アイドルな彼女と声優の彼氏   作:飛簾

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嵐の終幕。

 「はぁ……これからどうするかな……」

 

 病院の外に設置してあるベンチにて、僕は一人背中を猫背にして深いため息をついた。

 空は青空から少しずつ赤みがさした色に変わってきており、風のあたりも涼しくなってきた。

 

 「……これ、どうしよう」

 

 今まで切っていた携帯の電源を入ると、そこには不在着信がおよそ100件、メールとかが500件

 に遡るほど来ており、そのどれもが今僕がどこで何をしているのかをお怒りたっぷりで問うてる

 ものだった。もうマネージャーなんか完全に激おこなご様子だ。

 まあただでさえ声優という一人欠けると関係者の人たちに多大な迷惑をかける仕事を無断で放り

 投げて来たので、怒っているのは至極当然のことだが、まさか事務所の社長までもがメールして

 きていたのは本当に心臓が止まるかと思った。

 しかし一通りメールを読んでいくと何故か後半からは全く怒っておらずむしろ僕を心配する

 ようなメールが多くなっていた。どうしてだろうなとさらにメールを読んでいくと、

 どうやら紗季さんが僕のマネージャーさんや他の声優さんたちに噓の根回しをしてくれたらしい。

 紗季さんマジできるキャリアウーマン。

 ということでこの件に関してはまだ全然解決してないけどひとまず置いておいて……

 

 

 「希、大丈夫かな……」

 

 そう。そもそもわざわざ仕事を放り投げてきてここまで来たのはそれを確かめるためだった。

 あいにく希は寝てたから寝顔だけで確認したけど、はっきり言ってあの寝顔は普段希が風邪を

 ひいて熱を出したときと同じような息苦しい表情をしていた。僕が髪を撫で始めてから

 少しずつ表情が和らいでいった風に思ったけど、正直不安でならない。

 

 本当は……希に僕がここに来たよって言いたかった。

 僕が苦しい時にいつも一緒に居てくれた希みたいに、僕も一緒に居たかった。

 少しでも、希が元気になれるように僕が元気づけたかった。

 いつも……希がしてくれてきたように。

 

 でも、希は多分、僕がここに来てると知ったらきっと迷惑をかけたと思って無茶するだろう。

 無理に元気がって、僕を安心させるだろう。心配かけさせないように、強気に振舞うだろう。

 そうして結局希に無理をさせたら、それこそ本末転倒だ。

 だから黒縁メガ……黒澤さんに黙っていてくれと頼んだ。

 僕がここに来てたと知ったら……希が無茶するから。

 

 「そろそろ帰らないとな……」

 

 いくら紗季さんが根回ししてくれたとはいえ、みんなに迷惑をかけたのは確かだろう。

 早くスタジオに戻って謝らないと……

 そう思い、腰かけてたベンチから立ち上がった、その時だった。

 

 

 「カズくん!!」

 

 

 聞こえるはずがない、聞き慣れた声が後ろの方から僕の鼓膜に響いた。

 振り返ると、そこには患者とは思えないほど汗をかいて、患者服も乱れ、靴やスリッパも

 履いていない裸足の、だけどそれが目に入らないかのように美しく見えた……

 希がいた。

 

 「希……?」

 「カズくん……カズくんっ……カズくっ~んっ!」

 「ちょ、希?! 何でここに? って、え!?」

 

 カズくん大パニックである。

 最初から涙目だった希が、僕を確認するや否や思い切りこっちめがけて飛び込んできて、

 僕がすんでのところで抱きしめると、希は一瞬でリミッターが外れたように泣き始めた。

 泣いている最中も、ずっとカズくん、カズくんと言って強く強く強く抱きしめ返してきた。

 

 「の、希? どうしてここに?」

 「……っひっ……っ……カズくんが……ここにいたから……っ……」

 「いやそう言うことじゃなくって……何で僕がここにいるのが分かったんだ?」

 「……っひっ……黒澤さんに……聞いた……」

 

 あ、あ、あ、あの野郎~~~~~~! やっぱり言ったのか!

 ど、どうしてくれようか黒縁噓ダルマメガネ……今度会ったらただじゃおかんぞ……

 

 「そ、それに……カズくんの……匂いが……っ……したから……」

 

 ……黒縁噓ダルマメガネ……希の可愛さに免じて許してやろう。

 ていうか、今更気づいたけど、希ここまで来て……大丈夫なのか?

 

 「希、どうやってここまで来たんだ?」

 「んっと……抜け出して……きちゃった」

 「っ!? ダメだろそんなことしちゃ! それに希は今は患者さんだぞ!?」

 「……ヤダ!」

 

 僕が希に説教に近いものをしようと思ったら、今まで胸の中に顔を埋めていた希が上目遣いで

 子供の様な勢いでヤダ!っと言ってきた。あれ? 説教は?

 

 「カズくんがここに来てくれてるって知って、絶対絶対カズくんに会わなきゃって!

 カズくんにお礼も言えてないし……それに、カズくんに話したいこともある……から」

 

 「話……?」

 

 一体何の話があるのだろうか?

