<第零幕>
━━紅く揺らめくものが、肌を焦がし、熱く感じる。もうすぐでここも倒壊するだろう、と呑気なことを考える。前にも同じような事があった気がするが、そうなるとこの死の淵を体験するのは二度目になるのだろう。やはり、怖いものだ。
喉がヒューと、汽笛のような音を立てる。そして、その音をかき消すかのように足音が近づき、目の前で立ち止まった。煙と血が遮る視界の中、それが何なのか、一体何者なのか、それだけがわかった。
何か、は、そっと頬に触れ、削ぎ落とされた右耳をなぞり、手を離したと思ったら、額に何かを当ててきた。固く冷たい、金属のようなもの。背筋が凍ったが、少し安心してしまった自分がいた。楽にいけるのか━━そう考えてしまった自分に軽蔑の念がこみ上げてくる。
しかし、その固い何かは考えていたもの━━銃ではなかった。それはおそらく十字架の様な形に、文字が掘られているのだろうか、凹凸がある。
心当たりがあった。
そっと目線をあげると、そこには、見知った赤い髪と、赤い瞳が揺らいでいた。
「...なにを」
赤い瞳は悲しそうに、しかし、ルビーのように煌めいていた。そこから血で染まった涙がこぼれ落ちる。
「...ごめんなさい...ごめんなさい、主...」
零れた雫が、白いブラウスに淡いシミをつくる。赤い髪を撫でると尚も増えていく。
「泣くな...大丈夫だから、な...」
笑ってみるものの、涙は止まらずに、更に溢れ出す。どうしたものか、と考えていると、突然視界が暗転した。
「...主、どうか、お許しください。これが私の出来る最上のことなのです...」
すると、額に当ててあった金属が熱を持ち出した。
「...我、━━━使え━━の━━。━━━の元に━━━━、叶え━━━。我が名は、━━」
足下が崩れ落ちる感覚と、同時にさっきまで感じていた熱も離れていく。いやな予感がする。
「━━━━━!」
思い出した。
<第一幕>
━1━
布団をはね飛ばし、どことも言えない空間を凝視した。大量の寝汗がそれを物語るように、何か良くない夢を見た気分だった。目に入りそうになった汗を拭うと、べったりとそれがまとわりつく。
朝日が机の上のパソコンのディスプレイに反射してチラチラと視線を泳がせる。目覚まし時計の針は、まだ六時半を指していた。
「...最悪」
早すぎる時間に起きたこと、寝起きが悪いこと、汗で気持ち悪いことは、全てその一言で解決する。
「...」
部屋を見渡すと、部屋の隅に追いやられた教科書で張り詰めたリュックが見つめ返す。
「...がっこう、行かなきゃ」
のそのそとベッドから這い出しフローリングに足をつくと、ひんやりとした、無機物独特の感触が伝わってくる。再びベッドに倒れ込みそうになる体を、前に進んで諌める。
パジャマを、文字通り脱ぎ捨て紺を基調とした堅いブレザーに着替える。姿鏡の前に映る自身を見て、肩幅の合わないブレザーにため息をつく。白い靴下に、紺の上下、スカートと校章のついたブレザー。紺の襟口から若葉色のネクタイが覗く。高い位置のポニーテールと、その顔には不安そうな、不満そうな、無愛想な、透き通る乳白色の表情が浮かんでいる。
「シケた面」
姿鏡にプリーツスカートを翻し、寂しげなリュックを掴み取る。
ドアを開け放した途端に聞こえてくるテレビのニュースの音が、母親が起きていることを知らせる。朝ごはんの臭いに釣られるかのように階段を駆け下りた。
カーテンが揺れ、朝日が部屋を踊る。微睡んだ朝の部屋に、細く白い足がパジャマを蹴った。
数秒後に、バタン、と玄関のドアが閉まる音がした。母子は言葉も交わさなかった。
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