オリジナルです。
「主!!」
「…え?」
白兎が動くより先に、化け物の腕が振り下ろされた。
奏の体は恐怖で動かず、脳が再び働き始めた頃には、目の前まで迫っていた。
――だめだ。そう思い、目をつぶる。
衝撃音とともに砂埃が立った。
「…しんじゃったぁ?」
化け物がにたりと、涎の垂れる口を歪ませる。
しかし、煙幕の晴れた先には、奏の死体はなく、全身を淡く光らせる白竜――竜の氏の姿があった。
「…主、お怪我はございませんか」
化け物の腕を、見えない壁が妨げ、奏を守ったのだ。
「あれぇ?」
笑っていた化け物が腕を押し込もうと、力を入れる。が、その壁は壊れるどころか、厚みを増し、薄い層が目視できるほどにまで強化されていく。
「…た、竜の氏が?」
奏の問いに、竜は一回だけ瞼を落とした。そして、やはり穏やかな声で話す。
「主、私の背中に乗ってください」
「え?」
「お願いします」
「わ、わかった…」
奏が恐る恐る背を跨ぐと、触った時には感じられなかったほのかな熱が伝わってきた。
「しっかりつかまっていてくださいね。振り落とされないように、どうか」
奏の手が、竜の氏の首を抱いた。それを確認したのか、竜の氏は声を上げた。
「卯の子!!」
どうやらそれが合図だった。
化け物の腕が飛んでいった。その血しぶきから逃れるように、竜の体はその場を後に宙へ舞う。
化け物の悲鳴が轟き、大きな音を立てて倒れるのが足元に見えた。
「…あの、化け物…」
「…居場所が見つかってしまったのでしょう。しかし、それにしては…」
竜の氏のつぶやきを消し去ったのは、大地を揺らす巨大な音。鈍器で山を叩いているようなその音が伝わり、奏をびりびりとした空気が捕まえる。
「…すごい音」
奏の感心した声に、竜の氏はいつも通りに答える。
「卯の子ですから。久しぶりの戦闘に興奮しているんですよ」
「白兎…?」
足元には化け物がのた打ち回りながら血を流す姿、それも、何かから逃げ回りながら。
「…あれが卯の子ですよ」
竜の視線の先には、紅色の少女が暴れていた。
化け物の手足をもぎ、視界を失くし、血に染まりながらも深い傷を負わせる、赤い少女。月光に赤く照り出され、艶めく残虐なその姿は、恐ろしく。
「…綺麗」
奏の目を奪った少女はすでに動きを止めており、その足元に転がるのはついさきほどまで惨めに這いずり回っていたあの化け物。
竜の氏が白兎のそばまで急下降した。地上は獣臭く、また鉄臭く、異臭が漂っていた。
「卯の子、気は済んだのか」
声に反応した少女は大きな鎌を片手に肩で息をし、こちらを捉えると、笑った。あの柔かな笑みではなく、殺意を含んだ笑みで。
「…白兎?」
しかし、奏と目が合ったとたんにその笑みは消え、愕然とした表情に変わった。
「…あ、ある、じ…」
そのまま林の中へ飛び込み、どこかへいってしまった。
「白兎!?」
「沢にでもいったのでしょう。きっと、血を洗い流して戻ってきます」
「そう、かな…」
竜の氏の言った通り、白兎は血を洗い流しただけなのだろう、すぐ戻ってきた。しかし、裸で。
「は、は、はくと!?」
「え?」
「え、じゃなくて!!なんで服着てないの!?」
「…服は、濡れてますから」
確かに、脇には薄く赤色に染まったブラウスと紺色のスカートが水滴を垂らしていた。
「あー…」
「…着た方が、いいですか?」
「えっと…」
ここには竜の氏もいる。しかしだからと言って服を着ると白兎が風邪をひく。
「…じゃあ、着ます」
「風邪ひかないでね…」
とりあえずここは白兎に我慢してもらおう。
「…では、主。行きましょう」
「…うん」
白兎に手を引かれ、竜の背中にまたがる。
「つかまっていてください」
「あれ、白兎は乗らないの?」
