小林さんちのアインズ様   作:タッパ・タッパ

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2017/7/13 「在神鬼ダルス」→「存神鬼ダルス」 訂正しました
2017/8/2 「仕える」→「使える」、「話ながら」→「話しながら」
「。」が意味の無いところにあったので削除しました



第3話 失礼ですが、ご職業は?

 さて、アインズがこの世界に召喚され、小林家に住み着いてからしばらくが経った。

 新顔が加わって以降の小林家の生活はというと――。

 

 

 

 朝。

 

「トール……このベーコンエッグっぽいやつだけど、目玉焼きの下にしいているの……なに?」

 

 朝っぱらから小林得意の死んだ魚のような目による追及に、トールは冷や汗を流しながら顔をそらす。

 そんな二人の傍ら、カンナは真っ赤なタコさんウインナーを振るえる箸でつまみあげ、口へと運ぶのに悪戦苦闘していた。

 

 そんないつもの和気あいあいとした食卓に加わることなく、飲食不要であるアインズは独りソファーでテレビを見ていた。

 

 

 

 昼。

 

 小林は仕事へ、カンナは学校へと出かけている。

 トールはというと掃除、洗濯、料理に使う食材の買い出しとそれなりに忙しく時を過ごしていた。

 そして、アインズはそのような家事などに使えるスキルは持たないため、邪魔にならぬよう、独りソファーでゲームをやっていた。

 

 

 

 夜。

 

 トールが作った夕食を囲み、そして食べ終わったら順々にお風呂を済ませ、その後、皆でテレビを見ながら、今日、職場や学校であったことをワイワイと話しつつ、穏やかな時を過ごした。

 そして、アインズもまた、あれこれ話しながら、共にソファーでテレビを見ていた。

 

 

 

 深夜。

 

 皆がそれぞれの寝床で就寝した後、睡眠不用の身であるアインズは皆の邪魔にならぬようヘッドホンをつけ、独りDVDを見ていた。

 

 

 

 

「小林さん、忘れ物は無いですか?」

 

 朝、出勤の時間。

 トールの声に、小林は答える。

 

「うん、大丈夫。カンナちゃんもない?」

 

 小林の問いに、カンナは「うん」という言葉と共にこくりと頷く。

 

「いってらっしゃい」

 

 会社に出かける小林と学校に行くカンナを見送るのはトールとアインズ。

 

 だが、その時、黄色い帽子をかぶったカンナはいつものように家を出て行かず、その場で小首を傾げた。

 どうしたんだろうと、皆の視線が集まる中、カンナは声を発した。

 

「ねー、アインズ?」

「む? なんだ?」

「アインズって――」

 

 尋ね返すアインズに、カンナは人差し指をピッと指した。

 

 

 

 

「――ニート?」

 

 

「ぐはぁっ!!」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 『ニート』

 

 本来は十五歳から三十四歳までの、家事・通学・就業をせず、職業訓練も受けていない者の事を指す言葉なのであるが、一般には働けるのに働きもせず、ぶらぶらしている人間の事を指す。

 

 そう定義した場合、けがや病気とは無縁なアンデッドであるアインズは『働ける』存在であり、かつ何らかの労働に勤しむわけでもなく日がな一日テレビやゲームをして過ごしているだけの彼は、まさに非の打ちどころもないほどのニートである。

 

 

 実際、二十一世紀の日本ではおよそ60万人のニートがいると言われている。

 この人口およそ一億三千万の現代日本に60万ものアインズがいるということである。

 

 アインズが60個師団。

 凄まじい戦力である。

 

 しかし、幸か不幸か、彼らはアインズほどの戦闘能力は保有しない。

 銃で撃たれれば死ぬし、剣で切られれば死ぬし、棒っ切れで殴られても死ぬ。火であぶっても死に、毒ガスを浴びても死に、北極や南極などに放り込んでも死ぬというひ弱さである。

 

