戦闘支   作:アオコ

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━━少し重みのある扉が、軋みながらも弧を描いてゆっくりと開く。誰もいない部屋から、古紙と沈丁花の香りが出迎える━━

オリジナル作品です。


<第一幕>三節

 

━3━

 

少し重みのある扉が、軋みながらも弧を描いてゆっくりと開く。誰もいない部屋から、古紙と沈丁花(じんちょうげ)の香りが出迎える。太陽の光で寂れた鴇色(ときいろ)になったカーテンに中庭のシルエットが見えた。イヤホンを外すと、一瞬の耳鳴りに続いて、静寂と、自然の音が囁く。心地よい空間が生み出されているのだ、と彼女は深呼吸でそれを確かめた。

松の香りのする本棚に吸われるように近寄り、ハードカバーの一冊を手に取る。

臙脂に近い色をした表紙に金文字がはめ込まれ、金色をなぞると、凹凸が指先に敏感に感じられた。

脇にその一冊を抱えて、窓際に並べられた机に付属している席につく。どさり、と鞄を投げるように傍らに落とし、本を机の上に静かに置いた。

硬い表紙を薄氷を触るように、丁寧に開く。表紙と同じ色をした厚紙が顔を出す。それを過ぎると、タイトルも項目も無しに黒い小さな文字が現れた。右から縦に蟻が行列を作るようにして、びっしりと敷き詰められたそれは、常人なら目眩を起こすような並び方だが、彼女は目眩以前に、気分の高揚を覚えた。人は、誰でも新しい発見をすると興奮するものであり、好奇心を擽られ、ついその先へ進もうとする。彼女もまた、その一人だった。

文字をひとつ、行をひとつ、一ページ読む事に本の中へ溶け込んでいく。ここが何処で、今が何時なのか、そんなことは頭の中から墜ちていた。ただ眼中には、本を読むことと、その楽しさしか入っていない。

時計の針の音も、自身の鼓動も聞こえなくなった。集中は頂点に登り、もはや本を読むことしか出来ないロボットのようだった。その興奮を途切れさせたのは扉の軋む音。

「っ!」

思わず立ち上がり、扉を振り返る。しかし、そこには誰もいない。あったのは、扉がゆっくりと名残惜しそうに動いている様だけだった。

私を見て逃げたのかもしれない。そう思ったが、後ろ姿だけで誰か分かるなんて相当ないだろう。特に、彼女を知っている人が少ないのだから、そんなこと自体少ない。そもそも、その知り合いたちが彼女だとわかったなら遠慮無しに近づくはずだ。

ならば、先生達?

その可能性は充分に有り得る。しかし、それならば何故声をかけないのか。

「...」

おかしい。

そもそも、この時間にここに足繁く通う人間は彼女と司書ぐらいだ。それに早朝から図書館、しかも校舎の端にわざわざ来る人間自体がいない。そして、ここが開いてるなんてことは、彼女と司書以外誰も知らないはずだ。司書に直接、そう聞いたのだから間違いは無いだろう。

だとしたら、司書か?いや、司書なら挨拶ぐらいしてくるはずだ。

そうでないとしたら━━━。

背中をひんやりとしたものが撫でた。自然と背筋が伸び、息がだんだんと浅くなる。冷や汗がじんわりと出てくるのが感じられる。

未知の体験をしている。普段は高揚する気持ちが、恐怖で雁字搦めにされて隠れてしまった。体の末端が震え、寒くもないのに、体の芯が冷えきっているように感じる。

もし、生徒でも、教諭でも、司書でもないとしたら。それはどこの誰とも知り得ない赤の他人、つまりは変出者だ。そしてそうでもないとしたら。

人間でない、科学を超越し得る人間以外の何かだ。

実際に、何かがいる感じはするが、その何かがここに来るまで足音を聞いていない。本に集中していたこともあるが、全く聞こえないことは、それこそ有り得ないことだろう。

━━逃げなければ。

脳裏に浮かんだその言葉が、彼女の足を動かした。

鞄を置き去りにし、ゆっくりと出口へと向かう。出来るだけ静かに、出来るだけ早く。一分、二分、何分かかけてやっと逃げ道へとたどり着いた。

「...」

あとは、出るだけだ。

扉に向き治ろうとした瞬間。

 

バァンッ!!

 

その扉が風を起こし、勢いよく閉まったのだ。もちろん外側からかもしれない。誰かがいたのかもしれない。しかし、それなら普通、閉めるはずがない。そして、この重い扉を、風が起きるほど早く閉めることが出来る人間は、絶対にいない。いるはずが無い。この扉には、騒音防止のため、ドアダンパーが取り付けられているのだから。

もはや答えは決まっている。こんなことが出来るのは、人じゃない。

思わず願ってしまう、生への足掻き。ついに四肢の震えが止まらなくなる。何か熱いものがこみ上げてきて、ひとつのことを連想させた。

死にたくない。

そう思った途端に、涙が零れた。そしてそれを起因として、次々に雫が溢れ出してくる。

止まらない願望に比例するように、涙の量は増すばかりだ。恐怖で声がでずに、救済を求める声は嗚咽となって排出される。怖い、寂しい、悔しい。その気持ちが、ぐるぐると体内を循環して涙となって溢れ出ていく。

「どうして泣いておられるのですか?」

そしてそれを止めたのは、低く凛とした声音だった。




閲覧ありがとうございます!
やっと「彼女」以外の人物が出てきました(笑)ハーメルンを見ていると、オリジナル・二次創作問わず面白い作品がいっぱいありますね。ちょっと自信失くすぐらいです...
これからもサクサク更新出来るよう精進します!
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