なんとか凶刃から逃れ、サーヴァントを喚んでしまった一般人な水谷響です。
雨生龍之介が逮捕され、事情聴取の前に病院に連れられました。仕方ないですよね。
一応筋を切られたとはいえ、傷自体は浅めで動くのに支障はないとのことで治療したからには動かすのは大丈夫のようです。ただ、暫くは急に動かすのはダメだと言われたので、生活がし辛くなるのは嫌だと思います。
まぁ無理矢理繋げた状態であるのを見抜かれなかったのは良かったような、そうでないような複雑なところではありますが。
簡単な事情聴取はされたけど、とりあえずはまだ子供で、切られたショックで取り乱していて正確な状況把握はできてないと断じられ、付き添っていた父と母と共に家に帰宅です。時刻は事件当日の午後八時です。
帰ってきたと聞いたのか、姉が幼馴染のお母さんに連れられて帰ってきて、改めて状況説明です。
わたわたとした様子で説明する私に、姉は涙目でしきりに謝り倒してくるので逆に私が泣きたい気分だ。
父も母も、怖かっただろうよく我慢したと私を抱き締めてきたので、とりあえず記録の中から大泣きしていたのを引っ張り出して泣きました。何だか違う意味で辛いです。
泣いているのは騙しているとは思わないし、家族の不安を取り除くことに必要なことと思っているのでそれはいいのです。
だけど、精神が、社会人だった前世の記憶が「マジ泣きとか精神年齢考えろ」と突っついてくるような気持ちなんですよ。辛い。泣くのって頭痛くなるし瞼は腫れるし、嫌なんですよね。精神衛生上はスッキリすることもあるのですけど。
「今日はお母さんとお風呂に入って寝ましょうね」
優しい母の提案に断ることはできず、流されるままにお風呂に入り、布団に入りました。というか入れられた。
一応アンデルセンには話は明日でよろしくと念話しておき、早々に就寝です。
神社の方もけっこう長く続いていたからか血を辛うじて劣らぬようにつないでいたのか、魔力の質も回路も決して悪くはないので、彼の存在も安定している様子なのでいいだろう、うん。
とりあえず今日は疲れました。
疲れすぎて翌日目が覚めたのはなんと午前9時半。普段は7時起きなのでかなり遅い。
父は本日も仕事で、母はお休み。姉は母から無事を伝える意味も込めて改めて幼馴染み宅へ遊びに行かせ、姉もそれもそうだと思って頷いた。姉の幼馴染のお姉さんには可愛がってもらっているので是非とも安心させてほしいと私も思う。
父は遅い出勤時間だったのでギリギリまで家にいたけど、早めに帰ってくると出る際に言って行った。
家族仲がいいことは何よりなので、とりあえず私はにこにこ顔で二人を送り出しておきました。
母は昨日のことを思い出させるようなことは口にせず、ホットケーキを焼いて、部屋で食べてても良いわよと笑った。
視線がフローリングに向かっていたので、部屋にいる間に魔方陣を綺麗にするつもりなのでしょう。
反論もするつもりはなく、むしろその言葉に甘えて部屋に戻って机にホットケーキを置く。
「アンデルセン、出てきていいよ?」
背後に振り返って声をかければ、あふと大きく欠伸をした少年が現れる。
改めて彼を見れば、あまり手はいれないのかはねている水色の髪に水色の瞳。衣装も黒と青系統と、統一された感じはする。
記憶に残っていたものを引っ張り出せば、うん。間違いなくCCCとFGOに出演しているアンデルセンその人である。
「やっとの呼びだしか。少し母親に甘えすぎなんじゃないのか、お前。今何歳だ」
「七歳だよ。だからアンデルセンをお兄さんって言っても、不思議じゃない年齢でしょ? あ、ホットケーキ半分食べる?」
「ああそれは悪くない。悪くはないが、やはり貴様は子供らしい無邪気さが足りん。かといって女らしいものも感じられんということは、よもや男の娘とかいう属性じゃないだろうな!やめろやめろ、男が女らしい属性を持ったところでもてるわけじゃないぞ」
何とも言えない言葉に、ホットケーキをナイフで切り分ける手を止める。