 彼らにできることと言ったら、せいぜい扶養してくれている親などの資産をむさぼる事くらいしかできない。

 まさに(ごく)潰しである。

 

 

 だが、アインズは違う。

 アインズはアンデッドであるため、飲食を必要としない。

 すなわち、(ごく)は潰さないのだ。

 

 

 さらに言うならば、アインズは睡眠を必要としない。疲労もしない。

 アインズは眠ることも疲れることもなく、自宅を警備し続けることが可能なのである。

 

 自宅の警備という観点から言うのならば、トールもまた十二分に自宅を守る能力に長けている。

 その戦闘能力はアインズに引けを取らないし、またメイドである彼女は小林家における家事一般をこなすことが出来る。これはそういったスキルを持たないアインズには決してまねできない圧倒的なアドバンテージだ。

 

 しかし、彼女はいかにドラゴンとは言え、生命ある者としての(ことわり)からは逃れられない。

 人間のように数日食べないだけで死んでしまうほど、虚弱にして貧弱極まりない生物ではないにしても、その肉体を維持するためには食事を必要とする。

 また、かなりの長期間眠らぬまま活動できるとはいえ、不眠の間はどうしても能力が落ち、活動に支障が出てしまう。

 

 対してアインズはそんなものなどまったく必要としないのである。

 

 トールを食事などの経費がかかる代わりに家の警備や家事などを行ってくれる、使い勝手はいいものの高コストなキャラとするのならば、アインズは警備以外の事には使えないものの、ほとんど経費のかからない低コストキャラである。

 実際、アインズが小林家にいることによる費用は、せいぜい彼が暇つぶしに見るテレビなどの電気代程度しかない。

 SEとしてそれなりの給料を得ているとは言え、すでにトールとカンナという2人の扶養家族を養っている小林にとって、家に置いておいても大して懐の痛むこともないアインズは、まさにお財布と環境に優しいエコキャラである。省エネ大賞を受賞し、減税対象となってもおかしくはないほどだ。

 

 

 その姿はまさに理想の自宅警備員。

 およそオリンピック種目に自宅警備の競技があったら、日本代表として選出され、名だたる世界の強豪たちとも十分渡り合える――いや、それどころかメダル獲得すらも確実視されるであろうほどの逸材である。

 

 

 そんなまさに栄光と期待を一身に受けるアインズであったが、今、そんな彼の身に異変が起きていた。

 

 現在、アインズの姿は本来彼が守護すべき小林家になかった。

 彼がいるのは近所の公園のベンチである。

 

 

 これは一体どうしたというのだろうか?

 自宅にいない自宅警備員など物の役にも立たない。存在価値がないゴミクズのようなものである。

 いや、ゴミならば燃やしてしまうことでその焼却熱を再利用する施設などもあるが、アンデッド本来の弱点である火に対しても耐性をつけているアインズは燃やすことすら出来ない。まさに燃えないゴミである。

 更に言うならば、その大きさからいって普通の不燃ごみですらなく、回収してもらうにはいちいち連絡せねば引き取りに来てくれすらしない粗大ゴミに分類され、捨てるだけで金がかかるなどというはた迷惑極まりない存在だ。

 

 しかも、現在トールの方はというと商店街に買い物に出かけている。

 すなわち、今の小林家はトールとアインズ両方が不在という状態だ。

 もし、この間に侵入を試みるものがいたのなら、今流行りの珪藻土マットに吹きかけた水のごとく、容易くお家の中に入られてしまいかねない。

 

 

 危うし小林家。

 

 しかし、心配するなかれ。

 ちゃんとそちらについてはあらかじめ対策を講じてある。

 さすが、アインズ様。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「あ、あの……お届けものです……けど……」

 

 語尾がとぎれとぎれになってしまう、巷でよく見る宅配便の制服を着た青年。

 物騒になったと言われる昨今、宅配業者を装った泥棒も噂される中、彼は正規の職員でありながら、配達先の警戒心旺盛の方々から不信の目を向けられる事が多々あった。荷物を届けに行っても居留守を使われ、不在連絡票により再配達でやって来た時のみ受け取りに――それも猜疑心満々の目つきで――出てきて、二度手間をかけさせられるなどは日常茶飯事である。

