Continue to NEXT LOOP.../SIREN(サイレン)/SS   作:ドラ麦茶

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第八十八話 前田隆信 羽生蛇村役場/会議室 一九七五年/十時五十三分五十三秒

 朝鮮の郷土料理・咸興冷麺を参考に羽生蛇蕎麦を企画した前田隆信だったが、岩手県の盛岡市に似たような冷麺があるとのことで、なんとか差別化を図らなければならなかった。盛岡冷麺にはよくスイカが入っているので、羽生蛇蕎麦には村の名産品であるイチゴを入れてみてはどうか――部長のアイデアだったが、はたして朝鮮風の冷麺にイチゴが合うのか? 隆信には疑問だった。そこで隆信は、実際に岩手県まで出張し、盛岡冷麺を食べてみた。確かに、多くのお店でスイカが添えられていた。食べてみると、スイカの甘味はスープの辛味を和らげ、スッキリとした味わいになった。どうやら、スイカは辛味を調整する役目を果たしているようである。これならば、羽生蛇蕎麦にイチゴを入れても問題なさそうだ。

 

 村に戻った隆信は、さっそく、イチゴ入りの羽生蛇蕎麦を企画書にまとめ、部長に提出した。部長は満足そうに笑い、OKを出した。次は、村長を交えた役場全体の会議だ。ここでOKがもらえれば、ようやく試作品を作ることができる。

 

 役場に勤めてまだ二年の隆信。役場全体での会議で自分の企画を発表するなど初めてのことだったが、課長と部長が認めた企画だけあって、概ね高評価だった。特に村長が大変気に入ったようで、すぐに試作品を作るように言われた。

 

 ただ、一点だけ問題があった。それは、会議に参加した農業課の職員からの一言だった。

 

「――原因はまだ調査中ですが、村で栽培したソバは、非常に高カロリーであることが判っています。この企画書通りの蕎麦を村のそば粉で作った場合、一般的なかけ蕎麦の五倍のカロリーになるでしょう」

 

 つまり、羽生蛇蕎麦一杯でかけ蕎麦五杯食べる計算になる。最近、世間ではヘルシー志向の食生活が広がっており、特に女性には、こんな高カロリーの食べ物は受け入れられないだろう。観光やグルメは女性を中心に話題になる。故に、女性に受け入れられなければヒットは望めないのだ。なんとかカロリーを減らす必要があるが、そば麺自体が高カロリーなのだから、カロリーを減らすには麺の量を減らすしかない。麺の量を五分の一まで減らせば一般的なかけ蕎麦と同程度のカロリーになるはずだが、いかにカロリーが適切でも量が少なければ腹は満たされず、満足感は得られない。カロリーを取るか、量を取るか。難しい問題だった。

 

 だが。

 

「なあに、簡単なことだよ」

 

 そう言ったのは、隆信が企画した羽生蛇蕎麦を大変気に入った村長だった。「逆転の発想だ。カロリーが高いのならば、それをウリにすればいい」

 

「と、仰いますと?」隆信が訊き返す。

 

「非常食だよ。羽生蛇蕎麦を、非常食として売り出すんだ」

 

「非常食、ですか?」隆信を始め、会議に参加した全員が首をかしげる。

 

 村長は、自身に満ちた顔で言う。「観光の目玉となるグルメならば、食堂で出すだけでなく、お土産としても売り出すだろう? その、お土産用の羽生蛇蕎麦を、缶詰にするなどして、非常食にもなるとアピールするんだ」

 

「はい? 蕎麦の缶詰……ですか?」

 

「そうだ。村では災害が多いから、十分なアピールポイントになると思わんかね?」

 

 それはそうかもしれないが、蕎麦を缶詰にするというのが、全くピンとこない。

 

 だが、恐れ多くも村長の意見に、ヒラの職員に過ぎない隆信ごときが反論できるはずもない。それは課長や部長クラスでも同じで、その場にいる誰も異論を唱えない。

 

 隆信は仕方なく、「そうですね。村長の仰る通りだと思います」と、言った。

 

「では、その方向で企画し直して来たまえ」

 

「はい。判りました」

 

 会議はそれで終了となった。蕎麦を缶詰にする……なんだか、話がおかしな方向に流れているような気がするが、やってみるしかない。

 

 

 

 

 

 


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