寒い夜です。そんな中で、私もとい水谷響は宙を舞っています。
というのは少し語弊があるか。より正確に言うならば、どこぞの金ぴか王の片腕に乗せられて空中を移動してます。
我がサーヴァント、アンデルセンはもう片方の腕で小脇に抱えられています。
何故かは知りません。というかあなた、お昼に遊んだばかりじゃないですか。
「寒い。寒いです王様あと眠い」
「んん?そうか、生身の人間は特に寒さには弱いのであったな。少し待て」
とん、とどこかの家の屋根に降り立ち、私とアンデルセンを置いたかとおもえば金色の波に手をつっこむ。
そこから取り出されたもふもふの毛皮で作られているらしいマントを体にぐるぐるっと巻き付けられた。
「あったかぁい」
「王の財宝がひとつであるのだから当然だ。くるまっていれば魔力回復もする優れものであるぞ。とくとその身で味わうがよい」
「ふわぁい」
今まで感じたこともない居心地のよさに、つい寒さで冴えていた瞼が落ちかける。それくらいぬくぬくなのである。幸せ。
アンデルセンもギルガメッシュに悪態づきながら同じく毛皮を要求していたりする。何だかんだギルガメッシュも彼のことを貶しつつ渡しているのだから、男の友情?というのはよくわかりません。いえ、この二人に友情があるとは思っているわけではありませんが。
「ギルガメッシュ……どこに、行ってるの?」
「セイバーの陣営の本拠地よ。貴様の家を出た後にライダーめと出会せてな。王の格を問うなどと不遜極まりない宴を開こうなどと宣う故に、この我が王とはなんたるかを証すのだ。貴様らを連れていくのは、何だ。……うむ、余興である」
「……何それ……。良い子は、もう寝る時間なんだよ……。寝ちゃうよ……? いいの……?」
「すでに眠りかけているではないかたわけ! せめてこの我の格を焼き付けてから堕ちるがよい!」
そうは言われても、健康的な生活を送っている子供には、夜更かしは難しいですよ。
……まず今何時かわからないんだけどね。あ、アンデルセンは姿を消しやがったひどい、マスターを見捨てるなんて。
あれ、でも霊体化しても渡されたマントは一緒に消えるんだ。へぇ。
「ぅむ……ギル、ガメ……うるさぃ……眠い……」
「くっ、今寝るでない! 響!」
再び抱えあげられてわざとらしくゆっさゆっさと揺られながら空の旅。
私は何でこの人に気に入られたのやら。もうほんとに寝させてくださいよぅ。
ちょっとだけ気持ち悪くなりながらも、目を閉じているとその動きが止まった。
うっすらと目を開くと、お城のような建物の屋根に立っていました。記憶が正しければアインツベルンのお城のはずです。
何かを言おうかと口を開くより先に、すとん、と落ちていく重力を感じる。
「……ぅ……」
先程よりも強い浮遊感に、エレベーターが到着した時みたいな気持ち悪い酔った感じになって呻いてしまう。
視線を感じた気がするが、その気持ち悪さを堪えるために気のせいとして目を閉じる。
ああ~世界がぐるんぐるんしてる気がする~。一気に気持ち悪さが押し寄せてきたぞ……少しは加減してよ英雄王。
「ええと、それでアーチャー? その腕の娘は、一体どういうことだ? まさか、拐かしたというわけではあるまいな」
「これなる童子は、何、王たるこの我の姿を再認識させるために連れてきたまでよ。なぁ響? 貴様も我の威光を見たいであろう?」
「別に、そんなことひとつも言ってないし……王様がおうぼー、なんだもの」
酒を受け取って美味しくなかったのか、自分の宝物から一等品を出してから座ったギルガメッシュの胡座をかいた膝の上に乗せられてからの会話である。
まったく、私ほど図太い人間じゃなかったらセイバーライダーとギルガメッシュの王様三人の間の空間は耐えられなかったよ?
