小林さんちのアインズ様   作:タッパ・タッパ

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2017/9/3 「精気の持ち主」→「正規の持ち主」 訂正しました


第8話 飛ぼう、俺たちの宇宙へ! (後編)

 そうして、始まったアインズによる宇宙船()()

 

 〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉によって召喚されたアンデッドたちは、獲物を求めて艦内のありとあらゆる通路を駆け巡る。

 所詮、低レベルのアンデッドたちは、乗組員たちの持つ近代兵器の前に、たやすく打ち倒されるのであるが、なにぶん数が多い。まさにゾンビ映画などで、銃を持った人間が溢れ返る死者の群れに押しつぶされるように、圧倒的な数の暴力の前に飲み込まれていく。

 そうして、乗組員を血祭りにした彼らはさらなる生贄を求めて船内を闊歩する。

 

 

 そうして艦内が大混乱に陥っている中、スケルトンたちの無差別の襲撃とは別に、アインズ率いる高レベルのアンデッドたちは、一路、この宇宙船の中枢部を目指していた。

 

 一行の先頭を行くのは、キラキラと光り輝く妖精と三本足のカラスである。

 どちらも迷宮探索に役立つ魔法によって生み出された道案内であるが、敵となる宇宙人側の戦力はあまり大したことはなかったため、せっかく呼び出したにもかかわらず妖精の示す安全なルートの方は選ばれることなく、カラスの方が指し示す最短ルートのみをつき突き進んでいた。

 

 

 

 そうして足を進めるアインズらの前で、また音を立てて隔壁が閉まる。

 それに対して、アインズは〈開錠(アンロック)〉の魔法を唱えた。

 すると、たった今閉まったばかりの凹凸のある隔壁が、テープの逆廻しのように開く。

 

 この宇宙戦艦攻略はナザリックとして利益を求めてのものではない。

 そのため、わざわざ貴重な〈七門の粉砕者(エビノゴイ)〉を使いたくはない。

 もし、これで開かないようなら、攻撃魔法で破壊するつもりであったが、幸いにして〈開錠(アンロック)〉の魔法のみでも特段問題はなかった。

 

 しかし、開いたと思ったら、その通路の先にはまた閉じられた隔壁がある。

 この大量にある障壁に、いささかウンザリした気分になりつつも、再度〈開錠(アンロック)〉で隔壁を開いた。

 

 

 だが、次の瞬間、アインズは思わずその身をすくませた。

 

 開いた隔壁のその向こう。

 一直線に続く通路のその先には、巨大な大砲が据えられた銃座があり、その砲身がこちらを向いていたからである。

 

 

「退避!」

 

 叫ぶが早いか、砲口が火を噴いた。

 2門のビーム砲から放たれたエネルギーの奔流がアインズらを襲う。

 その内び1本は屍収集家(コープスコレクター)に、もう1本は後ろに控えていた集眼の屍(アイボール・コープス)を直撃し、一瞬の下にその醜い肉塊を焼き尽くした。

 

 とっさに死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が銃座めがけて〈火球(ファイヤーボール)〉を放ったものの、その魔法は銃座を守る様に前面に設置された防盾によって防がれる。

 

 だが、その爆発によって一瞬だが、視界が遮られた。

 

 視線が通らないながらも、めくらめっぽうにビームが連射される。

 しかし、その時にはすでにアインズ率いるアンデッド軍団は通路の曲がり角まで後退していた。

 

 

 

 顎に手を当ててアインズは考え込む。

 

「さて、どう攻略するかな?」

 

 遮蔽物のない通路の先に置かれた銃座。

 そして、その銃座に据えられた2門の大砲からは強力無比な光線が発せられる。

 

 アインズが全力で攻撃魔法を叩きこめば、それで済む話ではあるが、それはよろしくないと判断した。

 こちらへの監視を警戒して、ギリギリまで実力を隠蔽し、切り札を温存しておくべき――というのは一応の建前である。

 本音としては、わざわざこうして軍団を率いての進撃なのに、すべて自分一人の力によって何とかしてしまっては面白くない。せっかくのダンジョン攻略の醍醐味が無くなってしまうからという、まさに身勝手なゲーム感覚によるものであった。

 

 

 そんな事を考えている横で、地下聖堂の王(クリプトロード)は〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉によって生み出されたスケルトンたち数体を威力偵察代わりに突撃させる。

 だが、放たれるビームの連射によって、そいつらは瞬く間に蹴散らされた。

 

「見たところ、あの銃座は最初からあそこにあったのではなく、可搬式(セミ・ポータブル)のものを据え付けたようだな。しかも、あのビームは連射ができるようだ。……このままスケルトンたちを幾度も突撃させてエネルギー切れを狙うか? いや、どれだけ撃てるかが分からん以上、その作戦は駄目だな。〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉のスケルトンはほぼ無限ではあるが、その方法ではいったいいつまで時間を食うことになるか見当もつかん。とは言え、ここでいつまでも足止めを食っている訳にもいかんな。ふむ、となると……」

 

 

 

