不見倶楽部   作:遠人五円

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軽井沢でオカルト総会!

  軽井沢。

 

  避暑地と言えば? という質問で多くの人間が思い浮かべるだろう土地の筆頭であろう。多くのアーティストや文化人もこの軽井沢をこよなく愛し、日本離れした空気を孕む軽井沢は日本人だけに限らず外国人の愛好家も多い。

 

  そんな軽井沢は歴史も古く、有名なクラシックホテルが二つもあり、その内の三笠ホテルは営業を辞めてから観光スポットになってしまったが、もう一つの万平ホテルの方は今現在も営業を続けている。

 

  万平ホテル、『鬼平犯科帳』『剣客商売』という人気作を生み出した著名な時代小説家『池波正太郎』。言わずと知れた『ビートルズ』の『ジョンレノン』。明治期には教科書に載る『東郷平八郎』までもが宿泊した歴史、気品共に完璧なホテルだ。

 

  明治期からというようにその歴史は古く、江戸時代後期に旅館としてできたのが始まりだ。そんな万平ホテルにオカルト総会を前日に控えた不見倶楽部のメンバーとオマケ二人は宿泊している。

 

「やばいよ……」

「やばいね……」

「やばいです……」

「やばいわね……」

 

  そんな中で願子たち四人はベットに腰掛け動けないでいた。万平ホテルに来る前までは願子たちのテンションは最高潮、遠足に来た小学生のようだったのだが、いざ万平ホテルを目の前にすると借りてきた猫のように大人しくなってしまう。

 

  ただ眺めるだけなのと泊まるのでは全く意味が異なってくる。それも泊まるのは本当に一流のホテルなのだ。願子たちはただのと言うには少し変わっているが、それでも今までは普通の女子中学生で女子高生、木造の豪華で荘厳な空間にいて緊張しないわけがない。

 

  万平ホテルのアルプス館。明治十一年に造られた万平ホテルを代表するクラシックツインルーム。それを二部屋借りている。緑の落ち着いた若草色の床、すっきりとした色合いで主張し過ぎないベット、欧州の空気を存分に吸いながら確かに見える日本の色との調和の美しさは見たものにしか分からない。

 

  少しでも壁に触れるのも戸惑われベットから一歩どころか体を動かすのも億劫(おっくう)だ。そんな四人のなんとも庶民的な態度に舌打ちを打ちつつ呆れている伯奇、なんだかんだこういう空気に慣れているため椅子の上で丸まり寛いでいる橙、壁際のテーブルでいつものように眼鏡を掛け手元で何かを書いている副部長と完全に部屋の中は二分されていた。

 

「おいおいお前らよお、なあにそんな風に縮こまってんだよ」

「いや伯奇、あんたはなんでそんなに普通にできるのよ。なんかこうおっかなくないの?」

「お前なあ、壊しちまうのが怖えのか? 言っとくが金払って来てんだからそんなこと気にしてんじゃねえよ」

 

  泊まる対価にしっかりお金を払う。伯奇の言う通り払うものは払っているのだからそんなに気にすることでは無いのだが、四人には伯奇に言いたいことが一つある。

 

  なんでいるの?

 

  これだ。オカルト総会には不見倶楽部が参加するためにわざわざ軽井沢まで来た。不見倶楽部がだ、しかも一応一葉高校として学校行事として来ているのだ。八雲紫からの命で動いており、四人の近くにいなければならない橙は一緒にいるのはしょうがないとして、伯奇がさも当然のように一緒にいるのはおかしい。

 

  自分たちのことを守ってくれているとも知らず、猫のように顔を掻いている橙の可愛さに癒されつつ四人は伯奇にそのことについて問い詰めたいが、残念ながら鬼のように強い伯奇に早々文句を言う勇気は無い。そんな四人に変わって珍しく副部長が眼鏡を外して口を開いた。

 

「まあ確かに、お前たちうちの部室で慣れてるだろ」

「副部長、不見倶楽部の部室はすごいと思いますけどここと比べるのは流石に無い」

「友里酷くね?」

「私は部室の方が好きですよ副部長先輩!」

「あんがとさんよ、で? なんで伯奇までここにいんの?」

「あ?」

 