 だが、行く先々でそんな邪険な対応をとられつつも、彼は自身の不遇を呪うことなく懸命に働いていた。

 

 

 そんな冷たい応対には慣れっこの彼であったが、今日訪れた小林という家は一味違った。

 

 チャイムの後に、ガチャリと扉を開けて玄関先に出てきた人影。

 それは身長2.3メートルほどはある巨躯を中世ファンタジー風の黒い鎧に包んだ、死霊の騎士とでも呼ぶべき存在であった。

 

 

「す、すみません……サインか判子……いただけますか……?」

 

 かすれる声でそう口にする彼に、そいつはぽっかりと空いた眼窩の奥に灯る(おぞま)ましいまでの光をぎょろりと向ける。

 その視線に彼は思わず口の中で「ひいっ」と言葉を漏らしてしまった。

 

 

 そんな彼を前にしてデスナイトは、

 

「オオオォォォアアアァァーー!」

 

 と、地獄の底から響くような咆哮をあげると――手にしたシャチハタ印を受け取りの欄にポンとついた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 話は戻り、我らが愛すべき死の支配者(オーバーロード)、現アインズ・ウール・ゴウンにして元モモンガ、そして更にその元は鈴木悟のことである。

 

 

 彼の姿は先に述べた通り、公園のベンチにあった。

 そこに腰かけ一人(たたず)む、アインズ。

 

 

 ここはアンデッドなんぞゲームもしくはキネマの中でしかお目にかかれない現代日本であり、彼がその姿のまま、のんびり日向ぼっこしている姿を誰かに目撃されでもしたら、大騒ぎになるだろう。

 きっと、すわ一大事と当局に通報した善良なる一般人は、おっとり刀でやって来た救急車に乗せられ、「モルダー、あなた疲れているのよ」と特殊な施設でしばらくの間、療養に専念せねばならなくなることは間違いない。

 

 もちろんアインズとしても、善意の一般人をそんな不幸な目には遭わせることは本意ではないため、ちゃんと抜かりなく男性の――もちろん人間であって、けっしてゴブリンや蜥蜴人(リザードマン)などではない――幻覚をかぶせている。

 

 その顔のモデルは本当の自分――鈴木悟である。

 未来世界では、そしてこの時代においても、残念ながら美形と認識されるには程遠い容姿であるが、少なくともオークやトロール、疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)などと間違われるような容姿ではなく、ごく普通の青年――そろそろ中年と間違われるかもしれない――の顔である。 

 ついでに幻覚で作った服装もまた、この時代の標準にして目立たないような衣服、すなわちスーツであった。

 

 

 そうした魔法による偽装のおかげで、とりあえずは即座に大騒ぎになるという事態は避けられていた。

 

 だが、それなりのいい年らしいスーツ姿の男性が、昼の日中に公園のベンチに腰かけ、独り項垂(うなだ)れているというのは、通りがかった人たちにはとある印象をもって受け取られ、その姿を見た買い物に行く途中の御婦人方や愛犬の散歩中のお年寄りらからは、気の毒な御仁を見る目を向けられていた。

 

 

 しかし、そんな周囲の視線など気に留める暇もなく、アインズは独り思い悩んでいた。

 

 彼がこうして打ちひしがれている原因。

 それはもちろん、今朝がた、カンナに言われた一言が原因である。

 

 

 ニート。

 

 

 言われたアインズは胸を押さえ、身悶えた。

 小林が慌てて「こら、カンナちゃん。しーっ、しーっ」と制止するも、もう遅かった。

 カンナの無邪気な一言は、アインズの〈上位物理無効化Ⅲ〉〈上位魔法無効化Ⅲ〉更には精神作用無効までをも貫いて、クリティカルヒット無効の能力を持っているはずのアインズの心を直撃したのだ。

