アイドルな彼女と声優の彼氏   作:飛簾

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彼氏としての役目。

 

 「嘘……だろ?」

 

 僕は携帯に表示されてある無機質な字体に、段々と心臓が早くなっていくのを感じた。

 アイアルのホームページ。

 連日続くライブのことやメンバー達の自己紹介、これからのアイアルの活動予定などが

 書かれてあるそれに、重要なお知らせと書かれた欄で、僕は知らず知らずのうちに積もっていた

 悪い予感が的中したような気がした。

 

 

 ”本日開催されるアイアルのライブに出演予定でした美波希は体調不良のためお休みになります。

 当日のお知らせで誠に申し訳ございません。皆様のご理解・ご了承よろしくお願いします。”

 

 

 今日で五日目となるアイアルのライブツアーは、ネットなどでのファンの拡散により、

 アイアル史上類の見ない盛り上がりを見せていた。昨日も会場満員の大盛況で、ネットでしか

 ライブの状況を知ることができなかった僕でも十二分にこのライブがすごいということが分かった。

 

 だから、昨日電話越しに聞いていた希の声の違和感にも、即座に指摘することができなかった。

 

 昨日、希たちのライブが始まってからというもの、希と日課になっていた電話をしていた。

 最初はお互いにお疲れ~って一日の疲れを労って、僕がライブがすごいねって切り出したら

 希がライブがこんな感じだったんだよ~って教えてくれて、そんな話も終わればどこからとなく

 他愛もない話をして、最後は恥かしながらも好きだよとお互い伝えて。

 

 一時間くらいの電話でも、希と話してると一日の疲れが吹っ飛んだかのように消えていって、

 話してる最中は中学の時に好きな人に必死にアピールしてる男子みたいな感じになるし、

 電話がそろそろ終わるころは口にも表情にも出さないけど本当はめっちゃ寂しかったり。

 

 だから、今見てるアイアルのホームページを見た時、僕は自分自身に思わず呆れてしまった。

 

 希が一番大切な彼女だって言ってきたのに、希が辛い時に気づいてやれずに吞気に希との

 電話を一人で楽しんで、これで希もいい息抜きになるだろうだなんて自分に都合のいいこと

 ばかり考えていて、結局のところ希のことなんて何一つ考えられていなかった。

 そんな自分に、軽蔑に近いような感情さえも湧いてくる。

 

 昨日の電話で、希はところどころ咳き込んでいた時があった。しかも、咳き込んでいた時は

 かなり辛そうな声音だったし、普通の話している声もどことなく暗い感じがしていた。

 理由を聞いてみても、今いるところがほこりっぽいからって言って僕に心配かけさせないように

 気を遣ってくれて、そんな希の優しさに僕は安易に溶け込んでしまっていたんだ。

 

 

 「橘くん、やっほ!」

 

 「うおっ!?」

 

 僕がスタジオの外にあるベンチで色々と考えていると、急に聞き覚えのある声がしてきた。

 

 「紗季さん? 収録は?」

 「今さっき終わったとこ。橘くんももう少しで収録だよね?」

 「あ、ああうん……」

 「ん? 今日の橘くん元気ないね、顔も少し暗いし」

 「そ、そう、かな……」

 「うーん、まあ仕方ないかー最近ずっと仕事漬けなんでしょう?」

 「あー、まあ家に帰ってもすることがないから」

 

 そう、希がライブで忙しくしている傍らで僕が仕事もせずに家でのんびりするのも何か違う気が

 して、この一週間はほとんど家に帰らず仕事漬けな毎日を送っていた。

 希との電話も仕事の休憩時間にしていて、それが終わればまた仕事してみたいな感じだった。

 

 「そんな仕事ばっかりだと、体がもたなくなるよ?」

 「う、うん……だけど、僕も頑張らないといけないから」

 「でも、今までこんな仕事漬けだったことなかったよね?」

 「……多分今回が初めてだと思う、こんな仕事だけの一週間」

 「どうして急に仕事漬けにしてるの?」

 

 どうして……か。それは……

 

 「希に……近づけるように……」

 「ん? 何に近づくの?」

 

 そうだ。

 希たちがライブをすると決まったときから、僕の中に少しずつ焦りみたいなものがあった。

 昔と比べて、希は本当に変わった。それは、悪い意味なんかじゃなくて、本当にいい意味で。

 ファンも瞬く間に増えて、気づけば一人のアイドルとして一人で歩いていけるようになってた。

 じゃあそれに比べて僕は? たまたま出演したアニメの役がハマって、こうやって色々な

 アニメにも出れるようになったけど、希以上に変わったのか。

 変わってない、これっぽっちも。

 世間でも、この業界でも、僕の評判は良くも悪くもない中途半端なやつで、一番好きな声優は?

 と聞かれて僕の名前が出ることはまずないに等しいくらいの奴だ。

 どんどん綺麗になっていって、どんどん魅力が増えていって、どんどん可愛くなっていった希に

 比べて、僕は何一つとして変わってなかった。

 だから変わりたかった。希がライブで頑張ってる時も、僕も希と同じように頑張って変わりたかった。

 全部……希の彼氏として、恥ずかしくない彼氏になるために。

 

 「おーい、橘くーん!」

 「うおっ!?」

 「このやり取りもう二回目だよ」

 「す、すみません……」

 「……何か悩んでる?」

 「え……?」

 「なんか、今の橘くんの表情辛そうだから」

 「辛そう?」

 「うん……なんかいつもの元気な橘くんじゃないから」

 「いつもの……僕?」

 「うん、いつも笑顔で明るい橘くんじゃないよ? 今日の橘くんは」

 

 いつも……笑顔……

 

 その時に、ふと希の笑顔が僕の脳裏をよぎった。

 

 

 ……僕は、何をやってるんだろうか。

 大好きな彼女が、今頃苦しい思いをしてる時に僕はこんなところでめそめそ悩んで。

 僕が笑顔にいられるのはもう……希がいるからなのにな。 

 僕が変わる変わらない以前に、希がいないんじゃ意味がないじゃないか。

 いつもの僕だったら……これからとる行動は、ただ一つ。

 

 「紗季さん、ありがとうございます!」

 「ふぇ? ど、どうしたの急に?」

 「紗季さんのおかげで目が醒めました」

 「そ、そうなの? 確かに眠そうだったし……」

 「じゃあ今から行ってきます!」

 「え、え? ど、どこに?」

 「……行ってきます!」

 

 そう言い、僕はその場から立ち上がるとそのままスタジオを出ようと走る。

 

 「ちょ、橘くん!? もうすぐで収録始まっちゃうよ!?」

 「少し遅刻するかもだけど絶対戻ります! ごめんなさい!」

 

 こりゃ帰ってきたら大説教されるだろうけど、そんなのは今の希のことを思えば軽いもんだ。

 でもやっぱり……事務所の社長には絶対怒られるだろうな……

 

 「まあでも……そんなこと言ってられないよな」

 

 何よりも大切にしないといけない彼女が苦しんでる時に、彼氏が駆け付けないなんて彼氏失格だ。

 彼女が苦しい時に一緒に居て一緒に苦しい思いをして、一緒に乗り越えるのが、

 彼氏としての役目だ。

 

 

 「希、待っててな。今行くから!」

 

 希に届くように呟くと、僕はそのままタクシー乗り場へと走って向かった。

 

 

 




投稿間隔が大幅に長くなりすみませんでした。
これからまたこの作品を少しずつ投稿していきたいと思っているので
応援してくださる方はぜひチェックして見てください。

今回もお読みいただきありがとうございました!

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