  副部長の問いに答える伯奇の威圧した声。だが数日繰り返した伯奇との会話に慣れた不見倶楽部の部員たちがそれに引き下がることはなく、ジトッとした目が伯奇に集まる。少し気まずそうに頬を掻き目線を反らす伯奇は、口をモゴモゴ動かして、やがてゆっくり話し出す。

 

「なんだよ、あたしがいちゃ悪いのかよ」

「悪い、お前が勝手に予約変えたせいで追加料金が発生したんだよ。その金は不見倶楽部の部費なんだぞ、五人の中に無理やり橙をねじ込んでただでさえ金が追加でかかってんのにお前の分までもう払っちまったせいで諏訪に帰った時に会長に怒られるのが確定になった。どうしてくれる」

「いや知らねえよ、だいたいお前と橙が居なくなったらあたしは一人で留守番だぜ? 飯はどうすんだよ」

「自分で作れよ、俺ばっかりに任せてないで」

「無理、作ったことねえ」

 

  誇らしげに言うが全く自慢にならない。そんなことよりも伯奇と橙と副部長が一緒に住み始めてから副部長がずっとご飯を作っていたという事実に死んだ目になった四人の目が伯奇に集中する。

 

「なんだよお前らその目は! しょうがねえだろうが、あたしは博麗の仕事で今まで忙しかったんだよ!」

「あらそんなに自分の生活力の無さをアピールしなくてもいいと思うのだけれど」

「うるせえな‼︎ だいたい今まで田舎で生活してたせいでこういうとこ来んの初めてなんだ、着いて行くに決まってんだろ!」

 

  伯奇の叫びは強く悲しい。不見倶楽部以上に実は今回の子旅行を楽しみにしていたのは伯奇だった。オカルト総会という千人以上の同じ想いを持ったものがが一同に集まり、その場は歴史も古く日本離れした軽井沢。妖怪と山しか無かった遠野からあまり出たことがない伯奇からすれば、博麗の里を出禁になったものの、今まで尖っていたためにそこまで仲の良い者がいない博麗の里よりも、ある程度好きに言い合える不見倶楽部の者達との万平ホテルでの時間が楽しくないわけがない。オカルト総会についてはそこまで楽しみにしてはいないが、今この瞬間は伯奇が望んでいたもの。叫びの余韻に浸りながら少なからず伯奇の口角は上がっている。

 

「まあ過ぎたことはしょうがない。伯奇に関してはどこかで今回の分働いて貰うとしよう」

「へいへい、分かりましたよ副部長様」

「全く心がこもっていませんね」

 

  「なんだよ杏ー」と、ベットを大きく弾ませながら杏の横に飛び付く伯奇の姿はただの女子高生の姿。初め会った頃からは想像もできないくらい柔らかい。伯奇のおかげで緊張の無くなった四人だったが、消えた緊張が移ったかのように急に橙が毛を逆立てる。

 

「うぇ? どうしたの橙ちゃん」

「黙って! 副部長‼︎」

「ん? なんだ?」

 

  橙が椅子から飛び降り副部長の前へと躍り出る。橙が何かに気がついた。それは動物の第六感なのか伊達に八雲の式ではないからか、副部長でさえまだ気付いていないらしいホテル内の僅かな変化を橙は見逃さない。

 

  橙に続いて変化に気がついたのは伯奇だった。杏の横で上げていた笑い声をピタリと止め、顔を醜悪に歪めていく。だがそんな伯奇とは異なって、いつもならこういう事態に(おちい)った時に真っ先に立ち上がる副部長は何が何だかといった感じで眉を顰めるばかりで動かない。

 

  そんな副部長に橙と伯奇はイラついたように溜息を吐く。副部長が動かないのならしょうがないと動いた伯奇が入り口の扉の前に立ち、扉をゆっくりと開いた。

 

  白い影だ。扉を開いて少しするとそうとしか言いようのないものがゆっくりと静かに音も立てずゆらゆら揺れる足を動かして開いた入り口の前を横切った。空間に無理やり色をつけたかのようにぽっかりとそこだけ白く、それがゆらゆら揺れる様は生きているものでもなければ、今まで願子たちが出会ってきた不思議な者たちとも違う。あまりに唐突に現れた幻想に思わず願子は無意識に間抜けな声を出す。

