不見倶楽部   作:遠人五円

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不見倶楽部

「東風谷早苗はうちの部長だ」

 

  初めに副部長が答えてくれた疑問は願子たちの顔を驚愕に変えるのに十分だった。

  願子たちが不見倶楽部の部室を再び訪れたのは、非現実的な夜から一週間も経ってから。『こちやさなえ』を打ち破ったその日は五人ともくたくたでとても話し合える状態ではなかったことが要因の一つ。それは願子たちの対面のソファーに座る副部長の身体にこれでもかと巻かれた包帯を見れば、どれだけ凄まじいことをやってのけたのかが分かる。

  後は単純に崩壊した校舎では危ないと、学校側が少しでも復旧してからと休校にしてしまったためだ。三階と二階の半分程が融解してしまっているのだから当然だ。校舎の耐力的には奇跡的に問題がないらしく、今はそこに生徒が立ち入らないように立ち入り禁止の看板が数多く立たされている。

  あの日に大変だったのは願子たちだが、今は先生たちの方が大変だろう。次の日になんとか普通に登校した願子たちが見た、たったの一夜で常識外の壊れ方を見せる校舎を見て大きく口を開けていた先生たちの顔はおそらく忘れることは無い。

  生徒からすれば突然の休みでラッキーくらいのもので、この問題に願子たちのように手を出す生徒がいるかと思われたが、噂話として全員が知っているものの、それ以上に手を出す生徒は見られなかった。ひょっとすると然程騒がれていないのは、四人でいたいと願った蛇の卵の最後の奇跡なのかもしれないが、それを証明する手立ては何も無い。

  一週間ぶりの学校は、朝に開かれた緊急の全校集会で生徒会長から学校の壊れた部分には近づかないように注意を促され、無事だった教室に戻ってからは驚くべきほどいつも通りの授業が進んだ。

  そんな普段の日常を存分に願子たちは謳歌していたかと言われると、残念ながらそうで無いと言わざるを得ない。終わったら全てを話してくれると言っていた副部長の言葉が嘘では無いことは、『東風谷早苗』の名を口にしていることで分かっている。積み重なった疑問が遂に解消される楽しみで、四人とも授業の内容など右から左に流れてしまい全く頭に入らなかった。

  異様に長く感じられた授業を終えて、昼休みに聞きたいことを相談しつつ放課後に訪れた不見倶楽部の部室の扉を今度はしっかり握って開けば、分かっていたというように「やっぱり来たな」と、その時には美しい二つの複眼は消え去り、特徴の特に無い状態に戻った包帯塗れの副部長が出迎えてくれた。

  そうして変わらずソファーの方に身を移し、四人にコーヒーを差し出して副部長が口にした一言は、四人の予想を軽く超えるものだった。

 

「『こちやさなえ』って不見倶楽部の部長なんですか!」

 

 願子がすぐにそう返したが、それには大きな間違いがある。『こちやさなえ』と『東風谷早苗』は全くの別物だ。願子の考えが分かるというように、副部長は呆れたように笑うと、「『東風谷早苗』の方だからな?」とやんわりと訂正を入れる。

 

「不見倶楽部は、元々中学の頃に俺と東風谷さんの二人で始めたんだ。あの時は色々やったぞー、海に行ったり山に行ったり、今回みたいなぶっ飛んだことは無かったけど、なかなか楽しかったな」

「その『東風谷早苗』と『こちやさなえ』にいったいなんの関係があるんですか? あたしにはさっぱり分からないんですけど」

「今回のことはとりあえず異変とでも呼ぼうか。その異変が生まれたのは言ってしまえばある意味で俺と東風谷さんたちのせいなんだよ」

 

