Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS   作:ドラ麦茶

3 / 14
第八十話 竹内多聞 いんふぇるの 第四十四日/十九時二十六分二十一秒

 竹内多聞と安野依子は水鏡を通り抜け、常世へと足を踏み入れた。神が創造し、神が支配する世界、永遠の理想郷、苦しみも悲しみも無い楽園。それが、常世だ。

 

 安野は、周囲を見回した。

 

「……先生」

 

「……何だ」

 

「なんか、思ってたのと違いますね」

 

「そうだな」

 

 二人の周囲に広がるのは、理想郷や楽園という言葉から受けるイメージとはまるで違った景色だった。大地はひび割れ、そこに生えていたと思われる植物はすべて枯れ、空は濃い雲に覆われているかのように真っ暗だ。楽園というより、地獄の一丁目という雰囲気である。

 

「まあ、常世は神の支配する世界だからな。神が死ねば常世も崩壊する、ということだろう」竹内は、そう推理した。

 

「ナルホド。まあ、多少崩壊しても、世界そのものが残ってくれていれば十分です」

 

「……で、安野。こんなところで、何をしようというんだ?」

 

「はい。調査したいことは山ほどありますが、まずは、眞魚岩モドキを探しましょう」

 

「眞魚岩モドキ?」

 

「恭也君に聞いた話によると、この常世のどこかに、眞魚岩にそっくりの岩があるそうです」

 

 眞魚岩とは、羽生蛇村の中央に存在する巨大な三角錐の岩である。一三〇〇年前の神降臨と同時に空から降って来たとされ、村人の信仰の対象にもなっている。それとそっくりな岩がこの常世にもあるとは、どういうことだろう?

 

「さあ、探しますよ」

 

 安野に促される。話が見えてこないが、竹内は周囲を探した。そして一〇分後、水鏡から少し離れた場所に、眞魚岩モドキを見つけた。

 

「確かに、これは眞魚岩だな」

 

 眞魚岩の表面に触れる竹内。岩肌は鏡のように竹内の姿を写し返している。大きさも、形も、村にある物と同じように思えた。

 

「ふむ、実に興味深いな。もし、この岩が、現世の眞魚岩と同じものだとしたら、この常世は、現世ともつながっていることになる。この岩の正体を探れば、現世に戻る手段が判るかもしれん」

 

「あ、いえ、その岩は、今回は関係ありません」安野が、手をひらひらと振った。「ただの目印です」

 

「目印?」

 

「ええっと、恭也君の話によると、この近くにあるんですよね」安野は周囲を見回し、何かを見つけた。「ああ、ありました。アレです」

 

 安野の指さした先には、タツノオトシゴとウマを掛け合わせたような化物が倒れていた。

 

「……あれはまさか、神か?」

 

「そうです。恭也君の話によると、神様は姿を消すことができるようなんですが、この眞魚岩モドキには、なぜか姿が映ったそうです。それを利用して倒したんだとか」

 

 神の遺体に近づく竹内。太い胴体と長い尻尾、触手のような細長い腕。首は斬り落とされている。間違いなく死んでいるはずだが、今にも動き出しそうだ。

 

「さて、始めましょうか」安野は、どこに持っていたのか包丁を取り出した。「あたしがさばきますので、先生は、適当に枯草を集めてください」

 

「枯草? 安野、何を言ってるんだ?」

 

「何って、今から神様を食べるんですよ」

 

 安野は、当然のように言った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……安野」

 

「はい」

 

「お前は、何を言ってるんだ」

 

「ですから、今から神様をさばき、肉を焼いて食べるんです。ダンジョン飯的なヤツです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……安野」

 

「はい」

 

「今は二〇〇三年という設定だ。ダンジョン飯は、まだ連載が始まっていない」

 

「そこをツッコみますか」

 

「大体貴様は、小説本編でも『クレア・ベネット的なヤツ』とか、『杏も最後は大悟と結ばれた』とか言ってだろう。あれも、二〇〇三年の八月という設定では矛盾している」

 

「ヒーローズが始まったのも砂時計が完結したのも二〇〇六年ですからね。でも、それを言うなら、なぽりんが昔所属してたというアイドルグループが活動を始めたのは、二〇〇五年です」

 

「それは実在のアイドルグループの話だろう。なぽりんが所属していたのは、そのグループに偶然よく似た架空のアイドルグループだ。矛盾はしない」

 

「でも、握手会商法とか、キャプテンの名言の話とかもしてましたよね?」

 

「そんなことはどうでもいい! それより、神の肉をさばいて食うとはどういうことだ!」

 

「自分で話を振っといてあたしにキレないでください。『神の肉をさばいて食う』というのは、そのまんまですよ。今から、神様を食べるんです。枯草を集めるのは、炙って食べるためです。もちろん、先生がどうしても刺身で食べたいなら、それでもいいですけど」

 

「そういう問題ではない! 貴様、神の肉を食べるということが、どういうことか判っているのか!? それでは、八尾比沙子と同じになってしまうぞ!」

 

「その通りです。だって、それが目的なんですから」

 

「なん……だと……?」

 

「いいですか、先生。学校で検証した通り、八尾比沙子さんは、異界と現世を自由に行き来することができるんです。なぜ、そんな力があるのか? 一三〇〇年前、神様の肉を食べたからです。神様を食べた比沙子さんは神様と同体、神様と同じ力を持っているんです。ならば! あたしたちも、この神様の肉を食べれば、比沙子さんと同じく神様と同体。いつでも好きな時に、それこそ近所のコンビニにちょっと買い物に行くような感覚で、現世と常世を自由に行き来できます。それだけでなく、別次元の世界、過去や未来にだって、その気になれば行けるんですよ!? ナイスアイデアだと思いませんか!?」

