Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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蠢動

 

怒れる天王寺へ貴重なアルバイトを返し、ラボを出た。

元々昼飯を食べるために寄っただけなのだ。

長い寄り道だったが、有意義ではあったと思う。

 

俺の行き先は決まっている。

だが、急ぐ必要はないはず。

ラジ館方向へ足を踏み出そうとして――止めた。

 

 

誰かがその場所へ行け、と背中を押している。

そして俺の勘が行くなと囁いていた。

 

 

“牧瀬紅莉栖殺害事件”が“牧瀬紅莉栖傷害事件”へと変わった2010年7月28日。

ラジ館に残った2つの夥しい血痕は合致せず、当初2人の死者が予測された。

しかし8階の一室にも屋上の入り口前にも、またその近辺にも死体が存在しなかったため被害者は牧瀬紅莉栖だけになり。

加害者であるところの牧瀬章一が早々と捕まって、一応事件は解決を見せたのである。

 

しかし解決と言っても捜査上の話であり、謎は多く残したまま。

そんな中、あの好奇心旺盛な牧瀬紅莉栖が素直にアメリカへ帰るだろうか。

答えは、否、である。

 

 

(犯人は現場に戻る、と言うが……)

 

 

別に後ろめたいことがあるわけでもないし、約束もあるので牧瀬紅莉栖といつしか会わなければならないが……今ではない。

会うとしても、彼女を助けた岡部倫太郎として会いたいとは思わなかった。

 

今でも覚えている。

恐怖に歪む岡部倫太郎の顔を剥がし、抉り、咀嚼する感触を。

彼女が愛する男を殺して、俺は確かに悦んでいたのだ。

罪悪感が湧くことはないものの、あの男と同一に扱われるのは迷惑であり、我慢ならない。

だからきっと、次に彼女と出会うのは鳳凰院凶真で、彼女に立ちはだかる壁としてだろう。

 

今現在、おそらく未だ一人で勝手に捜索活動をしているであろう牧瀬紅莉栖と遭遇したくはない。

ラジ館には近づかずに、俺の足は彼女の元へ動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるどこにでもあるような墓地、その入り口に色々な意味で場違いな巫女がいた。

自分でも自覚しているのか、恥ずかしそうに縮こまっている。

まるで小動物のように愛らしいが、それが知り合いとなると近づきづらい。

 

しかし、俺の目指す場所も残念ながらこの墓地だ。

敢えてスルーしてもいいが、泣かれると面倒なので堂々と歩み寄る。

巫女は俺をその目で認めて、光輝くような笑顔を浮かべた。

主人を待つ小動物そのまんまである。

 

 

「あ、岡部さん……!」

 

「ルカ子、久しいな」

 

「はいっ!! 岡部さ……じゃなくて凶真さんは、海外に行かれていたんですよね?」

 

「ああ、自分探しにな」

 

「自分探し……凶真さんレベルだと世界中に足を運ぶんですね。さすがです!」

 

 

我ながら適当な理由だ……。

 

軽い挨拶だが、ルカ子と話したのは別の世界が最後だった。

俺を正面から咎め、否定した現代人はルカ子のみ。

罪の象徴であり、俺に罪悪感の欠片を見せてくれる数少ない人間の一人である。

 

 

「何をしている、なんて愚問だったな。中に入らないのか?」

 

「はい、ここで待っています。やっぱり、巫女服のままだとちょっと……」

 

「ふむ、撮影会でもあったのか?」

 

「そうですね、ここの近所で」

 

「そうか。コスプレイヤーも大変だな」

 

「ええ。でも、結構楽しくもあります」

 

「なら良いが。アイツが無茶言ってきたら断れよ」

 

「はは……」

 

 

ルカ子がそそのかされてコスプレデビューしたのは、ついこの間の話だ。

いわゆる“男の娘”というジャンルは珍しいようで、ニッチな需要を独り占めにした形である。

テレビから、はたまた海外からの取材まであるらしい。

 

それにしても、ルカ子が男……信じられん。

中性的というレベルではない。

性別まで変わるとは、バタフライ効果恐るべしだった。

 

 

「……何だか、凶真さん雰囲気変わりましたね。大人っぽくなったというか、お、男っぽくなったというか……」

 

「む、男子三日云々と言うだろう。それともオヤジ臭くなったか?」

 

「いえいえ、とんでもないっ! なんというか、ワイルドで逞しくて、かっこよくなりました!!」

 

「そうか、海外で荒事を経験したからかもしれない。いつかお前も連れてってやろう」

 

「えっ、本当ですか!? ふ、二人で海外旅行……」

 

「――――」

 

 

コイツは男だから、何の問題もないな。

いやそもそも、コイツ本当に男か……?

