アイドルな彼女と声優の彼氏   作:飛簾

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声優の僕。

 「ありがと、じゃあ行ってくるね(^_-)-☆」

 「おう、僕もそろそろ仕事に戻るね、頑張れ希」

 

 ふう……全く希は……

 緩む頬を必死に隠して、僕は自分の携帯電話の電源を切る。

 僕は今、とあるスタジオでアニメの吹替えをしていて、今は休憩をもらって休ませてもらって

 いるところだ。一緒のアニメで共演してい他のみんなは、この休憩中でも台本を一生懸命見て

 いたり、監督さんにアドバイスをもらっていたりと、ずっと携帯電話いじっていた僕からしたら

 ちょっと心苦しい光景なのだが、これもまあ仕方ないと割り切っている。

 

 ……え? どうしてまだ若手なのにそんな割り切ってるんだこのボケ?

 

 いや、まあ……僕も”あれ”がない日はいつも台本を見直したり次のセリフはどこをどうやって

 言おうかとか色々考えるけど……

 

 ……ん? あれってなんだ、もったいぶんないで早く言えこのバカチン?

 

 はい、すみませんでした! 今後はこういうことがないよう精一杯善処しますっ!

 ……僕は一人で何やってるんだ……

 

 

 ま、まあ話を戻して。”あれ”というのは、もう分かっているかもしれないが、希のことだ。

 もっと詳しく言うと、希の「カズくん助けて大変なのメール」略してカズへんメールのことだ。

 ……僕の略し方にセンスの欠片もないことは禁句だからやめてね、カズくんへこんじゃう。

 そんなカズへんメールは、希が地下アイドルのときからずっと来ていたもので、

 希はもともと、あまり人前に出るようなタイプじゃなく、むしろアイドルを応援している姿の 

 方がずっと似合っているような子だった。誰に対しても人見知りで、特に男の人になると

 もう手も当てられないくらい緊張しちゃって、あの頃は僕も大変だったな~……

 それに、恥ずかしがり屋さんで前僕に、「カズくん~! カメラの前でポーズができないの!」

 ってまじめな方で質問されたときは本当にアイドルなの? と思わず心配するほどだった。

 

 でも、そんな希も昔と比べて、本当に成長したと思う。

 確かに今も相当の人見知りで恥ずかしがり屋だけど、昔に比べるとだいぶ落ち着いてきた。

 地下アイドル時代は、当時は貴重だった握手会の日でも、「絶対に行かない! ここで

 カズくんとふたりでいる!」と家で僕に抱き着いて泣き始めたりと、だいぶ手を焼いていた。

 結局その日は僕が一緒にその会場まで一緒に行ってあげたが、会場前まで手を繋がらせられた

 のでバレたらどうしようとめっちゃ心配だった。まあ結局はバレなかったからセーフだったけど。

 でも、今では握手会の日になるとめっちゃ上機嫌になって僕の言葉なんかなくても家から

 出られるようになった。彼氏目線からしたら少々悲しいことでもあるが、希がそれで

 他の人たちに魅力を分かってもらえるんだったら、断然そっちの方がいいと思う。

 

 でも、そんな成長した希でもカズへんメールだけは終わらなかった。

 もはや希のルーティンになっているのか、ライブの日や握手会の日になるといつも希が文の最後

 に顔文字をつけて僕にメールをしてくるのだ。文面上でも希の可愛さが伝わって来ていつも顔を

 緩ませずにいられないのだが、それは希がかわいいからなので僕は何も悪くない。

 それで、僕も希の文に返信するのだが、正直僕はあまりメールをする人に向いていないと思う。

 メールって字体だけでしか相手に伝えられないため、本当に希に伝わっているのか

 不安になるときがある。僕はいつも希が落ち着けられるようにと思って返信してるけど、

 果たして希は落ち着いてくれるのか、逆に焦らせてしまっているのではないか。

 ……とまあ、そんなことを思ってるのだが、希はどうやら満足してる様なので結果オーライだ!

 

 「橘く~ん!」

 

 いやあ、それにしても、希ってメールまで可愛さ伝えられるってすごくない?

 いちいち文の最後に顔文字入れてくるの可愛すぎだって。

 

 「橘くん?」

 

 ホント、希には帰ってから注意しないとな。

 メールで男の人に顔文字禁止令をだそう! あ、でもそれ僕も含まれる?

 はい却下。すぐ却下。やっぱこの禁止令はまたいつかだそう、うん。

 と、いつも通り僕が頭の中でバカなことを考えていると、不意に頭上から可愛らしい声が響いた。

 

 「ちょっと橘くん! 聞いてますかー?」

 「うわぁ!?」

 

 座って俯いていた僕は慌てて顔を上げると、そこにはぷりぷりと可愛らしく怒っていた女の人がいた。

 身長は150センチもないくらいで、ゆるふわな髪型と身長のわりに発達した大きな胸、

 そして何より聞いたら忘れられないような澄み切った声が特徴のこの人は、僕と同じ事務所、

 虹色プロダクションに入っている華咲紗季(はなさき さき)さんだ。

 