いや、私も耐えられているのは眠たいからに他ならないんだけど。ぱっちり目が冴えてたら流石に全力で拒否しますとも。
というか本気で眠気がヤバくなってきたんですけど、ギルガメッシュさん。何だかんだ子供好きなんでしょ? なんたる非道か。
「ははは! この空気の中見事剛毅な小娘よ! 余のマスターも、これくらいの神経を持てんものか」
「な、何を言うんだこの馬鹿!」
いやぁ、流石にこの空気で言葉を挟むのって、厳しいんじゃないですかねライダーさん。
ほら、セイバーの視線も心なしか冷たいですよ。……あれ、どっちかと言えばこれはギルガメッシュに向けてですね。
『マスター、余裕のようだな?』
『眠たいんだもん。というか、たぶん寝たふりしてた方が遥かに楽なだけ。流石に王様三人の間にいるの、威圧がはんぱないわー。代わらない? アンデルセン』
『断る。英雄王に気に入られているのはお前の方だしな。我慢しておけ。帰りに菓子でもねだっておけば良かろう』
アンデルセンとそんな念話をかわしつつ、ふわふわな毛皮に頬擦りする。
あ~この中はあったかぬくぬくで幸せだぁ。外のことなんて知らないんだから、うふふ。
セイバーのマスターらしき人とライダーのマスターも私とギルガメッシュを見て少し困惑したままです。
そう思いつつ眠気の狭間で会話を聞いていると、王様談義の開始である。
ギルガメッシュのお酒はやっぱり美酒らしい。そりゃ英雄王の庫のものですしね。全ての源と称する庫を持つギルガメッシュとしては、聖杯もまた自身の持ち物だと言うのが持論だそうでし。流石言うことが違いますね。
ライダーは受肉を望んでいるそうだ。受肉して、再び征服を成し遂げたいと。
それを暴君と反したセイバーは、聖杯の力をもってして、故国の救済をしたいと、そう語った。
故国の滅びを悼む故の、望み。
だけどそれは、二人の王はそれに相反する考えだろう。
話していただけでも感じられる通り、彼らは過去を悔いることはないのだから。彼女とは、相容れることないだろう。
まあでも個人の考えはその人だけのものだ。だからうん、酔っぱらいに絡まれたと思って、ライダーの言葉を割りきるのもひとつの手ですよセイバー。彼女は真っ直ぐなようだから、少しばかり気負いそうな気もするが。
個としての王よりも全としての王の在り方をよしとしたのは、彼女自身なのです。だから例え間違えているとしても、意味がないことだとしてもそれを決めるのは彼女です。
なんて、眠たいので私は何も言いませんけれど。というか、言ったところで変わることはありませんから。
「王様、うるさい……」
それでも耳に響く嘲笑をあげるギルガメッシュがうるさくて、文句を言うために毛皮から腕を伸ばして頬をぺしぺしと叩く。
これも眠いからこそなせる行いなのですよ。
だからアンデルセン、念話で爆笑するな。あなたも眠かったんじゃないんですか。
『お前からの魔力は十全だからな。特別眠りが必要なわけではない。何時もは何となく寝ているだけだ。しかし……ふん、お前はやはり、俺の想像しないことを時にするな。英雄王が怖いのではなかったか?』
『まあ、実際のとこ怖いというより、なんというかなんだけどね。でも、今は……どうにも眠たいからねぇ。眠さからか、そういうの、あんまり感じてないかも』
手を下ろして、身動ぎする。
あれ、なんか令呪が、とかなんとか言われてる気がするけど。気のせいかな。……うん、気のせいにしておこう。
「ククッ……」
だからさ、私のことも含めて笑わないでくれませんかねAUOやい。
むむ、と目を閉じつつも眉に力を込める。しかし、それを見られたのか軽く指で弾かれた。痛い。
思わず薄目を開いてじとりと睨みつけると、ふんと鼻で笑われてしまった。
「ん……?」
ふ、とにわかに空気が変わったのを感じました。
これは、殺気というものだろう。
もぞもぞと動いて毛布から顔を覗かせると、なんか回りに黒いどくろ面達がいました。彼らはアサシンのサーヴァント、ですね。大概喚ばれるのはハサン・サッバーハなんだっけ? 暗殺者集団であったと言っていたか。
