アイドルな彼女と声優の彼氏   作:飛簾

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休日出勤はつらいが面白い。

 「本当にすみませんでした!」

 

 高速道路を走る車の中で、僕は今同席しているみんなに深く頭を下げた。

 

 「まーまー、橘は遅刻魔ってもっぱらの噂だから気にしてないよ!」

 「は、はい……で、でも! 別にそんな待ったわけじゃないですし、

 そこまで謝らなくても大丈夫ですよ、橘先輩?」

 「うんうん! 橘くんは遅刻して当たり前なんだから、そんな謝らなくていいよ~!」

 

 ……いや、これ普通に怒られるより辛いんですけど。

 え? 僕そんな遅刻魔!? そんな噂になってるレベルなの!?

 

 「いや~でも毎回毎回期待を裏切らないね~橘は! 俺はいい後輩を持った!」

 

 そう言って、僕のことをバカにしてるとしか思えないこの人の名は斉藤淳平(さいとう じゅんぺい)さん。

 一応僕の三つ上の先輩で、駆け出しのころはよく世話になってもらった先輩だ。

 まあ、この先輩はいつもこんな感じでチャラチャラとしてるが、収録になると

 人が変わったように真剣に声をあてている姿は後輩の僕にも見習うべきところがある。

 ……まあ声優業以外の先輩はあまり見習いたくないけどね。

 

 「た、橘先輩はよく遅刻しますけど! その……いつもはまじめなのでその……

 一生懸命なところとか、ちゃんといいところはあります! 気を持ち直してください!」

 

 ……いや、一生懸命なところってあなた……大体それ言っとけばOKみたいな風習あるよね?

 と、まあそんなことはさておき。ちょっとおどおどしててまだほんの少しだけ幼げなところが

 残ってる彼女の名前は三葉琴子(みつば ことこ)。僕の四つ下の後輩で、彼女の憧れの声優さんは

 なんとこの僕なのだ!……い、いや、マジで一体僕のどこに憧れたんだろうか、今からでも

 憧れの人変えた方がカズくんいいと思うな。あ、一人称カズくんって案外いいかも。

 これから使ってみようかな? カズくん、希、好き!……いや、ないな。

 ……てか若干ポニョったのは許してね。ポニョったなんだよポニョったって。

 

 「まあ、橘くんも悪気はないんだし今日のところは許してあげる!」

 

 そして、無駄に満面な笑みで僕にぐっと親指を立ててくるこの人は、遅刻をした元凶ともいえる

 紗季さんだ。紗季さんのメール返すのどれだけ大変だったと思ってるんですか……!

 おかげで希との至高の猫ごっこできなかったじゃないですか!

 

 「……ん? 橘くんどうしたの?」

 「いえ特になんでもありません」

 

 と、まあそんなことは絶対に言えないので僕は即答で答える。

 はぁ……それにしても辛いな……希の猫ごっこ思い出したら早く帰りたくなっちゃった。

 まだイベント始まってもないのに。

 

 今、僕たちがいるこの車はイベント会場へと向かっているのだが、そのイベント会場まで

 着くのにまだ一時間ほどある。それに、イベントもそもそも二時間ぐらいあるから……

 な、なんだと……!? 帰ったらもう夜だと……!

 どうしよう、希との時間が……カズくん泣いちゃう!

 

 「のーぞーみー(''ω'')ノ」

 

 だから、車が目的地に着くまでしばし希とのメールに身を投じるとしよう。

 この人たちも三人でなんかやってるだろう、たぶん。 

 

 「カーズーくん(''ω'')ノ」」

 

 お、早速来たな……って希ーーー! 可愛いじゃないか全く!

 

 「結局時間は大丈夫だったの?(´・ω・)」

 「うーん、まあ無事車に乗れたし結果オーライかな」

 「そか……よかった(*'▽')」

 

 ……どうしよう。僕の彼女が可愛すぎる件。

 これは大問題ですね……早く家に帰って希の頭をわしゃわしゃなでなでしなくては。

 

 「今何してるの?」

 「アイアルの予定表見てた(;´Д`)」

 「これから忙しそう?」

 「うん……カズくんにも会えなくなっちゃう(;_;)」

 「でも、アイドルの活動も大事だもんね」

 「うん」

 「じゃあ、希もアイアルのみんなと一緒に頑張らないとな」

 「……うん」

 

 ……あれ? なんか希返事がさっきから元気ないな、顔文字もないし。

 どうしたんだろう……

 

 「今日はいつ帰ってくるの?(´・ω・)」」

 「そうだな……大体七時くらいかな?」

 「そか……あと六時間半もある……(;_;)/~~~」

 「うん、帰ったらまた一緒にいようね」

 「絶対だよ? 絶対絶対絶対だよ(>_<)」

 「うん、絶対な」

 「うん……じゃあカズくん頑張ってね! 応援してるよ(*'▽')」」

 「おう、ありがとう(*'▽')」」

 

 いや~和みますなぁ~……なんか心が浄化されていくようだ……

 

 「た・ち・ば・な・くん!」

 「うわっ!?」

 

 と、僕がここがみんながいる車の中だということを忘れて普段の家の中の僕のような

 緩み切った顔をしていると、突然紗季さんがばあぁ! っと僕の顔の間に現れた。

 

 「橘くん、今さっきから何してたの?」

 「え!?」

 「いや~橘めっちゃにやけてたぞ~、あ! もしかすると女か?」

 

 ギクーーーーーーー! や、ヤベーーーーー!

