やはり俺たちのオラリオ生活はまちがっている。   作:シェイド

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アイズ本格登場!



アイズ・ヴァレンシュタインという少女①

「剣を、教えてください」

 

金髪の少女――――――――――アイズ・ヴァレンシュタインは八幡に向かってそう言った。

 

「……お前が今日入ったばかりの新人か?」

「うん」

「まぁ、あれだ。とりあえず一度黄昏の館に戻ろう。その剣、もう使えなさそうだしな」

「あ……」

「リヴェリア、他の面子は揃ってるから戻ろうぜ」

「それもそうだな。アイズ、今日はもう帰るぞ」

「…………ぁ」

 

だがそこで―――――――ぽろっと。

アイズの口元から、何かがこぼれ落ちた。

 

「…………?」

 

何かに気付き、呆然とする少女をよそに、ハチマンは屈みこんでこぼれ落ちたものを拾い上げた。

 

「これは………歯?」

 

ハチマンの手には、アイズの乳歯が収まっていた。

 

 

***

 

 

「だひゃひゃひゃひゃひゃーーー!?」

 

ハチマンが持ち帰ってきたアイズの乳歯を指でつまみながら、ロキは爆笑した。

 

「力み過ぎて歯が抜けたとか!アイズたんマジ受けるー!!でもせやな、そうやもんな、アイズたん七歳(幼女)やもんなぁ!」

「そこまで歯を食い縛って戦っていたとはね……」

 

腹を抑えながら行儀悪く机の上で両足を振りながら爆笑しているロキを他所に、苦笑を浮かべるフィン。

ちなみに今ロキの部屋にいるのはロキ、フィン、ガレス、リヴェリア、ハチマン、アイズの6人である。冒険者登録からダンジョンでの戦いをリヴェリアが報告し、それを皆で聞いているところだった。

ちなみにコマチがいない理由は、アイズの件で恒例会議が夜になったため、街に出かけて行った。「今夜は寝かせないんだから……」ゴゴゴゴゴっと明らかに物騒な雰囲気を醸し出しながら出て行ったが、そこは全員で全力のスルー。

 

「なぁアイズたん、『いーっ』して『いーっ』。歯が抜けたその可愛いフェイスを拝ませてやー!」

「いやっ」

 

にやけながら迫るロキに背を見せ、アイズは部屋から出て行こうと扉へと向かう………が、途中で何かを思い出したらしく振り向いて………

 

「………剣を教えて」

 

ハチマンに向かってそう言った。

 

「フィン」

「わかってるさ。今日からアイズにハチマンを付けよう。アイズ、これからはハチマンに色々習ってくれ。彼の剣の腕前はオラリオでもトップだ。それに、オラリオでトップクラスの実力も持っている」

「やめてくれ、俺は強くない」

「はぁ、何を言っておるんじゃハチマン。お主ほどめちゃくちゃな奴はおらんじゃろうに」

「そうだな。Lv.4にもかかわらず『ウダイオス』に挑んだと聞いた時、私がどれくらい驚き、心配したと思ってるんだ」

「それについては返す言葉もございません」

 

ハチマンはLv.4、第二級冒険者時代にLv.6にカテゴライズされている階層主『ウダイオス』に挑んだのだ。

まさに冒険者………と言いたいところだが、ほとんど無謀と言うべきものだった。

………戦闘をこっそり見ていたフィンとガレスはそう思っていないみたいだが。

 

「じゃあ解散だね。ハチマン、アイズを頼んだ」

「おう」

 

フィンが解散の声かけをし、ハチマンとアイズが部屋を出て行く。

 

「……で、どうやったリヴェリア?あの娘の様子は?」

 

アイズとハチマンの気配が部屋から遠のいた後。

ロキは今日一番の真剣な表情でリヴェリアに問いかけた。

見返したリヴェリアは、自身の心中を語った。

 

「大方予想通りだ。自分の危険も顧みず、目的のために無茶苦茶をする。今回もハチマンが駆け付けていなければアイズは確実に重傷を負っていただろう。己の目的のあまり、力に執心し過ぎている」

「『力が欲しい』、か………かつてのハチマンを見ているようだね。でも、あの娘の欲求は危ういし、あまりにも直線的すぎる。見ていて痛々しいものだ」

 

背を倒して椅子に体重をかけるフィンは悲しげに眉尻を下げる。

彼は思い出しているのだろう。あの日の光景を。あの時のハチマンを。

 

