不見倶楽部   作:遠人五円

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その時後光が差した

  秋、食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋、冬を控えた秋にはイベントがそれはもう多く残されている。その中でも学生にとって最も大きなものは何かと言われれば、誰がなんと言おうと文化祭であることに間違いない。

 

 そんな文化祭を前に不見倶楽部はと言うと窮地に立たされていた。その理由としては夏に最優秀賞と努力賞という二枚の賞状を受け取ってしまったからに他ならない。

 

  文化祭とは学生にとって楽しい大きなイベントではあるのだが、困ったことに学生がただ馬鹿騒ぎするだけでは終わらないのである。保護者やその高校を志望している中学生といった外部の者へのアピール、そういった面が文化祭にはあるからだ。

 

  これが去年となにも変わらなければ、生徒が楽しむことに重きを置いた文化祭になったのだが、今年は全国から集まったオカルト研究部の中から一番に選ばれた部がいる。

 

  それを生徒会長が見逃すわけもなく、校内向けのものはいいから校外向けのものに力を入れろと文化祭前のなんと全校集会で直々の使命をされてしまったものだから不見倶楽部に退路は既に存在しなかった。

 

  これに一番参ってしまったのは言うまでもなく副部長だ。不見倶楽部の知名度は残念ながら校内では全く高くはない。それどころかほとんどの生徒がその存在を知らないのだ。先生ですら知らない者がいる。

 

  それもそのはず、各部の部長や副部長は不見倶楽部の存在を当然部費のことがあるから知っている。しかし、不見倶楽部にいい感情を持っているかと言われれば否であると言わざるおえない。だが不見倶楽部の温情で部費を得ることが出来ている現状を考えれば、悪口の一つも言えるはずがなかった。それがもし副部長の耳に入り、部費がゼロになってしまうことを恐れてのことだ。結果起こった事態は口を噤んだ部長たちによって不見倶楽部の存在が語られないということ。

 

  もともと不見倶楽部の活動自体も別に学生に発表するといった活動的ではないことが合わさり、全校集会で名前が出た際や新学期初めに賞状を受け取った際にほとんどの全校生徒が首を傾げたのは想像に難くないだろう。

 

  だがこれは不見倶楽部としてはチャンスでもある。名前を一気に売って、全生徒の内に存在する無意識のカーストの最上段に一気に上がれるかもしれないのだ。

 

  しかし、この話を受けた時、副部長以外の四人も同じく顔を顰めており、生徒会長の思惑は見事に空振りしてしまった。

 

  夏までは願子たち四人も最高の部活をみんなに知って貰おうと頑張ったのだが、今現在目下修行の身である四人に学園祭を楽しむ力は残っていても、学園祭で楽しませる力は残っていない。

 

  副部長はと言うとこちらも八雲紫に外の異変解決者としての仕事を願子たちの修行を見る合間にちょくちょく入れられており、文化祭に向けて新たに何かを作り考える時間は全く残されていなかった。

 

  だがそんな事態でも副部長の見事な発案によって事態は急激に加速する。

 

  展示物は複製がありそれを展示すれば最低限不見倶楽部としての体裁は整う。これに加えて校外、校内向けの発表を同じく最優秀賞を取った京都の五光同盟に任せてしまおうと副部長は考えたのだ。同じオカルト研究部であり、最優秀賞をとったもの同士これは使えると白羽の矢がたった。

 

  ただ自校の文化祭に他校の生徒を呼ぶというのは些か問題があるのではないかと生徒会長、副会長、珍しく姿を見せたヘルメットを被ったような髪型にでっぷりとした体型の校長が疑問の声を上げたが、それに答えられない副部長ではない。

 

  五光同盟が在籍している高校は京都でも歴史が古く西日本では優秀だと有名な学校である。そんな学校と繋がりがあり、そこの優秀な生徒が発表をしてくれるような間柄であると知れれば学校の評価も上がるだろうといった副部長の口車にまんまと乗せられた生徒会長と校長が了承、副会長は未だ疑問を持ってはいるが、生徒会長が是とした意見に反対することはなく、生徒会長は意気揚々と五光同盟の在籍校へと訪ねて行った。

