Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS   作:ドラ麦茶

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第八十六話 前田隆信 羽生蛇村役場/観光課 一九七五年/十時三十一分四十秒

 羽生蛇村でソバの栽培が始まる――先輩から聞いた情報を元に、村の新しい名産品として『羽生蛇蕎麦』を作ることにした前田隆信。企画書を作り、三日後、観光課の課長に提出したのだが。

 

「――ふうむ」

 

 企画書に目を通した課長は、一声唸っただけだった。隆信的にはかなりの自信作だったが、課長の表情は良くない。

 

「あの、課長。なにか、まずい所がありましたでしょうか?」隆信は恐る恐る訊いた。

 

「ふむ。そうだなぁ――」課長は企画書を机の上に置き、しばらく天井を見上げて思案した後、続けた。「羽生蛇蕎麦というのはいいアイデアだ。これから村でソバの栽培を始めるという話は、私も聞いているからね。そこに目を付けたのは良いと思う」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「でもねぇ。だからと言って、ただの蕎麦だと、目玉料理としては弱いんだよ」

 

 隆信が企画した蕎麦は、具などは特に入っていない、いわゆる掛け蕎麦だ。隆信的にはシンプルな味で勝負するのが良いと思ったのだが、課長の言うことももっともである。

 

「はあ。申し訳ありません」隆信は頭を下げた。

 

「いろいろ問題はあるが、まず、温かい蕎麦というのが問題だね」

 

「なぜでしょう?」

 

「羽生蛇村は山に囲まれた高地にある村だ。観光客を呼ぶなら、必然的に夏がメインになるだろう。ならば、温かい蕎麦ではなく、冷やし蕎麦にした方が良いのではないかね?」

 

 なるほど、と、隆信は納得した。今まではあまり深く考えず、ただ料理を企画すればいいと思っていたが、課長の言う通り、観光客に出す料理ならば、観光客が来る時期まで考えて企画しなければいけない。

 

「確かに、課長の仰る通りです。では、冷やし蕎麦で、企画し直してみます」

 

 隆信は企画書を返してもらうと、作り直しに戻ろうとしたが。

 

「待ちたまえ」と、課長に呼び止められた。「判っているとは思うが、ただの冷やし蕎麦でも、観光の目玉としては弱いんだ。もっと、インパクトのあるものでないと」

 

「はあ、確かに」

 

「君は、咸興(ハムフン)冷麺というものを食べたことがあるかね?」

 

 隆信は首をかしげた。「ハムフン冷麺……ですか? いえ、食べたことはありません。名前を聞くのも初めてです」

 

「そうか。朝鮮半島の咸興(ハムフン)という都市の郷土料理だ。私は戦時中、咸興に住んでいたんだよ。子供のころからよく食べたものだが、あれは美味い物だ。最近では日本でも食べられるお店ができてきたようだから、一度、食べてみるといい。もちろん、費用は役所で負担する」

 

「判りました。そうしてみます。ありがとうございます」

 

 隆信はペコリと頭を下げると、自分の机に戻った。ハムフン冷麺か……一体、どんな麺なのだろう? さっそく調べてみよう。

 

 

 

 

 

 


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