  副部長はそう言って少し悲しそうな顔を見せるが、それも一瞬のことで、一口コーヒーを飲んで再びカップの影から副部長の顔が見えた時にはすぐに元の戻っていた。

  副部長の言葉には当然願子たちは驚くが、しかし、それが副部長の言う通り、副部長たちのせいであると願子たちは言えそうもなかった。事実、願子の命を救った最大の功労者は副部長であり、これまで言うことに冗談はあっても嘘や間違いの無かった副部長のことを考えると、それが不可抗力で起きたことであるということが簡単に予想することが出来たからだ。だからこそ、願子たちは次の副部長の言葉を待つ。それが分かったのか、副部長はもう一度笑みを形作ると、願子たちが聞き漏らさないようにゆっくりとした口調で話し出してくれる。

 

「まず最初に言っておきたいが、東風谷さんはもうこの世界にはいない」

「え?」

「あぁ勘違いするなよ。死んでなんかないさ、東風谷さんは行ったんだよ幻想郷にな」

 

  幻想郷。

  その単語は当然初めて聞くものだ。三人の顔を願子は見回してみるが、それに心当たりがあるという表情を誰もしていないことを見るに、四人とも初めて聞く言葉ということが分かる。

  幻想郷、幻想が住まう夢の世界。幻が引き込まれる不思議な土地。そういったことが副部長から語られるが、願子たちにはさっぱり理解できなかった。何よりそこに東風谷早苗が行ったことでなぜ「こちやさなえ」が生まれたのか全く理解できない。

 

「幻想郷に行ったのは東風谷さんだけじゃあない。他に御二方ほど幻想郷に行ったんだが、それが今回の異変の元凶とも言える」

「二人? それって誰なのかしら? 私たちの知っている人?」

「人、というか神様だな。洩矢神様と八坂神様の御二方だよ」

「「「「神様⁉︎」」」」

 

  遂に四人の頭はショートした。幻想郷という聞いたこともない作り話のような話に続き、出てきたのは神様というありえない言葉。ここまでくると普通信じられないが、驚く四人を見て可笑しそうに不敵に笑う副部長の顔が、嘘ではないと訴えている。

 

「その中の洩矢神様が幻想郷に行ったのがちと不味かったんだ。元々分かっていたことだが、それでも俺は止めることはしなかったがな」

「どう不味かったんですか?」

 

  石像と化した中から最初に人に戻って来たのは杏だった。神様といういないはずのものの存在を口にされても、さほど動じていないあたり、杏は信仰心が他の三人より高いことが伺える。それが良いことなのかは分からないが、副部長はそんな杏を見据えると、困ったように疑問に答えた。

 

「洩矢神様は土着神の頂点であり、最大級の祟り神でもあった。それが不味かったんだよ。一夜にしてこの土地から消えた洩矢神様と共に殆どの祟りがこの諏訪から消え去った」

「それは…………別に良いことなのではないですか?」

「いや、そうでもない。例えば大海のど真ん中に突如として大穴が開いたとしよう。その大穴はそのまま何時までも残るかと言われれば、そんなことはありはしない。周りの海水がその穴を埋めようと流れ込んでくるのが自然だ。それと同じように抜けた祟りの穴を補うために大量の祟りがこの諏訪に流れ込んだのがことの始まりだ。洩矢神様の力も衰えていたらしいが、それとは関係なく存在の大きさが仇になったとも言えるなぁ」

「そうなんですか」

「とは言えこれは俺の予想なんだがな。まあ九割九分合ってると思うが、俺は御二方と直接喋ったことも会ったこともないから真相は分からん」

 

  副部長の作り話のような話と合わせてのとんでも仮説に石像化が長引いていた他の三人も、ようやっと身体に力が帰ってきた。次に疑問を口にしたのは願子。今の副部長の言葉にどうしても気に掛かる部分があったために、その話をよく咀嚼(そしゃく)する間もなくするりと疑問が口から滑り出る。

 

「会ったこともないって、副部長見えなかったんですか? だって……」

 

  複眼。蟲の目。人のでは見えないものを見てしまう美しい深緑の二つの目。祟りを受けた願子にしか見えなかった「こちやさなえ」が見えていたことからも、その目が飾りではないことは願子には分かっていた。それなのに、

