戦闘支   作:アオコ

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―…そして、その支は全員で三人、存在します―

オリジナルです。


<第三幕> 三節

「…誰だ」

「フウレンでございます」

 寝言に答える声。聞こえた方を見ると、見知った顔がそこにあった。フウレンはにこりと笑った。

「おはようございます」

 跳ね起き、寝癖を急いで整える。涎を垂らしていたことに気づき、顔が赤くなる。

「…おはようございます」

「はい、おはようございます」

 奏の消え入りそうな声に構わず、フウレンは凛とした挨拶を返した。

「…今、何時ぐらいですか?」

「そうですね…竜の刻、ぐらいでしょうか」

「えっと…」

 奏が指折り数えていると、戸を叩く音が聞こえてきた。

「何用ですか?」

 フウレンの問いに、昨日聞いた声が返ってきた。

「メイヤンでございます。お召し物をお持ちしました」

 その手にあったのは、緋色の生地に金の刺繍が施された服だった。

「…あ、おはようございます主!」

 部屋を出ると、一番に白兎の声が飛んできて、その後から白兎の連れた従者たちの控えめで上品な挨拶が聞こえた。白兎は、今日は白く艶のある長髪を高い位置で、ひとつにまとめている。丁度、奏の髪形と同じだ。

「おはよう白兎。今日は髪形が違うね」

「はい!クモクにしてもらったんですよ」

「クモク?」

 奥で、黒髪に深緑色の髪留めを付けた男がお辞儀をした。

「よかったね」

「主と、おそろいですね!」

 白兎が嬉しそうに笑い、まとめられた髪を揺らした。

「では、行きましょう。竜の氏も待っています。こちらですよ」

 白兎が案内した先は、建物の中庭に当たるところで、綺麗に手入れされた花々はもちろん、目をこらせば遠くに畑が見える。中庭と言うより、球戯場や、グラウンドのような感じで広かった。

「広いですよね」

「え?」

 中庭をぼんやりと見ている奏に白兎が気づく。

「…ここは、先代の王、令王様が特にこだわった場所なんですよ。この花々や樹木、どれも見事ではないですか?一流の庭師が手入れを毎日かかさずしているんです」

「へえ。じゃあ、あれも?」

 奏が指を指した畑を見て、白兎は、ああ、と声を漏らした。

「あれは令王様のご友人のためだとか」

「友人?」

「はい。…といっても、そのご友人は令王様が即位なさる前に、すでに…あ、着きましたよ」

 中庭の奥にある屋根のついたはなれに、その臣下、竜の氏はいた。こちらに気付かないのか、従者と話しながら茶を飲んでいる。

「…竜の氏」

 奏が口の中で呟くと、聞こえたのか、竜の氏が振り返り深い礼をする。

「聞こえたの?」

 竜の氏が頷く。

 驚く奏を見て、白兎がくすりと笑った。

「聞こえますとも。竜の氏は臆病な支ですから」

 はなれに着いた頃には、竜の氏の顔は不機嫌であることを明らかにしていた。

「おはようございます、主。卯の子も、おはよう」

「おはよう」

「おはよう。で、どうしてそんなに不機嫌そうなんだ?」

「…俺には聞こえてるからな」

 竜の氏の眉がよる。

「…俺が臆病なのは、詮方ないんだ」

「知っておるとも」

 白兎が愉しそうに笑った。

 二つある席のうち、ひとつに奏、もうひとつに白兎が座る。二人にも茶が注がれ、話しが始まった。

「さて、昨今も言うとおり、主にはやることが山とあります。ですが、最初に、正式にこの国の国主となってもらわねばいけません」

「正式に?」

「はい。私たちが主であるとわかったからと言って、民衆が全て『うん』というとは限りません。天生しなければいけないのです」

 白兎の言葉に竜の氏が続ける。

「この国の民の主は、あなた様であると同時に、すべてを統べる神でもあります」

 白兎が頷く。

「然り、主が神に認められたお方であると、示さなければならないのです。それを、天生といいます」

「天生…白兎とはしたよね?」

「は?」

「白兎とは、出会った時にもうしたんだよ?ねえ?」

「…卯の子、それは真か?」

「いや、その…」

 竜の氏の白兎を見る目が険しくなる。白兎は目を逸らした。

「…いろいろと、訳があったんだ」

「ほう…」

「…と、とにかく!その天生とはですね、私たち主に仕える支、全員と行わなければならないのです!」

「…そして、その支は全員で三人、存在します」

「三…あれ?もう一人がいないけど」

「それが問題なのです」

 白兎の顔が曇る。

「…私たち支には、共通の情報網のような、連絡手段があり、普通は常に意思疎通をはかっているものです。実際に私たちもそうでした」

「でしたってことは…今は」

「…今、お仕えするはずの支、虎の氏が、行方知れずなのです」

「虎の氏…」

 呟いたその時、頭に鈍い痛みが走った。奏の眉間にしわができる。しかし、その痛みは一瞬ですぐに収まり、奏はそれが幻覚のようなものだと、一口茶をすする。白兎は、その表情の変化を見逃してくれはしなかったが。