 「もう、橘くんさっきから何ぼーっとしてたの?」

 「あ、いや、その少し考え事をしておりまして……あはは……」

 「考え事? 橘くんなんか困ってることでもあるの? 私でよければ相談に乗るよ?」

 「い、いやいや! 大丈夫大丈夫! そんな大して深刻な悩みじゃないから」

 「そ、そう? だったらよかった!」

 

 そう言い笑顔で受け答えしてる紗季さんは、僕と同い年でいわゆる同期というわけだ。

 僕はもともと昔出演したアニメが大ヒットして、その中でも僕の役がたまたま人気になって

 ここまでこれたのだが、彼女の場合は最初から大注目の期待の新人だった。

 事務所の方も彼女のことを猛プッシュして、彼女はここ数年本当に大変なのだろうと思う。

 でも、今の彼女がこんな僕にまで気を回して話してきてくれる当たり、彼女の人柄の良さが

 滲み出てると思う。所詮声優界というのは名前と顔を覚えてもらえたもの勝ちなので、

 彼女のように笑顔もよくて人柄も良いとなると、相当プラスになってるんだろうなと思う。

 

 「もう、今日はこの後一緒にラジオがあるんだからしっかりしてね?」

 「え? 今日ってラジオの日だっけ?」

 「そうだよ! まさか橘くん忘れてた!?」

 「あ、あ、あーそうだったーきょうはラジオの日だったーあ、あははー」

 「……橘くんウソ下手すぎだって」

 

 グハッ!

 の、希の方が断然ウソ下手なのに……!

 

 「それで、橘くんこの後何か用事あったの?」

 「え?」

 「だって、なんか橘くんラジオあるって言ったらちょっと表情曇ったし」

 「く、曇ってない曇ってない!」

 「えー? 本当かな~?」

 「ほ、ホントホント! ちょっとペットに会えないからってだけで!」

 「あ~! やっぱりそうだ! 本当に橘くんはペットコンなんだから~」

 「ぺ、ペットコン?」

 「そ! ブラコンとかシスコンとかあるでしょ? だから橘くんはペットコン!」

 「……は、はぁ……」

 「ちょ、ちょっと引かないでくんない! 実際そうでしょ!」

 

 ……まあ、実際ペットコンっていうより希コンですけどね。

 でもそんなことは口が裂けても心臓が貫かれても言えないので言わない。

 ……ていうか心臓が貫かれたらもう死んでるから言えないのか。

 カズくんったらバカな子☆!

 

 ……あーキモイキモイ(自分です。)

 

 「あ、私もうそろそろ行かなくちゃ! じゃあまた……と言ってもすぐ会うのかな?」

 「まあ、同じアニメだからね」

 「そ、そうだよね! じゃあまたすぐ、じゃあね~」

 「はーい」

 

 小走りながら振り返って手を振ってくるあたり、本当に彼女は人柄がいいと思わざるを得ない。

 仕方なく僕もぎこちなく手を振ってみるが、これ相当恥ずかしいぞ。

 周りを見て誰もいないのを確認して、ふっと安堵する。

 

 「……あ、そう言えば。希に今日帰り遅くなるって伝えないとな……」

 

 そう、今日僕はこの収録が終わったらそのまま帰れると思っていたため晩御飯は僕が担当に

 なっていたのだが、ラジオがあるとなると相当帰りが遅くなるので伝えなくては。

 そう思い、僕は携帯の電源を再度入れ、トーク画面に飛ぶとその趣旨を打ち込む。

 「希、ライブお疲れさま。今日は僕が晩御飯の担当だったけど

 今日この後ラジオがあったのをすっかり忘れていたため帰りが遅くなります」

 

 よしこれでいいか。たぶん希も今はライブがあるだろうし、すぐには返信が来ないだろう。

 はぁ、僕はこれから収録か……先輩たちに迷惑を掛けられないし、いつもよりも集中して

 取り組もう。いつも集中してないわけじゃないからね?

 

 あ、ちなみに紹介しておくと、今回僕や紗季さんが出演するアニメはいわゆるハーレムものだ。

 僕はそのハーレムを刻々と築き上げる主人公役で紗季さんはその中のヒロインの一人なのだが、

 今回僕はその手のアニメの主人公というものに初めて声をあてる。

 先輩には、ハーレムアニメの主人公は批判されやすいから注意しろと忠告を言われたことが

 あるのだが、収録の時点でその可能性がどんどん色濃くしていって怖い……

 

 

 ……でも、これは僕がオーディションで何十人もの中からとった大事な大事なキャラだ。

 言って見れば彼は僕の分身であり、僕は彼の分身なのである。二人で一人の一心同体の

 キャラなのだ。だから僕はこのアニメを絶対に成功させたい。絶対成功させてもっとみんなに

 アニメって面白いって思わせたい。そして、もっとみんなに笑ってほしい。

 ……これが僕が声優になった理由かもしれない……かも?

 

 「橘さーん! そろそろ収録入りまーす」

 「あ、はーい! 今向かいます!」

 

 よっし、ちょっとスイッチも入ってきたことだし、これから頑張りますか!

 ちょっと緊張してきたけど……大丈夫、だよな?

 

 

 

 それじゃあ行ってくる、希!

 

 




あのメールを見て、希が家でいまかいまかとカズくんの帰りを
待っているエピを書こうと思ったのは内緒です。

今回もお読みいただきありがとうございました!


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