そして少女は夢を見る   作:しんり

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第十話

 はい。我がサーヴァント、キャスターなアンデルセンから早朝聞いていた通り、本来は敵の立場なはずの英雄王ギルガメッシュに連れ回されている水谷響です。

 昨夜? ……深夜に王様たちの宴から帰っても、戦闘の余波からか精神まで完全に睡眠モードになっていました。

 

 起きてびっくり、夢をひとつも見なかったのは久しぶりでした。

 まぁ起きてすぐにアンデルセンから、学校終わって帰ったらAUO襲来が確定していると言われて朝から疲れてしまったのですが。

 

 英雄王の財のなすがままにふらふらと店に寄って、ふわふわで手触りの良い長めの赤いマフラーを購入されたのは何故でしょう。

 ついでに満足そうな顔をしている理由を教えてほしいのですが。

 

「そら次だ、次」

 

 何でか私を着飾ることに面白みを見出だしたらしいので、仕方なくそれに付き合います。

 けど、正直センスが良いのと悪いのとが半分ずつあるのはどうかと思うの、ギルガメッシュ。

 それからお願いだから、子供にそんな金を使わないでください。……ん、いや、ギルガメッシュからしたらはした金かもしれないけど。

 

「もう疲れた! 王様、少しは休憩させて!」

「む、もうか。貴様は体力のない童子よな。貴様の家の近くの童子らはもっと遊び尽くすぞ?」

「あの子達より中で本読んでいる方が気楽なんですー。というか、男の子と一緒にしないでよ」

 

 近所の子供たちは男の子が多くて、それに引っ張られるように活発な子達が殆どだ。

 だから正直彼らと比べられても、比較的運動の得意でない私は自然と置いていかれる。そっちの方が気楽だし。

 でも私がゆっくり帰るのを待っていた英雄王は、子供が好きだからかすっかり空気に馴染んで遊んでいた。

 この人本当に王様なのか。とか思ってしまうのは仕方ないだろう。疑ったことはひとつもないですけど。

 

 それから暫く休憩したら、また食べ歩きやら買い物やら、散々に振り回された。

 庶民的だな、と言ったら時に財を振る舞うこともまた王の責務でうんたらかんたら。買った後の袋は英雄王の庫の中にしまわれ、大量に某かを買ったようには一見見えない。

 移動する倉庫とか便利だな、と言ったら駄目か。うん、心の中にしまっておこう。

 

「王様?」

 

 河川敷に来たと思ったら、夕焼け色に染まった川の向こうを、ギルガメッシュは見つめる。

 金の髪が、沈み行く太陽に透けて美しく輝いていた。とても、眩しい。

 目を細めてその顔を見上げれば、光に染められてなお赤い瞳がすぅっと細められた。

 

「うぁ、まぶしっ!?」

 

 そして突然鎧を纏ったものだから、太陽光が反射して目を焼いた。

 なに、なんですか! 嫌がらせ!?

 

「童子、魔術師とは世を謀りその痕を隠すであろう。貴様はそれができぬ、と申すか?」

「え、と? た、ぶんアンデルセンに協力してもらえば結界は張れるとは思うけど……?」

「ふむ。ならば貴様の魔術の力量をここで見せるがよい。ただし、この我の闘いをその目に焼き付けながらな。……あの犬めは、我手ずから誅してやらねばならんだろう」

 

 なんのことやらと慌てつつ、アンデルセンに実体化してもらう。

 

「対岸にバーサーカーがいる。ここで戦うつもりだろうな。響、協力はするが、俺をあまり当てにしてくれるなよ」

「うん」

 

 顎で示された先を一瞥して、魂に蓄積させた夢の記録を、人の知識を検索して想定して、回路に魔力を通す。

 アンデルセンもそれに合わせたように自身の物語の一節を唱えました。

 ことバフかけに関しては物語にあってればすごく優秀なアンデルセン先生だからね!

 

 川の流れに沿ったこの河川敷だけを外側の現実と繋がりをずらす。

 ずきり、と魔術回路が傷んだ気はするが、王様が力量を見極めると言ったのだ。ならば、彼の想定を越えなければきっと、彼は興味を失ってしまうだろうとそんな予感がする。

 いや、どちらかといえば確信でしょうか。私が彼の興味に足るものがあるかといえば自分ではわかりませんけれど。

 

 広い河の向こうへと、金色が一斉に殺到した。

 土埃をあげるそこから、ひとつの黒色が弾丸のように飛び出して英雄王目掛けて片手にしていた黒い槍を投擲する。

 ギルガメッシュは剣を飛ばしてそれを相殺し、その頭上に大きな何かを出そうとしていた。

 

「うぇ……何あれ、反則じゃないの?」

 