 久しく会ってなかったから近況報告とか? でもそれだとこんな必死に追いかけてるのに矛盾

 するような……

 僕が希を抱きしめたまま頭の中で何のことか考えていると、希は一度深く僕の胸の中で

 深呼吸すると今さっきまで泣いていたのがまるで嘘かのように真剣な眼差しになった。

 

 「あのね……笑わないで聞いてね? カズくん」

 「う、うん……どうしたんだ?」

 

 そう前置きすると、希は今まで抱き合っていた状態を解き、手を胸の前で結んでまるで

 今から好きな人に告白するように、一言一言丁寧に言葉を紡いでいく。

 

 「私、今までカズくんに隠してたことがあったんだ。カズくんには直接言えなくて、言ったら

 きっとそんなことないよって優しく抱きしめてくれると思ったから、ずっと言えなかったけど……

 今なら……違う。今だから、カズくんに全部話したい、話そうと思ったの」

 

 今まで見たことないような希の表情に、僕は目を逸らせず、じっと希の方を見る。

 

 「カズくんと初めて出会ったのって、今から二年半くらい前だよね。たまたまカズくんが

 主人公役のアニメの主題歌にアイアルが抜擢されて、それでそのアニメのイベントで会ったんだよね」

 

 あぁ……懐かしいな。

 まだ僕が新人だったころに、主人公役に選ばれてまだその時は右も左も分からないような奴

 だったけど、あのアニメは個人的にすごい印象に残ってる。

 あのアニメのおかげで、希に出会えたからな。

 

 「それで、そのアニメのイベントで私たちがライブしたときに私失敗しちゃってさ。

 まだアイアルに入りはじめだったってこともあるけど……

 単純にアイドルを分かってなかったんだと思う。

 失敗した後も、中々切り替えられずにさ……先輩や当時のマネージャーにたくさん叱られて……

 私本当に悔しくて……悔しくて……ステージ裏で泣いててさ」

 

 ……あぁ……僕たちの初対面だったよな。

 

 「その時に、カズくんが来てくれてさ。”どうしたんですか?”って言ってきてくれて、私その時

 たくさん泣いてたからお化粧とかもダメダメで、初めて会った人だったから

 全然喋れなかったのに、カズくん……私が泣き止むまでずっと隣に居てくれたよね……

 私の泣き顔、他の人に見せないように」

 

 「……そうだったっけ……そこら辺は、よく……覚えてないかも」

 

 さすがに僕がここまで覚えてたら恥ずかしいから、ここは見栄を張って嘘をついとこう。

 

 「そうだったよ? その時からカズくんは優しくてさ……私が泣き止んでお礼を言った後にさ?

 ”ライブ、本当に良かったです。お互い失敗しても諦めずに行きましょう!”って言ってくれて。

 あの時、本当に励みになったんだ……」

 

 とても嬉しそうにそう言う希は、本当にアイドルらしい可愛い顔をしていた。

 

 「それからカズくんと色々あって、付き合い始めて、同棲し始めて……本当にカズくんと一緒に

 歩んできた日々は、本当に楽しくて愛しくて素敵だった」

 

 「……僕もだよ、希」

 

 噓偽りない、そう断言できるほど僕が希と過ごしてきた日々は充実してた。

 

 「だから……私、内心すごい焦ってたんだ」

 

 「焦ってた?」

 

 「うん、カズくんは声優さんていう素敵なお仕事で、どんどん有名になっていって、カズくんの

 苦労とか知ってる私には、本当に誇らしかった。だから……不安だったの」

 

 不安……?

 

 「いつか……カズくんに置いて行かれるんじゃないかって……カズくんの彼女としての席が

 私じゃなくてカズくんみたいにもっと立派な人が座るべきじゃないかって……

 ずっとずっと不安だった」

 

 「希……」

 

 「だからね? 私がもっと立派なアイドルになって、このライブも成功させてもっと有名に

 なれば、本当のカズくんの彼女としていられるって思ったの……」

 

 だから……ここまで無茶してきて……

 

 胸の中にこみ上げる熱い何かが、僕の体を支配する。

 希は僕のために、そこまで思ってここまで頑張ってきた。

 バカじゃないのか……希が彼女じゃなかったら……もう誰もいらないよ。

 

 「希」

 

 「……はい、カズくん」

 

 話し終えて、すっきりしたのか希は今まで通りの希の表情をしていた。

 それに加え僕は今、だいぶ真剣な顔をしてるんだろうな……

 

 「僕からも、一ついいか?」

 

 「……うん、何?」

 

 言うんだ……希に。

 

 「僕も、本当は希に焦り感じてたんだ。どんどん良いように変わっていった希に比べて、

 僕は何一つ変わってないって。僕も確かに変わりたい、変わってもっと有名になって、

 好きな声優は誰って聞かれたら、橘だって言わせてやりたい。だけど……変わるとか変わらない

 とかじゃないんだよ……僕がいつも頑張れるのは、笑顔でいれるのは……

 希が、居てくれるからだ」

 

 「カズ、くん……!」

 

 そう言うと、希は心底驚いたように、そして嬉しいように、大粒の涙を伝わらせる。

 この涙が、悲しいものじゃないくらい僕にもわかる。

 だから、今はただ希を抱きしめてやろう。

 

 「これから二人で一緒に頑張って行こうな?」

 「……うん!」

 「これからも、よろしくして……いいよな?」

 「……うん、これからもずっと、ずっとよろしくされたい!」

 「そうか、じゃあ希……目、瞑って」

 「ぁ……んっ……」

 

 

 この可愛い僕の彼女に……これからの誓いにと、そっと口づけを交わし、

 そして太陽は静かにゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 




物語の一区切りが終わりました!
まあまだまだ書き続けるのでこれからも応援よろしくお願いします!
ところで皆さんは希とカズくん、どちらが好きですか?
希やカズくん以外にも好きな人がいる人も是非教えてください!

今回もお読みいただきありがとうございました。

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