Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS   作:ドラ麦茶

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第九十一話 前田隆信 羽生蛇村役場/倉庫 後日/十五時十五分十五秒

 いま思えば、あの時の神代家の当主様は、少しおかしくなっていたのかもしれない。村では数十年に一度、神代家が執り行う秘祭というのがあるのだが、この秘祭が近づくと、当主様は、幻覚を見たり、妄想に取りつかれたり、支離滅裂な発言を繰り返すなどの症状が現れる――そういうウワサ話があることを、隆信は後になって知った。実際、試食会の翌年の夏、秘祭が執り行われたようである。その際、病弱な当主様に代わって娘婿が秘祭を取り仕切り、それを期に現当主は引退。娘婿が新たな当主の座に就くこととなった。

 

 理由はどうあれ、神代家前当主にお墨付きをもらったことにより、隆信が考案した羽生蛇蕎麦はすぐに商品化されることとなった。神代家の力により、村の食堂には強制的にメニューに加えられ、粗戸の商店街の店先にはお土産用の缶詰がずらりと並んだ。

 

 だが、どんなに当主様が美味いと言おうと、不味いものは不味い。観光の目玉になどなるはずもなく、売り上げは上がらず、話題にもならない。それでも、どこに神代家の監視の目があるか判らないため、メニューから外したり、店頭から下げることはできなかった。そんなことをしたら、『異端者』の烙印を押され、村八分にされてしまうだろう。

 

 誰もが不味いと思いながらも、不味いと言いだせない――そんな重苦しい空気のまま、数年の時が流れた。

 

 羽生蛇村役場の倉庫には、羽生蛇蕎麦の缶詰の在庫が一万個ほど保管されている。本来は千個製造する予定だったが、仕事に慣れない隆信が発注書のゼロの数を書き間違い、予定の十倍の数を製造してしまったのだ。当然。売れる見込みは立っていない。幸いと言うべきなのか、賞味期限は三十年もある。一九七五年製造だから、二〇〇五年までは大丈夫だ。気長に売って行くしかない。

 

 それでも、全く売れる見込みは無いのだが。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 さらに時は流れ――。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 後に、歴史の研究者は語る。

 

 

 

 この『羽生蛇蕎麦』という食べ物は、歴史の必然による産物である。

 

 村は、この食べ物を必要としていたのだ。

 

 誰にも望まれなかったこの食べ物は、実は、望まれて生まれたのだ。

 

 全ては、必然なのだ。

 

 異常なまでに高いカロリーも。

 

 異常なまでに長い賞味期限も。

 

 異常なまでに不味い味も。

 

 異常なまでに村人から忌避されたのも。

 

 異常なまでに間違えた発注数も。

 

 全ては、この村に必要なことだったのだ。

 

 それらは全て。

 

 村を支配する『因果律』によって導かれたものである――。

 

 

 

 

 

 

 ()()が何を言っているのかは、誰にも理解できない。

 

 

 

 

 


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