 

「え?」

 

  すぐに消え去った白い影を願子の声を合図にして伯奇が追って外へ飛び出す。逆に橙は願子たち四人の前へと立ち塞がるように移動した。願子が一度目を擦り再び入り口を見てみるがそこにはもうなにも無く、まるで夢を見ていたみたいだ。だが目の前で同じく入り口の方を鋭い目付きで眺める橙の姿が夢ではないと言っている。

 

「別に危険は無いさ」

 

  今まで黙っていた副部長の声に橙も含めた五人が副部長の方へと振り向くと、いつの間にか複眼を晒した副部長が同じく入り口の方を眺めている。その顔はなんとも微妙なものであり、呆れ半分期待半分といった感じだ。

 

「万平ホテルは百年以上の歴史があってな、当然そんなに長く続いていればオカルトの一つや二つは持っている。万平ホテルには幽霊が出るという噂があるんだが」

「あれがそうなんですか? 副部長」

「いやあ、どうかなあ、幽霊にしてははっきり見えたし、あっ!」

 

  願子の問いにもどうにも煮えきれない副部長に誰もなにも言えなかったが、急に声を上げた副部長に全員の肩がぴくりと跳ねる。副部長の肌からぶわりと冷や汗が流れ、顔色がどんどん悪くなっていく。

 

「副部長先輩どうかしたんですか⁉︎」

「ああやべえぞ、伯奇のやつがちょっかい出そうとしたんだが、その瞬間に伯奇の野郎が吹っ飛ばされた。それで衝突した壁が凹んじまってる。最悪だ……。お前ら全力で他人のふりをするぞ! 出禁になったら人生おしまいだ!」

「いやあんたなに言ってんの!」

「そうだよ副部長! だったら助けに行かなきゃ!」

「いやいやお前らが思ってるほどピンチじゃ無い…………行っちまった。なあ橙、俺も行った方がいいのか?」

「そりゃそうでしょ、って私も行かないと!」

 

  副部長と橙を残して部屋を出た四人は伯奇を助けるため走ろうとしたが、部屋を出た途端に立ち上がろうとしている伯奇が目に入り、少し安心する。副部長の言っていた通り伯奇の後ろの壁は伯奇の形に綺麗に凹んでしまっており、素晴らしいホテルが一部相当残念なことになっていた。伯奇が衝突した音が聞こえなかったあたり衝突したというよりは押し付けられたように感じる。そんな風に凹んでいる壁には目もくれず、伯奇の目は今はいない幽霊を探しているようで、忌々しげに顔を歪めていた。

 

「あー伯奇? 大丈夫?」

「ぁあ⁉︎ 大丈夫だよ! くそあの野郎ふざけやがってクソが!」

「なにがあったのかしら?」

 

  怒り心頭の伯奇は塔子の呼び掛けにも答えず攻撃的な霊気が辺りに充満する。凹んだ壁はそれに耐えることができず小さな木の破片が散らばせ始めた。さらに悪いことに、軋むホテルの音が呼び寄せたのか、他の宿泊客の客室のドアが次々と開いていく、夜にホテルの廊下でこれだけ騒げばそうなるのも当然だ。

 

「ちょ、ちょっとどうすんの」

「私たちは悪く無いはずだけどこれ絶対面倒臭いことになるって!」

 

  それも気にせず怒りの火を纏う伯奇のせいで打てる手も無く、軋む壁の音は弱まるどころか段々強くなっていくばかりでこの場にそれを止められる者はいない。無情にも開くドアからは一人、二人と外の様子を見に人が出てくる。

 

「あ、あのうこれはですね」

 

  先手必勝、相手に何か聞かれる前にこちらから適当なことを言ってはぐらかしてしまおうと考えた願子だったが、続く言葉が出ない。なにも思いつかなかったからというわけでは無く、どうも出て来た人たちの様子がおかしい。キョロキョロ辺りを見回したかと思えば、他の客と顔を見合わせなんだったんでしょうねと言って部屋に帰って行ってしまった。まるで願子たち五人などここにいないといった反応に困惑する四人。

 

「全く世話が焼けるんだから!」

 

