Steins;Gate γAlternation ~ハイド氏は少女のために~   作:泥源氏

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対峙

 

 

 

 

 

遅すぎる自己紹介を四角く枠どられた空に、大袈裟な手振りをもって高々と響かせる。

夕焼けに包まれ不自然なほどの静寂が辺り一面拡がって、

俺は満足げな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「“300人委員会”の鳳凰院凶真……!?」

 

「まーた始まった。ここふざける場面じゃないっしょ?

未来人さんもあんな厨二病設定を――」

 

「聞いたことがあるんだ。

オカリンおじさんの妄想だけじゃなく、第3次世界大戦で――ぐっ!」

 

 

赤い静画から脱け出しいち早く動き出そうとした阿万音鈴羽。

しかし、突発的な頭痛が起きたように頭を押さえて膝をつく。

 

 

 

 

 

その姿は奇っ怪、非現実的。

ノイズ混じりで今にも消えてしまいそうだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい、どうしたん? ……つーかまゆ氏っ!?」

 

「…………」

 

 

橋田が何気なく顔を向けた先には、白衣の上に倒れ伏すまゆり。

気配を消して隣に移動し薬品を嗅がせてゆっくりと横たえる。

その間は一秒にも満たず。

 

 

 

我ながらファインプレーだな。

 

 

 

 

「それよりまだ気づかないのか?」

 

「――へ? って何ぞ!?」

 

 

ただ一人まともに立つ橋田が、ようやく状況を把握した。

タイムマシンは偉容をそのままに、周りのビル群が曲がり歪み狂い踊って。

 

 

 

 

 

 

うちゅうの、ほうそくが、みだれる!

 

 

 

 

 

 

 

「この場所は、既にお前たちの知る世界ではない」

 

「何故……椎名、まゆりを……?」

 

「邪魔だったからだ、お前を殺すにはな」

 

 

教育上良くない、という理由もあるのは内緒だ。

 

 

「オカリン、てめえ……!」

 

「あ?」

 

「ひっ!」

 

「椎名まゆりに近付いたら容赦無く撃つ。心得ておけ」

 

「イエッサーッ!!」

 

 

橋田はガンをつけて抑え込む。

これで手出しのできるほどこの男が無謀じゃないことは、最初の世界で立証済みである。

 

俺の舞台の中心で、俺だけが笑っていればいい。

顔を歪ませて、異常な世界を振り仰ぐ。

 

 

「時空すら俺の支配下に置く我が奥義――」

 

「まさか……固有結界だと!? おのれ雑種めッ」

 

「――というわけではない。

タイムトラベラーなんてモノが違う世界へ強引に割り込めば

世界線も乱れるだろうよ」

 

「違う、世界……?」

 

 

偶然の産物。

俺も一因を担ってはいるが、既にラジ館の屋上は次元の挾間の中で。

 

 

「先程言ったように、俺はお前の会ったことのある岡部倫太郎ではない。

奴は“運命探知(リーディング・シュタイナー)”しか持たなかったが」

 

「――っ」

 

「“運命改竄(ハッキング・シュタイナー)”

――最善の世界線を乗っ取る事が出来る能力も、

この俺鳳凰院凶真は持っているのさ」

 

「オカリン、おじさんは……」

 

「消失済みだ。

つまり、お前の世界とこの世界は繋がっていないんだよ」

 

「っ!」

 

 

それは、タイムパラドックスを起こすのに充分な矛盾。

タイムマシンの余波も重なり、ここは滅茶苦茶な状態になっているのだ。

 

 

 

だから、もう邪魔者は一人だけ。

 

 

 

「さてと、俺がキャスティングボードを握るために、――散り逝け」

 

「っ!?」

 

 

自然な動作で銃を抜き、撃つ。

弾は阿万音鈴羽の胸に吸い込まれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 

尋常じゃない敏捷性でステップ、回避して。

 

 

「――長い説明有難う、鳳凰院凶真」

 

「ふん」

 

 

前出会った阿万音鈴羽とは違う、不敵な笑み。

ようやく現状を理解したと言うことだ。

ノイズも収まり、頭痛がなくなったのか確りした足取りで立つ。

 

 

 

 

 

 

 

……悪くない。

立ち上がるか、ヒーロー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしはお前の話を鵜呑みにはしない。

オカリンおじさんは必ず助け出す!」

 