 

「会えなかったんじゃあ無くて会わなかったが正しいのかなぁ、あの時言っただろう? 東風谷さんにも見せたことないって。特殊なコンタクトを昔貰ってな、それを付けておけば普通の人の目と俺の目はあまり大差無いんだ。今思えば神様を見るってことが少し怖かったのかもしれないな」

 

  そう言って目に手を伸ばすと、薄いレンズを目から取り出す。シールを剥がすように徐々に下から(あらわ)になるのは、闇夜に光っていた優しくも怪しい深緑の光。見惚れる四人を満足げに眺めると再びすぐにそれは薄い膜に隠されてしまう。

  副部長の言っていることの意味が友里たち三人にはよくよく理解出来る。もし、『こちやさなえ』の姿を見れるかどうか選べたとして、『きっと面白いことがある』という毒物に頭をやられている願子は別として、他の三人からすればあれほどの破壊を見せつけたものを目に入れたいとは思えなかった。

 

「えー、勿体無いですよ。副部長見とけば良かったのに」

 

  だからこんなことを言う願子がおかしいのであって、三人が隣で溜息を吐くのは当然の流れだった。あんな目に会ったというのに、人はそう簡単に変わらないらしい。副部長から語られる想像を超えた話たちに、『きっと面白いことがある』と好奇心に目を輝かせる願子に向けられる顔は呆れたものばかりだ。

 

「あのねえ瀬戸際さん、言っておくがそれは少し控えた方が身のためだぞ。好奇心は猫をも殺す。九つの命を持つ猫を殺す程に有毒だ。……それに俺の目に見えるのか分からなかったからな。御二方の存在はその時消えかかっていたんだよ。だから御二方が消えないために幻想郷に行くしか無かったんだ」

 

  「お代わりいる?」と、副部長は席を立って一度話を打ち切った。願子たちが部室を訪れてから二十分くらいしか経っていないというのに、与えられる情報の凄まじさにすっかり願子を除いた三人は気疲れしてしまった。早く話の続きが聞きたいなと、ワクワクしながら美味しいコーヒーで喉を潤わせる願子の姿は生き生きとしていて、とても『こちやさなえ』を前にして暗くなっていた人物と同じだとは思えない。

 

「願子、あんた少し落ち着きなさいよ」

 

  そんな願子に口を出す友里は間違っていない。

 

「いやいや友里、だって凄いじゃん! 今まで私はこんな話が聞きたかったの! 神様だって! 幻想郷だって! いいなぁ、凄いなぁ、もう私は今日のために生きてきたと言っても過言じゃないよ!」

 

  興奮する願子は聞く耳持たず。すっかり好奇心に頭の中枢が支配され、副部長に言われたことも全く効果がないらしい。友里は諦めたように視線を願子から外すと、コーヒーのカップを手に取り、心地いい苦味と共に出そうと思っていた言葉を喉の奥に流し込んだ。

 

「あらあら願子さん。それでも少しは落ち着かないと最後まで持たないわよ。副部長さんに東風谷早苗さん、不見倶楽部のことを聞くのもいいけれど、私たちはまだ聞きたいことを聞いていないじゃない。ねえ杏さん?」

「はい。蛇の卵のおまじないに関することを聞こうって昼休みに話し合ったわけですし次はそれを聞かないと。それに質問に答えて貰ってばかりだとあれも出来なくなっちゃいますよ」

 

  そう言って杏が取り出したのは一枚の用紙。職員室に行っても誰も分かっていないようで探すまでかなり苦労した。それを目に入れると四人の顔はニンマリと悪い顔になるが、新しく作ったコーヒーのポッドを持って戻ってきた副部長の姿を確認すると慌ててそれを隠し四人は苦笑いを浮かべる。

 

「何?」

「「「「なんでもないですなんでも!」」」」

 