  そんな四人の意識を奪ったのは、急に目の前に飛び出してきた橙だ。得意げな顔で出て来たあたり橙がどうにかしたらしい。諏訪を発ってから目立つ猫耳と尻尾を持っていながらここまで願子たち以外の者たちが誰も気にしなかったのは橙の持つ妖術を操る程度の能力のおかげだ。その力は微々たるものであるのだが、人間を騙すにはそれだけあればいい。その能力のおかげで今もこうして他の客の気をそらした。

 

「ほら今のうちに戻るわよ! 早くしなさい!」

「ありがとう橙ちゃん!」

「ありがとうございます!」

「うんうん、もっと敬いなさい!」

 

  気分を良くした橙を先頭に怒れる伯奇をなんとか動かし部屋に戻ると、全く副部長は動く気が無かったようで、願子たちが出て行ったのと全く同じ場所で複眼をぱちぱち開けたり閉じたりしているだけであり、そのおかげですっかり願子たち六人から毒気が抜けてしまった。副部長が動く気がないということは、この件はそこまで切羽詰まったようなものでは無いことを表している。落ち着いた六人が部屋に入り次にとった行動は伯奇になにがあったか聞くことだ。落ち着いたとはいえそれでもまだ興奮していた伯奇だったが、いつどうやって淹れたのか部室にいる時と同じように副部長がコーヒーを全員に手渡したため、間が外れて肩透かしとなった伯奇がようやっと話してくれた。

 

「霊力も魔力も感じなかったから少し驚かせてやろうと思ってよ、それまであたしが近づいても見えてないみたいに気にされなかったからさ。だがあたしが霊気を放とうとした途端振り返ってこう手をかざされたんだ。だが霊力も魔力もねえから特に警戒しなかったんだが、急に全身をなんて言うんだ、掴まれたに近いな。それでこう壁に押し付けられちまったってわけでよお、結界だってめっちゃ簡単なやつだが張ってたんだぜ? だっていうのにクソ! 話してたら段々イラついてきた。あのやろう……!」

「分かったからあんた少し落ち着きなさい」

「全く友里の言う通りだな。お前これ以上何か壊したらもう俺は知らないぞ」

「チッ! 分かったよ!」

 

  そっぽを向く伯奇の顔に多少赤みが差しバツの悪そうなものになっているあたり反省はしているらしい。ただ伯奇が落ち着き一件落着ではない。残された謎をそのままにしておくことを不見倶楽部は許さない。その中でも、例え間違っていようともなにかしらの答えを出さなければ、願子の頭の中に潜む好奇心という名の悪魔は満足してくれないだろう。『こちやさなえ』や『博麗』の時でさえ止まなかった『きっと面白いことがある』という悪魔の(ささや)きが願子の心の中で反響する。伯奇から目を離した願子が、次に副部長に飛びついたのは言うまでもない。

 

「それで副部長、あれっていったいなんなんですか?」

「霊体であるのは確かだ。まあそれはお前たちも見たから分かっているとは思うんだが、ただ構成している要素が異なる」

「構成している要素ぉ? なんだよおい副部長なにが見えた」

「電気」

「え?なんですか副部長先輩」

「電気だよ電気、普通霊体ってのは霊気が構成してる形の中核を担っているんだがあれはそれが電気だったんだよ。意味わからん、どうやったらあんな風になるのやら」

 

  バチバチ弾ける電気の塊、それを無理やり人の形に押し込めた。そういったものが副部長の目には写っていた。似ているようでも霊気と電気ではまるで違う、電気を人の形に固定するということがどれだけ異常なことなのかこの場で理解できるのは副部長、伯奇、橙の三人くらいのものだ。それよりも副部長でさえ理解出来ない存在がいるということに願子たち四人は驚く。

 

「それがどう凄いかいまいち分からないんですけど」

「うーん願子、そうだなぁ説明が難しいな、取り敢えず分かってて欲しいことはあの幽霊ちゃんが自然発生した場合のものだとしたらまさしくオカルト中のオカルト、世界の仕組みの何かがズレたんだろうさ」