 

 

「僕、凶真さんと旅行に行きたいですっ!」

 

「旅行じゃないぞ。修行だ、修行」

 

「あっ。えへへ……」

 

 

……うん。

男だろうが女だろうが関係ない。

ギリギリセーフだろう?

何がとは言わんが。

 

 

「ともかく、俺と一緒に海外で修行すれば鍛えられるかもしれんが、今のお前には少し荷が重すぎる。下手すれば命を落としかねん」

 

「い、命を……ですか?」

 

「ああ。それにお前には巫女として秋葉原を守る義務がある。それは俺にも出来ない、お前にしか出来ない責務なのだ」

 

「僕にしか出来ない、責務……」

 

「だから焦るな。この地でお前は研鑽を積み、来るべき戦いに備えろ。わかったな?」

 

「……はいっ!」

 

 

厨二病の妄想にしか聴こえない話だが、パンツ教授の論文という名の夢想、緑龍会の説を語っただけだ。

 

秋葉原は近い未来に戦場となる可能性を秘めている、なんて。

 

だがソレを一笑に付すことは出来ない。

奴らには実現する力があり、どんな手を使ってでも妄想を現実にするだろう。

第3次世界大戦でも、ディストピアでも。

 

宗教団体に対抗するその時、凛とした巫女は重要なファクターと成り得る。

秋葉原を救う象徴、旗印として。

 

 

「――さて、そろそろ行くか。アイツも、いつまでも拝んではいないだろう」

 

「……そう、ですね。きっと凶真さんを待っていますよ」

 

「じゃあな。――エル・プサイ・コングルゥ」

 

「エル・プサイ・コンガリィ……?」

 

「コングルゥ、だ」

 

 

彼の肩を叩き、歩き出す。

この細い双肩に俺たちの運命を託す日が来るかもしれない。

 

 

 

『嘘、ですよね? 岡部さん、そんなことする人じゃ、ないですよね?』

 

 

 

俺は嘘つきで、卑怯な人間だよ。

きっとその時、また俺は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルカ子と別れて、墓石の飾られた迷路を歩く。

 

結論から言えば。

ルカ子の人気は海外でも聞いていたが、納得するモノを持っていると思う。

上手くマネージメントすればいけるかもしれない

 

……それはそれで厄介だ。

変な連中に柳林神社へ凸されても困るので、適度にコントロールする必要があるだろう。

 

気は進まないが口添えでもするか……。

 

そんな意味不明な鳳凰院P誕生フラグを立てていると、林立する墓標の中彼女を見つける。

語る言葉を出し尽くしたのか、墓石を優しい目で見つめていて。

横顔が儚く遠くに見え、俺は子供のように音を出して近づく。

 

もうその場所には行かせない、逝かせてたまるものか。

彼女の意識が欲しい、ただその一心だけで声をかける。

 

 

「あ、オカリン! トゥットゥルー、おかえリン♪」

 

「……ああ、ただいま」

 

 

おかえりとオカリンを結びつけたのか……。

俺のイメージと激しく異なるが、概ね良好なセンスだ。

俺としてもその呼ばれ方は新鮮で、今では悪くないとも思っている。

 

 

「海外旅行楽しかったー?」

 

「楽しくはなかったよ。ただ海を隔てた場所に行っただけという感じだ」

 

「そんなものなのー?」

 

「そんなものだ。それに旅行らしい場所には一つも行かなかったかな」

 

 

1ヶ月、そうたった1ヶ月だ。

寝る間も惜しんで飛び回り、駆け回り、這いずり回った。

余裕がなかった訳ではないが、特に物珍しい場所に居る訳でもなく。

ぶっちゃけ、忙しさにかまけて土産を忘れていただけなのだった。

 

 

「土産話はいつか伝記にでも綴るとして」

 