『俺は強くなりたいんです』

 

【ロキ・ファミリア】に入団してから2週間後、(ハチマン)はフィン達三人に向かってそう言った。

あの時の彼は切れ味抜群だがすぐに折れてしまう剣のような、そんな危うい感じが漂っていた。

 

「………なんか雰囲気ぶち壊すけど、教育係はハチマンでいいとしてや。知識全般や教養っちゅうもんを誰かが教えてやらないけんで」

「ハチマンで足りると思うのだが………」

「……」

「……」

「……」

 

部屋の中で無言になり、自然とリヴェリア以外の視線が彼女に集中する。

 

「待て、私がか?」

「生憎だけど団長としての立場は面倒なものでね。ついでにハチマンに預けといた【闇派閥】の統率もやらなくちゃいけない。僕にはそんな時間がなくてね」

「儂も面倒なミッションが立て続けにある。それにあれくらいの年頃の娘の扱い方がわからん。女子同士の方がアイズもやりやすいだろう」

「無責任な……!」

「でもリヴェリア~?アイズの冒険者登録の付き添いに真っ先に付いて行くと言ったの自分やん?母性が刺激されたんやないか~?」

「根も葉もないことを言うな、ロキ!」

「ちょうどいい機会や。リヴェリアも母になるときが来たんや~」

「私はまだ未婚の身だ!」

「知っとる知っとる、ハイエルフの年齢で誤魔化しとるけど、しっかり行き遅れに片足突っ込んどんのは」

「ふんッ!!」

「いぎゃあーっ!!?」

 

キレたリヴェリアによる杖よって、ロキが汚い絶叫を上げる。

床に転げまわる主神を赤くなった顔で睨みつけているリヴェリア。そんな彼女たちにフィンとガレスは苦笑いをした。

 

「冗談はともかくとして、僕は君が適任だと思うよ。リヴェリア」

「フィン、買いかぶりすぎだ。私に種族も違う娘の面倒は見切れない」

「じゃあこう言うよ。団長命令だ」

「……」

「アイズは今日より僕達の【ロキ・ファミリア】一員になった。向かいいれた以上は僕たち大人が面倒を見なくちゃいけない。親愛と愛情を持って接さなければならない。彼女を本当の意味で助けたいのなら」

「……」

「勿論、苦労はあると思う。でもそこは僕達も力を貸すさ。別に全てを君に押し付けたりはしない」

「まあ結論、全部ひっくるめて家族(ファミリア)ということじゃ」

 

柔和な笑みを浮かべるフィンの横で、ガレスは豪快な笑みを投げかけてきた。

そして先程まで寝転がっていたロキも立ち上がって、

 

「リヴェリアにも必要なことだと思うで。これから先はどんどん若いもんが増えてくはずや。そのために母親の気分を知っとくんは大切やで?」

 

リヴェリアは頗る難しい顔をした後、思い切り脱力する。

観念した表情で顔を背ける。

 

「誰が母親だ…………アイズの件はやってやろう」

「よっしゃ」

「だが………多分私は必要ないと思うぞ?」

「「「?」」」

 

リヴェリアは最後に中庭に指を向けて言い放った。

 

「ハチマンだけで充分かもしれん……ということだ」

 

 

***

 

 

「……どこに行くんですか?」

「あー、中庭だ」

「ダンジョンに行かせてください」

「ダメ」

「なんで……!」

「さっきちょろっとだけ戦闘を見せてもらったけど……ステイタスに頼りすぎだな。戦い方を一から学んだ方がいい」

「そんな……!」

 

そんな時間はない!っと言おうとしてアイズは押しとどめた。

ハチマンが言葉をつづけたからだ。

 

「とりあえず模擬戦だ。これである程度の型が出来ていたらダンジョンに連れて行ってやる」

「……本当!?」

「ああ。約束するわ」

 

アイズは集中モードに入った。これから言われることを成し遂げるまでの速さで強くなるまでの時間が変わってくる。一瞬で終わらせなければ……!

