Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~ 作:泥源氏
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往来のど真ん中に立ち尽くしていた。
行き交う人々が俺を煩わしげに避けていく。
見回すと、見たことがある景色のようでそうでないような。
言うなれば、未知感《ジャメ・ビュ》。
(ここは、秋葉原……?)
確かに構造は秋葉原の中央通りである。
しかしこんなに活気があるような場所ではないはず。
2000年クラッシュ以来、電気街たる秋葉原が栄えることはなかったのだから。
こんな色とりどりの看板が乱立しているわけでもなかった。
(成功した、のか?)
Dメールを送れば世界が一変することぐらいわかっていて。
それでも、実際見てみると混乱するものだ。
自分の身体を見下ろす。
二発銃弾を浴びたはずだが傷などどこにもなく。
全く健康体そのもの、Dメール使用前と変化ない。
(……)
違和感はあるものの、今は情報収集が先である。
一旦中央通りの路地裏に入り携帯電話を取り出す。
世界を放り出された俺にとって、この小さな電子端末だけが命綱だった。
2010:08:16:17:03
Dメールを使っても時刻は当然の如く変化ない。
次に電話帳を見る。
登録人数が少なかったので、探そうとしていた名前はすぐ目に入った。
まゆり。
これが椎名まゆりのことかどうかわからない。
もしかしたら、同名の別人になっているかも知れず。
それでも期待してしまう。
運命を変えることが出来た、と。
俺は神を超えたのだ、と。
逸る気持ちを抑え、コール。
待ち時間がやたら長く感じられる――――。
『トゥットゥルー♪ まゆしぃ☆でーす。オカリンどうしたのー?』
電話口から響く明るい声。
心が満たされる、暖かくなる。
それにしても、――――
トゥットゥルー?
まゆしぃ?
オカリン?
流行りの言葉か何かだろうか……?
まゆしぃ……彼女の呼び方か。
オカリンは――――
『んー? ……オカリン、大丈夫?』
「あ、ああ、大丈夫だ」
間違いなく俺だな。
岡部倫太郎、略してオカリン。
……ノーコメント。
そして彼女は、
「まゆり、今どこにいる?」
『まゆしぃはね、まだコミマの途中なのです。ラボには帰れるかな~?』
紛れもなく、椎名まゆり。
どうやら無事らしい。
テンションは高いが、毎日聞いていた俺が声を間違えることなどなく。
それにしても後ろが五月蝿い。
コミマとはなんらかのイベントだろうか。
『……本当に、何かあったの?』
「いや、まゆりが無事ならそれでいい。明日はラボに来るのか?」
『んー、明日もコミマだから、終わった後に行くつもりだよー』
今日は会えない、か。
そう急ぐ必要はないな。
生存だけは確認出来たのだ。
それだけで十分ではないか。
だが、なんだ。
この沸き上がる焦燥は。
『あとねあとねっ、クリスちゃんの件ありがとね、オカリン♪』
「あ? ああ……」
『今はちょっといないけど、凄く楽しそうだったし、まゆしぃも凄く楽しかったのです!
オカリンも明日、こない?』
「……考えておく」
例の如く意味はわからないが、彼女が楽しめたならそれでいい。
コミマというものに来て欲しいなら別に構わないものの、頭をまとめる時間が欲しかったので保留にしておく。
『そっかー……コスも予備があるから、行きたくなったらいつでも言ってねー?』
「ああ。それじゃあ、気をつけて遊べよ」
『うんっ! じゃあね、オカリン♪』
通話を俺から切る。
これ以上話すと、落ち着かない今の俺ならボロを出してしまいそうだったから。
明日じっくり話を聞こう。
俺の心が鎮まってからでも遅くはない。
携帯電話を仕舞う。
寄りかかっていた壁から離れ、歩き出した。
向かう先は――――
ラボに着いた俺は深々とソファに座り、携帯電話とにらめっこしていた。
過去のデータを読み漁ることでこの世界の交遊関係を把握しておかなければならない。
俺はこれからこの世界で生きていくのだから。
別人になったなんて疑われても面倒だった。
結局わかったことは、この世界の俺が厨二病患者、またはソレを装っているということ。
そして交遊関係は表向き前の世界と変わっていないことである。
閃光の指圧師なんて訳のわからないあだ名だが、メールを見れば文末に名前を自分で書いている。
萌郁。
さらにIBN5100を探していることからラウンダーである可能性が高い。
確かにM4だった。
……だから、なんだというだろうか?