「――――良いだろう」

 

 

二人で、睨み合って。

闘いが今、再び始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を呑み込んで咆哮する二枚目の白衣を身に纏って。

空の禍々しいキャンバス、滲む夕陽を背に宿敵と対峙する。

奴の眼は、依然俺を捉えて離さずに。

一触即発といった風である。

 

 

「“300人委員会”……第3次世界大戦を引き起こし、

あたしの時代においても支配構造の頂点に君臨する連中。

そしてオカリンおじさんが生涯闘い続けた、あたしたちの敵」

 

「え? でもオカリンは300人委員会に属しているわけで……内部抗争?」

 

「この男は鳳凰院凶真、オカリンおじさんじゃないよ。

こいつ、鳳凰院凶真こそが、世界線を跨ぎ

300人委員会を造り出した創造主なんだ」

 

「日本語でおk」

 

「人類の敵は根源において“大祖の業”を始まりとしている、

ってあたしの未来では言われているの。そして、大祖ってのが鳳凰院凶真。

まあ要するに、こいつがあたしたちの敵である300人委員会の教祖、親玉で、

オカリンおじさんの身体は乗っ取られてるってこと」

 

「マジでっ!? なんか色んなもん超越し過ぎだろ……大した奴だ」

 

 

“大祖の業”

――タイムマシンを使い『根源』まで遡った鳳凰院凶真が産み出す、人類の原罪。

 

そうか、それが俺の選択か……。

ならばやはり殺さねばなるまい。

 

業深き世界で罰を受けようとも。

未来人というイレギュラーを、この手で。

 

 

「念のため聞いておく。

お前は岡部倫太郎に何を頼もうとしてここに呼び出したのだ?」

 

「……お前には関係ない」

 

「俺にメリットさえあれば手伝うだろう。諦めるのはまだ早いと思うが?」

 

「…………」

 

 

シュタインズゲートなる世界線へ渡る方法は俺にも想像がつかない。

少なくとも、岡部倫太郎が手伝うことで達成可能なミッションなのだろうが……。

 

一旦銃口を下げ、答えを促す。

奴の口が、開いたり閉じたり。

目線も揺れて、眉根を寄せて。

最後に一瞬だけ橋田を見た後、ようやく答えた。

 

 

「…………牧瀬紅莉栖。彼女のことは?」

 

「知っている」

 

「もしも。もしも、この世界線の未来を変えるために必要なのが、

2010年7月28日に亡くなった牧瀬紅莉栖を助けること……って言ったら、

お前はどうする?」

 

「!」

 

 

牧瀬紅莉栖を……助ける?

この、俺が?

 

 

「えっ、マジで?

天才少女が颯爽と生き返り世界を救う……それなんてラノベ??」

 

「ごめん、理由はわからないんだ。でも違うと思うよ」

 

「ですよねー」

 

 

そんなものカードにはならない、と。

以前の俺ならば一蹴出来たはずなのに言葉が出ない。

 

 

「オカリンおじさんなら牧瀬紅莉栖を助けるって言えば

力を貸してくれるらしいんだけど……」

 

「時空を超えて女の子を助けるヒーローとか、オカリンマジリア充」

 

 

前の世界で見た彼女の仕草、笑顔、涙。

先に交わした約束と、夢で交わした口付けと。

岡部倫太郎が取りこぼした彼女の記憶は毒となり、俺の身体を蝕む。

 

 

「嫌だと言っても無理矢理連れてくよ。

地獄のような未来を変えるため、滅び逝く人類のためにっ!」

 

「それは止めた方がいいと思われ」

 

 

しかし、しかしそれでも。

ようやく見つけたこの世界線を、変えさせるわけにはいかなかった。

 

 

「牧瀬紅莉栖、使える女だった。世界に必要な存在であることもわかる」

 

「だったら――」

 

「確かに彼女の頭脳を無くすのは惜しい。単純で利用も簡単、お手軽天才少女だな」

 

「言い過ぎワロタ」

 

「だがっ、この世界線には代えられない。代えられる存在では、ないっ!」

 

「なっ……人類の未来も懸かってるんだよ!?