竜には乗らず、横でスカートの裾を絞っている白兎に声をかける。
「私は大丈夫ですよ」
「でも」
竜の背中が揺れる。数センチだけ浮かんでいた。
「卯の子には翼類のリンレイがいますので、心配いただかなくとも」
「リンレイ…」
白兎がさっき呼んでいた、あのことだろうか。
「はい。呼びましょうか」
「リンレイは翼類の攻獣ではとても美しく、希少な種だと言われております」
「へぇ」
竜の氏のトーンのない話し方には感情がこもっていないせいか、それが本当の話かどうか、信じがたい。
「リンレイ」
りー、と高く澄んだ音がした。奏が声のした方向をみると、翼を広げた鳥が、こちらに向かってきているのが見えた。その姿は竜の氏より大きく、三メートルをゆうに超えていた。
「あれですよ」
「…鳥?」
リンレイは白兎の目の前に降り立ち、白兎に叩頭した。白兎はその頭を一撫ですると、鳥の背中に乗った。
「私の方も準備が出来ましたので、行きましょう」
体がぐんと沈み、それも一瞬で後は風が取りぬけるだけだった。宙に舞う竜の足元には模型のような街並みが広がっていた。
そして後ろには、美麗な鳥の背中にまたがる白兎もいる。
奏が振り向いたことに気付いたのか、白兎が声をかけてきた。
「主、国に着いたらやることがたくさんありますよ」
「やること?」
奏は揺れる背中にしがみついた。
「まあ、その話はついてからにいたしま…」
白兎の言葉が途切れる。すると、後ろからあの号砲が聞こえてきた。
「な、何!?」
奏の悲鳴のような声が響く。
「緋目です!やっぱり生きていたか…竜の氏!!急げ!!」
白兎の声に反応し、竜の氏はスピードを上げる。
「主、近くに鏡…いえ、湖や、海はありませんか」
竜の氏の低い声が焦って聞こえる。
「湖…はないけど、海なら、あっちに」
奏は東を指差した。竜の氏が方向を変え、海を目指しているようだった。
「ねえ、海を目指してどうするの」
身を切るような冷たい風が髪をなびかせ、首元が寒く、身を震わせた。それに気づいたのか、竜の氏が答える。
「その話は後にしましょう。早く国へ帰り、温まってから、お話します」
「…そうね」
またしても号砲が響く。そして、海が見えた。
「竜の氏!」
白兎の声が、あの化け物が迫っていることを伝える。一息置いて、竜の氏の低い声が短い返答を発した。
「…開」
目の前の海に、白く光る輪っかが現れた。その輪はだんだん大きく太くなり、ひとつの穴となった。
「行きますよ!」
竜は急降下し、その穴の中へと入った。
「っ!!」
入った瞬間、視界に閃光が入り込み、思わず目を閉じる。
冷たく鋭い風が、生暖かい、春の風に変わった。
「…?」
目を開けた瞬間に入ってきたのは、島弧。その形は奏もよく知っていた。
「…日本?」
それは日本国そのものの形をしていた。しかし、周りには海しかなく、ぽっかりと浮かんでいるのは、その島々だけ。そして、大きな違いはもう一つ。
「…逆?」
その日本国は東西を逆に、まさに日本を鏡に合わせたような形をしていた。
「主」
さっきの切羽詰まった声音とはまるで違う、白兎の穏やかな声が聞こえてくる。
「ここが、我らの神が守ってくださっている、世界です」
白兎が本土の中央を指した。
「そして、あれが第二支国」
その先には、街と山の入り交ざった、ひとつの国が見えた。
昨日、もう一本投稿するといったな?
あれは嘘だ。
こんにちは、アオコです。ついに第二幕も完結ですね。次回からは第三幕が始まりますよ。
第三幕では新たなキャラクターがでてくるって。楽しみですね!!
では、閲覧ありがとうございました。次回も見てくれよな!
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