  手を前に突き出し遮る者、首を大きく横に振るう者。あらあら誤魔化す者。逆にいつも通り努めようと面倒くさそうな顔をする者。それは大変怪しく、なんでもないわけがない。しかし、無理に突っ込むのも野暮というもの。副部長は一度肩を竦めると、四人のカップにコーヒーを注ぎ再び席に着いた。

 

「それで? 次に聞きたいことは?」

「今回のおまじない……異変? に関することです」

 

  便宜上異変と呼ぶことになった蛇の卵のおまじないを言い直し、願子は首をかかげて次の疑問を口にする。

 

「ああ、要はさっき言った話の続きになるが、答えは流れ込んできた祟りがある形を得た状態の一つだよ。東風谷さんたちが幻想郷に行ったのが俺たちが高校一年の夏だったんだが、それから違う形の祟りがこの諏訪では頻発していた。そのうちの一つでしかない」

「他にもあったんですか? あたし全然知らないけど……」

「あったよ、数え切れないくらいな。ただ、基本的に人の手を超えた事件なんかはあまり報道されないものさ、だから出雲さんたちが知らないのも無理はない。それに考えれば今回のも大きな異変の中の一つでしかないとも言えるから、幾つもあったとも少し違うか」

「あら……じゃあこれまでに私たちの知らないところで起こっていたことも副部長さんが解決してきたのかしら?」

 

  「そうだよ」となんでもないようにコーヒーを啜る副部長の凄さをここに来てようやく四人は理解した。

  『こちやさなえ』一つ取ってもあれだけのことが起きたのだ。それを幾つも知らないところで、きっと今みたいにボロボロになって解決したに違いない。そう思うと、副部長の存在が一回り大きく願子たちの目には映る。

 

「まあでも今回の異変は他のと比べて大きかったな。時間も掛かったし、給料くらい出てもバチは当たらないよなぁ」

 

  そう戯ける副部長の姿は、初めて会った時とは比べものにならないくらい頼もしく見えていた。何が起こったとしても副部長がいれば大丈夫。そんな想いがブレなく四人の頭には巡る。

 

「でも副部長、今回の異変結構不思議なことがありましたよ。鍵が掛かっているはずの部屋が空いてたり、広まってなきゃおかしい話が広まって無かったり」

「ああそれね、話は簡単だよ。鍵は俺が開けて回ってたんだ。瀬戸際さんが言った通り、瀬戸際さんがほっつき歩いてる間に俺がやってたのそれ。生徒会長と俺は知り合いでね、全部の教室の鍵を事前に借りてたんだ。うちの学校生徒の自主性に任せるとかいう投げやりな教育方針のおかげで生徒会長が結構な権力持ってるからな、話が広がるのを防げたのも生徒会長のおかげさ」

 

  生徒会長、新入生歓迎の言葉で願子たちも一度は見ている。茶髪をポニーテールに纏め、マイクを使わずとも声が通る快活そうな女性だった。そんなに力があったとは驚きだ。

 

「でも学校で八人が死んだとか、諏訪市内ならある程度広いから話にならなくも仕様がないとして、それはいくらなんでもありえないんじゃ?」

 

  願子の疑問は的を得ていた。今回の異変で現実的に見た場合、一番問題になるには今回では無く一年前のもので間違いない。

  副部長は今までで一番困った顔をすると、五人しか居ないはずなのに、周りに聞こえないように四人の方へ顔を寄せた。副部長の行動はこの話はそれだけ問題があるということを示している。四人は少し迷ったが、ここまで来たならと副部長の方へ顔を寄せる。

 

「うちの校長が揉み消した。八人の死に方は発狂した人のそれ、原因も不明、治療も無理。そんな人が八人も学校から出たとなるとうちの学校の存続が危うくなってしまう。だから俺や生徒会長が手を回すよりも早く校長が揉み消しちまったのさ。やり方に問題はあるだろうが、それは校長のせいじゃあない。結果として手間が省けたから俺も生徒会長もその件に手を出すことは止めたんだ」