 

  だが誰もがここからが問題になるだろうと思っていた。いくらこちらが来てもらうことにしたとはいえ、向こうがそれを了承することはないのではないか? この疑問を副部長が受けた時の全て手のひらの上といった悪そうな笑みを願子たちは絶対に忘れないだろう。

 

  結果を言うと相手側は生徒会長を含めた短い協議の結果二つ返事で了承した。一葉高校の無駄に長い歴史がここで遂に効果を発揮したのだ、一葉高校も歴史という点で見るならば相当に格式は高い。恐るべきはそれを誰より早く見抜いていた副部長であり、情報戦が得意という看板に偽りはなかった。それに合わせて短い協議だけで相手を丸め込んだ生徒会長の手腕も見事だったことを忘れてはならない。

 

  だがそこまで決まった段階で今度は不見倶楽部の内側から待ったの声が聞こえたのは副部長の予測を超えていた。

 

  願子たち四人ではない。彼女たちは修行でそれどころではなく、寧ろ副部長の案に、楽になるならなんだっていいと大手を振るって賛成した。反対したのは橙だ。

 

  外の異変解決者である安倍 伊周が絶対に来ると予測した橙は、わざわざ苦手な相手を呼びたいわけもなく、また願子たちに外の異変解決者のことがバレることを恐れ反対した。

 

  好奇心の強い願子を筆頭に外の異変解決者のことを知れば自分たちもと言うに決まっている。だがそれを受けても副部長が顔を縦に振ることは無かった。刑部の一件を聞いた副部長は、そろそろ願子たちに過保護になることを止めようと考えていたのだ。自分の身は自分である程度もう守れるとの判断だったが、そうは言っても自分の仕事が増えてしまうと橙も頷かない。

 

  そんな橙の反抗は、しかし「飯抜き」という副部長の決して長くない言葉によって呆気なく終わりを見る。こうして全ての問題は綺麗に片付き、文化祭までの残りの期間は各々悠々自適に過ごせると思われた。

 

「不見倶楽部の皆さん久しぶりやなー」

 

  だがそうはならなかったのだ、困ったのは伊周のレスポンスの早さ。まだ文化祭まで二週間はあろうかというのに、日曜日にひょっこりと部室に顔を出してきた伊周に誰もが驚きの顔を向ける。

 

  この事態は副部長も知らなかったようであり、伊周を見た後続けて副部長の方を見る十二の目に副部長は苦笑いしか返せなかった。

 

  部室に入って来た伊周に不見倶楽部流の挨拶とも呼べるコーヒーを手渡しソファーへと促すと、伊周は「なんやうちお茶の方がええんやけど」と全く遠慮のない一言を言い、苦い顔をする副部長をよそになんだかんだ言って口をつけるとそれ以上文句が出ることは無かった。副部長のコーヒーマジックとも呼べるこの現象を願子たちが理解出来る日は来ないだろう。

 

  昼間でも点いている部室のランプの柔らかい灯りが伊周の肌を照らし、日本人らしい美しさを持つ伊周の魅力を存分に引き上げる。大正浪漫の空気を放つ部室にいる伊周を全く不見倶楽部のことを知らない誰かが見れば、誰もが彼女が部長なのだろうと勘違いするほど伊周は部室に似合っていた。

 

「で? なんの用なんだ?」

 

  それが気に入らないのか、自分で呼ぼうと決めた癖に副部長の棘のある声が伊周にかけられる。しかし、件の伊周はそんなこと全く気にしていないようであり、細い目をさらに細めるだけだ。

 

「なんの用って、あんさんたちの文化祭に決まっとるやろ、本番一発で上手く発表出来るほどうちは手慣れとらんし、下見や下見」

「ならここに来なくてもいいじゃあねえか、発表する体育館にでも行ってりゃいいだろ」

「あーん、伯奇さん冷たいなあ」

 

