アイドルな彼女と声優の彼氏   作:飛簾

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僕が君にできること。

 「……はい、では一万円いただきます」

 「ありがとうございました」

 

 ここまで運んでくれたタクシーの運転手に礼を言うと、僕は目の前に大きく書かれた看板に目を向ける。

 

 ”茨城県立中央総合病院”

 

 思っていたより立派な病院で少しばかり嫌な予感が頭をよぎる。

 ホームページには体調不良とだけ書かれていたので自分的には熱くらいかなと思っていたが、

 ここに入院しているとなってる以上、そんな軽い症状ではないと見た。

 

 ……え? 何でここに希がいるのか教えろ仕事サボり遅刻魔野郎?

 ごめんなさい暴言の部分がほぼ的を射てるので何も言い返せませんごめんなさい。

 まあそれは置いておいて、ここに希がいると分かるまでにはかなり手間がかかった。

 まず最初にホームページとか希のファン向けのブログとかを見てみたが、

 当然の如く書いてなく、次に希にもメールと電話を入れてみたが返信もなく。

 どうしようかなと悩んでいると、今日アイアルは茨城でライブを行っているらしく、

 かなり荒作業だったが、茨城で有名な病院に片っ端から電話をかけて希はここに入院しているか

 と聞いてみて、たどり着いたのがここの病院だ。

 正直同姓同名の美波希さんだったらもうここらへんで体育座りでもしてやるぐらいの心の

 折れようだが、僕の第六感である希を感知する希センサーがぴこぴこと反応してるので

 多分ここで大丈夫だ。

 

 「……それにしても、さすがにこれじゃあバレない……よな?」

 

 そう、僕は今、普段は絶対身に着けないであろう帽子とマスクと伊達メガネを着用している。

 ただでさえ仕事をサボって来てるというのに、万が一でもファンの方や僕のことを知っている

 人に見られてしまったら大変なのでこの変装をしているのだが、はっきり言って今の僕はかなり

 の変質者だ。通りがかりの人の冷たい視線がさっきからちくちく刺さって来る。

 いやしかし、こんなことで挫けてしまってはいけない。

 僕がここに来たのは、おそらくこの病院で寝ているであろう希に会いに来たためだ。

 

 「よし、じゃあ行くか」

 

 尚も冷たい視線が僕に向けられる中、僕はいち早く、病院の入口へと向かった。

 

 

 

   *****************************

 

 

 「それでは、ここにお名前と職業と患者様との間柄を書いてください」

 「は、はい……」

 

 カズくん早速詰みました。

 ……いやどうすんだこれ。名前はまだしも職業と間柄は完全にアウトだろう。

 でも僕はこんなところで諦めていいのだろうか。

 僕の彼女が今も苦しい思いをしてるというのに、彼氏である僕が何もしてやれないのか。

 ……ダメだ!

 

 「はい……では美波様のお兄様の美波一颯様でよろしいですか?」

 「は、はい……兄です……」

 

 罪悪感が拭えません。本当にごめんなさい受付のおばさん。

 本当は声優で彼氏の橘一颯なんですけど、希に迷惑かけちゃいけないから嘘をつきました。

 本当にごめんなさい。

 

 「では、美波様は二階の二〇五号室にいますので室内では帽子は取って入ってください」

 「あ、はい、わかりました。ありがとうございます」

 

 受付のおばさんに心で土下座ばりに謝りと感謝の意を込めて、僕は一度深く頭を下げる。

 そして、頭を上げてもう一回おばさんにぺこりと会釈すると僕は足早に階段を上る。

 二〇五号室……二〇五号室……

 二階に着いて、キョロキョロと二〇五号室を探していると、割と簡単に発見できた。

 ドアの小さな名札には、他の人の名前があるなか、きちんと美波希と書いてあって希がここに

 いてくれて安心したのと同時に、知らずに募っていた不安が今になって体中を駆け巡る。

 この先に、ベッドで眠っているであろう希がいる。

 しかし、ドアを開けようと手を伸ばしても得体の知れない怖さみたいなものがそれを拒む。

 何やってるんだ……仕事をサボってここまで来たんだろ……何やってるんだ僕は……!