 

  顔を外すと、「絶対口外するなよ」と念を押して副部長はコーヒーを啜る。確かに間違ってはいないのかもしれない。しかし、

 

「それでいいんですか?」

 

  例え偽善であろうとも、願子から出た言葉にも間違いはない。それに副部長は、仕様がないのさと両手を挙げた。

 

「これに関してはどうしようもない。祟りのせいで人が死んだなんて、平安時代ならそれこそ信じて貰えただろうが、今の時代にそれを馬鹿正直に信じる人間はいないんだよ。小学生にも通じやしない。確かに嫌な話かもしれないが、本当にどうしようもないことはある。それに校長のことを告発したとして校長だって被害者だ。うちの校長悪い人じゃあ無いしなあ」

 

  確かにその通り。副部長の話にも筋が通っている。全ての原因は東風谷早苗たちが幻想郷へ行ったことだったとして、今はもうここにいない者を裁くことなど出来はしない。それに東風谷早苗だって、こうなると分かっていてやったわけでは無いのだろう。それは副部長の話の端々に浮かぶ悲哀の色が教えてくれていた。

 

「分かりました。じゃあ最後になんで蛇の卵がとっておきだったのか教えて下さい。最後はあれに助けられましたけど、どうしてあれを使おうと思ったんですか?」

「んー? それは簡単だよ。オカルトを打ち破るには矛盾を責めるのが一番なのさ」

「矛盾?」

「そう矛盾。蛇の卵の恐ろしさは絶対に孵らない卵を使ってこそ真の恐ろしさを発揮する。そうすることによって割れた時に叶うお願いは絶対に叶わないわけだ」

 

  蛇の卵の唯一のルール。卵が割れるまで粗末に扱ってはいけない。表面の希望に引き寄せられた者を絶対に引っかからせる罠。どこから始まったのか知らないが、これを考えた者の性根の悪さが滲み出ている。

 

「だがしかし、もう孵る直前の卵を使えば? それなら何もしなくても勝手に卵が割れてくれる」

「嫌でもそれって狙って割れてくれるわけじゃあ無いですよね? え? ひょっとして最後のあれって博打だったんですか⁉︎」

「そんなわけ無いだろ」

 

  願子の前に差し出されるのは一枚のハンカチ。緑一色に染まったそれは蛇の卵を包んでいたものに間違いない。あの後どこに行ってしまったのか分からなかったが、副部長がしっかり回収していたらしい。そのハンカチの端の部分を副部長は指で叩くように示した。白い糸で刺繍されたそれははっきりと東風谷早苗という名前を描いている。

 

「え? うぇ⁉︎」

「昔東風谷さんに渡された後、そのまま返せなかったんだがそれが今回は役に立ったよ。東風谷さんの力を借りてタイミングは完璧だ。何を隠そう東風谷さんは奇跡を起こせたのさ」

 

  ーーーー奇跡。

  その言葉は願子たちを救った美しい少女を思い起こさせる。願子の手を握ったあの美しい手の温もりは、今でも手にしっかりと残っている気がする。願子はその手を摩りながら副部長に問うた。

 

「奇跡を起こすって?」

「説明できない特別なことを起こせるってことさ」

「いやもっと具体的に」

「説明できない特別なことなんだから説明できないの」

 

  なんたる適当、冷めた目が四つ副部長に向くが、副部長はそれを豪快に笑って吹き飛ばす。

 

「はっはっはっ、まあいいじゃないかこれにて異変は解決だ。嫌なことばかりだったかもしれないが、いいこともあったんじゃないか?」

 

  願子は幻想を見た。

  友里は親友のために行動できた。

  杏は友を得た。

  塔子は自分になれた。

  異常な事態は、願子たちの人生に多大な歪みを起こしたが、その歪みは小さな一歩を四人に踏み出させた。

 