この見た目儚さを感じさせもする少年、声で少年っぽさを裏切っておきながら更に皮肉やら刺やら毒がありまくりだ。
いや、まぁでも無邪気でも女らしさがあるわけでもないのは自覚していますが。
「生物学上も戸籍上も女で間違いはないんだけどね。あとたぶん、男の娘ってもてるためにやってる訳じゃないと思う。というか判っててわざと言っていますよね? ……まぁそれはいいとして、昨日の続きを話そ」
やや強引に続きそうな話を区切る。
それもそうかとあっさり引いて頷いたアンデルセンは、勝手知ったる何とやら、とばかりにベッドの縁に腰かけて足と腕を組んだ。
それが何故か彼らしいと感じつつ、フォークにさしたホットケーキを口にほうる。
「えーと、まずはサーヴァントってやつについて? 聖杯戦争からでもいいけど」
「……聖杯戦争とは願いを叶える万能の願望器を手に入れるために魔術師たちが争うことだ。サーヴァントは争うために呼び出される下僕だな。まぁ駒ともいうが、人間よりは強い力を持ってるのが殆どだ。俺は毛ほども役に立たん童話作家だがな」
ふん、とそこで胸を張られても困るのですけど。
いやまあ記憶にある媒体上の彼もこんな感じだったような覚えはあるけども。
たぶん相性での召喚だろうに、何故彼だったのかはよくわからないですね。
それから数分、もしくは数十分ほどアンデルセンによる聖杯戦争談義は続く。魔術師のことやら聖杯を求めるマスターやら何やら罵りも混じりつつの話は体感では一時間弱過ぎたのではないかと思うくらい彼は饒舌だった。
どちらかと言えば聞き役に徹する方が好きな私としては、長いなと思うだけで特に気にはならないです。
もしかしたら、静聴する私に気をよくしたのもあって語りに熱が入ったのかもしれない。
「それで、水谷響。お前は何か望みがあって俺を喚んだのか?」
「んー、別に望みとかはないけど。あの状況だと通報するにできなかったから誰でもいいから助けてほしかっただけだし。はい、残りの一枚どうぞ」
話の合間に二枚と小さいのが一枚あったホットケーキを食べて一枚残したのを渡す。
それに変な顔をしたアンデルセンは、少しだけ私の顔を見てそれからお皿を受け取った。
食べるときに一緒に切ってしまったから、後はもうフォークをさせばいい状態だ。まあフォークは私が使ったもので悪いけど。
「あ、でもアンデルセンは何か望みとかあるの?」
「……俺にあるわけがなかろう。俺が望むのは早に締切が終わるのと、締切の後の解放感を味わうことだからな! さて、しかしお前の根底に何が根付いているのか興味が出てきた。その虚ろいだ中身にもな。望みがないというのならば早々にリタイアしろ、と言いたいところだったが。何、全てのサーヴァントがぶつかり合うまで多少の猶予はあるだろう。ならばゆっくりと観察させてもらうことにする」
「ふーん、そっか。まぁ何でもいいけれど。とりあえずこれからよろしくってことでいいんだね?」
「まぁ、そうともいうな」
頷いたアンデルセンに、手を差し出して「改めてよろしく」と笑う。
彼は少し面倒くさそうに手を伸ばして、重ねた。
「ふん。俺によろしくするのはお前くらいかも知れんなマスター」
「そんなことないと思うけどなぁ。いつかそういう人が現れても不思議じゃないよ。人間いろんな人がいるし」
「確かに、そうだがな。そんな奇特な人間ほど俺を喚ばないものだ」
「ふふ、じゃあ何時喚ばれるか楽しみにしていたらいいと思うな。ああでも、私は明日からも学校だから、好きに過ごしてくれていいよ。ついてきてくれてもいいけど、家にいるなら物を壊されなかったらそれでいいし」
わかったと頷いたので、後は特に何も考えず父親の書棚から拝借してきた漫画を開く。
趣味のものではないからか特別面白いとか楽しいとかは思わないけど、暇を潰せるものというのは大事だ。
別に友達と呼べる人が少ないというわけではないですよ、勿論。
ただ毎日のように遊ぶのは気力がもたないだけだし、それに昨日の怪我もあるからね。今日は安静にしますとも。
