Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS 作:ドラ麦茶
いま思えば、あの時の神代家の当主様は、少しおかしくなっていたのかもしれない。村では数十年に一度、神代家が執り行う秘祭というのがあるのだが、この秘祭が近づくと、当主様は、幻覚を見たり、妄想に取りつかれたり、支離滅裂な発言を繰り返すなどの症状が現れる――そういうウワサ話があることを、隆信は後になって知った。実際、試食会の翌年の夏、秘祭が執り行われたようである。その際、病弱な当主様に代わって娘婿が秘祭を取り仕切り、それを期に現当主は引退。娘婿が新たな当主の座に就くこととなった。
理由はどうあれ、神代家前当主にお墨付きをもらったことにより、隆信が考案した羽生蛇蕎麦はすぐに商品化されることとなった。神代家の力により、村の食堂には強制的にメニューに加えられ、粗戸の商店街の店先にはお土産用の缶詰がずらりと並んだ。
だが、どんなに当主様が美味いと言おうと、不味いものは不味い。観光の目玉になどなるはずもなく、売り上げは上がらず、話題にもならない。それでも、どこに神代家の監視の目があるか判らないため、メニューから外したり、店頭から下げることはできなかった。そんなことをしたら、『異端者』の烙印を押され、村八分にされてしまうだろう。
誰もが不味いと思いながらも、不味いと言いだせない――そんな重苦しい空気のまま、数年の時が流れた。
羽生蛇村役場の倉庫には、羽生蛇蕎麦の缶詰の在庫が一万個ほど保管されている。本来は千個製造する予定だったが、仕事に慣れない隆信が発注書のゼロの数を書き間違い、予定の十倍の数を製造してしまったのだ。当然。売れる見込みは立っていない。幸いと言うべきなのか、賞味期限は三十年もある。一九七五年製造だから、二〇〇五年までは大丈夫だ。気長に売って行くしかない。
それでも、全く売れる見込みは無いのだが。
☆
さらに時は流れ――。
☆
後に、歴史の研究者は語る。
この『羽生蛇蕎麦』という食べ物は、歴史の必然による産物である。
村は、この食べ物を必要としていたのだ。
誰にも望まれなかったこの食べ物は、実は、望まれて生まれたのだ。
全ては、必然なのだ。
異常なまでに高いカロリーも。
異常なまでに長い賞味期限も。
異常なまでに不味い味も。
異常なまでに村人から忌避されたのも。
異常なまでに間違えた発注数も。
全ては、この村に必要なことだったのだ。
それらは全て。
村を支配する『因果律』によって導かれたものである――。