 僕がもう一度ドアに手を伸ばそうとした、その時。

 

 「何をやっているんですか」

 「えっ……?」

 

 不意に僕にかけられた冷たい声音に、僕は条件反射でそちらの方へ体を向ける。

 そこには、いかにも不機嫌そうに顔を歪ませた黒縁メガネが、僕の方を睨んでいた。

 え、誰この人……ていうかめっちゃ睨まれてる……

 僕が十秒ほど固まっていると、痺れを切らした彼は尚も低い声音で僕に言葉を投げる。

 

 「もう一度聞きます、何をやっているんですか」

 「え、いやこの病室にいる人のお見舞い……に……」

 「……ちなみに、その人の名前は?」

 「あ……美波希……ですが」

 

 僕が希の名前を言った途端、彼は突然僕の左肩を強く押してきて、

 僕はその強さに耐えることができず、そのまま地べたにしりもちをついてしまう。

 もう一度聞きます……え、誰この人。

 

 「早急お帰り申し願います。あなたみたいな人をここに入らせるわけにはいきません」

 「えっと……え? な、何であなたにそんなこと言われないといけないんですか」

 「あなたみたいな不審者からアイドルを守るのが私の仕事ですので」

 「なっ、誰が不審者だ!」

 「見ての通りですが」

 

 そう言って、黒縁メガネがこちらに手鏡をかざしてくると、そこには深めに被った帽子に

 あまりにも似合っていない伊達メガネ、それにマスクという不審者三点セットが見事に

 合わさった僕の顔が、手鏡の鏡の中に写し出されていた。

 あぁ……これはヤバい……

 

 「あなたみたいな人を看過できるほど、私は心に寛容がありませんので」

 「……そういうあなたは何者なんだよ」

 「あぁ申し遅れました。私、アイドルアフロールのマネージャーをしています、黒澤壮史です」

 「……マネージャーが何でこんなところにいるんですか」

 「それはもちろん、アイアルのメンバーである美波さんが朝体調を崩したので私もその看病で

 行けと上の方から言われたので」

 「……じゃあ、所詮は命令されて看病をしているというわけですか」

 「そうですね、それ以外に看病する理由がないので」

 

 ……なんか、直感的だけど。

 僕、この人苦手だ……いや、嫌いだ。

 

 「それで、あなたこそ何者なんですか、こんなところまで来て……ファンの面会は禁止ですよ」

 「ち、違います! 僕は、その……希の、兄……です」

 「……どうにも嘘くさいですね」

 「う、噓なんかじゃ……ない……です……」

 「後からどんどん声が小さくなっていますよ」

 「っ!? と、とにかく! こっちはお見舞いに来たんですよ、早くそこを開けてください」

 「できません、私のあなたへの認識は不審者に変わりないので」

 

 く~~~! この黒縁メガネ……言わせておけば次から次へと……!

 と、僕と黒縁メガネの間に火花をパチパチと散らせていると、そこにとある人が手に何かを

 ぶら下げたままこちらへ走ってきた。

 ……廊下走るの禁止ですよ? まあ、僕も人のことは言えないが。

 しかし、そのとある人は今さっきまで顔を合わせていた、あの人だった。

 

 「美波様! 申し訳ありません、面会カードを渡すのを忘れていました」

 「あ、ありがとうございます……」

 「……? 美波希様の兄の、美波一颯様でよろしかったですよね?」

 「あ、は、はいそうです……わざわざありがとうございます」

 「いえいえ、礼儀正しい人だな~っと思っていまして、面会カードを渡すのを忘れていたと

 分かって、急いで渡さないとって」

 「ほ、本当にありがとうございます!」

 「いえいえ、では失礼します」

 

 そう言って受付のおばさんは来た道を帰っていくと、僕は思わず涙腺がうるうるしてきてしまった。

 受付のおばさんいい人すぎる……後でもう一回ちゃんとお礼をしなければ……

 

 「まさか、本当に美波さんのお兄様だったとは……」

 

 それに、黒縁メガネも今のを見てだいぶ僕の信ぴょう性も上がって来てるっぽいし、

 多分攻め時は今しかないな、よし。

 

 「あ、ああそうだよ、だから早くそこを……」

 「しかし、やはりどうも信ぴょう性に欠けますね」

 

 どうやら信ぴょう性はこれっぽっちも上がっていなかったらしいです。

 