この世界の俺はおそらくラウンダーではない。
ここで彼女と接触してもメリットは低いのだ。
逆に怪しまれればまゆりに危害が及びかねなくて。
(光の世界でのうのうと生きる? ……無理だな)
それでも、俺は裏の世界に首を突っ込む。
中途半端に残してしまった野心の篝火がこの胸に宿る限り。
そも人を殺し続け罪を犯し続けてきた俺が、すぐに足を洗うなんて難しいのだと思う。
電話帳から“閃光の指圧師”という名前を呼び出し、ダイヤル。
ちょっとだけ、近況を聞くぐらいに済ませよう。
『終わったらあのケバブ、もう一度二人で――』
この世界でも知り合いならば、少し話す程度問題ないはずだ。
『岡部くん、……元気で』
呼び出し音が鳴り続ける。
……未だに、繋がる気配がない。
おかしい。
この世界の俺は無視でもされているのか?
いやもしかしたら、IBN5100を見つけ出すことに成功したのだろうか。
そして俺と接触する必要がなくなった――――?
杞憂であってほしい。
いてもたってもいられず、俺はラボを跳び出した。
視界はまだ明るく涼しくはない。
既に夜の時刻だが、日射しが優しく肌に触れる。
走る、走る、走る。
会社帰りのサラリーマンたちが邪魔だ。
すぐにアパートが見えてきた。
慣れた場所だから迷うことなく行き着く。
嫌な予感、悪寒。
青いシートが助長する。
なんだ?
なんで?
何が、起きた?
白と黒に彩られ、赤いワンポイントが悪趣味な車。
見慣れた制服を着た人間が張り付いていた。
この世界では何もしていないから、動揺を隠しながらも堂々と話しかける。
「あれは何があった?」
「ん? 君、関係者?」
「住人の知り合いだ」
アパートの二階部分一室。
今日の昼、俺はあの部屋で萌郁とケバブを食べた。
匂いも、空気も、良く覚えている。
狭くボロい場所だが、嫌いじゃなかったのだ。
「なにも聞いてないの?」
言い辛そうな警官。
無言で先を促す。
自分の仮説から目を逸らしたくなくて。
外れていて、欲しい。
「自殺だよ」
その願いは、一言で切り捨てられる。
じさつ? ……自殺。
あの女が、死んだ?
「いつ?」
「昨日だ」
声を絞り出し、問う。
昨日、は彼女と一緒にユーロポールの捜査官を、殺害したよな?
何を言っているんだコイツは。
「……ご遺体は、近くの千代田第三病院に運ばれてるはずだから。
身寄りが誰もいないみたいでね。困ってたんだ。会いに行ってやってくれないかな?」
「――――わかった」
それでも、俺の冷静な頭は答えを導き出す。
前の世界は消えた。
この世界で、萌郁は、昨日自殺している。
つまり、そういうことなのか?
確認は怠らず。
千代田第三病院へ確認の電話をして。
……間違いなく、桐生萌郁だった。
この家に住んでいたのはM4で、自殺したのは彼女――――
理解したから、もう用はない。
警官に背を向けて歩き出す。
終始ポーカーフェイスだったが、心臓は変な脈動を打っている。
コイツは正直なのか臆病なのか……。
夢遊病のように彷徨い、考える。
これがまゆりを救った代償?
