オリジナルです。
明らかに様子のおかしい白兎に嫌な予感を感じ取り、男を退かして階段を駆け下りた。絡まりそうになる足をなんとか前に前にと出し、一階を目指す。いつもより段数が多く感じ、焦りがさらに強くなる。
下へ行くにつれ、鼻につく嫌な湿気がある。気のせいではないと気付いたのは、鉄臭い生暖かな空気がだんだんと強くなるせいだろう。
最後の段を飛ぶように降り、右手すぐのリビングの扉を、熱い金属のドアノブを掴み、開ける。一瞬ホワイトアウトして、強く異臭のする風が髪を後ろに弾いた。その光景が目に飛び込んでくる。
「...っ!」
赤い。ひたすら赤い。その中に横たわる女性の胸に穴が空いている。
目を閉じ眠っているかのような穏やかな顔をしているそれに、薄らと涙の跡があった。
「...かあさん?」
それは奏の母親だった。何歳になっても変わらなかった綺麗な顔は、死んでも尚その形状を保っていた。その顔を見て、やっと母親の死が確認でき、それと同時に悲しみとも、怒りとも取れない感情が湧き出す。
「かあさんっ!」
走馬灯とはこれのことだろう。
母親との過ごした日々が次から次へ流れ出す。そうだ、ここの生活は辛いだけじゃなかった。父親が出ていく前はあんなにも幸せだったじゃないか。両親の愛情を一身に受け、楽しいことをすれば喜ばせ、悪戯をした日には叱咤を貰った。奏は決して不幸ではなかったと後悔のようなものが後からじわじわと感じられる。最近は疲れきっていた母親の顔は、笑うことが出来ていたのだ。
ぽろぽろと思い出の破片が一瞬にして頭を埋める。
「ごめんなさい...」
こんなときに詫びるのはおかしい気がするが、口をついて出たのはそれしかなかった。きしりと音を立てる身体を、自らも血塗れになりながらしっかりと抱きしめる。
「...」
しかし依然として涙は流れなかった。
困惑しながらもそれをかき消すように母親を必死に抱きしめる。それでも涙は膜すら作らず、そのうえ、抱きしめているのは『母親』ではなくただの肉塊のように感じてくる。冷たくて、固く大きな死体。そう一度自覚すると吐き気と嫌悪感が増して生まれる。
抱きしめる腕が疲れて、もうこれ以上この肉人形を抱き留めておくのは不可能だと思い、それをゆっくりと寝かせる。血に染まったパジャマを軽く摘み、もう捨ててしまおうとやけに冷静に考えることができた。ぼんやりと母親を見ると、やはり変わらずに心臓の部分だけ穴が空いている。よく見ればそこから血管や千切れた肉の残骸が飛びだしているのが分かった。
ふとそこにあったはずの心臓の行方が気になった。
部屋を見回してみるものの、それらしいものは見つからず、より行方が気になった。
ふらりと立ち上がりリビング中を見渡す。すると、赤黒い塊が少し背の高いローテーブルの上にぽつんと置いてあった。
近寄って見ると、やはりその物体は母親のそれだった。
「...固まってるし」
それを手に取り白兎がいる二階へ戻る。
白兎のあの表情からは、あの小さな少女がやったような気がする。しかし、きちんと本人から聞かなければ納得がいかない。真相は白兎が知っているのだろう。
もし白兎が母親殺しなら、少女からは距離を置くべきだ。せっかく信頼のできる相手が人殺しなんて、奏は一人唇を噛んだ。
閲覧ありがとうございます!
ギリギリ今日に間に合って良かったです...いつも投稿忘れてげーむとかしちゃうんですよね。では明日もお会い出来ることを楽しみにしています。
誤字脱字報告はご遠慮無く!