お前はあくまで世界の混沌を望むというの!??」

 

「人類など、世界などどうでもいい。己の意思だ!」

 

「……お前の、意思? この世界線でお前は15年後に死ぬのに?」

 

 

 

 

 

 

 

「――俺が、俺だけが望む世界線はここにある。

たとえ俺の命が15年で尽きようとも、

お前が地獄と称した未来こそ俺にとっての最善ということさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、見たくはないんだ。

まゆりが死んでしまう未来。

幾多の死に逝くまゆりを見届けてきた岡部倫太郎の嘆きが、諦観が俺にのし掛かるから。

 

 

 

意地でもこの世界線にかじりつくしかないのだ。

 

 

 

 

「……そう、お前にも譲れないものがあるんだね。

なら最初からこうするしかなかったんだ」

 

「そうだ。俺たちは闘う運命にあった!」

 

 

語り合うなら、奪い合うなら拳と剣と銃を取れ。

それが俺たち戦士の共通言語――――。

 

 

 

カオスに震える背景が、はりつめて鋭利に尖る。

 

 

 

合図はなく。

構えざまに俺の銃は凶悪な火を吹いた。

 

 

「今のあたしは絶好調っ!」

 

「抜かせ!」

 

 

回避がほぼ不可能な精密射撃を奴はスレスレでかわし、自分も腰から銃を抜く。

移動しながらも、奴の銃は精確に俺の足へ照準を当てていて。

 

寸での所で横へ跳び、転がる。

銃弾がコンクリートを削った。

 

 

「チッ、当たらないか」

 

「ふん」

 

「…………ひ、ひぃっ!」

 

 

橋田が今頃になって壁際まで逃げていく。

……そう言えば、この男への配慮が欠けていたな。

これから行われる銃撃戦にこいつは耐えられるだろうか。

 

橋田は役に立つ。

いくら死なないとはいえ、壊すのももったいない。

 

 

「オカリンおじさんの癖に身体能力がおかしい件。……というか、何の真似?」

 

「いや何、橋田を巻き添えにする気はないのでな。お互い銃は無しにしないか?」

 

 

銃を下ろした俺に、奴は当然怪訝な声をあげた。

今撃たれても奴が引き金を引くまでの時間で避ける自信はある。

この馬鹿正直なあまちゃんがそんなことをするとは思えず、

また俺の誘いに乗る自信もあったのだ。

 

 

 

 

 

そうなれば、俺の独壇場だというのに。

 

 

 

 

 

 

意図が掴めず困惑していた奴だが、諦めたように息をつき、銃を下ろした。

 

 

「いいよ、わかった。あたしだってお父さんを傷つけたくはないしね」

 

「おおっ、なんか知らんがフラグktkr!」

 

「勘違い乙。とにかく危ないから下がってて、この男は間違いなく強敵だよ」

 

「マジか……オカリンのもやしボディなのに。

つーかもしかしてボディも鳳凰院凶真なん?」

 

「その通り」

 

「だって」

 

「答えちゃうんだ!?」

 

「お前が油断している隙に頭蓋を叩き潰してもよかったが、さすがにそれでは締まらない。

これは俺の決意を世界に表す示威行為も兼ねているのだよ」

 

 

この空間は次元の狭間、時空が混沌に支配された場所。

何が起きてもおかしくないなら、己が力を誇示することで流れを掴み取るが肝要。

 

そんな、俺の持つ下らない遊び心とも言える戦闘美学。

これはある意味絶対に負けない自信から来る余裕でもあった。

 

 

「……その余裕、腹立たしいね」

 

「ククッ、これは失敬。では始めよう、かかってこい」

 

「そのどや顔もムカツクッ!!」

 

 

疾ッ!

 

 

地を這うほど低姿勢で石床を蹴り、

ホルスターからサバイバルナイフを抜きながらも迫り来る阿万音鈴羽。

迎え撃つ俺は反応せず、徒手空拳で仁王立ち。

 

 

「無礼るなッ!」

 

「フッ」

 

 

跳躍し上を取る形でナイフを振り上げる奴はスピードが格段に速い。

この女にも因子が流入している――――?