  上手く発表が出来ないという見え透いた嘘に出会った当初から静かに攻撃的な色を瞳に含む伊周に伯奇も苦言を言うが、子供っぽい伊周の返事に簡単に流されてしまう。言っていることは最もであるのだが、伊周という女はどうも信用に欠ける空気があると副部長も伯奇も口には出さないが同じ意見だった。

 

「驚いたわ、あんさんたち強うなったなあ、ちょっとだけやけど、何したんや?」

 

  副部長と伯奇が相手をしてくれないことをいいことにすぐに伊周は願子たちにちょっかいをかける。執務机の椅子に座る副部長とその執務机に腰掛ける伯奇を見ていた顔がぐるりと百八十度回り同じくソファーに座っていた願子たち四人に向けられて、願子たちは何も言えなかった。

 

  それは向けられた細い目の奥に宿る瞳に恐れを抱いたわけではなく、純粋な驚きによるものだ。まだ伊周がここに来てより一言も修行をしていると言っていない四人の今の実力を見抜き、馬鹿にしている言葉も含めて彼女の実力がやはり相当高いことを表している。

 

  それに加え今まで会ってきた身近な人間の実力者である副部長、伯奇、刑部の誰とも違うオーラが四人の口を開かせてはくれない。ランプの灯りがそんな張り詰めた空気に揺られ、照らされた四人の顔は弱者のそれだ。そんな四人の様子にこんなものかと一人納得して、それ以上何も言わずに副部長と伯奇の方に振り返る。

 

 そんなある種傲慢な伊周の態度に辟易(へきえき)しながら、ソファーの一番奥でそれを見ていた橙は鼻で笑う。橙の様子から少なくとも伊周より願子たち四人のことを橙が好いていることは間違いない。

 

「修行だよ修行、前時代的かもしれないがな」

「なるほどなー、ええやない。昔から効果あるって分かってることに間違いはないよ? それが微々たるもんでもな」

「嫌な言い方してんじゃねえよ、初めて会った時みたいに猫かぶるのは止めたのか?」

「だってどうせもうばれてるんやろ? だったら自然体のままの方がうちも楽やしそっちも気を使わんといてええから楽やろ」

 

  確かに伊周の言う通りではある。軽井沢で会った時のように素知らぬ顔で心の会話を続けるのは副部長も伯奇も疲れるだけだ。それが分かっていての伊周の発言。副部長は特に表情を変えないが、伯奇の顔は攻撃的な笑顔に変わった。

 

「なら気を使わないついでに一発やるか? お前もどっちが上か気になってんだろ? 教えてやるよ」

「いややわあ実力を見抜けない人間ほどよく吠える思わへん?」

「ぁあ⁉︎」

「伯奇止めろ、部室壊したらただじゃおかんぞ」

 

  勇んで腰を上げる伯奇に副部長の低くなった声がかかる。伊周と副部長を何度か見比べた後大きな舌打ちをすると不機嫌な顔で伯奇は元いた場所へと静かに腰を下ろした。それにより深い笑みを浮かべるのは伊周。『博麗』が人の言うことを素直に聞いたのがそれほど可笑しいらしい。だがこれは純粋な力量差によって伯奇が動いたわけではなく、普段の生活力の差から、今夜のおかずの減り具合を考えて伯奇が従っただけであることを伊周は知らない。

 

「なんや伯奇さんその男の言うことを聞くんやなあ、諏訪の守護神なんて言われてるし噂も紫さんから聞いとるけど、こう前にしたら全く強そうやないやんか、なんでそんな男の言うこと聞くん?」

「うっせえな、お前には分かんねえよ」

「おやまあ、なら是非とも教えて貰いたいなあ諏訪の守護神さん?」

「その呼び方マジで止めろ」

 