 対閃光のゴーグルを兼ねたヘルメットをかぶり、銃座についていたクルーたちは、目の前の光景に思わず息をのんだ。

 

 

 彼らは今の今まで安堵の息を吐いていたのだ。

 

 幾多の星間連盟の大艦隊(グランドフリート)や同業のならず者たち、そしてその地に到達する者はほとんどなく、科学的に分類されることすら(いま)だされていないであろう辺境惑星に住まう巨大な原住生物たちとの戦いを制してきたはずの、宇宙海賊の中でも誉れ高き航宙戦艦ダーステン。

 そんな輝かしい栄光に包まれた武勲艦の内部を、謎の生物たちは我が物顔で暴れまわった。

 その傍若無人なまでの振る舞いと勢いを止めることは出来なかった。

 

 だが、ついに。

 この中央区画にまで押し寄せてきたそいつらを、据え付けた銃座のニードル砲で蹴散らし、追い返すことに成功したのである。

 

 

 ここは一直線の通路であり、遮蔽物など存在しない。ビームに身をさらさねば銃座のあるところまでは辿りつけない。

 敵にも遠距離攻撃が出来る個体がいるようだが、なに、心配することは無い。この銃座には強固な防盾がついているのだ。その頑強さはパルスレーザーの直撃にすら耐えられると言われている。先ほど、連中が放った程度の奇妙な爆発物などでは、たとえ百発撃ち込まれたとしても破壊は出来まい。

 ここを突破することは、たとえ惑星アレスの機動歩兵であろうと不可能であろう。

 

 

 そう嵩をくくって、曲がり角の端から飛び出てきた白い雑魚どもをクレー射撃の的よろしく撃ち落としていると、再び先ほどの大型生物らが雄たけびと共に突っ込んできたのだ。

 

 しかも、今度は隊列を組んで。

 

 

 先頭を走るのは巨大な盾を全面に構えた死の騎士(デス・ナイト)たち。

 それが2列縦隊の陣形を組んで突進してくる。

 

 防盾の両脇から突きだした2門のビーム砲が火を噴いた。

 その眩いばかりの光の奔流は狙いたがわず、陣形の先頭に立つ2体の死の騎士(デス・ナイト)を捉えた。

 ビームによる一撃は彼らが持つ巨大なタワーシールドをも容易に貫き、その身を徹底的に焼き尽くす。

 

 だが、それを受けても、彼らは倒れることは無い。

 一撃では絶対に倒されないという死の騎士(デス・ナイト)特有の特殊技術(スキル)によって、消滅を免れたのだ。

 

 そんな彼らであったが、0.4秒(のち)に続けて撃ち出された次弾を再度その身に受け、今度こそ滅ぼされた。

 

 

 しかし、それで軍団の足が止まることは無い。

 焼き尽くされ、溶けて消えゆく死の騎士(デス・ナイト)を踏み越え、続く死の騎士(デス・ナイト)がさらに足を進める。

 その死の騎士(デス・ナイト)にも、ビームが突き刺さる。

 先の者達と同様、一撃は耐えたものの2撃目を受けて、断末魔にも似た叫びと共に、床に倒れ伏す。

 

 そして、その後ろからさらに3列目の死の騎士(デス・ナイト)が飛び出した。

 彼らにもビームが直撃する。

 

 

 だが、ついに――。

 

 ついにとどめの2射目が放たれる前に、その手にした4.3フィートはあろうかという巨大な炎のように波打つ刃、フランベルジュが届く距離まで接敵することが出来たのだ。

 

 

 踏み込むと同時に、その切っ先が光の弧を描く。

 銃座についていたクルーは引き金を引く。

 

 金属同士が衝突する甲高い音。

 

 桁外れの剛力とともに斜め下からすくい上げるように振り払われたフランベルジュの先端部が、ニードル砲の筒先を打ち据えた。

 それ自体かなりの重量があるはずの砲身が、あらぬ方向へと跳ね上げられる。

 

 それと同時に、砲口からビームが(ほとばし)るが、その荒れ狂うエネルギー流は目標である死の騎士(デス・ナイト)を捉えることなく、天井を(えぐ)るのみであった。

 

 

 その凶暴さを雄弁に物語る鋭い棘のついた鎧が宙を舞う。彼らは中央の防盾の両脇を抜け、その背後にいたクルーたちへと躍りかかった。

 

 殺戮は一瞬であった。

 

 大半の者はその恐るべき姿に背を向けて逃げだしたところを背後から襲われた。

 中には、腰の熱線銃を抜いて反撃を試みる者もいた。そのレーザーの一撃によって、先のニードル砲のビームにより、すでにHPが1にまで減少していた死の騎士(デス・ナイト)の1体を倒すことには成功した。

 だが、死の騎士(デス・ナイト)の隊列に続いて押し寄せたアンデッドの群れの前には、たかが携行式の銃一本では蟷螂の斧に過ぎない。

 勇敢にもその場に踏みとどまった彼は、瞬く間に全身を引き裂かれ、その死体はさらなる侵攻のためのアンデッドの素材とされた。

 

 