「自然発生した場合って、副部長さんはまさかそうじゃないと言いたいのかしら」

「そのまさかだよ塔子。あの幽霊ちゃんには何かが繋がっていた。細い糸のようなものがどこからか伸びていてな、つまり誰かしらが何かしらの力であれを動かしていたのさ。あれは幽霊というよりは分かりやすく言えばドローンに近い、オカルト用語なら幽体離脱だ。つまりあれはちゃんとものを見て感じ考える頭がある」

「それを霊力や魔力もなしにその誰かさんはやったってのか? 何者だよそいつは」

「知らね」

 

  誰かさんが、何かしら、それはつまり何も分からないということだが、願子たち四人にも聞き覚えがある単語が混じっていた。

 

  幽体離脱。

 

  人の身体から魂が、霊体と実態の中心となる幽体となって抜け出た状態のことを言う。それに関しては膨大な数のレポートが不見倶楽部にあり、願子たちもその全てとは言わないが目を通していた。不見倶楽部だけでそれだけの数のレポートになるほど幽体離脱については専門の研究家までおり、心霊的、科学的な見地両方から研究されているものでもある。

 

「でも副部長、あの幽霊が誰かが意図的に出したっていうなら近くにその人がいるんですよね? 明日のオカルト総会大丈夫なの? 絶対その関係者でしょ」

「友里の言う通りその可能性は高いかもしれないな、なにせ全国から千人以上が集まっているんだ、それもオカルトに興味のある連中ばかりな。その中から何人かは分からないが目当ての人物を探し出すとなるとそれは無理だろう」

「それでも頑張って探せば!」

「ちょっとへんてこ眼鏡! 変なこと考えないでよね、副部長が無理だろうって言ってるんだから無理なんでしょ。それにお前たちはオカルト総会に参加しに来たんであって、今見たばっかりの奴の正体を探りに来たわけじゃないでしょ⁉︎」

 

  このままでは仕事が増えてしまいそうだと慌てた橙の制止がかかる。橙自身自分のための行動ではあるが言っていることは至極正しい。願子たちはオカルト総会に出るために数週間も前から諏訪を駆け回っていたのであって、今日偶然遭遇した幻想を追うためでは断じてない。しかしそうは言っても気になってしまうものは気になってしまう。それがそれなりの時間付き合っている副部長が分からないはずもなく、

 

「分かった。俺が調べとくからお前たちは総会に出ろ」

 

  という副部長の鶴の一声でようやく四人はおとなしくなった。もともと総会に出に来たのだからそれが正しい。だがそうなると副部長が出れなくなってしまうわけだが、副部長は出れなくて残念なのかと言われると実はそうでもない。中学の頃から誘いを受けていながら一度も行かなかったのだ、今回行かないくらいどうってことない。

 

  副部長のおかげでようやっと空気が落ち着きかけていたが、それは部屋の扉が叩かれたことによってそうはならなかった。橙が誤魔化したとはいえ伯奇の凹みは残ったままだ。ひょっとすると橙がどうにかする前にそれを見ていた誰かが伺いに来たのかもしれないと考えた副部長は真顔でコンタクトを戻し顔が死んでいく。使いものにならなくなった副部長の代わりに一番近くにいた塔子が扉を開けた。

 

  二度目に開いた扉の先、一番最初に目につくのは大きな黒い帽子。その下で怪しく光る眼鏡と、来訪者の身体をすっぽり包む黒いマント、ちらりと見えるマントの裏地は真っ赤であり、何かがマントの上で光っていた。僅かな胸のふくらみと肩に掛かる長めの髪、幼い顔立ちが少女であることを表している。

 

  なんともおかしな出で立ちの少女だ。普通ならこのおかしな少女を前に思考も身体も止まってしまうだろうが、そうなるには願子たちは幻想に関わりすぎた。願子たちの頭に浮かぶのは、副部長であり、マミゾウであり、紫であり、伯奇であり、橙である。警戒の色を滲ませつつ塔子は少女に向かって言葉を投げた。

 

「何かご用かしら?」

 

  塔子の言葉を受けると少女は大きく、それこそ口が裂けるかと思うほどの笑顔を見せると部屋の中へ一歩を踏み入れる。全員の目が少女へと向き、それを受けた少女は満足げに、大袈裟にマントをはためかせる。

 

「どうも皆さん初めまして、宇佐見菫子と申します」

 

 

 




宇佐見菫子のキャラが掴み辛い……。

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