  相変わらず変な女に興味を持たれる副部長は不憫である。なにを試そうかと頭を働かせ始める伊周だったが、この殺伐とした空気に遂に耐えられなくなったのか動いたのは橙だった。今諍いを起こしているのは外の異変解決者たちでもある。その監督役である橙が使命感に背中を押されて動いたことで最悪の事態は避けられた。

 

「ちょっといい加減にしなさいよ! 私結構ここ気に入ってるんだから変なことしたら許さないわよ伊周!」

「……はーい、橙さん怖いなあそんな怒鳴らんでも変なことなんてせえへんよ」

 

  どこか不満げではあるものの伊周は素直に一応返事は返す。もともとそこまでやる気は無かったということもあるが、自分を前にした時橙がそういうことを言ったことが無かったために少し驚いたということの方が大きい。半歩程であろうが成長を見せる橙が伊周には面白くない。

 

「全く! そんなに誰かと闘いたければ刑部と闘ってればいいのよ、あの戦闘狂なら満足させてくれるでしょ!」

「刑部さん? 確か私たちと同じ外の異変解決者の一人やね、なんで今その名前を出すんや?」

「今諏訪にいるからよ」

 

  この橙の素っ気ない答えに伊周の細い目が少しだけ開いた。諏訪に外の異変解決者が三人もいる。式神を使えることから、伊周はたまに橙の視界を覗いていたりするため、実は全ての外の異変解決者を知っている。その異変解決者がこの狭い街に三人も集まっている事実が信じられない。

 

「……なんや始まるんか?」

「別に偶然でしょ」

 

  偶然では無いだろうと、伊周は心の内で舌を打った。実は伊周がこれだけ早く諏訪の地を踏んだのには当然先ほど自分が述べた以外の理由がある。それをおくびにも出さずぬけぬけと言う伊周は相当曲者だが、そんなことは副部長も伯奇ももっと胡散臭い相手を知っているため気にはしない。

 

  その副部長たちが胡散臭いと言う相手に伊周は言われたからここにいるのだ。「諏訪に行きなさい」と言ったただ短い一言を残してスキマへと消えた妖怪の言葉に従って来てみれば、なんとも面倒くさそうな状況が息を潜めて待っていた。橙の言葉を聞いて能天気な反応が出来るほど伊周は頭が悪く無かった。

 

  おそらくこれ以上なにを誰に聞いても望んだ答えが返ってこないだろうと決めつけた伊周は口を噤んだが、その代わりに口を開いたのは願子たちだ。外の異変解決者という新しい怪しげな言葉と、実力者であると分かっている伊周の思わせぶりな態度は四人の心を不安にさせる。

 

  自分たちが頼りにしている男がまた内緒で何かしている、それもきっと自分たちにも関わるかもしれんしことでと勘付いた四人の目が一気に副部長に集まり、それを向けられた副部長は分かっていたというように柔らかな笑顔を返す。

 

「副部長? 私たちの聞きたいこと分かりますよね?」

「ああ、分かるよ、そして話そうか。そろそろいいだろうからな、なあ橙」

「え、私⁉︎」

 

  なんとも大物ぶった副部長の言葉は、しかし自分一人で責められるのは嫌だというチキンな想いによって幼気な子猫を道連れにする言葉が後に続く。副部長に向いていた顔が一転して自分の方に返って来たのを確認すると、橙は副部長をこれでもかと睨みつけるが、「橙が全部知ってるんだ」と追い打ちをかけてくれた。

 

「ねえ橙、分かってると思うけど言ってくれないなら刑部を向かわせるよ」

「刑部さんいつの間に友里さんのペットみたいな立ち位置に……」

「いや杏ちゃん、初めっからだった気がしないでもないよ?」

「あら友里さんと刑部さんは仲がいいのね!」

「塔子、今はそういうのいいから……」

 

  塔子のおかげで少しだけ糸を張ったような空気が緩む。だがふざけていても四人の目は決して橙から外されることはない。伯奇も副部長も諦めたように橙を見て頷くばかりであり、なんの手出しもしないことに決めたらしかった。橙の目が二人を射殺さんばかりに細くなるが、そんなことは願子たちには関係無い。