「うん! 書けたら見せてねー」

 

「お前、もうお参りはいいのか?」

 

「……そう、だね。もう大丈夫、かな」

 

 

まゆりは今一度墓石に笑いかけると、立ち上がって俺の方へ向き直った。

そんな彼女が愛おしくなり、手頃な位置にあった頭に手を置いて撫でる。

彼女もされるがままに預けて。

 

 

 

帽子越しに触れた髪がウィッグでないことを確認し、俺は自己満足に耽っていた。

 

 

 

 

「そう言えば、何故お参りに来たんだ? 盆には遅すぎるだろう」

 

「……うん、ほら、ね。フェリスちゃんのお父さん、帰って来たでしょー?」

 

「……ああ」

 

「だからなんとなーく、かな。えへへー」

 

「…………」

 

 

彼女が祖母を慕っていたことは聞いている。

友の奇跡にセンチメンタルな気持ちを抱くことも解らんでもない。

しかしそれでも俺は、ここにいて欲しい。

今現在を、笑っていて欲しいのだ。

死者が喜ぶとか、そんな他人のことなどどうでもよくて。

 

 

「――これ」

 

「……えっ?」

 

「これをやる。土産はぱっとした物がなかった。だから、お前にやれる物はこれぐらいしかない」

 

「……え、えと、えとえとえと、まゆしぃが貰っていいの……?」

 

「ああ。お前以外にコレを渡すつもりはない。いらないなら破棄しろ」

 

「そそそんなことしないよーっ! あわあわ、あ開けても……いい?」

 

「…………」

 

 

なおも疑うまゆりに、黙って頷き開封を促す。

それを確認して、彼女は恐る恐る慎重な手つきで包みを解体していく。

 

爆発物じゃあるまいし……。

 

 

「……わぁーっ! 可愛い髪飾り!!」

 

「帽子を被っているお前に、このプレゼントはナンセンスかとも思ったのだが……」

 

「ううん、そんなことないよー! うわぁ……着けてみてもいい?」

 

「勿論だ」

 

「やったー!」

 

 

帽子を預かり、彼女は俺の買った髪飾りを着けようとしている。

俺が彼女に昔買ったことのある髪飾りを。

 

失った世界、俺にとっての故郷にあたる場所。

縁起が悪いかもしれないし、彼女への侮辱かもしれない。

だが、やはりこの髪飾りは彼女に似合うから。

自然と俺の手元にあり、プレゼントにはこれしかなかった。

 

 

「早く帰ろう、まゆり。鏡で整えると良い」

 

「うん、そうだねー。本当にありがと、オカリン♪」

 

「……いや、気分で贈った物がそうまで気に入って貰えるなら――ん?」

 

 

まゆりに手を引かれて、まゆりの手を引いて。

共に歩き出そうとしたとき、俺のポケットが振動し着信を知らせる。

 

揺れ続けるお邪魔虫、無視するのも面倒で。

機嫌のいいまゆりの手を一旦放し、彼女から数歩離れ、背を向けて話し始める。

 

 

『もしもし』

 

「――――ああ」

 

 

誰かと思えば、秋葉幸高、フェイリスの父だった。

ちょうど噂の人物であり、やはり少し疲労が見える声。

 

 

『聞いたよ、留美穂から。また今度、我が家に来てくれるんだって? 何時でも大歓迎さ、大事な話もある』

 

「ただ礼を受け取るだけだ。それで、事後処理に追われて忙しい今、敢えて俺に連絡を寄越した用件は何だ?」

 

『……もしかして、間が悪かったかい? だったら謝るよ。では、手短に話そう。――――カンパニーが動き出したみたいだ』

 

「そうか。奴らが、な」

 

 

帰国して対応に忙しい所だったが、秋葉には様々な指令を与えていた。

ずっと世界では闇が暗躍しているのだ。

見張りや牽制に、人手はいくらあっても足りない。

 

彼にもその身体で俺と緑龍会に恩を返してもらわないと。

勝手に押し付けた恩でも、取り立ては厳しく。

まさに外道である。

 

話が長くなりそうなので、視線でコンタクトをはかる。

すると、まゆりは髪飾りに夢中だった。

……彼女はそれでいいんだ。

いつまでも、そうであって欲しい。

 

 