 

 「お、おおおおおんな?! た、橘先輩! 誰ですかそれは!」

 「お、おおおお落ち着け三葉! 違うから! 女じゃないから!」

 

 女です。ばっりばり彼女です。

 

 「……へぇ~橘くん、女、いたんだ~」

 「い、いいいいい、いないいない! こんな僕にできるわけないだろ?」

 

 できてます。ふつ~に彼女います。

 

 「まあ、確かに橘くん、彼女できそうにないかもね」

 「そうか~? 案外こういうやつにこそいるんじゃない?」

 「ど、どどどどういうことですか橘先輩!」

 「い、いないって! よ~く僕のことを思いだして! できると思うか!?」

 

 ……あ、これみんないるって答えるパターンじゃ……

 

 「確かにできないかも」

 「できないな」

 「……できない、です」

 

 ……一回泣いてきてもいいかな? 

 そうして僕は、残りの時間この三人からみっちりと今さっきのことを根掘り葉掘り聞かれ、

 結局僕が、セクシーなグラビアを見ていたということで、このくだらない騒動に決着がついた。

 ……いやどうしてこうなった。絶対先輩のせいだろこれ。

 そしてイベント会場に着いてからも、紗季さんに笑われ、三葉に引かれた目で見られていたのは

 もはやそうならざるを得ない、至極当たり前の結果だった。

 

 

 それからのイベントは、意外にも楽しく面白いものだった。

 今回のイベントは大きなステージ上で、イベントに来てくれたお客さんと一緒に様々な

 ミッションをクリアしていこうというような内容のイベントだった。

 イベントでは二チームに分かれてのチーム戦で、チームは斉藤先輩と三葉のチーム、

 そして僕と紗季さんのチームの二つで競われた。最初は簡単な問題なのだが、後半からは

 ミッションの難易度がめっちゃ上がってお客さんの力を借りながらでないとクリアできない

 ミッションが多かったので、案外熱くなれてお客さんも楽しんでいたので良かった。

 ……ちなみにこれは完全な余談なのだが、勝負の結果僕と紗季さんチームが勝ったのだが、

 なぜか先輩たちとお客さんの悪ノリで僕が罰ゲームをする羽目になり、コップ一杯分の

 栄養たっぷり苦みもたっぷり青汁を飲まされたのはさすがに面白いとは言えなかった。

 ……い、いじられキャラなんかじゃないんだからな!……ほ、本当だからな!

 

 

 「それではおつかれさまでした~!」

 

 「「「「おつかれさまでした!」」」」

 

 イベントも無事終了し、イベントの主催者である如何にもお偉いさんから労いの言葉も

 承り、僕たちはすっかり疲れ切ったまま事務所の車へと乗っていた。

 

 「いや~それにしても今日は楽しかったね~!」

 「ホントホント! マジで橘の罰ゲーム面白すぎっしょ!」

 「す、すみませんでした橘先輩! 斉藤先輩が絶対面白いからって……それで」

 「も、もういいよ三葉、大体のことは察せるから」

 「ほ、本当にすみませんでした!」

 「いいよいいよ、それにしてももうこんな時間なのか……」

 「あれ? まだ七時半なんだ、思ったより早く終わったんだね~」

 「あ、じゃあさ! 今日この後飲みに行かね? まだ時間あるし!」

 「あ~いいですね! 三葉ちゃんも行くでしょ?」

 「は、はい……私も、まだ時間はありますし」

 「お~じゃあこれからみんなでぱぁ~っと行くか!」

 「あ、すみません。僕は今回パスで」

 

 「「「えぇ~!」」」

 

 「うわ!? な、なんですか……」

 「橘も行こうぜ~つれないぞ~このこの!」

 「ちょ、ちょっと先輩、暑苦しいから離れてください!」

 「えぇ~橘くんも行こうよ~」

 「紗季さんまで……今日はこの後めっちゃ大事な用事があるんでいけません」

 「めっちゃ大事な用事……ですか?」

 「あ、あぁ……」

 「もう~じゃあ今回は仕方ないね」

 「う~んそうだな~橘いないといじるやついないし」

 「いや僕いじられ要員!?」

 

 ……と、僕は至って普通を装っていたが、実はというとちょっとだけ緊張している。

 早く家に帰って希に会いたい……会って頭なでなでして猫ごっこして猫ごっこして

 猫ごっこしたい。どうしよう猫ごっこしかしてないぞ。

 

 

 

 「じゃあおつかれさまでした!」

 「「「おつかれさま(です)!」」」

 

 車も事務所に着いて、僕は斉藤先輩たちに挨拶をするや否や、それはもうびっくりするぐらい

 ダッシュで今帰っています。え、僕こんな早かったの?

 まあ、今日は希に色々と悪いことしちゃったからな……希も今頃ソファで体育座りしながら

 待ってるんじゃないかな? いや、それはさすがにないか。

 あぁ~早く家に着かないかな~!

 

 僕は走りながら、これから希と何するかめっちゃ妄想するのであった。

 

 ……ちなみに九割猫ごっこしか思いつかなかったのは内緒。

 僕どんだけ猫ごっこ好きなんだよ。

 

 




今回はカズくん視点でした。
いつもだったら希視点だったんですが話の都合上カズくん視点になってしまいました。
カズくん視点好きな方はおめでとうございます。
希視点好きな方は次話までお待ちください!

感想、お気に入りありがとうございます!
これからもどんどん感想やお気に入りなどお待ちしています!

今回もお読みいただきありがとうございました!

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