 

 その場を制圧した事に気を良くしたアインズは、その奥にあった一際大きな扉の前へと足を進めた。

 おそらくここが最奥部、この宇宙戦艦の司令室であろう。

 つまりは最後の戦いになるはずだ。

 

 

 ちらりと後ろを振り向き、そこに顔を並べているアンデッドたちを確かめる。

 アインズは一つ頷き、気を引き締めると、その黒字に赤い線で彼には理解できぬ紋章が描かれた、一種荘厳さをも感じさせる扉を開けた。

 

 

 

 その眼前に広がっていた光景は――。

 

 

「……ん? 誰もいない?」

 

 アインズは唖然として、無人の室内を見回す。

 

 宇宙船の司令室らしき一室。

 手前の作戦机らしきもの置かれた中央部、そこから数段低くなった壁際の外周部には、近未来人であるはずのアインズですら理解できぬ計器や制御盤がひしめき、その前に設置された椅子らしきものに腰かける人影は皆無であった。

 

 もしや、人の目には見えぬ、不可視の存在なのかとも邪推し、魔法で室内を探査するが、何一つとして反応する者はいなかった。

 

 

 はて? これはいったいどういう事だろう?

 いったい何故、誰もいないのだ?

 場所を間違ったという訳でもないはずだ。〈三足烏の先導(リード・オブ・ヤタガラス)〉も、こここそがこの宇宙戦艦の中枢であると示している。魔法的な偽装は考えられない。〈開錠(アンロック)〉の魔法が難なく効いたように、この宇宙船内において魔法は通常どおり効果を発するはずだ。

 

 そして、元より無人であったという事もあるまい。

 この司令室に至るまでアインズらの前に立ちふさがった、この宇宙船の乗員たちは、異様な姿ではあったが確かに生物であり、その死体はアンデッドへと変化させることが出来るものであった。

 この宇宙船に生きた乗組員がいるのは確かなのである。

 

 それなのに、何故、ここには乗員が誰もいないのだろうか?

 まさか、ここにある機械こそが真の司令で、コンピューターが人型の生物らしい乗員たちを操っていたとでもいうのだろうか?

 

 

 そんなことを考えつつ、アインズは部屋の中央へと歩みでる。

 なにやらモニター類が赤く点滅しているのだが、彼にはまったく意味など分からない。

 

 続いて入ってきた地下聖堂の王(クリプトロード)が指揮下のアンデッドたちに室内の捜索を命じているのを横目に見ながら、中央に置かれた机に何気なく近寄った。

 その明滅する天板の上では、3Dホログラムによってこの宇宙船の様子が空中に立体的に表示されており、それがゆっくりと回転している。

 

 それをもっとよく眺めようとして机上に身を乗り出した時、アインズの手が机の端にあった制御パネルの一部に触れた。

 

 すると、この司令室を取り囲むように壁面に設置されたモニターが、一斉に切り替わった。

 

 突然の事に驚いて顔をあげたアインズの目に飛び込んできたもの。

 それはこの宇宙船の外部の様子であった。

 おそらく宇宙船の外壁にいくつものカメラが設置されており、宇宙船の中央にあるこの司令室にいながらにして、周囲の様子がうかがえるようになっているのだろう。

 

 

 そこに映し出された遥かなる宇宙の光景。

 それに一瞬、アインズは目を奪われたものの――すぐに「あっ!」と声をあげた。

 

 壁面一杯に設置された巨大モニター、そのうち右手側に映し出された映像。

 それは遠ざかっていく赤い大地である。

 

 

 どうやら船内にいたアインズの気がつかぬうちに、この宇宙船は火星を離れていたらしい。

 地に足をつけ、その上を歩いた時とは異なる、はるか上空から見下ろす火星の大地。その壮大な景色に言葉もなく眺めていると、ふとモニターに映る火星の映像を遮るように、何かの影が走った。

 いったいなんだろうと遠ざかる火星から目を離し、別のモニターに目をやると、そちらには船体後部のバーニアを噴射し離脱していく、この宇宙船より二回りは小さい艇が見えた。

 

 

 それを見た瞬間、アインズはピンと来た。

 

「この宇宙船を捨てて逃げたか」

 

 おそらく、アインズらの侵攻を止める(すべ)はないとみて、この指令室にいた者だけが脱出艇に乗り込み、逃げ出したのだろう。

 他のクルーたちには防衛を命じて。

 

 

 そんな自分たちの命の為ならば下の者――仲間すら切り捨てる行為に、アインズは皮肉気に笑った。

 

「宇宙人も人間と変わらんな」

 

 そう結論付け、さて、では何かこの宇宙船内に価値のありそうなものはあるか船内を捜索しようと気を切り替えて室内を振り返ったアインズの目に映ったのは、先ほどから明滅を繰り返す赤のランプ。

 

 ――いったいこれは何なのだろう?

 

 

 何気なくそれを考えたとき、アインズはハタと思い至った。

 

 

 ――待てよ。

 宇宙人の慣習は知らんが……もし、これが地球のものと意味合いも同様だとすると……!!

