戦闘が激化してもうどのくらい経っただろうか。
気がつけばもう空は黒く、それを黄金の輝きが照らしている。
早く帰らなきゃ、と思ってもこれが終わりを見せていない今帰れはしない。というかそもそも足がたぶん、動かない。動かないというよりも動かせないんだけど。
だって今結界もどきを作るので魔力すごく使ってるし。
バーサーカーの狙いがセイバーに変わったりそれを追い打つ英雄王がいたり、ランサーが自分のマスターを守ろうとして被弾して戦闘に混じったり、ライダーが豪快な笑い声をあげてたり。
とんでもなくカオスな空間となっています。
まだ宝具の撃ち合いがないだけ、ましと言うものだろうけれど。
でも、そろそろ終わりそうでもある。そんな予感を感じていた。
「チッ、またもや尾を巻いて逃げおってからに、あの狂犬め……」
ぶつくさとバーサーカーについて悪態つくギルガメッシュが、乗っていた輝く舟を庫にしまって私の側に降り立つ。
ライダーのマスターはびくりと体を震わせたが、それでも彼は私を心配してか逃げはしなかった。
「ふん、どうやらここまで持ち堪えられたようだな童子」
「王様、無茶ぶり、だめ絶対」
戦闘が終わって、無理矢理外界と隔てたそれから魔力を流すのを止める。
とたんに重くなるこの体は、たぶん言うなれば魔力不足と体力がつきたのと、であるだろう。
魔力は休んでれば回復するとは思うんだけど、どちらにせよ体を動かすのは今日のところは難しそうだ。
座りながらも、地面に倒れそうになった私を支えたのはライダーのマスターだった。
「お、おいアーチャー、キャスターのマスターをどうするつもりだ?」
「知れたことを。だが、我もこやつの働きには満足した故な」
「早く家まで送ってね、王様……足痛い」
何やら急に機嫌よくニヤリと笑う英雄王を見る。
顔を上げ、近づいて来たその金色に包まれたままの足をてしてしと叩く。弱い力なので多目に見てくれるはずである、王様ならね!
「む。……そういえばそれについては忘れておったわ」
「昨日アンデルセンから聞いていたんじゃないんですか? やだなぁ。……あ、ライダーのマスターさん、心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから、もう帰っても大丈夫ですよ」
できる限り、笑顔を浮かべた私に、彼は物言いたげに口を開く。
でも言葉にはできなかったようで、「そうかよ」と呟くように、でもどこか言い訳するように言って屈んだ腰をあげた。
そんなマスターを差し置いてライダーは笑いながらギルガメッシュに声をかけている。
先程の戦闘に思うところがあったらしく、次は十全な調子で戦おうと言っている。
挑発されたりしているが、ギルガメッシュは愉しげに言葉を返していた。
その真意はわかりはしないが、それでも機嫌は悪くはなっていないようです。
その二人の王のやりとりを見つめていたライダーのマスターの横顔は、初めて見たときよりも、何かが変わっている様子だ。
きっと、それは征服王の影響なのだろう。王様というのは、ただの人には眩くて、そして強い影響を与える。それがどういった内容であれ、だ。
それはもしかしたら私にも、言えることかもしれないけれど。
「……」
そんな様子を、見つめながら私は落ちる瞼に、強い眠りへの強制力に抗えずに意識をおとした。
約束したとおり、この場の後はアンデルセンがどうにかしてくれるだろう。
ふわり、ふわりと落ちる、落ち行く意識の中、私の魂は夢を渡る。
夢なのか、それとも世界と世界の隙間なのか。
私にはハッキリと理解はしていない。する必要はないのだ。
だって私は、ただ見ているだけの人間ですから。
見るだけで、関わることはできないのが夢というものです。
「おや、珍しい。こんなところにお客人とはね」
ぱちり、と目を開きます。
落ちてたゆたっていた私の精神が声に応じて目を覚ます。
横になっていた体を認識して体という殻に命じて上体を起こしました。
起きたと見なした目に広がったのは、一人の青年とその足元に輝くような花々。
私の何かが、彼が人とは違うと言っていました。そしてここは、どこともしれぬ、理の外側であると感じます。