 

「それで?」

「うん、外の異変解決者のことでしょ、それは紫様が認めた外の世界で幻想郷のために動く者たち、幻想郷の不利益になる者を殺す役目の者だよ」

「いや殺すってそれは」

「冗談じゃないよ?」

 

  決して目を離さないで四人の顔を見てくる橙に本当に嘘ではないということが四人に伝わってくる。想像以上に殺伐とした正体に四人の頭は理解しないようにと喚こうとするが、先日に出会った刑部の姿がそうはさせまいとちらついてしまう。

 

  刑部は馬鹿ではあったが、願子たちを本気は出さなかったが殺そうと動いていたのは確かだった。『こちやさなえ』と『博麗 伯奇』によって常識では考えられないほど続けざまに来た強烈な死の色を含んだものを前に四人の心は刑部に会う頃には麻痺してしまっていたが、それが親しい者から言葉として伝えられたために解けていく。

 

「え? つまり副部長はそんなことをやってるの?」

「言っておくけどあんたたちが思っているようなことではないよ、どちらかと言うとあんたたちが副部長と最初に会った時に出た『こちやさなえ』の退治みたいなものよ」

「そんな、副部長先輩またあんなのと闘ってるんですか?」

「まあね」

 

  えらく簡単に告げられる副部長の肯定に喉から出かかる文句も飲み込みざるおえなかった。副部長という男の困ったところは、その行動の根元を探ると、どこかしらで必ず四人のためという言葉が付いてくる。今回もそういったものがどこかしらで垣間見えることは間違いなく、それに対してなぜ? という言葉を副部長に投げるには四人は副部長と長く居すぎた。そんな四人に今できることがあるとすれば、文句を言うことではなくこれからのこと。

 

「副部長次からは私もついて行きますよ」

「そうね、これ以上蚊帳の外は嫌かしら」

「折角強くなったんです。副部長のためにも頑張りたいです!」

「ていうか帰ったら刑部はお仕置きね。あいつ何にも言わないんだから」

「あんさんたち意気込むのはええけど本当にうちらの手伝いする気なんか? やめといた方がええよ、怪我するだけや」

 

  これまで黙っていた伊周だったが、自分が見つめた時とは打って変わって元気になった四人を嗜める。それは足手纏いになるだろうからということと、単純に死に急ごうとしている者を止めようという人なら誰にでもある小さな優しさから出た言葉だ。

 

「大丈夫! もう怪我なんて慣れてますからね!」

「…………分からんなあ」

 

  伊周の頭の中でどうしようなく弱い存在である願子たち。その評価は初めて会った時から多少強くなろうとも変わっていない。なぜなら伊周は天才なのだ。どれだけ願子たちが強くなろうと決して手の届かない領域に自分がいるとこれまでの人生で分かっている。それは副部長も伯奇もそうだ。同じ外の異変解決者でも同じ評価だ。伊周が認めるのは同じ天才だけ、外の異変解決者でそれに該当すると伊周が思っているのは美代だけである。

 

  だが伯奇、刑部のことは凡人なりに使えるやつらだという認識があるからまだ何も言わない。そうでない願子たちがなぜ自分から危険なことに首を突っ込もうとするのか全く理解できなかった。いくら親しい者のためや自分のためでも無理なことは無理であるというのが伊周の考えだ。

 

「副部長先輩、もう一つの方はどういうことなんですか?」

「外の異変解決者が集まってる理由か?」

「そうです」

「まあ橙の言ったように偶然じゃあないな、紫さんが一枚噛んでるのは確かだし、なあ安倍さん」

「んー? そやなあ、まあ言ってしまうと私がここに居る本当の理由は紫さんに行ってこい言われたからやし」

 

  さらっと手の内を明かす伊周に四人と橙は驚くが副部長と伯奇はそうではない。伯奇は紫だからという理由であったが、副部長は別のことでそうだろうなと納得していた。

 