 

 両手をぶんぶん振りながら興奮気味に話す安野。確かに、それならば現世に戻ることはできるかもしれない。

 

 竹内は、神の遺体をじっと見つめた。

 

「……安野」

 

「はい」

 

「本当に、アレを食うのか?」

 

「もちのろんです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……安野」

 

「はい」

 

「今は夏だ」

 

「正確には、残暑厳しい初秋というくらいの時期です」

 

「まあ、そうだな」

 

「はい」

 

「しかし、恭也君が神を殺したのは八月五日だ。八月は、間違いなく夏だ」

 

「そうです」

 

「それから、もう一ヶ月以上経っている」

 

「そうなります」

 

「普通に考えて、夏場の屋外に一ヶ月以上も放置した肉は、腐るはずだ」

 

「もちろんです。仮に屋内の冷暗所や冷蔵庫の中だったとしても、さすがに一ヶ月は腐ると思います」

 

「なら、とても食えたものではないと思うが」

 

「大丈夫です。死にはしません」

 

「まあ、我々も一応不死身だからな。だが、そういう問題ではないと思うが」

 

「安心してください。あたしの考えが正しければ、腐ってないと思います」

 

「なぜだ?」

 

「ここは屋外でも冷暗所でも冷蔵庫でもついでに冷凍庫でもなく、常世ですから」

 

「常世だと、なぜ腐らない?」

 

「はい。常世に来ることができるのは、神様と、神様の血が混じっている者だけです。物が腐る原因となる細菌等は、ここにはいません。言わば、無菌室や、加熱殺菌された缶詰やレトルトパックの中にいるのと同じ状態なんです。ですから、賞味期限はまだ過ぎていないはずです」

 

 竹内は腕を組み、少し考えた。「……いや、そうとも限るまい」

 

「なぜです?」

 

「お前の言う通り、この常世には、最初は、細菌等はいなかっただろう」

 

「はい」

 

「しかし、長い年月の間に、八尾比沙子をはじめとする、何人かの人間の出入りがあったはずだ」

 

「そうですね。あたしたちが確認しているだけで、比沙子さんと、恭也君と、先生とあたしの、四人です」

 

「人の身体には、腸内細菌や口内細菌等、多くの細菌が生息している。その数は、三十兆とも四十兆とも言われている」

 

「はい」

 

「人が水鏡を通り抜けて常世に来た場合、人体だけが通り抜け、体内の細菌が通り抜けられないということは、ちょっと考えにくい。そんなことになったら、確実に体に不調をきたす」

 

「まあ、そうですね」

 

「つまり、体内に生息している微生物も、この常世に来ることができるはずだ。ならば、体内だけでなく、身体の表面に付着している雑菌等も、常世までついて来る可能性は高い」

 

「つまり、この常世は、すでに雑菌で溢れているということですか?」

 

「そうだ。雑菌がいれば、当然肉も腐る」

 

「なるほど。確かに、先生の言う通りです」安野も腕を組んで少し考えた。「でも、先生。今、目の前にある神様の遺体は、腐っているようには見えません。肌は、凄く、凄く、すべすべしてて光ってます。腐臭も放ってませんし、とても腐っているようには見えません。これは、どういうことでしょうか?」

 

「ふうむ。確かに、一見すると腐敗はしていないように見えるな」

 

「でしょう?」

 

「なぜだろうな」

 

「なぜでしょうね」

 

 竹内が腕を組んで考えると、安野も腕を組んで考え始めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……安野」

 

「はい」

 

「ちっとも話が進まんじゃないか」

 

「あたしのせいみたいに言わないでください。半分は、先生の責任です」

 

「まあいい。要するに、アレを食べれば我々も八尾比沙子と同じになり、現世に戻ることができるんだな?」

 

「そういうことになります」

 

「じゃあ、善は急げだ。さっそく試してみよう」

 

「『善は急げ』や『さっそく』って言葉の意味、知ってますか?」

 

「うるさい。だいぶ時間をロスしたから、ここからはぱっぱとやるぞ。私は枯草を集めて火をおこすから、貴様はさっさと肉をさばけ」

 

「あ、先生。待ってください。よく考えたら、火をおこす必要はないです」

 

「なぜだ? さすがに、生はやめておいた方がいいぞ?」

 

「いえ。せっかくですから、これを使いましょう」

 

 そう言って、安野はポケットから宇理炎を取り出した。「これなら、普通の火より短時間でこんがり焼きあがるはずです」

 

 宇理炎の炎は命の炎とも呼ばれている。自らの命を燃やし、煉獄の炎を降らせるのだ。それを調理に使うとは罰当りなヤツだ。まあ、すでに我々は不死身だから構わんが。

 

 と、いう訳で、竹内と安野は神様をぱっぱと調理しはじめた。

 

 

 

     ☆

 

 

 

■常世風神様の丸焼き(四十人前)

 

 ●材料

 

  ・神様……………………一羽(頭を取り除く)

 

  ・塩コショウ……………適量

 

  ・香草……………………適量

 

  ・宇理炎…………………一個

 

  ・命………………………二十一グラム以上(焼き具合を見て増やす)

 

 

 

 頭を取り除いた神様の表面に塩コショウとみじん切りにした香草を塗り込み、弱火で中までじっくりローストする。この時、通常の火ではなかなか火が通らないので、宇理炎の煉獄の炎を使用する。宇理炎が無かったり、燃料となる命が足りない場合、天日干しで焼くことも可能。ただし、こちらは火力が強すぎるため焼きすぎに注意。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。