「私と似ているが、違うみたいだ。君はどうしてここにきたんだい?」
「……わかりません」
「ふぅん、そうなんだ。言葉にすることはできないが、理解はしているんだね。いやはや、本当に珍しい。それでいて人らしい精神を保ってるなんてね。君、よく壊れなかったね」
美しく微笑むのに、どこか冷たいものを感じました。彼の顔には感情が在るのに、そこには何かが伴っていないのです。
ですが、彼の言ったことは正しくて私は何もいう言葉が浮かびません。
ただ曖昧な笑顔を浮かべるだけです。
「ああ……なんだ、最初から君も、そうなんだね。ふふ」
先程の笑みに、それが籠りました。
それ。そう、心とでもいうものでしょうか。私にもそれは確かに存在しています。
「あなたは……この塔の主、ですね?」
ここは、この理の外にある塔は閉ざされていると認識できました。
そこに唯一在る存在は、目の前の青年だけです。
ということは、ここは彼のための塔であるはずです。
「うん、まぁそうだね。私はここに閉じ込められた憐れな男さ」
「そうなんですか。きっとかなり恨まれていたんですね」
なるほどと頷いた私は、薄く繋がる自身の確認をします。
大丈夫、ここは隔絶された場所のようですが、アンデルセンのお陰か問題なく回線と呼ぶべきそれは安定しているようです。流石相性で呼び出した人なだけあります。
いえ、むしろ彼の宝具があったからこそ、ここに繋がったのかもしれませんけれど。
「ははは、さてどうだろうね」
軽やかに笑う青年は私へと手を伸ばしてきました。
何だろうと、首を傾げて綺麗な紫色の瞳を見上げます。
「ん? いや、そこに座るよりもこちらに座った方がいい。座り心地は私が保証するよ」
「は、はぁ」
ため息のような返事を返して差し出された手をとりました。
するとどうでしょう。彼は私の手を引いて立ち上がらせたと思いきや、そのまま手慣れた様子で抱き上げられてしまいました。
肉体の年齢をそのまま反映している私の体は幼い子供のものですので、そう重たいとは思いませんが会話をし難いのではないのでしょうか。
ちなみにこういった場所で実際の重量というのはあまり関係のないことです。
ほら、夢の中だと体が軽く感じたり重く感じたりする、そんな理屈です。要はそうだと思えばそうなる、ということですね。
「魂の質量は凄いのに君の体は軽いんだね。少し驚きだ」
「そうですか? たぶん精神だけだからだとは思いますけれど。魂はまだ残っている
なので彼の認識では質量がある、と思っていても私個人が現実での体重を反映させているのでその通りになります。
これはおそらく、私と彼が夢を渡る者同士、ということからできることなのでしょうけれど。
「ほうほう。そうだとすれば、少しばかり私とは違うようだ。まったく人というのは時に面白おかしい存在がいるものだね」
「確かにそれは同意します。……ですが、膝の上に乗せる理由がわかりません。あなたはロリコンですか?」
「ロリコンとはまた、ひどい言われようだね。私は美しい女性に惹かれるだけだよ。その点でいえば君の魂はその大きさの割に美しい。磨き抜かれた宝石みたいにね」
柔らかくとても美しい声の旋律です。でも今の私の体にそう言うのは早いというものです。
そういうことを言外に伝えたはずなのですが、彼は年齢をそこまで気に留めていないのでしょうか。不思議な人もいるものです。
……いいえ、数度現実でそういった人もいましたけれどね。
でも目の前の彼は、私についてたぶん魂が気にかかっていることは予想に難くありません。
実質理解したかはともかくとして、現実の私に英雄王は興味を。いいえ、秤をかけているようですので。
そういった点でいえば、先程までの結界『もどき』は続けて正解だったのでしょう。
いえ、殺されるのは構わないのですが、やはりできる限りのことはするべきと私の根本、魂がそういうものですから。
「これが君の肉体かな? ……なんだ、君のところ今アーサー王が現界しているんだね。いやしかし、それでも数度可能性の世界を観ていたが、君みたいな存在は初めて視たよ」
