アイドルな彼女と声優の彼氏   作:飛簾

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彼女の涙。

 「ん……」

 

 私が目を覚ますと、視界に広がっていたのは真っ白で届きそうにない天井だった。

 おかしいな……昨日まで泊ってたホテルの天井は、こんな真っ白じゃなかったのにな。

 それに、もうずいぶんと寝た気もするしそろそろライブの準備しなきゃ……

 

 だけど、私がいくらそうやって頭で思っていても体が別人かのように言うことを聞いてくれない。

 それに、腕についている点滴みたいなのも邪魔で起き上がることさえできない。

 早く……ライブに行かなきゃ……

 

 「あぁ、美波さん。起きましたか」

 「……え……?」

 

 私が起き上がろうと必死に体を動かそうとしてると、そこにはこの一週間よく見てる顔の人が、

 天然水が入ったペットボトルを二つ持ちながら私の方に歩み寄ってきた。

 

 「あんまり無理しちゃいけませんよ? 美波さんは今病人なんですから」

 「びょう……にん?」

 「まさか、覚えてないんですか? 今日の朝、突然美波さんが倒れたこと」

 「倒れた……私が……?」

 

 正直、その人の言っていることが私にはよくわからなかった。

 でも、冷静になって周りを見渡してみると確かにここは病院で、私が病人だということが安易に

 決定づけられてしまった。

 じゃあ、今頃みんなはライブしてるのかな……私も……行かなきゃ……

 私が体を起こそうとすると、私のベッドの隣に座っていたその人は慌てて私を静止した。

 

 「ちょ、ちょっと美波さん! 急に体を起こすと危ないですよ!」

 「ライブ……行かないと……カズくんに……」

 「ラ、ライブ? まさか行こうとしてるんですか!? 今日は体調不良でお休みです!」

 「ダメ……なの……行かないと……」

 「ちょっと美波さん!」

 

 私が後もうすぐのところで起き上がろうとしていたところを、その人は男の人特有の強さで、

 私を元の位置までいとも簡単に引き戻した。

 

 「マネージャーさん……お願いです……ライブに、行かせてください……」

 「ダメです。美波さんは今日は体調不良で休むということはもう決定事項なんですよ」

 

 と、持っている黒縁の眼鏡をくいっと上げてやれやれという表情を作っているこの人は、

 私たちアイアルのマネージャーである黒澤壮史(くろさわ そうし)さん。

 最近アイアルのマネージャーになったばかりの人で、正直まだこの人のことはあまり知らない。

 顔的に二十台後半くらいで、身長も平均くらいな人で……あまりこの人にいい印象がない。

 私たちが所属することになったプロダクションからの派遣らしいんだけど、黒澤さんとは

 今日初めて喋ったかなというほど普段から話さない。というか話すことがない。

 

 「全く……驚きましたよ、朝食を食べていたら突然中里さんが”のぞみんが倒れた!”なんて

 言うもんですから駆け付けたら息を荒くしながら横たわっていたんですから」

 「美衣ちゃん……」

 「それで、急いでここの病院に連れて行って先生から貧血と疲労のせいだと診断されて、

 点滴を打ってもらって今の状況に至る……というわけです」

 「……じゃあ、やっぱりライブは……」

 「美波さんは体調不良でお休みだと、ホームページに掲載しました」

 「……そう、ですか……」

 

 黒澤さんから一連の話を聞いて、私は今まで無意識に入っていた力がすっと出て行くか

 のように、ふかふかなベッドの上にすとんと横たわった。

 今まで……このライブのために、一生懸命頑張って来て、一生懸命努力してきたのに、

 私の体調管理がなってないせいでアイアルのみんなやファンの方にも迷惑かけて……

 カズくんの、言う通りだね。

 電話でずっと私に言ってきてくれたのに、結果的にカズくんの言葉を無視しちゃって、

 こんなことになって……自業自得ってやつかな、カズくん。

 

 「なので、今日は一日中体の疲れをとって安静にしておいてくださいね」

 「……あの、黒澤さんは……ライブに行かないんですか?」

 「あぁ、社長からここにいろと言われたので」

 「……そう、ですか」

 「はい……あぁ、もうこんな時間ですね。お昼ご飯を持ってきますので少し席を開けます」

 「……ありがとうございます」

 

 黒澤さんがそう言って部屋を後にすると、私はとても静かな病室でそっと目を瞑った。

 目を瞑って見えてくるのは……カズくんのことばかり。

 ごめんね、カズくん。

 多分、これを言うと、何で希が謝るのって、私のこと抱きしめてくれるんだよね。

 そして、そっと頭を撫でてくれて私のことを全部包み込んでくれる。

 だから……ごめんね、カズくん。

 私ね、このライブでたくさんのものを欲しがりすぎちゃったみたい。

 アイアルの人気も、ライブの成功も……カズくんの、彼女としての隣の席も。

 全部欲しくて、結果的に、一つも手に入れることができなかった。

 

  

 ”希は本当に甘えん坊さんだな……”

 ”希だったら絶対大丈夫”

 ”久しぶりに希と、その……一緒にいれると思ったのにさ……”

 ”……僕も希が大好きだよ”

 

 今までカズくんが私にくれた言葉が、私の頭の中を駆け巡るような錯覚に見舞われる。

 でもその錯覚は、決して苦しいものじゃなくて逆に物凄い心がぽかぽかするようなもの。

 カズくん、本当はね? 

 カズくんには言ってなかったけど、私はこのライブでカズくんに一歩でも近づけるようにって

 思ってたんだ。

 カズくんが声優のお仕事で活躍しているのは、カズくんの彼女としても、カズくんのファンと

 しても本当に誇らしくて、嬉しかった。だから、何もできてない私は、いつか置いて行かれるん

 じゃないかなって、不安になってた。カズくんが私のこと置いて行くような人じゃないって

 知ってる筈なのに。

 でも……立派な彼氏さんの隣にいれるのは、立派な彼女でしょ?

 

 ここで、頬につうっと、冷たいのか温かいのかよく分からない液体が伝った。

 

 カズくんの彼女に……カズくんの本当の彼女に……なりたいよ……カズくん。

 あの時カズくんに助けられたみたいに、私もカズくんのことを助けてあげたい。

 カズくんみたいに、慰めてあげたいし、癒してあげたいし、落ち着かせてあげたい。

 大好きだよカズくん。

 今日は電話もメールもできそうにないけど、許してね。

 お仕事最近忙しいそうだけど大丈夫? 私みたいに体調壊さないようにね?

 それとそれと……

 ごめんね、カズくん……もうカズくんに会いたくて……仕方ないや。

 でもそんなことできないからせめて、夢の中だけでも会いたいな。

 

 「カズ……くん……」

 

 最愛の人におやすみを心の中で言い、私は意識を夢の中へと手放した。

 

 




連日投稿を目安に執筆したいが時間がないのがこれまた残酷。
量より質を目標に飛簾これからも頑張ります!

今回もお読みいただきありがとうございました!

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