そして少女は夢を見る   作:しんり

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第七話

 昨日はセイバーVSランサーの戦闘を見て夜更かしをしたために起きるのが遅くなった水谷響です。

 

 眠たい目を擦りながらご飯を食べた後に母に車で学校に送り届けられました。

 授業中は温かい日差しに思わずうとうとしてしまいましたが、概ね何事もなく学業は終わりです。

 

 だいぶ足の痛みもなくなってきたので、今日の下校は試しに自分の足で帰ると訴えたため数日ぶりに徒歩での下校です。

 母に念を押して言われたように、いつも以上に休憩を挟みます。

 ゆっくりとした足取りとなりますが痛みもそうないし、それは良いことですよね。

 

「ふう」

 

 やっとのことで家の近所にある公園まで帰って来られたので、公園内のベンチで休憩をとることにしました。

 久しぶりに子供にとっては長距離な学校から家までの距離を歩いたことで冬にも関わらず熱をもつ足を冷ます。

 というか、血行がよくなって痒くて仕方ない。いた痒いってやつです。

 

「きゃはははは」

「お兄ちゃんこっちだよー!」

「ふ、この我に敵うにはまだまだだぞ童子らよ」

 

 公園を駆けずり回る少年少女らに、微笑ましいなと思った笑顔をぴたりと固める。

 ……今、何というか、昨夜も聞いたことのあるような声がした気がしたな。気のせいかな。

 

 思わずガン見してしまいそうになる気持ちを堪えて、さりげなく視線を私と同年代と、上級生の子供たちに囲われたその金色を見た。

 ああ、現代風なラフで少しだけ寒そうな格好をしているが、あの目立つ金髪に赤色の瞳。間違いなく昨夜の王の中の王様であった。

 何故にここにいるのか。

 

 ……見なかったことにして、さてと視線をそらす。

 

「帰ろう」

 

 決断を下すのは早かった。

 

 遊びに興じている間に関わらずさっさと家に帰ってごろごろする。これが一番心に優しい行動だ。

 知らない人とは話しちゃダメとも言われたし、私の判断事態は間違いないはずです。

 

 そう、思ったんです。

 でも現実は非情ですね。

 

「ほう、令呪を持っているのか、童子」

 

 不自然にならないように逃げようとしたのに、何故目の前に金ぴかが立っているのでしょうか?

 そもそも、逃げようとしたから追ってきたのでしょうか。たぶんそうだと思いたい。令呪に気づかれたからかもしれないけど。

 

「だ、誰です、か?」

 

 緊張とその威圧感から体は強張り、喉の奥もからからと渇いていく。

 怖いわけではないのだけど、肉体がその圧に押し負けて緊張状態になっていくのが自分でも分かります。

 黄金色から漂う、人ならざる気配はただの非力な子供には重く厚く苦しいばかりの圧をかけてくる。

 僅かに滲む唾をこくりとのみこんで、目の前の存在を見つめる。

 

「ふん、子供だてらに中々の精神を持っているではないか。よいぞ、その精神に免じて王を見上げる不遜を許してやろうではないか、童子」

「……?」

 

 何が面白いのか笑い声をあげる男に対して怪訝な表情は隠せません。いったいどこに気に触れる要素があるのかまったくもって分からないです。

 意思の疎通ができてない気がすると思いつつもランドセルを握りしめて唇を引き結ぶ。

 

「何だ童子。言いたいことがあるのならば言え。何のために口がついていると思っている」

「……え、と……だから、誰、ですか」

 

 圧をかけてきている当人が言うことじゃない気がする。

 心の中でそう思いつつ、最初の質問をもう一度口にします。

 それに対して、彼はああそういえばとばかりに目を瞬かせました。

 

「この黄金の偉容を見知りおけ、童子。我こそは王の中の王、ギルガメッシュである。子供にはちと難しいやも知れぬが、この我の活躍を特に調べることを許す」

「王様。ギルガメッシュ?」

「ふむ」

 