彼の眼が、その力で今の私の肉体を世界の隙間から窺い観ているようです。
過去何度かそういった世界を観ているということは、やはり力あるものの証明ですね。こんなところからそれが出来るということは、眼がよろしいのでしょう。
私にはそうした眼は、ありませんから。
あったとしても、私には不要だったものでしょう。もしかしたら
「そう、でしょうね。私は可能性の中に紛れ込む、極小さな一粒の金平糖みたいなものです。あなたのような世界に確固とした影響を及ぼすものではなくて、あくまで娯楽の嗜好品みたいなあってもなくても構わないような存在ですから。……与えられたものは受け入れるのに、何故か過去は散々求められてしまいましたが。それもせんなきどこかの過去の話でしたね。すみません、つまらない話をしかけました」
「いいや? とても面白いよ。私は特にそうした執着はないのだけどね。……うん、でもボクと違って感情を得て発露できるのは、とてもいいことだと思うよ。ボクもそうしたところは、思うところがある」
にこやかに語る彼に私は「そうですか」としか返せません。
……いけませんね。何時かの生で、誰かから何でも受け入れるだけでなくて何かを返せと言われていたのでした。
律儀にそれを守る私が馬鹿らしいとも思えたことが何時かにありましたけれど、確かに瞬間的に思ったこと感じたことを返答したことで会話が弾むこともしばしばありました。
やはり、自分の中でも先達の部類に入る記録も侮れません。
「花の魔術師さん。私は水谷響です。あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「……、……」
遠く、私の現在を視ていた彼の顔を見上げて私は言います。
僅かに驚いた風情の彼は、紫色の瞳をすがめて私を見下ろしました。
まるででなくとも検分する彼に悪い気はおきません。だって、私よりも大きな存在ですからね。下にある存在を見極めるのも、時に重要なことなのです。……たまに化かされたりもしますしね。
あ、いえ、それは私だけかもしれませんが。
「いいよ。私はマーリンだ。君は本当に、ヒビキでいいんだね?」
存在証明というものですね。ええ、構わないのです。
「今の私は確かに水谷響ですから。ベースは違うとはいえ、自分に代わりはないです。だからこそ、私はあえてこう言いましょう」
現在の私は水谷響以外の何者ではないのだと。
世界の外側に認知されてしまえば、私という存在は殆ど固定されてしまいますが、それでも構わないと思います。
違う名前の魂の大元が一緒の自分もいますが、世界にそれは関係ありません。あくまで私は私というやつです。
現状不満を抱くこともありませんし、私という在り方は不満を抱くこともしません。
それに近いものを感じるのは不満などではなく、多量の呆れだったり事実だったりしますから。その点、英雄王に反論するのもそこからです。
口が悪くなったのはアンデルセンを見ていたからだと思いたいです。過去の記録にも関与するところはありますけれどね。
……いいえ、実のところは不満を抱かないのではありません。
私は人間の性能のうち怒りや憎しみ、恐怖といった感情が欠落しているのです。
「よろしくお願いします、マーリンさん」
「可愛い女の子には、さん付けせずに呼ばれたいものだね。だが、よろしくヒビキ。君は特別なお客さまだ」
「ええ。この閉ざされた塔にもう一度くるのも骨が折れそうですが。マーリン、世界を覗き見るのは構いませんけれど、あまり私をからかわないでくださいね」
「努力しよう」という彼の言葉は薄っぺらくて信用なりませんけれど、まぁ構わないでしょう。
そろそろ肉体が限界なのか、私を呼び戻そうとしていますし。
彼と出会えた奇跡に感謝も感動も残しませんけれど、これにてお別れです。
何、人生何が起きるかわかりませんし、結ばれてしまった縁というやつは意外と長く続くものです。
いつかその内巡り会うことになることでしょう。
現実での、初めての友人が気にかかるところですし、今回のところはもう帰ってしまいましょう。
別れの言葉を口にしている途中で、私の意識は再び落ちてゆきました。