 

 

 確かに言われても仕方のないほど、この世界に来てからアインズは何もやっていなかった。

 

 小林もうすうす思ってはいたものの、彼女はアインズをこちらに呼び出してしまったのは酔っぱらった自分のせいだからと何も言わないでいた。

 

 

 だが、小学校に行ったカンナはニートや引きこもりがこの現代日本において深刻な社会問題になっていると習ってきたようだ。

 

 学校の先生は、もし児童の親族にそんな存在がいたらと配慮し、幾重にもオブラートに包んだ言い方をしたのであるが、授業が終わった後の休み時間に子供たちは実に率直にして素直、そして忌憚のない言い方でニートについての意見を交換しあったらしい。

 

 

 (ドラゴン)とはいえ、純真無垢な幼女に澄みきった瞳を向けられ、指摘されたアインズはいたたまれない気分になり、こうして独り公園のベンチに(たたず)むこととなった。

 

 

 この状況を打破するには方法はしごく簡単である。

 働けばいいのである。

 

 それはアインズ本人としても分かっていたのだが、それには大きな障害が立ちふさがっていた。

 

 

 もう一度言うが、この現実世界において、アインズのようなアンデッドは存在すらしない。社会生活を送るにおいても、エ・ランテルでやったようにアンデッドを受け入れる、受け入れないの選択どころの話ではない。

 

 今やっているように幻覚魔法で正体を隠すといっても、それにも限度がある。

 まず、幻覚はあくまで視覚的に誤魔化すだけで触覚まではどうしようもないため、触られたらアウトである。

 

 また、彼はアンデッドであるため飲食が出来ない。おそらく働きでもしたら、なんらかの機会に職場の同僚と共に食事をするのは避けられまい。

 そんなとき、一体どうして飲食不要な事を誤魔化そうか?

 宗教上の都合と言っても、特定の物を食べられないだけならまだしも、命を奪った日は4人以上で食事をとってはいけない決まりだなどと珍妙な事を口走ろうものなら、さてはおかしなカルト宗教に所属している怪しげな奴だと別の意味で目立ってしまうだろう。

 

 何かするにしても、常にアンデッドの正体が露見する危険性と隣り合わせであり、どうにかばれずにすむ職種は無いかと色々考えたものの、特に名案も思いつかぬままであった。

 

 

 そもそもな話であるが、元々アインズは22世紀前半の人間、それも一般人である。

 この21世紀前半という時代について、大した知識を持ち合わせてはいない。

 例えて言うならば、およそ現代(21世紀前半)の人間が明治、大正時代に紛れ込んだようなものである。

 そのため、いまいち一般常識に疎いところも多く、とくに金銭の額や価値に関してはさっぱりであった。 

 

 せめてもっと前の時代、江戸や戦国、平安時代くらい明確に異なる時代ならば、持ち前の知識などでチート内政でも出来たのだろうが、せいぜい100年程度という微妙に近い世界においては、ただ保有している知識のみで何とかするというのは、その時代について詳しいのならばともかく、ただの一般常識程度では不可能であった。

 

 

 そこで情報収集という名目、口実、自分に対する言い訳と共に日がな一日テレビを見て過ごしていたのだ。

 

 そうして日々を過ごし、労働に励んでいる小林を横目に、朝っぱらからNHKの教育番組を視聴し、のんべんだらりと過ごすという生活を繰り返した結果、いつの間にやら時は経ち、いつしかアインズはまごうことなく『ニート』と呼ばれるにふさわしい存在へと昇格していたのであった。

 

 

 

 

「悩んでおるようだな、若者よ」

 

 下手な考え休むに似たりという言葉を、この上ないほど現世に具現化した存在となっていたアインズに、不意にそんな声がかけられた。

 顔をあげると、いつの間にやら隣のベンチに一人の人物が腰かけている。

 それはアインズの目から見ても面妖さを覚える、禿頭に奇妙な凹凸がいくつも浮かんでいる奇怪な容姿の老人であった。

 