 

 

 

 次の瞬間。

 およそ全長だけでも地球に現存するタンカーの数倍は優にある、全長1マイルにも匹敵しそうなほどの巨大航宙戦艦ダーステンは、真空の宇宙空間において音もなく爆発した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 爆発四散する母船の様子を眺めていた、脱出艇のブリッジに歓声が上がった。

 

 いかに強靭な生命力、恐るべき繁殖力を持つ生物であろうと、宇宙船に使われる縮退炉の暴走による自爆に耐えることなど出来るはずもない。

 脅威は去ったのだ。

 

 

 

 脱出したクルーたちが歓喜の声をあげる中、たった今爆発したダーステンの艦長もまた大きく息を吐いた。

 それは他の者達と同様の安堵、そして今後やるべき大仕事を覚悟して。

 

 

 今回の事態により、自分たちは大きな被害を出した。やや旧式とはいえサラヴァーン級の大型戦艦一つ、さらにそれを操る乗員の大半を失ったのだ。

 いくら相手が想定外なほどの存在であったとはいえ、これは大きな失態と言えよう。

 

 幸いにして、船内におけるあの()()()()の記録を持ち出すことは出来た。

 帰還したら、査問会議という名のつるし上げによって死刑が宣告される前に、自分たちが遭遇した恐るべき原住生物についての報告をあげねばなるまい。

 いかに()()()が恐るべき存在であるか。

 そして、()()を捕獲し、自分たちの侵攻の尖兵として使う事が出来れば、どれだけ有益であるかということを説明し、上層部の面々を説き伏せねばならない。

 ()()が生物であるのならば、()()が最後の1体とは限らないだろう。()()を飼いならすことが出来れば、かなりの戦力になることは間違いない。

 

 そして調査、捕獲の為の船団を率い、自分が再びこの星系におもむかねばなるまい。

 そこで成果をあげる以外に、自分の助かる道はない。

 

 しかし、仮にその計画に賛同が得られたとしても、今回の一件における責任は免れまい。

 なに、その時は、すぐそこで脱出したクルーらと共に喜んでいる副官に、全責任をなすりつければいいだけだ。

 

 薄氷を渡るような計画だが、うまくいけば、危険などほとんど考えられていなかったはずの作戦で航宙戦艦を失った自分の汚名を返上するどころか、組織内において自分の地位を確固たるものとすることが出来るやもしれぬ。

 

 

 そんな事を夢想し、帰還後、どう話を持っていくか、誰から話をつけていくべきか、と今後の計画を練っていた艦長の耳に、驚愕と恐怖に震えた操縦士の声が届いた。

 

「か、艦長!」

「どうした?」

「や、奴が……、奴が前方に!!」

 

 その声に艦長を含めたすべてのクルーの目が一点に向けられた。

 真空の宇宙空間と彼らに適応する船内大気との圧力差にもびくともせぬ特殊強化ガラス越しに――()()を見た。

 

 

 脱出艇の前方。

 何もない宇宙空間に浮遊する()()()

 あの白い原住生物の姿を。

 

 

「か、回避しろー!」

 

 艦長が叫ぶが早いか、脱出艇は大きく舵を切り、()()()が腕を広げ、待ち構える前から進路を変えて逃げ去ろうとした。

 

 

 

(逃がさんよ)

 

 アインズは口に出したのだが、ここは先ほどの船内と異なり、完全なる宇宙空間である。

 大気というものが存在しないため、その顎の動きは声として発せられることは無かった。

 

 

 先ほどは間一髪であった。

 

 脱出した艦艇。

 残された船舶。

 赤い光が点滅する室内。

 

 それらを目にしたとき、アインズに直感が走った。

 

 ――もしや、この船を捨てて自爆させる気なのでは?

 

 

 その事に思い至った瞬間、アインズはとっさに転移の魔法を使用した。

 まさにタッチの差であったが、それによって、アインズは宇宙戦艦の自爆に巻き込まれずに済んだのである。

 

 

 だが――。

 

 

(他は死んだか……)

 

 アインズの視線の先。

 そこには、メインキールが折れ、船体の装甲板や緩衝材がはじけ飛び、各種兵装や金属塊をあたりに撒き散らし、ゆっくりと回転しながら崩壊していく巨大戦艦の姿があった。

 

 とっさのことだったので、アインズ1人が逃げ去るのが精一杯であり、他の者達を連れてくる暇などなかった。

 特に思い入れがあるわけでも、希少なアイテムを使用したわけでもなく、ごく普通の特殊技術(スキル)や魔法で召喚した、日をまたげばまた召喚できる程度の者達でしかなかったのだが、わずかの間でも味方であった彼らがあの爆発に巻き込まれて消滅させられたというのは、いささかアインズの胸の内を不快にさせるものであった。

 

 

(彼らの仇は取ってやらなくてはな)

 

 あくまで勝手な感情移入ながらそう結論付けると、アインズは真空中ゆえ無詠唱で魔法を使った。

 

 

 すぐに効果は現れる。

 

 

