Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS   作:ドラ麦茶

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第八十五話 前田隆信 羽生蛇村役場/観光課 一九七五年/十四時〇七分五十五秒

 羽生蛇村役場の一階にある観光課の事務所で、前田隆信は、書きかけの企画書を前に頭を抱えていた。タイトルは書いたものの、その先に進むことができない。書きかけというよりは、ほぼ白紙の状態だった。

 

 企画書のタイトルは、『羽生蛇村の目玉グルメ案』だった。読んで字のごとく、羽生蛇村の目玉となる料理を企画しているのである。隆信が役所に勤めて二年。雑用ばかりしていた彼が、初めて任された大きな仕事だ。だが、ペンは一向に進まない。それも当然と言えば当然で、隆信は、普段は料理などほとんどしない。食べることにも人並み以上の興味は無い。グルメなどとは無縁の男で、なにをどう企画したものかさっぱりわからないのだ。なぜ、彼がこんな企画を担当することになったのだろう?

 

 羽生蛇村役場の観光課は、できたばかりの新しい課だ。村は昔から非常に閉鎖的で、外部との接触を極端に嫌う傾向にあり、観光などとは無縁だった。しかし、近年著しく過疎化が進み、このままでは寂れる一方だと思われた。そこで、村の外から観光客を呼び、少しでも村おこしをしようという案が出た。こうして、羽生蛇村役場に観光課が発足した。村の将来を担う重要な部署である……はずなのだが、急遽作られた為か、職員は隆信を含めて三人しかいなかった。

 

 観光課の発足後、すぐに会議が行われた。目玉とする観光地や催事を話し合い、観光客を呼ぶための交通の整備や宿泊施設を増やすことなどが決まった。その施策のひとつが、隆信が担当している村の名物料理を作ることである。観光客を呼ぶには非常に重要なものであり、勤務二年目の隆信には少々荷が重い仕事だ。だが、人手が圧倒的に少なく、上司や先輩は他に重要な仕事があるので、隆信がやるしかなかったのだ。

 

 隆信はお気楽な性格だった。本来ならば、自分の手に余る仕事を任されても「なるようになれ」とばかりに、できる範囲で適当にやるだけだ。それで失敗し、上司に怒られるのならば仕方がない。そういう考えの男だった。だが、今回ばかりはお気楽にしてはいられない。観光課の仕事には村の将来がかかっているため、仕事の進行具合を村の有力者たちに定期的に報告しなければいけなかった。隆信の場合、半年後、名物料理の試作品を作り、皆で試食を行うことが決まっていた。その試食会には、眞魚教の求導師様や宮田医院の院長先生、さらには、神代家の当主様まで参加するという。失敗は許されない。ヘタなものを出して当主様の機嫌を損なえば、隆信のクビなど簡単に飛んでしまうだろう。それは解雇されるという意味ではなく、文字通り本当に首をはねられる可能性さえあるのだ。神代家には、それだけの力がある。村では昔から神隠しや失踪事件が多いのだが、その一部は、神代家を怒らせたため抹殺されたというウワサもある。試食会に失敗した時のことを思うと、背筋が凍る思いだ。

 

 そんな訳で、隆信が自分の首をかけた一世一代の仕事に思い悩んでいると。

 

「――よう、前田。グルメ企画の方は進んでいるか?」

 

 声をかけて来たのは、同じ観光課に属する隆信の先輩だった。頭を上げた隆信は「はい、ボチボチと言ったところです」と答えたが、机の上のほぼ白紙の企画書を見れば、全く進んでいないことは明らかだ。

 

 先輩は苦笑いをした。「……まあ、そんなことだろうと思ったけどな。役場に来てまだ二年のお前には、ちょっと荷が重い仕事だろうな」

 

「はい、そうなんですよ」隆信は素直に認め、助けを求めるように先輩を見つめた。

 

 だが先輩は、すまなさそうな顔をして言う。「手伝ってやりたいが、俺も自分の仕事で手一杯だからな……」

 

 それはそうだと、隆信は思った。先輩も人手不足の中で働いている。先輩は、交通の整備と宿泊施設の確保の仕事を任されていた。ふもとの街まで行ってバス会社にバスの増便をお願いしたり、村に民宿を増やすために開業セミナーを企画したり、興味を持った村人の家々を訪問したりしている。しかし、どこへ行っても「こんな村に観光客が来るのか?」と、ほとんど相手にされていないらしい。

 

 苦労しているのは自分だけではないのだ。一人で頑張るしかない……と、隆信が思っていたら。

 

 先輩が、ぱん、と、手を叩いた。「そうだ。ひとつ、役に立ちそうな話があるぞ」

 

「役に立つ話? なんですか?」

 

「俺の同期に農業課に勤めているヤツがいて、そいつと飲んだ時に聞いたんだが、最近の調査で、羽生蛇村の気候や、土・水などの性質が、ソバの栽培に適していることが判ったらしい」

 

「ソバというと、日本蕎麦や蕎麦掻とかの原料にするアレですか?」

 

「そうだ。だから、これから村の農家にソバの栽培を推奨していくらしい。そうなると、新しい村の名産品になるかもしれん。だから、ソバを使った料理を考えてみたらどうだ?」

 

「ナルホド、ソバですか……判りました。やってみます」

 

「頑張れよ」

 

 先輩はパンパンと隆信の背中を叩いて、部屋を出て行った。

 

 村でソバの栽培が始まる――いいことを聞いた。これなら、なんとか企画を立てられそうだ。料理の名前は、シンプルで判りやすい方がいい。ズバリ、『羽生蛇蕎麦』で行こう。

 

 隆信はペンを取り、企画書の作成を進めた。

 

 

 

 

 

 


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