 「と、とにかく! 面会カードもちゃんとありますし、早くそこを開けてください」

 「………………はぁ」

 「な、なんですか」

 「仕方ありません、あの受付の人を信じることにしましょう」

 「本当ですか!」

 「でも、美波さんのお見舞いは私も同席します。同席というよりは監視、ですがね」

 「……わかりましたよ、監視付きでもいいので早くそこを……」

 「あと制限時間は十五分までです」

 「制限時間も!?」

 

 かなりのオプション付きになってしまったが、まあやっと入れると思ったら良しとしよう。

 ここまで……長かった……

 

 

   *****************************

 

 「し、失礼します……」

 

 黒縁メガネがドアを開けて、僕もその後に続いて入るとそこには三、四人くらいの患者さんが

 ベッドで点滴を打たれながら横になっていた。

 そしてその中の一人に、僕が一番会いたかった彼女の姿もいた。

 

 「……美波さんは今眠っているので、くれぐれも起こさないようにしてくださいね」

 

 黒縁メガネが注意を促してくる。無論、僕も希を起こす気なんてない。

 希にはこの機会にでもゆっくりと休んで欲しいと思ってるから。

 

 「希、ひとまずはお疲れ様」

 

 そう言って、僕は寝ている希の髪を起こさない程度に優しく撫でる。

 希が寝ているベッドの隣にある席に座って撫でているのだが、希は寝顔姿もかわいい。

 

 「よく頑張ったな、本当に」

 

 尚も撫でたまま、僕は寝ている希に話しかける。

 このライブ、希は絶対に成功させたいと言っていた。成功してたよ、アイアルのライブ。

 見れなかったのは本当に残念だけど、ネットとかニュースにはちゃんと良く書いてあったよ。

 

 「ごめんな、希」

 

 だから、謝らせてくれ、希。

 気づいてたんだ、希が電話越しでも分かるくらい声音も声色も違ったってこと。

 あの時言っておけば、すぐに電話を終わらせてこんなことにはならなかったのかもしれないのに。

 

 「希は悔しいよな? でも、多分まだ泣いてないだろ?」

 

 希は頑張り屋さんだ。

 頑張り屋さんで我慢強い子で寂しがり屋で、そんでもってとっても優しい子だ。

 きっと、大声を上げて泣きたいくらい悔しいのに、自分が泣いちゃダメだって、きっと我慢してる。

 

 「いっぱい泣いていいからな。いっぱい泣いていっぱい泣いて、いっぱい慰めるから」

 

 これくらいしかできないんだ、僕には。

 希からは普段からいっぱいなものをもらっているのに、僕からできるのはこれっぽっちしかない。

 

 「……いっぱい、甘えていいから」

 

 これが僕が君に、できることだから。

 

 「……そろそろです、美波さん」

 「……あ、はい……」

 

 黒縁メガネにそう言われ、僕は十五分ずっと撫でてた手を止め、席を立つ。

 心なしかどこか満足そうな顔から不安げそうな顔になった希を見て、少しここを去るのが

 名残惜しいがこの黒縁メガネとの約束でもあるのでさすがに長居はいけない。

 

 「じゃあな、希」

 

 最後にそう言って、もう一回だけ頭を撫でると、希はまた満足そうな顔に戻る。

 よかった、起きないで。僕今絶対にやけてる……

 

 「じゃあ、ありがとうございました」

 「いえ、こちらこそすみませんでした」

 「あ、あと黒縁メガ……黒澤さん」

 「…………何でしょうか」

 「僕が来たことは、希には内緒で」

 「? 何故ですか?」

 「まあ、単に恥ずかしいだけですよ」

 「……そうですか……?」

 「もし誰か来てたとか言って来たら、適当に言い濁しておいてください」

 「わかりました、約束は守ります」

 「そこら辺は吞み込みが早くて助かります」

 

 黒縁メガネとも挨拶を交わし、僕は希のいる病室を後にする。

 その時、希が去り際に言った寝言を、僕は敢えて聞き取らないことに決めた。

 

 

 「カズくん……会いたいよ……」

 




おそらくこのシリーズで一番長くなりました。
カズくんって何だかんだ男前ですよね、病院にまで行く感じ。
……いやまあ書いてるの自分なんですけどね。

今回もお読みいただきありがとうございました!

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