 進路をふさぐように出現したアインズ。彼の事をすれすれで回避し、そして遠ざかっていく脱出艇。

 そのまま漆黒の星々のかなたへ消え去ろうとする、その軌道上に、アステロイドベルトに密集する惑星のかけらの一つ、すなわち隕石が割り込んできた。

 

 脱出艇は回避軌道をとる。

 だが、その隕石は実に不自然に、まるで磁力でねじ曲がったかの如くその軌道を変え、吸い寄せられるかのごとく、必死に衝突を避けようとする脱出艇の船体へとぶちあたった。

 

 

 〈隕石召喚(メテオフォール)〉。

 

 文字通り、隕石を召喚し標的にぶつけるという、ユグドラシルの魔法の中でも、超位魔法や特別なクラスなどによるものを除けば、トップクラスの破壊力を持つ魔法である。

 

 

 魔法によって召喚された隕石が続けざまに脱出艇を襲う。

 狙われた脱出艇では、その船体に取りつけられた二連装粒子砲で襲い来る圧倒的質量の岩塊を撃墜しようと試みるものの、戦闘用の艦艇とは異なり、対空機銃もなく、たった四門しかない大口径砲のみでは、飛来する隕石の雨を完全に撃墜しきることは出来ない。

 それは幾度も脱出艇の外板に着弾し、船体を揺らした。

 

 

 隕石が意思でもあるかのように自分たちめがけて襲い来るこの奇怪な現象が、すぐそばの宇宙空間に漂うアインズによって引き起こされていると理解したか否かは分からないが、襲い来る隕石の撃墜に奔走していた脱出艇の粒子砲、その一つが砲塔をアインズの方へと向ける。

 

 あたかも太陽の輝きにも似た、裸眼の者には直視を許さぬ閃光が漆黒の宇宙空間を切り裂く。

 

 当たり所次第では駆逐艦クラスをも撃沈させる威力を持つ一撃であり、それが直撃したのであれば、さすがのアインズですら危うかったかもしれない。

 

 

 だが、それはあくまで直撃した場合の話。

 当たらなければ意味はない。

 

 その煌めきが走った瞬間、そこにアインズの姿はなかった。

 砲口が自分の方に向いたと知ったアインズは、転移の魔法によって、それを回避したのだ。

 

 

 

 宇宙空間に幾度も粒子ビームの閃光が放たれるが、そのたびにアインズは転移でそれを避け続ける。

 そうしているうちにも、アインズはさらに〈隕石召喚(メテオフォール)〉を唱え続けた。

 やがて、脱出艇の装甲版は突っ込んでくる流星の群れに抗し続けることは出来なくなり、ついに一つの隕石がその()()()()()を突き抜けた。

 

 次の瞬間、内側からまばゆいばかりの光が走ったかと思うと――脱出艇は爆発を起こした。

 

 

 薄いながらも大気のあった火星から遠く離れた宇宙空間であるため、音などは伝わらず、こうして目の当たりにしていながらもいまいち迫力にかける光景であったが、アインズは満足そうに腕を組み、高らかに勝利の声をあげた。

 

(ははは! ミッションコンプリート!!)

 

 相変わらず真空中のため、声にはならなかったが。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「――と、いうことがあったのだよ」

 

 火星をはるか離れた地球の小林家。

 そのお茶の間において、火星での一連の出来事を語り聞かせたアインズであったが、血沸き肉躍るような大宇宙を舞台とした冒険活劇だというのに、それを聞かされた小林家の面々の反応はいまいちであった。

 

  

 ――あれ?

 何故、皆はこんな反応なのだろう?

 

 アインズとしては火星における未知なる異星人との遭遇、発見した宇宙船、そして艦内での戦闘、更には脱出する艦艇との戦いという、胸をくすぐるようなロマン満載の内容に皆、目を輝かせる事間違いなしと思っていたのである。

 

 だが、予想に反し、帰ってきた感想は「そうなんだ……」という言葉だけであった。

 この場にいるのは男ではなく女ばかりという点を差し引いても、あまりに食いつきが悪すぎる。

 

 淡泊すぎる皆の態度に首をひねるアインズに対し、小林家の面々はなんと言っていいのやら、誰が話すべきかと視線を動かし、お互いの顔を窺っていた。

 

 

 小林家のリビングに、微妙な空気が流れる。

 そうした互いに言葉にしづらい思いを胸に抱えている中、ついにトールが口を開いた。

 

「ええとですね、アインズさん」

 

 振り向いたアインズの肩に彼女はポンと手を置き、にっこり笑って話しかけた。

 

 

「――アインズさん。あなた、空想と現実の区別、ついてますか?」

 

 

 

「え……? ちょ、ちょっと待った! 本当の話だよ!!」

 

 自分の語った話が事実だと思われていない事にようやく気がついたアインズは、慌ててそう口にするが、それを聞いた彼女らはと言うと、全員一様に何とも言えないような表情をその顔に浮かべていた。

 

