衛宮切嗣は今日も夢を見る。
初めて恋をした人が笑う顔を、変わってしまった瞳を。孤島が地獄のような悲愴に満ちたことを。
厳しくも優しい唯一の肉親である父を自身の手で殺したその時を。
生きる術を戦う術を教えてくれた母のようにも思った女性を彼女の乗り込んだ飛行機もろとも殺したことを。
戦場での嘆きを、怒声を、死を見てきたことを。
彼は今日も浅い眠りの淵で夢を見る。
『ケリィはさ』
ああ、今日の夢も飛び切り最高で、最悪の。
『どんな大人になりたいの?』
己の無力を知る、ひどい夢だ。
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サーヴァント・セイバーのマスターとして振る舞うアイリスフィールは戸惑っていた。
前日ランサー陣営の急襲によりボロボロになった城に、今日もサーヴァントが来たのである。襲い掛かってきたなら対処のしようがあるものの、あろうことか目の前のライダー……征服王イスカンダルはセイバーと飲み交わしに来ただけだという。
戸惑うのも無理はないことだったろう。ライダーのマスター本人も知らされていなかった様子であるし。
ひとまずライダーが室内ではないところに案内せよと言うので何かしら敵対行為をされてもある程度足止めすることも可能な中庭に案内し、セイバーとライダーは向かい合って中庭の中央に腰をおろす。
マスター二人は少し離れた位置でその様子を窺うことにした。
ところがこの二人だけならばまだよかったというのに、事もあろうかなんとアーチャーまでもが登場した。……その腕に娘と同じ年頃か少し年下に見える少女を抱いて。
「こ、子供……?」
呟き、アイリスフィールは己が動揺していることに気付く。
子供だからと、何だというのか。きっとアーチャーが少女趣味なだけだ。
少々古代の王に対して偏見を抱いたかもしれないが、そんなことは些細な事だろう。
「ええと、それでアーチャー? その腕の娘は、一体どういうことだ? まさか、拐かしたわけではあるまいな」
ライダーの言葉にそのマスターも小さく頷いている。アイリスフィールも両手を握りつつ内心同意している。
こんな時間に聖杯戦争に関係のない子供を連れてくるなんて、どうかしている。
嫌な胸騒ぎがするのもきっと、この王たちが語らうと酒を片手に中庭に座しているからに違いない。
「これなる童子は、何、王たる我の姿を再認識させるために連れてきたまでよ。なぁ響? 貴様も我の威光を見たいであろう?」
「別に、そんなことひとつも言ってないし……王様がおうぼー、なんだもの」
響、というのが少女の名前だろう。日本人らしい名前だ。
そしてその声も、まだまだ幼く眠たいのか少しばかり舌足らずで、あぁ。今頃イリヤスフィールはどうしているだろうか。
寂しく私たちの帰りを待っているのだろうか。まだかな。まだかな、と。
じわりと湧きあがるものを顔に出さないようにアイリスフィールは奥歯を噛みしめて、セイバーの背中を見つめた。
王三人の問答は平行したものだと感じられた。
それぞれがそれぞれの王の在り方、というのを抱いているのだからそれも当然の帰結だっただろう。
セイバーの王道を笑うアーチャーに、その膝の上に乗せられた少女が「うるさい」とその頬を叩いたことでアイリスフィールは目を瞠った。
彼のギルガメッシュ王に苦言したからではない。
いや、少しだけそれもあるかもしれないが。
幼いその手の甲に、赤い令呪が宿っていたことに目を奪われたからだ。
「令呪……?」
ライダーのマスターもそれを見咎めて、小さく呟いている。
だから目の錯覚などではないのだと、娘と同じ子供が聖杯戦争に参加しているのだとはっきりと認識する。
「……、っ……」
聖杯戦争なのだから、動揺しては駄目よ。
駄目だ、と波立つ心を宥めつつアイリスフィールは唇を噛んで変わりそうになる表情を抑え込んだ。
そしてこの場を囲うアサシンのサーヴァントが現れたことによって王達の酒宴は終わりを告げた。
カラン、とライダーの掲げた杯が地面へと転がり、アサシンは嘲笑う。
そうして展開するはライダー、イスカンダルが宝具。
強い熱風が吹きすさび、一瞬目を閉じたその間に辺りは広大な荒野と大砂漠が覆い、幾人もの戦士が雄々しく声を上げた。
しかし、だ。征服王の宝具もさることながら少女と英雄王の傍らに現れた少年も気にかかった。
霊体化していたということはサーヴァントで間違いはないはずなのだが、その見目は欠片として戦闘ができる様子は窺えない。
……いや、一目でも見ておらず情報のない残るサーヴァントといえばキャスターしかいないので、魔術師であるということを踏まえれば一見した戦闘能力の無さは当然のことなのかもしれない。その見目が幼くなければ、アイリスフィールはここまで混乱しなかっただろう。
(こんな少年まで、英霊なの? 一体どんな逸話を持っているのかしら……)
まったく予測の出来ないその姿に該当するものがいないかと考えを巡らせてみるものの、まったくと言っていいほど思い浮かぶことはなかった。
どころか、少女のことがますます気にかかることになり、心が痛んだ。
(キリツグは、どう思うのかしら。こんな、幼い子がマスターだなんて)
イリヤスフィールと同じ年頃に見えるということは、実際はそれよりも少し年下の幼い子供だということだ。
夫である切嗣はどう判断して何を思うのだろうか。
……いいや、彼ならばきっと何か手を打つのだろう。あの少女が死することのない方法で、きっと。
それは正しく、自己満足にすぎない願望でしかなかったけれど。
アイリスフィールはどこか遠く娘の面影を重ね、少女の生を願った。
全てが終わって自分のいない未来で娘と少女が友人になるのも素敵かもしれない、なんて空想をも想いながら。
戦車を呼び出しライダーとそのマスターは
多少居心地は悪そうな様子だが、安心したような顔で英雄王の胸に頭を預けて眠る少女を抱え直し、彼の王は幾つかキャスターと会話をしたかと思えばその体を少女を抱える腕とは反対の腕に抱え、セイバーに視線を投げかけた。
「耳を傾けることはないぞ、セイバー。お前は正しい。己の信じる道を往くがいい。人の身に余る王道を背負い込み苦しみに足掻くその苦悩、その葛藤。慰みの音としては中々に上等だ。精々励めよ、騎士王とやら。クッ、ハハハハハ」
キャスターが嫌そうに顔を顰めるが気にも留めず英雄王ギルガメッシュは空へと消えていった。
それを見届けたアイリスフィールはセイバーに気遣わし気にその名を呼んだ。
「思い出したのです。アーサー王は人の気持ちがわからないと言い残してかつてキャメロットを去った騎士がいたことを。……もしかしたら、あれが円卓に集まった騎士たちの誰もが抱いていた言葉なのかもしれません」
苦しく硬い表情のセイバーに、アイリスフィールは掛ける言葉を様々な想いと共に飲み込んだ。