 得意気に頷く金の王、ギルガメッシュではあるが、いまいち何を言いたいのかは掴めない。私なんて構ってもいいことないですよー。

 こんな心の内を知られればアンデルセンにはきっと間抜けか貴様とか悪態つかれそうだけど。というかアンデルセン何も言ってこないんですけどどういうことですか。

 

「とみに、童子。お前はその令呪をもって何を望んでいる? どうやら戦いの備えもないように見えるが」

 

 どうやら令呪にしても私自身にしても、何の偽装も施していないことが気になったらしい。

 だから遊びを放棄したのかとも暇人なのかとも思ったりしたけど、これを言って怒られるのは嫌なので黙っておこう。

 

「特には、何も……別に、キャスターも執筆できればそれでいいって言ってたし。私たちは、戦う気は一切ないよ」

「ほう。やはりキャスターのマスターか。マスター共々、変わり種のように聞こえるな」

「変わり種……うーん、まぁ否定はできないかも?」

 

 思わずギルガメッシュの言葉に頷いてしまいながら、「しかし」と続いた言葉に首を傾げる。

 

「キャスターからも棄権しないのかと言われなんだか? 望みがないというなれば、それを手放そうと考えなかったのか」

 

 あーそうですね。そうなりますよね。サーヴァントは聖杯から聖杯戦争や現代の知識を付与されるそうだし、お互い望みがないならそうするのが普通なのは確かだろう。

 でも、そうするとなると、そこが安全地帯かどうかもハッキリと分からない。まず前提として、家族に何と言って説得するのかという問題もつきまとう。うちは無宗教だから教会に行く必要もないし。

 

 つまるところ私は、どうあがいても闘争のない日常こそを何よりも大事にしているというだけだ。

 まぁ聖杯戦争に婚約者と参加している友人は心配なのですけど。え、自分の心配はしないのかって。それはまぁ痛いことは嫌だと思っていますが。

 

「私は日常生活を送ることが大事だから。日常に時々刺激のあるくらいの生活が楽しいよね」

「ほう」

「それに、棄権すると教会にお世話にならないといけないんでしょ? お母さんとお父さんとお姉ちゃんと離れるのは嫌だもん」

 

 つんと澄ました顔で言いますが、内心冷や汗ものですとも。

 べ、別に重要なこともなにも言ってないし? 教会がアサシンのマスター抱えてるのを知識として知ってるとか口が滑っても言わないですし!

 

「ふ、クッ、フハハハハ!」

 

 そんなことを考えていると突然金ぴか王は笑いだした。何故。

 そんな気持ちで顔を見上げれば、すごく愉しそうな顔をして笑っているではありませんか。

 不審者と思われても仕方ないんですけど大丈夫ですか? あ、でも回りに人がいる気配がないですね……何故でしょう。不思議だなー。

 

「よいぞ童子! 実にいい、気に入った。貴様の名を聞いておくとしよう」

「えーと? ……水谷、響です?」

 

 笑いながらの言葉に少しばかり身を引いて名乗りをあげる。

 

「そうか。響、お前は中々見所のある子供のようだ。見目も悪くない。……うむ、成長した後傍に侍らせるのも悪くないな。しかと食をとり、眠り、遊ぶが良い。我も暇な折をみて遊んでやることも吝かではない」

 

 まだ喉の奥で笑う気配を見せながら、英雄王ギルガメッシュは金色の粒子となって姿を消した。

 

 突然消えた圧力に思わずかくん、と膝を折って頭を抱えれば、実体化したアンデルセンが彼にしては珍しく慰めるように肩を叩いてきた。

 もう、逃げた挙句に他人事だと思って!