「いや……今時、火星で宇宙人と戦ったとか言われても……ねえ」

「アインズ。それ、滝谷の所でやったゲームの話?」

「ええっとな、アインズ。タケが言ってたんだけどな。テレビとかでよくやるオカルトとかUFOの番組って結構ウソとか多いらしいぞ」

 

 異口同音に出てくるのは否定の言葉ばかり。

 

 

「いや、だから、本当だって! 本当に火星で宇宙人と戦ってきたんだよ! ……そうだ。証拠だってあるし!」

 

 そう言うとアインズはアイテムボックス内へと手を突っ込み、そこに入れていたものを取り出した。

 

「これは?」

「ああ、連中が使っていた銃だ」

 

 ガチャガチャとテーブルの上に放りだされたのは、火星であった宇宙人たちが使っていた携行式の熱線銃である。あまりかさばらないうえ、大量にあったので見つけた端から、とりあえずアイテムボックスに放り込んでおいたのだ。

 

 小林はその内の一つに手を伸ばしてみる。

 手のひらに感じる冷たさから、金属製のようだが、その外見は――。

 

「……おもちゃ屋で売ってる光線銃?」

 

 何やら不思議なくらいにカラフルな色で塗られたそれは、それなりの重さはあるものの、どう見ても対象年齢5歳以上の代物にしか見えない。

 

 とりあえず、その銃口――らしき部分――を窓の外へ向け、小林は引き金を引いてみた。 

 トリガーがカチンという音をたて、それと同時に――。

 

 

 ――何も起こらなかった。

 

 

「……なにも出ないけど」

「え? そんなはずが……」

 

 アインズもまた卓上に転がした銃の一つを手にとり、同様に動かしてみるが、やはり何も起こらない。引き金を引くたびに、金属と金属がぶつかるカチンという音がむなしく響くだけである。

 

「あれ? なんで何も出ないんだ? あいつらが使っていたときは、ここからびーってビームが出てたのに!」

 

 

 アインズは知らぬことであったが、この熱線銃(デラメーター)には何者かに武器を奪われた場合の対策として、一つ一つに生体認証が施されている。

 その為、ただ拾っただけのアインズや小林らが発射しようとしても、正規の持ち主とは認証されず、レーザーが出ないようになっているのだ。

 

 

「ちょっと、待って! なんだか今、これからビームが出なくなってるみたいだけどさ。本当に火星に行ったらそこに宇宙人がいて、俺は宇宙船に乗り来んでそいつらと戦ってきたんだよ!」

 

 おもわず、素の口調が出かかるほどに焦りながら、何度も引き金を引くアインズ。だが、無情にも、その手の熱線銃(デラメーター)はアインズの必死さとは裏腹に、まったく反応しようとはしない。

 躍起になって訴えるアインズに、小林家の面々は温かい目を向けた。

 

「まあまあ、アインズさんが頑張ってるのは分かってますから」

「うん。アインズさんはうちの役に立ってるよ。大丈夫、お金のことなら心配しなくていいよ。アインズさん一人分くらいは私が何とかするから」

「アインズはやればできる子。焦ることない」

「そうだぞ、アインズー。金が稼げないからって、宇宙人と戦って地球を守ったなんてこと言わなくていいんだからな」

 

 

「ま、待って! 本当なんだってばー!!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方、その頃。

 地球をはるか遠く離れたアルデバラン第一惑星。

 今、その星のラグランジュ・ポイントには航宙戦艦を主軸とし、強襲揚陸艦および航宙巡洋艦、航宙艇母艦、そして無数の哨戒(ピケット)艇からなる宇宙海賊の艦隊が展開していた。

 

 その中央にある一際巨大な宇宙船――星間連盟が建造中のものを強奪した、まさに最新鋭の航宙戦艦――の司令室では、今まさに会議が行われていた。

 

 

 

「――以上が、壊滅した先遣隊から送られてきた報告になります」

 

 資料を片手に説明をしていた男が、そう言葉を締めくくった。

 

 解説が終わり、その場に顔を合わせていた面々は、大きく息を吐き、背もたれに寄りかかる。

 壁面の巨大モニターには、先ほどの説明の際に再生された映像、先遣隊を襲った、白い棒状の物が複雑に組み合わされた奇怪な姿の生物が再度映し出された。

 

 

「いったいどういう事だ? 当初の調査では、ソル(太陽)系には第三惑星のテルス(地球)にしか生命体はいないはず。なぜ、第4惑星のマルス(火星)に生命体が存在する? しかも、こんな奇妙な奴が?」

 

 最も奥の席に腰かけていたヴィージャヴォン星系の出身らしい巨大な体躯の人物――かぶっている帽子からみて、おそらく彼が最も地位が高いのであろう――は低い声で問いかけた。

 先ほど説明していた若い男は気付かれぬように――目の前の相手には丸分かりであったが――ごくりと生唾を飲むと、口を開いた。

 

「はい、総司令。これまでの調査において第4惑星マルス(火星)表面上には生命は感知されませんでした。ですが、マルス(火星)は地表の下に水が氷となって存在しているのが確認されております。おそらくは、先遣隊が探査のために発したなんらかの電波や振動を感じ、地下深くにおいて休眠状態となっていた原住生物が活動を開始したのではないかと推測されます」