「瀬戸際さんも出雲さんも初めてここに来た時と違っていい顔してるよ」

 

  願子と友里、今まで(くすぶ)っていた中学生活とは違う。追い求めていた幻想が願子の前に姿を現し、今まで親友に力を貸せなかった友里は遂に願子の助けになった。

 

「まあね副部長、私は遂に私の殻を破ったのよ」

「次はあたし自身の力でもっと派手にやるわよ」

「そりゃ頼もしいな。……それで桐谷さんは前髪上げたんだな、いいんじゃないか?」

 

  杏の顔はもう前髪に隠されてはいない。怯えたように薄い檻越しに覗いていた瞳は、夕焼けを存分に写し込み輝いている。前髪を上げるために結わえた髪を結んでいる紐は後利益が多分あると、願子と塔子から渡された命綱。

 

「私も前に進まないと、親友たちに置いてかれちゃいますから」

「なるほどね。そして……小上さんは…………装飾が増えたな」

 

  その姿はまるでアフリカの祈祷師。塔子だけは踏み出した一歩を盛大に踏み外しているように見える。きっと明日には生活指導の先生に捕まるだろう。

 

「あらあら副部長さんはいい目をしてらっしゃるわ!」

「まあ小上さんがそれでいいならいいさ」

「ふっふーん、進化した私たちを分かってもらえたところで、副部長、私たち実は副部長に渡すものがあるんです」

「ほー、そりゃ働いた甲斐があるってもんだな」

「はい。これがそうですよ」

 

  そうして副部長の目の前に差し出されるのは一枚の用紙。書かれた四つの名前は個性的な筆跡で、願子たちの性格がよく表れていた。用紙の一番上を飾る文字は入部届け。

 

「おいおいおい、こりゃ俺に残業しろってか?」

「「「「先輩、よろしくお願いします!」」」」

 

  夕焼けに染まる部室に浮かぶ四つの笑顔。困ったように笑顔を返す副部長。

  願子たちは決めた。明日からも部室に足を運ぼうとそう決めた。今回はたまたま普段人の踏み込まない領域に紛れてしまっただけ。きっとこの先知らぬ存ぜぬを決め通せば普通の生活を送れるだろう。しかし、それを願子たちは止めた。

  ここにいれば副部長が怪しく輝く蟲の目で、幻想も、見たことのない自分も見せてくれるから。

 

「…………ならもう一度あらためて自己紹介しよう。俺はここの副部長。ようこそ、ここは不見倶楽部! 見えないものを見て聞こえないものを聞く部活さ」

 

 

 




ここまで読んで頂いた皆様ありがとうございます。
伸びていくUA数に背中を押されここまでなんとか書けました。
取り敢えずここで第1章というか、長いプロローグはお終いです。
ダレるのが嫌だったのでここまでかなり勢いに任せて書いたために誤字、脱字、おかしな表現多々あると思いますが、自分で読み返して気がついたところは随時修正していきたいと思います。

この話は幻想郷の外に目を向けた時にどうしても幻想郷の住人たちが外の世界に出てくるのが想像出来ず、幻想郷で色々あるように外でだって異変はあると思い書き始めた結果、オリジナルキャラクターばかりになりました。最初に生まれたのは東風谷早苗と対になる副部長。次に願子と友里。杏と塔子の順。まだ出てませんが生徒会長と副会長もちょいちょい出るでしょう。
もう終わりまでの構想は出来ており、あと大きな流れの話が四つで大筋は終わりです。その間に一話限りの書きたい話が幾つかあるので、その時に幻想郷の話も書けるといいなぁと思います。
大筋の方はこれからもオリジナルキャラクターが出まくってしまいますので、原作の裏、外の世界ではこんなこともあるのかなあと温かい目で見て頂けると幸いです。

皆様読んでいた中で思われた多くの疑問があると思いますが、気軽に送って頂ければ、なるべくお応えさせていただきます。これからも不見倶楽部の五人をよろしくお願いします。

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