 

「実際被害にあったのはお前の方だからな。何、問答無用で殺されなくて良かったじゃあないか。あの男は気に入らないものは殺すことに躊躇いはないようだからな」

「うう……次絡まれて逃げたら令呪使って呼ぶんだからね? 一人だけ逃げるとかダメだよ? アンデルセン」

 

 恨みがましく見上げれば、彼は肩を竦めて答えてみせた。

 まったくもって頼りにならないサーヴァントだが、一人よりは二人の方が心強いからね。倒そうと思ってるわけではないし。後アンデルセンなら大丈夫って信じてるよ?

 

 目線を反らしたアンデルセンにやっぱり面倒そうになったら惜しまず令呪を使うことを心に決めました。

どうせ使う場面もそう多くはないでしょうし、そのくらいの扱いでいいはずです。

 

「善処する」

「うん。出てこなかったら無理矢理にでも呼ぶから安心しておくね」

「鬼か貴様は」

 

 嫌そうな顔しても知りません。

 にっこり笑えばげんなりとされたが、今日身の危険がないからと逃げたのはわかってるんだよ?

 

 流石にアンデルセンでもマスターの危険に見ない振りはしないって私信じてるんだからね。何せツンデレですし。違うって否定されてもねぇ。

 何だかんだ言いながら使い魔の作り方教えちゃうアンデルセン先生だしなぁ?

 

「そんなことで俺を絆そうとしたところで意味はないぞ。それにお前が思った以上にぽんこつで情けなく、なおかつ俺の本を読んでいた読者だったから見返りとして教えたに過ぎん!」

 

 そんなことで感謝するなと顔を背けられたので、そういうことにしておきます。

 ぽんこつというのも、正直反論はできないのでその言葉は受け入れておく。

 

 なんにしろアンデルセンが次は後ろにいてくれるなら安心である。

 自分より口達者で余計なことを言いもするが基本的に私よりも話すという行為はできるので、余程のことじゃないかぎり対サーヴァントはお任せするつもりである。

 それで敵対することになったら仕方ない。三十六計逃げるに限るってやつです。どうにかして逃げます。

 

 もし殺されたとしても、それは私がそこまでしか生きられない決まりだっただけだろうし。

 人間に定められた寿命というのは殺されることまで含めて生まれた時に定められるものですから。

 それが早かったか遅かったかなんて、決めるのは自分でしかない、というのは私だけの考えなのかもしれませんが。

 

 死にそうになっても、死にきらなかったのならそれは生きるべき時だっただけ。雨生龍之介が私の家に押し入った時がその例だろう。

 この世界では、まだ私が死ぬときではなかったから傷をつけただけに留まった。ただそれだけということです。

 世界が違えば、その私は死んでいたかもしれない。そういうifの話になってその事実はおしまいになります。

 

「はいはい。でも私、アンデルセンに感謝してるのは本当だからね」

「……解っている」

 

 呆れたと言わんばかりに小さく息を吐き出して、アンデルセンは霊体化してしまいました。

 ほんの少しだけ耳が赤く色づいていたし、照れてるんだね、とか思ったけど罵詈雑言が返ってくるだけなので口にはせずに足に力を込めて立ち上がる。

 腰が抜けそうになったけど、どうにか帰れる程度には動けそうだ。

 

 あれ、でも私、あの王様の言葉に何か引っ掛かった気がするんだけど。

 確か…?

 

「んん? 暇を見て遊ぶのも……って、つまり来るのが確定してるよね? それもけっこう近い内とみた」

『そうなるだろうな』

 

 アンデルセンまで同意してきたので、これは近日中にまた金色の嵐がきそうだ。そんな予感がひしひしとしてきたが、考えないことにする。

 どうせアンデルセンも実体化させるし、どうにかなるだろう。

 その時の流れでどうにでもなるだろうし、それに場を支配するのはギルガメッシュになる。ならば殺されない程度に流れに従うだけである。

 

 私は基本的に、考えるより感情に従うタイプなのだ。

 いや、考えるべきことはちゃんと考えるけど。考えたって、どうにもならないことが世の中にはあるのです。

 そういうときは流れと自分の感情に従った方がいいと思います私は。

 


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