 

 額に汗が浮かぶのを感じながらも、出来るだけ平静さを保って答える。

 だが、その解説に総司令と呼ばれた男は満足しなかったようだ。

 

「原住生物か。お前は本当にあれがあの星の原住生物だと思うのか?」

 

 かけられた問いかけに、思わずビクンと背筋を跳ねあがらせてしまう。必死で動揺を隠そうとする哀れな下士官の様子など頓着せずに、男――この艦隊の総司令は周囲に並ぶ者達の顔を見回した。

 

「諸君。諸君らはどう思う?」

 

 その声に、彼の右側、最も近い場所に座っていた副司令が答えた。

 

「あの生物はあの星固有の生命体であるという事には疑問が残ると思います。なぜなら、あの惑星はごく薄いながらも大気が存在しております。もしあの星の生命体ならば、その薄い大気に適応していたとしても、あくまで生命活動には大気を必要とするでしょう。しかし、先遣隊からの映像を見るに、()()は大気の存在しない宇宙空間でも何ら支障なく活動しているように思えました。また、戦艦の自爆から逃れた際、および脱出艇の粒子砲を回避した際の行動を見るに、()()は単独で惑星間航法(ワープ)が可能なのだと考えられます」

 

 その答えに室内がざわめいた。

 「ばかな」、「惑星間航法(ワープ)だと」、「出来るはずがない」、「副司令、いくら何でも、それは飛躍し過ぎでは」など、皆口々につぶやきを漏らした。

 

 そこへ、パンパンと手を叩く音が響く。

 

 静まり返った室内。

 皆の視線の先では総司令が、その金色の毛が生えた巨大な手のひらを打ち合わせていた。

 

「皆、静粛に。副司令、続けてくれ。君は()()はあの星固有の生命体ではないと思うと言った。だとするならば、()()は何だと思う?」

「はい。総司令。私は()()は生命体ではなく、殺戮機械(バーサーカー)の一種ではないかと思います」

殺戮機械(バーサーカー)……」

 

 室内の誰ともなくつぶやく。

 

 

 殺戮機械(バーサーカー)

 はるか古代。どこにあるとも知れぬ星間帝国が放ったとされ、無限の進化と増殖をつづけながら、生命体を抹殺するという命令のみを守り、実行し続ける無人機械群の総称であり、現在の星間連盟やそれに協力する連合体、そしてそれらと敵対する宇宙海賊らにとって、等しく頭痛の種となっている存在である。

 

 

「私が特に気になったのは、()()が戦艦内部において、同種の戦闘体を大量に増殖させたところです。宇宙生物の中には孵化寸前の卵を大量に溜め込んでおき、産卵したそれはごく短時間で成体となるというものもおります。しかし、映像を見る限り、産卵等の兆候、ならびに行動は見受けられませんでした。無から有を生み出すなどという事は如何な存在であろうと出来ようはずがありません。おそらく、あの増殖は惑星間航法(ワープ)の応用で全く異なる場所に待機していた仲間たちを呼び寄せたのでしょう」

「ふむ。それならば一応の説明はつくか」

 

 ゆらりと総司令は立ち上がる。

 およそ13フィート半はある体躯に見下ろされ、司令室に集った彼らはまるで押しつぶされるかのような圧迫感を覚えた。

 

 

「さて、では、最大の問題を討議するとしよう。我々はこれからどうすべきか?」

 

 聞かれなくても、その答えは決まっている。

 宇宙海賊が敵に背を向けるなどありえない。敵は踏みつぶすのが彼らの流儀だ。

 総司令が問いかけたのは、それを確認するための、いわば一種の儀式に過ぎない。

 

 

 だが、その場にいた誰もがそう考える中、副司令は意外な言葉を口にした。

 

「私はソル(太陽)系攻略は中止すべきだと考えます」

 

 

 その答えにどよめきが起きた。

 いったい副司令は何を考えているのか?

 総司令は温厚な性格とは程遠い。その外見通り、獰猛にして残虐な性質を持ち合わせている。

 

 居合わせた面々は、副司令が今にも総司令に素手で引き裂かれる光景を頭に描いた。

 だが、皆の意に反し、それを聞かされた総司令はにやりと笑った。

 

「ほう? 敵に背を向けて逃げることを提案するのか?」

「はい、総司令。いいえ、敵に背を向けるのではありません。目に見える危険を回避しようというだけです」

 

 副司令は涼しい顔で言う。

 

殺戮機械(バーサーカー)は意思ある生命体ではありません。ただの無人機械です。それが待ち構えるところに襲撃をかけるのは、レーザー裁断機の中に手を突っ込むのとたいして変わりはなく、その上、相手を倒そうが倒せまいがそこに益はありません」

 

 その答えに、総司令は満足げに頷いた。

 