 

「しかし……お主、一見、悩んでおるようだが、それは本当に悩んでおるのかな?」

「え?」

「悩んでいるように見えて、実は悩んでいるふりをしているだけではないか?」

 

 老人は口元から垂らした長い髭を揺らしながら、言葉をつづける。

 

「悩んだ後は答えを出さねばならぬ。考えてすぐには答えは出ぬかもしれんが、一歩一歩山を登るように少しずつでも思考を進めていくのが考えるという事だ。しかし、どうしていいのか、そもそも何を考えればいいのかについて、考え悩むことは悩むふりをしているだけ、ただ時間を浪費しているだけに過ぎん。そうしているうちにも時はどんどん過ぎていくぞ」

「……まあ、時なぞいくら過ぎても、今の私には関係ないがな」

 

 すでにアインズは人間ではない。アンデッドである。寿命の無いアインズにとって、時間は無限に存在するに等しい。

 

「お前さんはそうかもしれんがの。だが、周りはどうかな?」

「なに?」

「お主を取り巻く周囲の者達、環境、それらは時と共に移ろっていくぞ。自分にはいくらでも時間があるからといっておると、気がついた時には、いつの間にやら自分の周りには何もなかった、自分は何もなしえていなかったと後悔することになるやもしれん」

 

 その言葉にハッとした。

 

 かつてナザリックにいた時も、ときどき思い悩むことがあった。

 ナザリックにいる者の多くは寿命がない種族やアンデッドであるが、中にはそうではない者もいる。例えばダークエルフのアウラやマーレは長命ではあっても、長き時の果てにはその生命が尽きる日が来る。それに対してどうすべきか? 一度殺してアンデッドにするか、それとも〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で何とかできるかと、いつか来る終わりを恐れ、秘かに頭を悩ませていたものだ。

 

 

 しかし、そちらに関しては悩みはしても、あくまで数百年は先の、後回しにしてもいい悩みでしかなかった。

 

 だが、そちらと異なり、今、アインズが厄介になっている家の家主、小林にはそんなに時間は無い。

 

 

 彼女は本当に普通の、ただの人間である。

 この時代はそれなりの医療体制があるとはいえ、100年もせぬうちには死を迎えるだろうし、それよりもっと前、数十年で肉体は老いさらばえ、数年内にはそれこそ結婚などで環境が大きく変わる事も考えられる。

 

 アインズが小林の所に居候している理由は、召喚の責任を感じた小林が自分の家に受け入れてくれたからというのもあるが、ナザリックのある世界に帰還するためには彼女の近くにいることが最善であると判断したためだ。

 

 なんらかの拍子で召喚の際に使用した魔法陣がはっきりするかもしれないし、また彼女の友人には人外の存在、(ドラゴン)たちが多くいる。

 

 アインズはかつて竜の秘宝と言われる物を使用し、異世界へ渡ったこともある。

 およそ、世界の(ことわり)の外にいる存在である(ドラゴン)

 彼らと小林経由でも接しているうちに、元の世界に帰還する方法にたどり着けるかもしれないという算段があった。

 

 だが、それより先に小林に何かあったら?

 小林の近くにドラゴンが集まるのは、彼女の下に一体の(ドラゴン)、トールがメイドとして仕えているからだ。

 なんらかの形で小林の環境が変化し、トールが彼女の下を離れたら、(ドラゴン)たちは小林の周りから姿を消すだろう。

 そうなれば、アインズがあちらに帰還することが非常に難しくなってしまう。

 

 

 今の環境は非常に壊れやすい、砂で作られた城の上に成り立っているとしか言いようがないことにアインズは気がついた。

 漫然と時を過ごしているうちに、取り返しがつかない状況になってしまうかもしれない。

 

 

「しかし……いったい、先ず何からすれば全く考えもつかない状況なんだ……」

 