 

「あ、まだ名前言ってなかったな。俺はハチマン・ヒキガヤ。これからよろしくな」

「……アイズ・ヴァレンシュタイン。よろしくハチマン」

「おう。じゃあまずはどれくらいのものなのかを見せてくれ」

「見たんじゃないの?」

「あの一瞬だけじゃ全部はわからないに決まってんだろ。とりあえずこれで向かって来い。はいこれ」

 

ハチマンは懐から小型剣を取り出してアイズに渡す。

 

「……ねぇ」

「ん?どした?」

「その、いいの?」

「あぁ、得物のことか。別にいい。どうせ当たらないしな」

 

そう言ってハチマンは()()()()()()に手を突っ込んだ。

 

「え?」

「んーっと、あったかな……おっ、あった」

 

ハチマンがその空間から出したのは20センチくらいの木の棒だった。

…………アイズは気が付かなかったが、ハチマンが手を出しているのは日陰であった。

 

「さて、どこからでもいいぞ」

「!」

 

カチン!

アイズの心の中は燃えていた。

こちらには殺傷能力のある技物の小型剣を渡したくせに、木の棒を取り出して向かって来いだと?上等だ。その口に度々叩けなくしてやるぅ!

アイズの中にいるミニマムアイズの眼には炎が浮かんでおり、殺る気満々だ。

 

「うわあああああああ!!」

「……正面か」

「え?」

 

アイズは今、何が起きたのか理解できなかった。

ハチマンに斬りかかろうとして突撃した直後に、背後からハチマンの声が聞こえてきた。

 

「くっ!」

「お~右、左、上、下。大雑把だな~」

「ッッッ!!」

「言っとくけどそのスキル。俺には効かないからな」

「うわぁぁぁぁ!!」

 

当たらない、当たらない。掠る気配すらしない。

いつの間にかアイズは歯を食いしばり、渾身の力で剣を振るう。

振るう、当たらない。振るう、当たらない。振るう、当たらない…………繰り返すこと80回。そのすべてがかわされた。

 

「終わりか?」

「くっ!ぁぁぁぁぁ!!」

 

空振り続けて息が上がり、つい地に伏してしまったアイズ。そこにハチマンの追撃(口撃)が放たれ、悔しすぎるが故に立ち上がり、また剣を振るう。

 

「スピード、体力、威力、根気……良いところは結構あるな」

「うわあああああ!!」

「だけどまだまだだ」

「うっ?!」

 

全力で剣を振るったあとに出来た隙をハチマンの木の棒で突かれ、地面に倒れこんでしまった。

悔しい!悔しい!超悔しい!!

 

「………アイズの戦い方は【ステイタス】に頼り切っているものだ。その上辺のものさえ剥がれれば脆い」

「!」

「第一級冒険者はよく、冒険者は【ステイタス】に振り回されるものが多いと言う」

「えっ……」

「ほとんどの奴が神から授けられた『恩恵』に頼り過ぎているんだ。能力と技術は違う。アイズに足りないのは技、それに駆け引き。それに知識と常識だ」

「………」

 

圧倒的な実力差。アイズは痛感させられた。己の弱さを。己の視野の狭さを。

 

「でもな、俺だって最初からこんなに強かったわけじゃない。前はアイズみたいに何も知らなかった無知の子供だった」

「!」

「それでも沢山の鍛錬と実戦経験、そして知識からここまで強くなれた。――――まぁ、俺より強い奴なんてごろごろしてるけどな」

「えっ」

 

その言葉を聞いてアイズはさらに痛感する。自分がどれだけ無謀だったのか。理解できていなかったのか。

………しかし、今ではハチマンより強い奴なんて一握りくらいしかいない。ごろごろもいたのは6年前だけだ。

 

「アイズ。よく聞いてくれ」

「………」コク

「アイズの悲願(ねがい)は俺の目的よりもフィンの野望よりも、リヴェリアの目的よりもずっと険しいものだ。それをやり遂げたいのなら、俺ら以上にすべてのことを励まなければならない。わかるか?」

「……うん」

「ダンジョンはまだまだ先になりそうだが……明日から毎日、模擬戦をやろう。そして出来る限り学べ。俺にひっつくなり、フィンにひっつくなり、ガレスにひっつくなり、リヴェリアにひっつくなりすればいい。そうすれば必ず、一歩ずつ強くなれる」

「うん!」

「よし、じゃあ反省点な。ここは………」

 

 

***

 

 

ハチマンとアイズの様子をうかがっていた四人は口を開く。

 

「どうだ?ハチマンだけで充分だろう」

「確かにね……」

「異論はない」

「ハチマンは面倒見が良かったんやな。これはこれでええことやけど、リヴェリアも気ぃ使ってな?」

「勿論だ」

 

四人はこれからの【ファミリア】の姿に想いを馳せながら、ハチマンとアイズの姿を眺め続けていた。

 


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