戦闘支   作:アオコ

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━━「バケモノ」━━
オリジナル作品です。


<第一幕>六節

6

 

青禄は口角を更に上げた。

その瞬間。

青禄の姿が空間に歪み、溶けだし、スライムの様に形状を失くした。そうと思う間もなく、また形状を生み出し始める。それは、人形とも獣とも判然のつかない生き物へと変わっていく。

「な、なっ...!?」

瞳孔の開いた彼女の視線を射止めたもの、それは、形容のできない、しかし青禄のように優美な獣だった。

人間の、青禄の輪郭や目鼻立ちは同じだが、彼の耳は大きく掌程の大きさであり、右耳に真珠のピアスが付けてある。そして瞳も柔らかな水浅葱から紅赤に、淡く透明だった藍鼠色の髪も、毛先は辛うじて残っていたが、あとは根元から目の覚める緋色に染まっていた。

胴には先程まで着ていた外套がなく、裸であったが、そんなことはもはや気にしていられない。青禄の肘から下、下腹部から下は人間のそれでは無かった。藍鼠と赤の毛が交差し、斑模様を生み出すその先に、人の頭蓋骨ほどの大きさの手。その手の先には赤黒く染まった鋭い爪。股の下から覗く蘇芳の、長くてらてらと光を反射するそれは、トカゲ、それよりも鼠の尻尾を思わせる。

あるはずの男性器もなく、胸には錆色で大きく「一」と書いてあり、その文字の中央上部に逆三角形の記号と、右胸中央に丸が描いてあった。

その姿は、いかにも異生物を思い浮かばせる。

開いた口の塞がらない彼女を見て、青禄━━異様な生物は、クスリと笑った。

「ふふっ...その通りです。私は人間ではありませんよ」

尾を左右に揺らし、真っ直ぐと彼女に近づいてくる。自然と足が後ろに下がる。しかし、それも壁にぶつかり行き場を失くし、壁りへばりつく不格好な格好になった。

「どこへ逃げるというのです。逃げられる場所が貴方にはあるのですか?」

「...そ、れは」

それはどういう意味か、と問うことが畏怖と困惑で出来ない。小刻みに震える手足から力が抜けてくる。そんな彼女にお構い無しに青禄はさらに近づく。そして、ついに距離は目と鼻の先ほどまで縮まった。

「違いますか?貴方は親とも、学校でも上手くいかずに孤立している。貴方の居場所なんてどこにあるものですか。なのになぜそうも逃げようとするのです?」

「...」

彼の言うことは確かに正しい。彼女は家庭で上手く言っておらず、数年前からろくに家族と口を聞いていない。話すとしても業務的な事ばかりで、他愛の無い話など双方共に決して切り出そうとしなかった。学校でも孤立していたことは間違いなく、虐められては居なかったが、なにかとからかわれ、馬鹿にされ、クラスから蔑んだような視線を注がれる。担任は、毎回話題に昇ることが彼女がクラスに溶け込んでいる事だと勘違いし、彼女に話題を振る。そしてまたからかわれ、この輪廻が続く。

こんな日常のどこに心休まる日があっただろうか。誰に助けを求められるだろうか。どこに居場所があっただろうか。

彼女の思考はずるずると紫紺に飲み込まれていく。

「貴方は誰にも必要とされない。ならば、ここにいる必要も無いでしょう」

自然と頷くように首が垂れる。

「消えてしまえばいいんですよ、ね。ここから、消えてしまえばいい。そうするにはどうすればいいのか」

彼から盛られる藍濁で、思考も停止直前だ。

「...どうすれば...」

「私に、私に身を委ねてください」

赤く斑の入った毛に覆われた青禄の手が、爪が、彼女の首をさする。

「逃げなくとも良いのです。私が、貴方に、安楽死を与えてさせあげますから」

「アンラクシ...」

「ええ、そうですとも━━亜柏奏(あかしかなで)さん」

「っ!」

意識が水底から引っ張り上げられた。

「なぜ...名前を知っているのっ...!」

危うく、彼の甘美な口話術に操られる所だった。

彼の言葉は奏の思考に毒を塗り、悲しみを与え、気力を抜き取る。しかし、残酷な言葉は、恐怖の最中にいた彼女には救いの糸のように感じたのだ。

名前を呼ばれた驚きと気味の悪さで、ぼんやりとした頭を叩き起すことが出来たが、それが無ければ。考えただけでも鳥肌が立つ。

奏は、斑の腕を掴み、彼を気迫のある瞳で睨みつける。一瞬、彼が怯んだように見えた。

「...やはり、主ともなる方にこれ位では聞かないか」

「...さっきから何を言ってるか分からないけど、離してちょうだい」

しかし青禄は依然として首にかけた手を動かそうとしなかった。

「...」

奏は腕を掴んだ手にさらに力を加える。

「...離して」

やはり青禄は動かない。

「...離せ」

「...」

「離せと言っている」

「...」

「離せと言ってるんだ、この━━」

奏の眼光が彼を射抜く。

「━━バケモノ」

青禄を表すには、この言葉で充分だった。

 




閲覧ありがとうございます!毎度ながら駄文ですいません!どうにか面白く出来るようがんばりますっ...!
今に始まったことではないのですが、結構珍しい漢字を使っていたりするので、分かりにくいと感じたならば、読み仮名をつけます!なので、言ってください!
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