 アインズは見ず知らずの他人ながら――いや、見ず知らずの他人だからこそ、その心境を吐露した。

 老人は顎髭を撫でつけながら言った。

 

「なら、先ずはほんの少しでも思いついたところを片っ端から考え、行動してみることだな。ほれ、パチンコでうまく球が入って大当たりを引いたとしても、実際には打ち出した球のそのほとんどは外れて下に落ちているのだ。最初から、これは駄目だから考えても仕方がない、やっても意味がないと思わずにな。やらない方が良かったと思って後悔することもあるだろうが、やった方が良かったと思って後悔することも多い。なら警戒しつつも、少しずつやってみることだな」

 

 そして言うべきことは言いきったとばかりに、その老人はふらりとベンチから立ち上がった。

 

「なあ、ご老人。あなたの名前は?」

 

 アインズは遠ざかっていく老人の背に声をかけた。

 それに対し、老人は振り向くことなく声を返した。

 

「わしか? なに、わしは大した者ではない。ただの通りすがりの鬼神――存神鬼ダルスという」

「いや、なにもんだよ?!」

 

 アインズが叫ぶも立ち止まることなく、街行く人々の群れに紛れ去っていくダルス。後にはアインズのみが、一人ベンチに残された。

 

 

 

 ――鬼神ってなんだ? ……まあ、あいつが本当に何者かはさておき、こうしていても仕方がないのは事実だな。

 

 実際、アインズが小林家を出て、こうして公園のベンチに腰かけるようになってから早や数時間が経っている。

 その間、何があったかというと何もない。何をしたという訳でもないし、良いアイディアの一つも浮かんでこない。いくらそこに佇んでいても、体温すらないアインズは、いわゆるベンチを温めることすら出来ない有様である。

 

 

 もう一度、最初から考えてみよう。

 まず、今やらねばならぬこと、それはニート脱出である。その現状を何とかするには金を稼ぐことが重要だ。

 しかし、現在のアインズは素性の知れない存在であり、あまりはっきりとした身元の確認を必要とする職業にはつくことは出来ない。

 

 ならば、と考える。

 

 ならば、はっきりとした素性が判明せずともできる職業であればいいではないか。

 さて、何が出来るか?

 

 

 ……思いつかない。

 

 

 そうして、話は振出しに戻った。

 何もいい考えが思い浮かばない。

 そもそも、何も思いつかないから、こうしてベンチとお友達になっていたのである。

 

 ああ、あちらの世界ならばよかった。

 向こうの世界ならば、おあつらえ向きに冒険者という職業があった。

 素性や奇行にも頓着せず、その実力のみで判断され、金が稼げる職業。

 

 しかし、あいにく、この世界にはそんな冒険者などは存在しない。

 そもそも、現代日本では腕っぷしの強さなどまず必要とされない。

 需要があるとするならば、それこそ裏の職業、ヤクザや胡散臭いところの用心棒などであろうか?

 だが、なんとなくそんなイメージはあるものの、それが具体的にどんなことをやっていて、どこに行けば雇ってくれるのかはさっぱり分からない。そもそも、そういった事に手を染めていれば、やはり警察沙汰になりかねないし、また後ろ暗い事に手を染めていたら、家主である小林の迷惑になりそうな気もする。

 

 

 ――他にもっと、何かないか?

 つまり、特に素性を明かさない信用できない人間でもできて、手っ取り早く金が手に入る職業だ。

 

 はっきり言って、ある訳がない。

 そんな職業があるなら、この世の誰も苦労はしない。

 

 

 腕を組んであれこれと考えるアインズの頭がだんだん下がっていく。まるで額に重りでもつけているかのように、項垂れていく。

 

 そうして最初と同じような姿勢まで戻った所で、アインズはハッとして首をブルブルと振ると、エビのように曲がった腰を伸ばして姿勢を起こした。

 

 

 ――いやいや、だから、そんなのじゃダメだ。

 考えて駄目そうだから、そこで行動しないではなく、とりあえず思い付きでもいいから行動してみる事だ。

 先ほどもあのダルスとか言う老人も言っていたじゃないか。

 『先ずはほんの少しでも思いついたところを片っ端から考え、行動してみることだな』、と。

 

 

 

 ……ん?