まあ母が学校に行くのに送り迎えをしてくれるそうだけど。しょうがないことだよね、それは。念のために数日は、と松葉杖も持たされてしまったし。
「馳走になった。皿はどうしておけばいい、マスター?」
「んー? じゃあ受けとっとく」
マスターという呼び方に少しばかり刺を感じさせたが、特に気にせず近づいてきた彼からお皿を受けとる。
じゃあ一階におりて渡してくるか、と立ち上がると足が痛みを訴えてきた。ずきずきとするけれど、歩ける程度に繋げているから、動かすことに問題はない。
うん、この程度の痛みならば大丈夫そうだ。痛いのは嫌いなのにかわりはないですけれど、負ってしまったものは仕方ないですから。これ以上の痛みはご免被りたいものですが。
「あら、もう食べたのね。美味しかった?」
「うん。美味しかったよ。ご馳走さまでした」
掃除機をかけていた母が手を止めて笑う。ちらりと見えた床はもう魔方陣が消えていた。
血のあとも、絨毯で覆われて見えないし。これなら幼いトラウマを刺激はしないだろう。うん。
「宿題はもう終わったのかしら」
「うん」
「あら、いい子ね。ふふ、今日は響が食べたいものを作ろうかしら。何が食べたい?」
「えー、じゃあオムライスがいいな!」
にこにこ笑顔で好物のリクエストをしておきます。母もまた笑顔を返してわかったと頷いてくれたのでそれでいいかと。
材料の買い出しを一緒に行きましょうと言われたので私もまた頷きを返します。母はほっとしてくれたので、良かったと思うだけ。
「何時買いにいくの?」
「お掃除が終わったらね。それまでお部屋で待っていられるかしら」
「もちろん! じゃあ終わったら呼んでね、お母さん」
「ええ」と笑った母に同じように笑顔を返して、てててと部屋に駆け足気味に戻る。たぶん、こういうところは父や姉に似ていると笑われるのだろうけど。
部屋に戻った私を出迎えたのは、なにかを書いているアンデルセンだ。
彼は顔を上げず「戻ったか」と呟いた。
「響よ。お前は自分が魔術師ではないと言ったが、その傷を繋いでいるのはどういうことだ?」
「えっと……? これは感覚的にこうしとけば平気かなって、感じでやってるんだけど。何かおかしかった?」
今までインストールした記憶の中にも魔術師や呪術師であったものはない。だから自分の中のそれは感覚的に扱うことが殆どだったので、今も特に気にしたことはなかった。
アンデルセンは妙な生き物を見たとでもいうような目で私を見てきたけど。
何、感覚で動くのは動物だけ? いや人間も動物なのに変わりはないし。残念なガキとか言うのは止めてください。
「つくづくおかしな女だな、貴様は」
「ほんと失礼な。アンデルセンってばデリカシーに欠けるって言われなかった?」
「さてな。お生憎と俺は女に縁遠い生涯をすごしたものでな」
「ん、でもアンデルセンって、死に際に初恋の人の手紙を握りしめていたんじゃないっけ」
「よく知っていたなと言いたいところだが、お前も人のことを言えないくらい遠慮というものをしない女だな!そういう繊細な話はもっと絹にくるむように柔らかく傷つけることなくするものだぞ!」
「うん、それはそのままアンデルセンにも言えることだからね」
暫くそんな感じでやや気安いやりとりを交わしていると、何故か時間がけっこう経っていた。不思議だ。
母の呼び声に従って行こうと思い、アンデルセンを見れば早く行けだなんてしっしと追い払うように手を振られた。ここは私の部屋なのだが。
「何かあれば令呪でよべばいい。毛ほども役に立たんがな」
「うん、わかった」
人のベッドを占領していたアンデルセンが起き上がり霊体化したのを尻目に、部屋を出る。
母の「誰かと話をしていた?」という問いに、アンデルセンって結界とか張れるのかな、キャスターのクラスだしと思いつつ気のせいだとゴリ押しておきました。
はたして、これから何日、この生活を送ることができるのか。
原作などあてになることはない記憶の中の未来に、意味のない期待を込めて母の手を握ります。