「主、どうされました」

 白兎の言葉に、茶器を持つ奏の指がピクリと動いた。

「…何が?」

「いえ。一瞬、お顔が陰ったようにお見受けしたので」

 竜の氏も心配そうな表情をつくる。奏は茶器を置き、にこりと笑った。

「…何の心配もいらないよ。それより、虎の氏の話は?」

「ええと…まあ、結論は虎の氏を見つけなければ主の天生が終わらないので、はやく見つけてしまおう、と言う訳です」

「なるほどね」

 奏が席を立つと、白兎も席をたった。

「主、どこに?」

 またもや心配そうに竜の氏が訪ねてくるのを、奏は笑顔で返した。

「決まってるでしょ?虎の氏を探しに行くのよ」

「しかし、そのようなことは、臣下の我々が行います。迷子の捜索など、主がすべきことではありません」

 竜の氏の必死の講義に、奏は肩をすくめた。

「…だけど」

「なりません」

 奏の言葉が終わる前に、竜の氏が食らいつく。それに少しの苛立ちを感じ、奏の体はある一種の本能によって動く。

「竜の氏」

「…なんでしょう」

 奏からの緊張を感じ取ったのか、竜の氏の肩が少し揺れる。白兎はその様子を横目にじっと見ていた。

「…あなたが私のことを主と呼ぶのは、私が真の主だと、そう信じてるからでしょ?」

「…」

 突然の質問に、竜の氏は瞬きを繰り返すだけで、一言も発せなかった。

「そうして信じられているのは、とてもうれしいことだよ。でもね、その気持ちに答えるようなことをしたいと、同時に思うの」

 竜の氏が頷く。

「…私は、私の臣下を見つけることのできないような主でありたくない。自分の臣下を他人の手に任せて、そうして登ることのできる王座なんて、それはただの虚空だと思う。そんなものは、私には必要ない」

 目線を逸らした竜の氏の瞳が、常盤から紫色に変わる。角度によって違う色に見えるその瞳は、今は動揺だけを映していた。

「それとも、その覚悟を砕いてまで他人に任せろと言うのなら、私はそうする」

「主、私は…」

 竜の氏の言葉が途切れる。奏と一瞬目が合ったのを、逸らした。

「…白兎は?どう思う?」

「…私は」

 今まで黙り込んでいた白兎の口が動いた。そのせいか、少し口が渇いている。

「…私は、主の言うことに異論はありません。しかし、竜の氏も、ただ主を止めようとしたわけではありません。主の御身に大事があったら、まっさきに傷つくのは私たちでも、政治でも、ましてや国でもありません。民です。民は主にすべてを捧げているようなものです。それを忘れては、いけません」

 奏が小さくうなずいた。

「そして、竜の氏は言葉が足らない」

「…以後気を付けよう」

 咳払いをした竜の氏は、まだ少し落ち込んでいるようだった。

「では、主のお言葉通り、虎の氏は我々で探しましょう」

「そうと決まれば、はやく準備をしなくてはいけませんね!」

 竜の氏は、では、と一礼をするとそのまま立ち去っていき、その後を二、三人の宮女や下官が小走りで追いかける。

「…なんであんなに急いでるんだろう」

 奏の疑問符に、白兎の小さな声が答える。

「あれ、竜の氏泣いてるんですよ」

 すると、遠くの方から竜の氏の「卯の子!」という声が聞こえた。

「…泣いていたのか。そんなに怖がらせちゃったのかな」

 冗談交じりのつもりで言ったそれに、白兎が真面目な声音で答える。

「…はい。主は分からないでしょうが、私たちにとって、主の怒りをかうことは死を意味します」

「…大袈裟な」

 奏の苦笑に、首を振る。

「大袈裟ではありません。いくら力の強い支でも、主からの攻撃はかわせず、受け止めることもできず、そのまま傷つきます。それは言葉も同様で、主の言葉に、支は逆らえません。例えば、主が『死ね』と言えば私たちは簡単に死に至ります。本当に簡単なことです。従えば死、逆らっても生きた心地はしません。…それほど私たちは単純で臆病であり、言葉は刃物よりも鋭いのです」

「…私は、少し言い過ぎたのかな」

 励ますように奏の手を白兎が握る。

「次から気を付ければようございます。今の話を忘れないことも大切です」

 うん、と無言で頷いた奏に、白兎が笑う。そしてそのまま、口を開く。

「主」

「ん?」

 白兎から笑顔が消えた。

「…何か隠していませんか」

 一瞬で血の気が引いた。心なしか握られた手の力も強くなった気がする。

 なにが、いつどこで、どの場面でそう感じたのだろうか。奏の思考のうち辿り着いたのは、その質問を打ち返すことだけだった。

「…どうして?」

 怪訝な顔で返した奏の瞳を、じっと白兎が見つめる。深層を眺めるように。その間はあまり長くなく、白兎の手が離れると同時に、いつもの笑顔が戻ってくる。

「なんとなくですよ、主」

 白兎がはなれの屋根からでて、止まり、そして振り返った。

「いいですか、絶対、忘れてはいけませんよ?」

「…言葉は刃物より鋭いってこと?」

「ご名答でございます!」

 愉快そうに笑う白兎は、はなれをあとにした。残った奏の手には、白兎の手の感触がまだ残っていた。

「…本当に、臆病で単純な生き物が、あんな表情するわけないでしょ」

 記憶に深い爪痕を残した白兎の表情。目の光は隠れ、何かを、深いところまで探り、えぐるような視線。

「…あんな顔もするんだ」

 フウレンが注いでくれたお茶を、もう潤ったと言って、下げてもらう。虎の氏を探すために準備をしようと、フウレンとメイヤンの二人を手伝いを頼んだ。

 奏の口は渇いていた。




こんばんは、アオコです。
最近は忙しさも落ち着いてきて、ゆっくりゲーム出来る日がたくさんで嬉しいアオコです。
やっと暖かくなってきたと思ったら寒くなったり、花粉症がごきげんようで目がショボショボしたり、とりあえず家を出たくないですね。
戦闘支の、毎日投稿は無理だと悟ったので、毎週日曜の投稿にしようと思います。
では、ご閲覧ありがとうございました。次回も絶対、見てくれよな!!!!!!

誤字脱字のご報告は遠慮なく!!

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