「なるほど、道理だな。無駄に危険をおかすわりには、それをやったことに対する見返りはほとんど期待できない。そもそも、そいつが現れたのは第4惑星付近、そしてそこから生命がある第3惑星は惑星間航法(ワープ)を使う程でもない近距離だ。そんなに近くに生命がある星が存在するのならば、殺戮機械(バーサーカー)は遠からず第3惑星のテルス(地球)の方へと向かうだろうからな」

「はい。それにそもそもソル(太陽)系には第3惑星のテルス(地球)以外に生命は存在せず、またそこの原住生物は未だ惑星間移動もろくに出来ぬほどの技術しか保有していないのが現状であります」

「ふむ。支配自体は容易でも、そこから得られるものはごくわずかの鉱物資源程度しかないだろうな。わざわざ、新種の殺戮機械(バーサーカー)と戦ってまで、手にする価値がある星系でもないな」

「はい。放っておけば殺戮機械(バーサーカー)に荒らされる地。放置するのが最適かと思います。そういう意味では先遣隊の者達が帰隊せず、あの地において全滅したのも不幸中の幸いかと。もし、手ひどく痛めつけられた先遣隊がこの本隊の所へ帰還していたのなら、ここも殺戮機械(バーサーカー)の襲撃を受けていた事でしょうから」

「はっはっは。確かに!」

 

 総司令は空気を震わせるほどの声で笑う。

 

「あいつらが壊滅してくれたおかげで、我らは難を逃れた訳だ。今度の酒盛りの際には、死んだあいつらに乾杯でもしてやろうか?」

 

 その冗談に一同は声をあげて笑った。

 海賊である彼らに仲間への同情の心などない。さらに今、ここで総司令の機嫌を取っておかないと今度は自分が調査という名目で、あの星系へと赴かされ、殺戮機械(バーサーカー)と戦わされかねないのだ。

 

 

「さて、では諸君」

 

 総司令はもう一度、パンと手を叩き、皆を見回して言った。

 

「今後、ソル(太陽)系への侵入は厳禁とする。理由は言わんでも分かっていると思うが、下手に航宙船があの恒星系へと立ち入り、()()に襲撃を受けた後で逃げ帰ろうものなら()()()にこちらの居場所を知らせてしまう事になる。なに、果てなき銀河のその端にある辺境の恒星系など、再び来る価値もあるまい。放っておけば、あの殺戮機械(バーサーカー)は唯一生命のある第三惑星へとたどり着き、その星を滅ぼしてしまうだろうからな。触らぬ神になんとやらだ」

 

 冗談めかした口調だが、全星系を支配下におくという偉大な宇宙海賊連合の旗印の下、天の川銀河攻略の全権を託された総司令の言葉は重い。

 その場に集められていた全艦隊の提督は、皆、深く頭を下げた。

 

 

 

 これによって、太陽系に対する外惑星文明の干渉は数百年遅れる事となる。

 異なる2つの文明の接触は、高度な文明による遅れた文明の支配、侵略であるという歴史的な帰結からすれば、交流が先延ばしとなったことは、とりあえずは地球の文明、それを担う地球の人類からすれば、僥倖(ぎょうこう)であったといえる。

 

 

 

 そうして、間接的ながら地球を救った英雄はと言うと――。

 

「ねえ、アインズさん、そんなにすねないでよ」

「アインズ。この握るとカエルがジャンプする玩具(おもちゃ)あげるから」

 

 地球のごくありふれたマンションの一室、小林家のリビングで部屋の隅っこをむき、自分の話を信じてくれないことに()()()()体育座りをしていた。

 

 

 

 ちなみにアインズが持ってきた熱線銃(デラメーター)であるが、本来であれば小型ながらも未知なる金属で作られ、未知なるエネルギーを燃料としている、地球の現代文明をはるかに超えたテクノロジーの塊であり、それなりの研究機関に持ち込めば、技術の革新を起こしうるほどの代物であった。

 だが、小林家の面々にはそんな研究機関の伝手などなく、また火星で宇宙人から手に入れた銃という話を誰も信じなかったため、そんな調査に出すこともなかった。

 

 その後、イルルの働く駄菓子屋で1個300円で売ったら、子ども達にそれなりに売れた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 数か月後、NASAは記者会見を開き、緊急発表を行った。

 

 

 

 その会見場で公開された映像。

 火星探査機キュリオシティによって撮影された、火星の表面にいた謎の生物。

 そこには、まるで人間の骸骨が漆黒のローブを纏ったような実に奇怪な容姿の存在、すなわちアインズの姿が映し出されていた。

 

 

 カメラを覗き込むアインズ。

 辺りをきょろきょろと見回すアインズ。

 興味を無くしたように視線を外すアインズ。

 ふわりと飛び上がったかと思うと、召喚したスケリトル・ドラゴンの背に乗り、はるか火星の空の向こうへと飛び立つアインズの姿などが録画されており、その様子が会場のスクリーンにまざまざと映しだされた。

 

 

 その映像は、NASAが大々的にアメリカンジョークを言ったと、ネットではおおむね好評を得ることになったが、国のお偉いさん方からは、多額の予算を使って、こんなCGを作るとはけしからんとたいそうお叱りうけたそうな。

 


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