「あらなんで紫さんが?」

「お前たちには言ってなかったが最近諏訪で祟りが減り始めたんだ。おそらくそれの関係だろうな、全く頼んでもいないのに面倒ごとを増やしてくれる。人数だけ集めたってまだ何も始まっていないし何が始まるのかも分からないというのにいったい何がしたいのやら」

「なんやあんた分かっとたの?」

「ここは諏訪だぞ、ここのことなら俺は誰よりも詳しい」

 

  伊周は内心本当に驚いた。自分でも気がつかなかったことにこの弱そうな男は気がついているという事実。それがどうにも面白くない。さえない風貌の一般人と変わらぬ男を伊周はまじまじと見つめるが、全く何も分からなかった、それがより忌々しい。

 

「副部長、祟りが減ると良くないんですか? ひょっとしてまた祟りが流れ込んでくるとか?」

「いやこれはそうじゃないな、減っているとは言ったが落ち着いていると言った方が正しいだろう。『こちやさなえ』を最後に大きな祟りの塊は無くなり、伯奇が来たあたりで急激に残りの祟りが沈静化し始めた。それを紫さんも分かってるのさ、これはきっと嵐の前の静けさだって」

「なんだよおい副部長、お前には何が見える?」

「それがまだなにも、だから不気味なのさ」

 

  副部長の言ったことに嘘はない。おかしいと常々思っていた副部長は勿論複眼で毎夜諏訪の様子を眺めている。しかし、その眼に映るのは静かに佇む諏訪子と代わり映えのしない文明の光の線だけであり、なんの変化も起きていなかった。祟りが勝手に落ち着くことなどあり得ない、だからこそ不気味と言ったのだ。何かが水面下で動いていることは間違いないのに、それが全く感じられない。あらゆる祟りの相手をしてきた副部長でもこれは初めての経験だった。

 

「あたしがお前と闘った時にあたしが退治しちまったってことはねえのか」

「ずっと見てたんだからそうなら分かるさ」

「なんやあんさんら闘っとったんか、で、どっちが勝ったんや?」

「う、うるせえな! お前実は知ってて聞いてんじゃねえのか⁉︎」

 

  もし伯奇の言った通りなら伊周はわざわざ聞いたりせずに皮肉を言う。それを引いても伯奇の態度から伯奇が負けたのだろうという事実に行き着くのは簡単だった。そのため伊周の顔が再び悪いものとなったのは言うまでもなく、広がる霊気が部室の磨りガラスを揺らし始め、また副部長に怒られることとなった。

 

「仲がいいのは結構だが、それはここじゃあなくて外でやってくれ。ただでさえ新しい面倒が増えることが確定したってのにそんなことをしている場合じゃあないだろう」

「仲がいいように見えんのか? だったらお前の眼は節穴だな。だいたいその面倒って奴もいつ来るか分からないんだろう? だったら今はいいじゃねえか」

「馬鹿、言っておくが諏訪の祟りのことじゃないぞ」

 

  ここまで諏訪の話をしていたのだからそう思うだろうと、伯奇は眉を顰めたが、それによって落ち着いたおかげで副部長の言いたいことに伯奇はすぐに辿り着いた。

 

「あたしがいてお前がいて伊周がいて刑部がいる。五人目のことか?」

「そうだ、間違いなく五人目も諏訪に来るぞ。いくらなんでも大袈裟に準備しすぎだな。これまで外の異変解決者の仕事でここまで大掛かりなのはまだ体験していない。安倍さんや伯奇はどうなんだ?」

「なんやむず痒いから安倍さんやなくて伊周でええ。うちも今までこんなに異変解決者が揃ったのはあったことがないな」

「あたしだってそうだぜ、だいたいのやつは今まで一人で十分だったし、ここ最近はお前と橙が居たから楽でしょうがなかった」

 

