でポンプやセミオートを持ってるのは数えるほどしか居ないからな。

アメリカのような銃社会じゃない。無いよりマシだ。」

 

そう言って額から流れた冷や汗を拭く。

服が背中に張り付き不快だ。早いところこの任務を終わらせたい。

 

「他の仲間は?」

 

そうレイブン1に問うと彼は肩を竦めた。

 

「全員バラバラだ。ベイルアウトした者や不時着した者の安否や詳細な場所は分かっていない。」

 

ここに来て問題にぶち当たる。

地図によるとここから一番近い不時着地点は7キロほど離れた厳原の不時着地点。

怪我人はジャッカルから殴られた一命のみ。

 

「怪我人を本部に護送する。2人は彼を本部まで、残り2人は救出を継続する。」

 

「「了解。」」

 

仲間に指示を出し、未来を見る。

 

「大丈夫か?」

 

声を掛けると少し遅れて顔を上げる。

 

「大丈夫です。」

 

心なしか表情が暗い。

手袋を外し、右手を彼女の額に当てた。

 

「...え!?」

 

熱はないようだ。

脱水症状の場合も考える。

 

「気分は?

フラついてないか?」

 

未来の指先を見るが痙攣はしていない。

汗もそこまで出ていないが表情が暗い。

 

「いえ、大丈夫です。

ただ、どうして人同士が傷つけ合うのか不思議に思っていただけです。」

 

表情の原因が身体的な異常ではない事に安堵して溜め息を付く。

 

「極限状態では人間は何をするか分からん。

自分の為に動く者も居れば、仲間を助ける者も居る。

奴らは略奪する事を選んだ集団なだけだ。」

 

「それは...分かってますけど...」

 

そう言いながら彼女は俯く。

見かねた俺は彼女の頬を右手で掴み顔を上げさせる。

 

「体調は悪くないんだな?」

 

「はひ...」

 

「心配させるな。

それと余計な事は考えるな。

悩みなら後で聞いてやるから、今は作戦だけに集中しろ。」

 

「分かりまひた。」

 

「よし。」

 

未来の頬から手を離すと頭に手を置く。

 

「確かに混乱の中の戦いでは迷いも生じる。

正解なんてどれか分からない。

でも、その中でこそ俺たちは自分たちが正しいと思える方の選択をするしかないんだよ。」

 

そう言って彼女の頭から手をどけて手袋を填めた。

 

「...ありがとうございます。

落ち着きました。」

 

そういう彼女に俺は「ん」とだけ返して地図とコンパスを持つ仲間の元に向かう。

 

「どうだ?」

 

地図を持つ兵士に話しかける。

 

「はい。現在地はこの付近、これから向かうのは厳原方面の不時着地点なので南東の方角に向かった先にあります。」

 

「分かった。各員5分で武器の点検。06:23に再度出発する。」

 

「「了解。」」

 

全員が一斉に返答する。

俺は背後に居る未来の様子を確認する。

 

「未来。」

 

「はい。」

 

「平気か?」

 

「はい。

ご心配をおかけしてすみませんでした。」

 

先までの彼女とは違い迷いのない返答に安堵する。

 

「安心しろ。お前に人間は撃たせない。

俺が約束する。」

 

 

※ーーー※

 

「安心しろ。お前に人間は撃たせない。

俺が約束する。」

 

先輩の言葉に救われる。

私がこの人に救われたのは何度目だろうか。

彼が命を張るのは何度目だろうか。

彼が死にかけるのは何度目だろうか。

 

 

だめだ、「今は考えない。」

ついさっき言われた言葉を心の中で反復して落ち着かせる。

 

「約束...できますか?」

 

恐る恐る先輩に聞く。

 

「指切りでもするか?」

 

彼は微笑を浮かべてそう言う。

落ち着かせる為の冗談だろうか。

「燐先輩は気遣いのできる人」と彼は言うが、彼自身、自分が現場でどれ程仲間を助けているかを自覚していないだろう。

私もその助けられている一人だ。

 

「...お願い、します。」

 

意図せず口をついた言葉は私の本心だった。

 

「お...おう。」

 

彼も私がそう言うとは思って居なかったのか動揺している。

 

 

小指を絡め縦に振る。

小学生以来のその行動に少し気恥ずかしさを感じる。

 

頬が熱い...

 

そんなことを考えていると私の身体が何かに包まれる。

 

「え!?」

 

今日何度目かの不意に出る声だった。

 

「燐に頼まれたが、もし頼まれて無くても俺はお前を守り抜く。

2年前、お前を置いていった事の罪滅ぼしと思われても仕方ないかもしれないが、

俺はお前を守りたい。傷つけたくない。

だから、約束だ。

 

お前に人間は撃たせない。」

 

彼の手や腕の温もりが頬や髪から伝わってくる。

一気に体温が上がるのを感じる。

心臓が自分の存在を主張するかのように高鳴る。

彼の胸から顔を上げ、目を見る。

 

「ありがとうございます。」

 

私がそう言った時に見た彼の表情は2年前の先輩の暖かい表情で、

見ていると安心する、

包容力のある、

信頼できる、

 

そして...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が2年前に先輩を好きになった表情だった。




次回
 「Cold Blood」

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