 河の水に僅かに足を沈めながらも、しかしその上を走っているように見えるバーサーカーの姿は反則と言わずなんというのか。

 たぶん、水に関する加護か何かがあるのだろうけれど。それでも正直ナイワーと言いたい。

 アンデルセンも同意見のようで英霊は非常識の塊みたいなのがごろごろいると嘆いている。そりゃね、童話作家からすればそうなるよね。

 

 それを言ったら今の私だって、大概常識外なことしていますけど。

 だって河の一部と現実の認識をずらすなんて可笑しい……いやこれ、すっごくキツいんですけどね、実際。

 普段使わないからか魔術回路ビキビキといってます。普通に痛い。もう涙目です。

 

「魔力は足りるのか、マスター」

「わかんなぁい……アンデルセンの見立てだと、どのくらい持ちそう……?」

「……そうだな、もう少し出力を落としたら一時間はいけるんじゃないか? 後のことは知らんがな」

「それって限界ギリギリじゃないのさ。ううっ、倒れたら昨夜と同じく後は任せたよ、私の親愛なるキャスター(サーヴァント)

「ふん、承知した我が読者殿(マスター)

 

 アンデルセンなら何とかしてくれる。

後のことは頼りにしておけば悪いようにならないだろう、英雄王について以外は。

 

 その英雄王はといえば、金とエメラルドの複雑な色を発す乗り物に飛び乗っていた。

 そこから飛び出る光線がバーサーカーを目掛けていくが、最初にギルガメッシュが飛ばした剣でもってそれをそらし、避けられない角度のものは地面に転がって避けてその際に掴んだらしい石を武器としてまた別の光に投げる。

 爆発と閃光が目と耳に轟き、河が飛沫をあげて被弾していることを訴える。

 

 無茶苦茶な戦いだと思うのですが、どう思いますかアンデルセン先生。

 

「俺には理解できんな。が、俺は戦いというものを興じるのは無理だとハッキリわかった」

「見応えはあるけど、ね。それまでだよね。私もはっきり何してるかわからない、し……ああ、にしても頭痛いし足痛い! もうやだ! 帰りたい!」

「魔術に力を使っているから足の筋をつないでいた魔力も回ってないんだろうな。だがしかし、これは今暫くかかるだろうよ」

「わかってるよぅ……。と、アンデルセン……、たぶんライダーがきてるっぽい。念のため、気を付けてね」

「了解した」

 

 ずらした境界線に入り込んできた強い力に、更に頭が痛む。

 私を起点に、上流側からならばまだ流があるからいいが、下流側から来られると流が遮られてそれを押し出すために無駄な魔力が消費される。

 足の痛みも尋常じゃなくて、地面にぺたりと座り込んで両手を膝につける。

 もう冬だというのに、背中に汗が流れていくのが感じられるのが気持ち悪いです。

 

「うむ、これはひどい戦いもあったものだ……ありゃあ余とはまた違った意味での蹂躙よな。バーサーカーには効いておらぬようだが」

「ああ……あれもアーチャーの財宝だっていうのか? ……って、あれは昨日の、キャスターのマスター、か?」

 

 ちょうど近くについたらしい、ライダー陣営が癇癪をあげつつも更にバーサーカーに攻撃をするギルガメッシュを見ての感想です。

 しかし、私に気がついたらしいライダーのマスターは、やや警戒しつつ私に近づいてきます。

 まぁ見るからに弱ってるし、子供だから何時でも捻るのは簡単だとは思うよ。

 

「お、おい。お前、キャスターのマスター……だろ? ……顔色が悪いな。大丈夫、か……?」

「……んんー……、大丈夫……じゃ、ないかもぉ……? アンデルセン、宝具使わない? もうきつい……このままじゃ、無理。痛い、から、辛い。少しだけ容量変えて欲しい、なぁ」

 

 話しかけられて、どうにか気力の殺がれていたのから少しだけ回復しました。

 でも痛いのにかわりはなく、瞬きすれば目尻にたまっていた涙がこぼれ落ちる。

 ライダーのマスターの反応なんて知らないです。宝具と聞いて慌てているようだけど大丈夫。キャスター陣営は二人揃って攻撃能力はないのです。

 

「おいおいマスター、俺の遅筆ぶりを忘れたとはいうなよ。そう簡単に貴様の物語を書き上げられるわけがないだろう! 無理だ!」

「アンデルセンのばか! ばーか! 令呪使うに決まってるでしょっ」

「そう言われればそうだな! そんな便利な……いや待て、それは疲れを感じるものではないだろうな? それこそが重要だぞ!」

 

 いや、そんなの知るわけないじゃん。

 つい呆れ半分に彼の蒼くなった顔をじとりとした目で見上げつつ、令呪の宿る左手を掲げる。

 

「……令呪をもって、命じます! アンデルセン、宝具(物語)を、今すぐ、使い(書き)なさーい!」

 

 「ああもうくそ」とか聞こえたが、聞こえないふりをしつつ手をおろして地面の土を握る。

 

 少し気力が回復したとはいえ、魔術回路に走る痛みに変わりはない。

 そこへ下流から更に、セイバーの気配がして結界を通り抜けてゆく。

 ほんと、もう、そっちからとか、勘弁してください! 死んでしまいます! これくらいじゃ死にませんけど!