『君に観察しておくよう言われていたから気づいたものの、彼らの動きは速かった。危うく手遅れになるところだったよ』

 

「ということは間に合ったのか。N計画はどうなった?」

 

『カンパニーの土地買収は抑えたけれど、霧島の動向までは掴めなかった。しかし“水”の幼生体は捕えられそうだ。これであの土方も止まるだろう』

 

「――ああ、奴はもう動けない。あれだけ叱りつけたからな」

 

『……本当に、君はとんでもないね。あの化物を相手に退かず、さらには退けるなんて。さすがは“獄炎”の鳳凰院』

 

「下らない話はいい。お前は博士と霧島、両名の所在が分かり次第報告しろ。もしかしたら実働部隊が動くかもしれん。この俺自ら作り出した部隊があっただろう。あいつらと連携を取って、ことによっては迎撃し、殲滅しろ」

 

『噂には聞いていたけど、まさか本当に動くのかい? 霧島が力を与えた存在であり、妹でもあるという“N GIRL”』

 

「奴を追い詰めれば間違いなく出てくる。それでも俺の妹たちなら負けないはずだ。お前が今すべきことは霧島を炙り出す事。俺に命じられたことを忠実にこなせばそれでいい」

 

『もう今更私も引けないさ。300人委員会ですら戦々恐々としているんだ。奴らの思い通りになれば第3次世界大戦どころでは済まない。――最悪、世界の破滅もあり得る』

 

「そうだ。だから、全て“なかったこと”にしなければならない。アンドロイドも、神も。――当然、俺たちの力も」

 

『…………そこまで覚悟を決めているのか。だったらもう何も言わないよ。私は私に出来ることをするだけ。世界のために、――何より、私の愛する留美穂のために』

 

「ククッ、ああそれでいい。頼んだぞ。――――エル・プサイ・コングルゥ」

 

 

決まり文句の後、電話を切る。

知らない人間には単なる厨二病の妄想にしか聞こえない会話である。

だがこれは、現実に起きている世界の危機。

俺にしか防げない世界的災害なのだ。

 

目の前の鬱陶しい羽虫は面倒でも叩き潰す。

たとえ神モドキでも、連中が如何に化物でも、俺の同格たらんとする者には鉄槌を。

世界に示しをつけるにはうってつけのビッグイベントだった。

 

それにしても、フェイリス親子は子が子なら親も親、厨二脳という奴である。

妄想と現実は紙一重、というやつか。

 

 

「ケータイで誰と話してたのー?」

 

「聞くな。それがまゆりのためでもある」

 

「そうなんだー。オカリン、ありがとー」

 

 

会話が終わったと見るや飛びついてくるまゆり。

その手を取って、再度二人は歩き出す。

 

短い間だったが、時を、世界を渡る旅も終わり。

それでも世界は廻り続けて。

 

俺がやることは変わらず、ただ欲望のまま暴れ回るのみ。

 

 

「そう言えば、冬コミにルカ子と出るんだよな」

 

「うん! 今は新作コスの開発中なのですっ」

 

「だったら俺の分も作ってくれないか?」

 

「……えっ?」

 

 

いや。

今の俺は、ただ闇雲に破壊する鳳凰院凶真ではない。

岡部倫太郎として、この世界で、まゆりとともに生きていく。

 

 

「俺も冬コミとやらに出たいと思う」

 

「……本当にー? でもでも、オカリンが出ても楽しくないかも……」

 

「楽しいさ。お前と一緒なら、どこでも楽しい」

 

「っ! ……えへへー、まゆしぃ愛されてるねー」

 

 

彼女を守るために、彼女とともに生き続ける。

独りになんてさせやしない。

 

 

彼女と、約束したのだから。

 

 

 

 

 

『岡部君。次は、シュタインズゲートで逢おうね』

 

 

「ああ、――――これも、運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択だよ」

 

 

 

 

これで終わりなんて。

ハッピーエンドは有り得ない。

 

未来永劫、エンディングなんて迎えてやるもんか。

意地汚く生き延びて、他人に恨まれても蔑まれても世に憚り続けてやる。

憎まれ役の反英雄、アンチヒーロー。

 

ハイジはジキルを喰らい、自殺なんてすることもなく。

地獄の炎を纏い、ただただ進み続ける――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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