 

と、迫る刃を眺めながら益体もないことを考えつつ、冷静に躱す。

 

 

「ハァッ!」

 

「おっと――」

 

 

外した奴は勢いをそのままに再び地を蹴って、回転しながらの膝蹴り。

確実に頭へ直撃の打突と判断、後ろへ反って避ける。

 

そのまま後ろに跳んで体勢を立て直し。

奴もその場で様子見をしていた。

 

 

「鳳凰院凶真は逃げることしか出来ないの? 興醒めだね」

 

「ハッ、まともに相手してもらえると思ったか。小娘が自惚れるな」

 

「……今度は本気で行くよ。吠え面掻かせてやる」

 

 

ナイフを構え直し、再び突貫してくる阿万音。

馬鹿の一つ覚え――――何?

 

 

「くぉのぉおお!!」

 

「ぬんッ」

 

 

爆発的加速は最初の比ではなく。

瞬時に懐へ入り込んできた奴の気配は、初めて死を連想させて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがまだ甘い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「カッ!」

 

「ぬおっ!?」

 

 

風圧を感じつつも、腰を捻りローキックを鋭く相手の足めがけて繰り出し。

惜しくも外れる。

 

 

 

 

今が好機。

 

 

 

 

 

「ハァアア!!」

 

「うわおお!?」

 

 

捻っていた腰を元に戻す形で、大きく前へ足を下ろす。

踵が奴の頭があった場所を通過し石畳にぶつかる。

 

 

 

金属音とともに破砕音、屋上のコンクリートは大きくひび割れて崩れた。

 

 

 

 

「墳ッッ!!」

 

「うぐぅっ!」

 

 

まだ俺のターン!

削れて出来た砂塵や石礫を蹴り散らす。

 

弾幕は薄いが広範囲攻撃は確実にダメージを与え視界も奪い。

勢いを殺さず一歩で迫り、回転しながらの後ろ回し蹴り――――。

 

奴の軽い身体は大きく吹き飛び、強かに地面へと叩きつけられて。

そのまま転がり擦られて受け身もまともに取れていない。

 

……ふむ、感触はイマイチだな。

 

 

「なかなかの身の熟しだ、少々舐めすぎていたらしい」

 

「ぐ……くぅ……!」

 

「しかし致命傷は避けてもその状態では反撃することも出来まい」

 

「……っ……」

 

 

足を鳴らし、わざと聴かせる凶器の音。

靴の裏に仕込んだ金属はその華奢な腕をへし折り、臓器に達しただろう。

もはや動くこともままならない。

 

 

非現実世界において良くある長々と会話をしながらの殴り合いは現実に起こることもない。

起こったとしてもそれはあくまで子供同士の喧嘩だ。

プロとプロが肉弾戦を行えば、一撃一撃が致命的で決着は一瞬である。

 

阿万音鈴羽の実力は確かにプロの中でもプロ、俺もその戦闘力は認めよう。

もしかしたら彼女に軍配が上がる可能性もあったかもしれない。

 

しかし現実、彼女は俺の前にひれ伏している。

それが実力の差であり経験の差だった。

 

 

いつの間にか眼下に奴を見据えていたので、自然と足を踏み潰す。

骨の軋む音が響き、苦悶の唸り声が聞こえた。

 

全てが遠い。

手応えのない争いは虚無感を生み、決して達成感を与えてくれない。

そも俺の勝利は必然だったのだから、言葉攻めすら放棄する。

 

拍子抜け、面白くもない。

 

 

「……シュタインズ、ゲートを……!」

 

「眠れ、俺の手で」

 

 

思えば、奴も哀れなる操り人形だった。

意思を持たない子供に永劫なる安らぎを。

 

頭蓋に手を伸ばす。

 

果たして何人この手で握り潰してきただろう。

足で狩り、手で食す、ルーチンワーク。

 

それでも、宿敵を葬ることが出来るなら。

まゆりの命を守ることが出来るのなら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目だよっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の出来事。

本当に気配もなく、たった今世界に誕生であろうほど唐突。

 

 

 

 

 

「駄目だよ……ダメ、だよ……!」

 

 

 

 

 

まるで万力に締め付けられたかのように動けない。

柔かくて、優しくて、暖かくて。

振りほどこうなんて思えるはずもなく。

 

 

 

「鈴さんを、殺さないで……」

 

 

 

覚えている、知っている。

忘れた時きっと俺は俺ではなくなるだろう、原初の温もりが背中に伝わり。

この狂いに狂った世界で、妄想ではないその存在を教えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私の、彦星様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の、大切な、大切な宝物。

居る筈のない二人目の椎名まゆりが、そこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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