 

貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)

 

 少し遠くで、アンデルセンの声が聞こえた。

 途端にこのからだに沸き上がる何かに、私は一瞬身を固くしたけれどそれは彼の魔力だと認識すれば、受け入れるのは容易だった。

 

 魂の情報を書き換えられるのは苦痛ではあるけれど、それも記憶のインストールの際に何度か感じたことのあるものだ。

 それ程度の痛みはその時ほどでも、先程までの魔術回路の暴走に近い状態の痛みより遥かにマシと言うもの。

 

 令呪による宝具の使用の影響か、急速なまでのその変化に、周辺を囲う力場が元に戻ろうとする力に圧されかける。

 

「さて、俺が書き上げた物語は予定の五分の三といったところだが」

「おいキャスター、本当にお前のマスター大丈夫なのか? ピクリともしてないぞ?!」

 

 ライダーのマスターはとてもお優しいらしいです。

 私など、とるに足らぬ小娘だというのに心配するなんて……聖杯戦争の参加者でも、まだまだ精神が成熟しきっていないのでしょうね。

 それは、ああ……なんて、望みがあることなのでしょうか。

 

「っ、大丈夫ですよ。ライダーのマスターさん。私、死なない程度のことなら平気ですから」

「……」

 

 のろのろと顔をあげて、ライダーのマスターに微笑む。

 そしてセイバーと、アインツベルンの小聖杯がきたのを、少し遅れて離れたところで戦闘の様子を窺うランサーと彼女の婚約者の姿を視界に入れる。

 ここまでの役者がこの場に揃うのは異例か。いいや、この世界では、正しくあるがままだろう。

 

 私はそれを見て、観て……、そして想う。思った。

 受け入れることしかできない私だけれど、それでもと。それでも私は、と。

 

「ふむ、そう書けていないと思ったが、存外効果が出ているようだな? マスター」

「うん、ありがとうアンデルセン。あなたの書く物語が本当に完成するのを楽しみにしてるから」

 

 私の姿と流れていく魔力を確認してか頷く彼に、私は笑みを返しておく。

 そんなやり取りにギョッと眼を見開くのはライダーのマスターである。

 

「キャスターのマスター……お前、そんな簡単にポンポンと真名を言うなんて馬鹿なのか?! ……というか、アンデルセンってあのアンデルセン!? 子供のなりをしてるのに!?」

「うるさいぞライダーのマスター。俺とて好き好んで子供の姿で現界しているわけではない。だが知っての通り俺は生憎ただの童話作家でな。サーヴァントとしてはとるにたらん最弱な三流だ。そう警戒したところで無駄だ無駄無駄」

 

 さすがに三大作家、有名なためにすぐにその名は知れる。

 当然子供の姿だから驚かれるのも無理はない話だ。私も予備知識がなければそうなったはずだもの。

 ステータスの隠蔽はしていないので、もしかしたら能力値の低さで二重に驚かれているかもだが。……一応言っておくけど、他の作品から考えれば幸運だけはランクDにあがってるんだよ? これはマスターの私によるものだとは思うんだけど。

 

 そう思いながらふうと息を吐き出して気分を入れ替えます。

 戦闘の姿勢を見せているセイバーとかランサーとか、絶賛戦い中のアーチャーとバーサーカーとか、私一人でこうも位相をずらすのも厳しいので、早く終わってほしいものです。

 アンデルセンにせっかく、宝具を使ってもらったがやはり長時間は厳しいものがありますから。

 

「そ、れよりも……まだ、終わらない感じ? 日が暮れたら、お母さんが帰ってきちゃうのに……」

「それは後で英雄王に文句を言うことだな。俺には手に負えん」

「アンデルセンにそんな期待、するわけないよ。……うん、でもお陰で少し持ち直した。ありがとう」

「礼を言われることは何も言ってないが?」

 

 ふん、と鼻で笑ったアンデルセンに何も返さずに笑っておく。

 痛みに変わりはないが、軽口をたたくことでかなり気分も変わった。これはアンデルセンがアンデルセンだからだろう。

 なんだかんだ、彼を召喚できて良かった……かもしれない。肉体労働はしないけど。

 

 乱闘模様になっていくのを、何故かライダーのマスターと共に見守りながらそんな場違いなことを考えておりました。

 


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