 待てよ……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ぺラリと手の中の物を差し出す。

 

 それは紙幣。

 現代において、名前や要約は知られているが実際に現物を読んだ人は少なさそうな本の著者として有名な明治期の学者が描かれた、いわゆるところの一万円札。

 

 束とまでは言わないが十枚弱ほどが、アインズの骨の指に挟まれていた。

 

 

 それを見て、驚きを隠せない小林。

 一体どこで、こんな短期間に、それなりにまとまった金をアインズは稼いできたというのか?

 

 

 そしてアインズはそんな彼女の様子を見て、満足げに笑った。

 

「なに、ただ厄介になっているのも、なんだからな。ちょっと稼いできた。遠慮せず、生活費の足しにでもしてくれたまえ」

 

 そう言って、自慢げに胸をそらすアインズ。

 だが、そんなアインズに対して、小林は疑いの目を向けた。

 

「ねえ、これってどうやって稼いできたの? まさかと思うけど、どこかで盗んできたとか?」

 

 小林お得意の死んだ魚の目に移りかけたのを見て取り、拙いと思ったアインズは引っ張らずに、さっさと答えを言ってしまうことにした。

 

「ええとだな。……つまり、パチンコだ」

「は?」

「パチンコで取った球と交換できる、とある景品はな、パチンコ屋のすぐ近くにある場所で高く買い取ってくれたりするのだよ」

「いや、それは知ってるけどさ」

「ふむ、知っているなら話は早い。パチンコで儲けたのだ」

 

 

 あの時の会話で、ダルスは例え話としてパチンコを持ち出した。

 『パチンコでうまく球が入って大当たりを引いたとしても、実際には打ち出した球のそのほとんどは外れて下に落ちているのだ』、と

 それを思い返したとき、アインズは思ったのだ。

 

 ――パチンコで稼げるんじゃないか?

 

 アインズの生きていた二十二世紀にはパチンコなどすでになかったのだが、テレビやゲームなどを通じて、この時代におけるパチンコについて知りえていた。

 そしてアインズは、コンビニでパチンコ関連の本を立ち読みし、パチンコ屋から出てきたガラの悪そうな男の記憶を探るなどして、あらかたの知識を手に入れたのだ。

 そうして意気揚々と小林からもらったお小遣いを握りしめて決戦の場、すなわちパチンコ屋に向かい、見事、大金をせしめることに成功したのである。

 

 

 その答えに、小林は呆れたような声を出した。

 

「よく勝てたね……」

「なに、私は魔法でパチンコ玉を動かせるからな」

「いかさまじゃん!」

 

 その言葉に、ちっちっちと白い骨の指を振る。

 

「おっと、注意事項の中に魔法を使ってはなりませんという規定はなかったぞ」

「そりゃ、無いだろうけどさ……」

 

 疲れた声で返す小林。

 そんな彼女の横から顔を出したカンナ。

 

「アインズ、お金を稼いできた? ニートじゃなくなった?」

 

 その問いに、アインズはにやりと笑った。

 

「おお、そうだとも。今の私の職業は――ギャンブラーだ」

「おおー」

 

 なんとなく異世界の宝物殿にいるドイツ語が堪能なドッペルゲンガーを思わせるポーズを決めたアインズ。そして厨二マインドをこよなくくすぐる『ギャンブラー』という響きに目を輝かせるカンナ。

 

 

 

 ――いや、ギャンブラーって言えば聞こえはいいけど、女の家に住み着いて、家主から金を貰って、日がな一日パチンコを打つのって、ニートと比べてたいして立場が向上したわけでもないような……。

 

 

 小林はそう思いはしたものの、自慢げなアインズと感心しきりなカンナの様子に、それを口にしないだけ大人であった。

 


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