神をも超える所業に手を出した、歪みの是正。
等価交換、質量保存の法則。
M4なんて、大した存在ではない。
いつ死んでもおかしくないような女だった。
単なる仕事上のパートナーでしかなく。
代償にならないじゃないか。
『たとえ貴方が世界中を敵にまわしても、私だけは、貴方のパートナーだから――』
……違うのか?
俺にとって萌郁は、大きな存在だった?
「ククッ」
笑えない。
嘘と裏切りで生きてきた狂気のマッドサイエンティストが情に囚われるか。
孤独を、恐れているのか。
本当に笑えない……。
ラボについた時俺の手にはケバブがあった。
その数は、二つ。
飲み干した約束とともに、一心不乱で喰らいついていた。
窓の外が暗くなっている。
時計は既に19時を回っていた。
誰もいないラボで自失していた、というわけでもない。
「ああ、そうだ。――ああ。また改めて連絡する。――エル・プサイ・コングルゥ」
世界が変わり自分のことすらわからなかったとしても、出来ることはあるのだ。
ハズレは多いが前の世界の知識が通じることもある。
どの世界でも屑は屑で、馬鹿は馬鹿だ。
脅迫だろうが懐柔だろうが、人を利用することは十八番だった。
危険な橋だが力を手に入れるには手っ取り早い。
携帯電話を切ると、急に音が消える。
外の喧騒さえ薄く遠かった。
夕方の騒々しさが嘘のようである。
ふと、ラボを見渡す。
世界が再構成されたにも関わらず構図も同じ、置いてあるものもほとんど同じだ。
2000年クラッシュの消失は確認済みだが予想外に変化が小さい。
いや――――
『自殺だよ』
『いつ?』
『昨日だ』
人の運命、死期が変わったのだ。
これ以上の変化はあるまい。
この俺が萌郁ではなくまゆりを選んだだけ。
そう、傲慢なる神の如く。
発明品を手にとる。
ラボの細かい変化を見て回るのも面白い。
部屋中に散りばめられた蝶の存在が、魔女たちの饗宴による悪戯のようでファンタジックだ。
つい夢中になりそうだった。
そのホワイトボードを、見るまでは。
「――何?」
驚愕で目を見開く。
一見、可愛らしい顔文字があしらわれた落書き。
しかし読んでみれば、若き天才の常軌を逸した革新的発明の説明図だったのだ。
「タイムリープだとッ!?」
思わず声をあげる。
だが、仕方がないだろう?
十人に聞いて十人が信じない代物だ。
俺だってこんなもの、妄想だけの与太話だと思っていた。
しかし、ここに存在する。
理論も、実物も。
Dメールを送る電話レンジ(仮)は生まれ変わり、
記憶を過去に跳ばすタイムリープマシンになっていた。
見た目もゴツくなっており本格仕様である。
使い方も簡単、お手軽タイムリープ。
欠点は人臨床しなければ実験が不可能といったところだろうか……。
そうすると必然的に危険性は高くなるが、誰か実験をしたのか?
いや、それより考えるべきはSERNの動きだ。
ここまでの物が完成してしまえば、アクションがあってしかるべきである。
……泳がされている、のか?
何とかする必要があるだろう。
まゆりを守るために。
――――思考の海に投じられる、一つの波紋。
波の出現を故意に狙うようにポケットが揺れ続けた。
存在を頻りにアピールしているのは携帯電話である。
取り出せば、画面に“助手”の文字。
牧瀬紅莉栖だろうとアタリをつけ、出る。
その時俺は、何の準備もしていなかった。
ボディブローが隙だらけの柔らかい脇腹に突き刺さった気分。
精神的に、それぐらいの衝撃だ。
何だ?
何を、言っている?
落ち着――――……え?
な……に……?
なんだよ……。
なんだよ、これ。
「まゆりが、死んだ――?」
――――なんだよこれッ!?
魂の叫びは、言葉にならなかった。