『アンデルセン、近くに寄っといた方がいいんじゃない?』
『勿論そのつもりだ』
「ちっ、時臣め……ゲスな真似を……」
自身のマスターについて悪態ついたギルガメッシュは、近くに立ったアンデルセンのいるであろう場所をちらりと一瞥して、ひとつ酒を注ぎ杯を仰いだ。
ライダーが杯をかかげ、誘いをかけたがナイフが飛んできてそれを弾き飛ばした。
それに静かな、それでいて猛りに満ちた顔で立ち上がったライダーから強く風が吹く。
「あ、わっ……」
「そら、毛布に戻れ響」
「ん、はぁい」
「キャスター。貴様も自分のマスターを掴んでおけよ。貴様らは軽い故この我が手を貸してやること、光栄に思うがよい」
「フン、言われずともな」
実体化したアンデルセンが、英雄王の隣に立って、彼の腕の中から出ている私の肩を掴んだ。
彼らは何でわかりあってるの? なに、人への理解力が高い人って皆そうなの? それはこわいんですけど。
というか視線が強い気がするんだけど、どうしたらいいんですか。
私が内心わたわたしていると、ライダーが固有結界を発動してアサシンの群衆へと殺到した。
その砂塵といったら、目を開けているのも億劫なほど。
耳を衝く声に、足音に、彼らはなすすべもなく蹂躙されつくした。
すべてを圧してしまった後はもう、宴のお開きである。
僅かに私に視線は向いたけど、私は何かを答えるつもりも、答えられるものもありはしない。
ライダーの宝具でもある固有結界の熱に危うく当てられかけたが、あの熱もおさまったのならば後はもう鎮まっていくばかりです。
つまりなんと言うか、私の気力も尽きてしまったということですね。
とっても眠たい。眠気の最高値に達してる。とにかく寝かしてください。
「ギ……、……め……も、ね……」
重たい瞼を数度持ち上げたけれど、やはり耐えきれることなく、私の体は眠りに落ちてしまった。
精神は起きているが、それも肉体時間で10分くらいのものだ。
アンデルセンに
『おいマスター。とりあえず英雄王に家に運ばせるが、セイバーたちの目が痛いぞ? どうしておく』
『どうもしないよー。私、こっちももう寝てしまうし。寝た後のことはアンデルセンに頼むよ』
『あまり期待はするなよ。俺は弱小サーヴァントだからな』
寝てしまった後の布団かけたりとかはお願いしとけば、なんだかんだお願いごとを聞いてくれるアンデルセンは応えてくれる。だからそこはいいでしょう。
一応再びギルガメッシュが私とアンデルセンを運んではくれるようで、行きと同様に抱えられたようだ。
何かを言いたげなセイバーに、彼は彼女の願いを肯定してそれでいて嘲笑った。
性格が悪いというか、趣味が悪い人だと思います。
「おい、キャスター。こやつの学校とやらは明日も早めに終わるのだったか?」
「ん、ああ。確か今週はすべて同じくらいの時間に終わるそうだが。……まさかアーチャー、マスターを連れ回す気か? 俺は止めはしないが……まあ少し足だけは気に留めてやれ」
「確か貴様の召喚の際に切られているのだったか」
「本人の起源で繋がってはいるようだがな。別のことに気をとられれば、すぐに崩れるぞ。このマスターは大概、自己犠牲をするタイプのようなのでな」
ほう、と愉しげなギルガメッシュの笑い声が聞こえた気がする。
何さアンデルセン……私の魂の記録を垣間見たのか。それならそうと、言ってくれればよかったのに。
まぁそれは私にも言えることですけど。
だって彼のそれは、あまりにも苦悩に満ちていて、けれど全て、人への理解で充ちていたから。
彼は望みを何一つ手に入れることができなかったからこそ、今ここにいてただ在ることだけが真実なのだと
生前のように己の胸に渦を巻く想いを隠し、その物語を綴りながらもただ書くということを、語るということを選ぶ。それが、彼が彼たる所以なのだろうけれど。
そんな思考をしながら、私の意識は深く深く、眠りの淵へと落ちてゆく。