  二人の答えを聞いて副部長は参ったと頭を押さえて椅子に沈み込む。高い椅子の反発力に身体を揺らしながら思考の海へと潜る副部長だったが、望む答えに行き着くことはない。副部長には珍しく分からないことが多すぎた。

 

  副部長が沈黙したことにより、話題は自然と五人目の異変解決者が気になった願子たちによって美代の方に話が移っていく。

 

「五人目の人ってイタコなんだっけ? どんな子なのか知ってるんだよね橙ちゃん」

「前に言ったけど自分にどんな霊でも降ろせる子。凄いわよ鬱陶しくて、刑部もうるさいけど、刑部よりもずっと頭が回る分隙のないうるささっていうか」

「取り敢えず困った子だっていうのは分かったから、本当に来るわけ? あんた紫の部下なんだから知ってるんじゃないの?」

「……知らない」

 

  悲しいことに橙は本当に知らなかった。紫に信頼されていないのではないかという不安の種が一粒橙の心に落ち、それが芽を出すかに思われたが、そんなことではいけないと自分の手でそれを握り潰す。

 

「でも紫様のことだもの、きっとマリアナ海溝より深いお考えがあるのよ!」

「そうですね、紫さんて何考えてるのか全然分かりませんし」

「意外と何にも考えてないんじゃないかしら?」

「安心していいぜ、それだけはありえねえ」

 

  伯奇の言った通りそれだけはありえない。八雲紫は例え死んだとしても頭を回し続けているんじゃないかというような妖怪だ。それが小さいことであれ大きなことであれ絶対裏がある。橙を除き最も紫と付き合いが長く、また紫のことが嫌いな伯奇にはそれがよく分かる。

 

「なんにせよ近い未来に厄介ごとが起こることが分かったんだ。それもお前たちの故郷でな、修行の質を高める必要があるだろうぜ、これからはあたしも相手してやるよ」

「え? 本気なの伯奇」

「ったりめえだろ、お前らあたしが協力するからには今よりもっと強くなれよな。そこで薄気味悪い顔で笑ってやがる奴をボコれるぐらいにな」

「ひどいなあ、うちがいったいなにしたっていうんや」

「それだよそれ! それが気に入らねえ、周りがなにしても自分は関係ねえ、その気になれば全て自分で終わらせられるって顔がな。今に見とけ、凡人の力って奴をお前に教えてやるよ」

 

  凡人の力、それがいったいなにになるというのか全く伊周は理解できない。だがまるで自分たちはなんだってできるといった顔を見せる願子たちと伯奇の姿からは後光が差しているように眩しく見え、それが伊周にはどうしようもなく羨ましく思える。

 

  努力できるというのは一種の楽しみである。それをすれば新たな自分に近づけると実感できるからだ。無理なものは無理であるが、そうでないものに手を出して、全て上手くいってしまう自分には遠いことだと伊周は一人五人から離れて執務机へと腰掛ける。

 

「なにを怒っているんだお前は」

「なんや諏訪の守護神さん復活したんか? 起き抜けに女の子に言う言葉やあらへんね」

「その呼び方はマジで止めろ伊周。まあなに、紫さんにどんな思惑があれ俺たちは所詮駒だろう。だから与えられた仕事を断ることは出来ない。俺も、お前もそうだろう? 仕事が終わるまではうちでゆっくりしていけばいいさ」

「そやな、うちもこの部屋は気に入った。部屋だけな。あんたみたいなオマケが多いけどそこは我慢やね。なあ副部長さん、うちにはまだ分かんないんやけどあんたはうちを楽しませてくれる?」

「知らね」

 

  短く告げられた副部長の言葉からは勘弁しろと言った苦労の色が滲み出ていた。それを受けた伊周は退屈にはならなそうだとしばらく副部長とのなんでもない会話を楽しんだのだった。




年末の長期休みに今までノリと勢いで書いてきた話を大幅な誤字、脱字の修正、加筆を加えます。多分文体的にはこの話や前回の話みたくなるでしょう。安定した文章力が欲しいものです。

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