不見倶楽部   作:遠人五円

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取らぬ狸の皮算用

  今日の不見倶楽部は一味違う。オカルト総会まで残り二日と迫り化け猫観察日記を急ピッチで完成に向ける。そんな願子たちを労うため……ではなくただ副部長から取材したいんだってと電話が来たために旅行も兼ねてマミゾウが不見倶楽部の部室にいた。

 

  八雲紫の異物感とは打って変わって少しでも馴染むために一葉高校のセーラー服に身を包んだマミゾウは女子高生と言えばそう見えるだろう。

 

  ただどうしても滲み出てしまう大妖怪としてのオーラがただの女子高生ではないことを教えていた。ズレた眼鏡を直すように指で押さえ、不見倶楽部の部室に立つマミゾウを願子たち四人が歓迎しないわけがない。

 

「久しぶりじゃな、みな元気そうじゃの!」

「マミゾウさーん!」

 

  快活に手を掲げるマミゾウの胸に願子が飛び込む。それを両手を開いて笑顔で受け止めるマミゾウはやはり心が広い。

 

「フォッフォッフォッ、相変わらず一番元気じゃのお前さんは、副部長が苦労しそうじゃ」

「副部長の前にあたしたちの方が苦労してますけどね」

 

  友里の一言を受けても「そうかそうか」とおおらかなマミゾウに友里も口元が緩んでしまう。友里と杏と塔子にとっては初めて幻想を見せてくれた相手だ。今日マミゾウが来ると聞いて喜ばないわけがない。

 

「それでマミゾウさんいつまでいるんですか?」

「いつまででもいたいところじゃが、佐渡の狸たちが寂しがるからのう、今日には帰るぞ」

「あら、なら今日は是非とも楽しんで行って! こんな狭い部室だけど」

「狭くて悪かったな」

 

  塔子の一言に返される副部長の皮肉も四人の耳には入っていないらしくマミゾウを囲んでキャッキャウフフと楽しそうだ。もうこのまま胴上げでもするんじゃないかという勢いの四人の相手をなんとか終えると、マミゾウはソファーの上にいる一人と一匹に顔を向ける。紛れもない伝説に残る大妖怪の視線を受け、妖怪に慣れているはずの伯奇と大妖怪の式である橙もゴクリと生唾を飲み込む。

 

「ほうほう、なんじゃ副部長また新入りか? これまた個性の塊みたいなやつじゃのう、それにこいつは化け猫じゃな。どこで拾った?」

「拾われてない! 私は紫様の命を受けてここにいるんだから……です」

 

  人間に拾われたなどと言われて黙っている橙ではない。しかし相手は噂に名高い大妖怪。それも紫と藍の話に上がるような相手だ。強気で口を開いたはいいものの語尾に迫るごとに迫力は抜けていき、終いには敬語になってしまう。そんな橙にマミゾウは嫌な顔一つせず笑い声で応えてくれる。

 

「はっはっは! お主八雲紫の式なのか! こりゃあ愉快じゃ! あの八雲紫がお前さんみたいなのを式に取るとはのう」

「違う! 紫様は確かに凄いけど私の主人は藍様だ!」

「なんじゃと⁉︎」

 

  大きな笑い声を上げていたマミゾウの顔が醜悪に染まる。先日の橙や伯奇の比ではない強大な妖気が一気に部室を包み込み、強制的に発せられた嫌な汗が願子たちの肌を濡らす。

 

「あの、マミゾウさん?」

 

  願子の声を受けてもマミゾウは元に戻りはせず、優しかった目が獣の雰囲気を帯び始める。瞳が鋭く細くなり、犬歯が伸びた。狸の特徴的な尻尾の毛は全て逆立ちそれに合わせて攻撃的に変わっていく妖気が人間たちの肌を刺す。

 

「藍、八雲藍。あの性悪狐が! なあにが動物の中では狐が一番じゃ! 狸は所詮煽てられて木に登る家畜のような存在じゃと⁉︎ 狐のどこがいいというんじゃ、ジ●リを見ろ! 狸は映画にもなったんじゃぞ! それだけで狸の偉大さが分かるというものじゃ‼︎だいたい」

 

  迸る妖気がだんだんと膨らんでいき、マミゾウの口は止まらない。マミゾウに取って絶対に踏んではいけない何かを橙が踏ませてしまったらしい。あわあわ動けない願子たちの代わりに苦笑いを浮かべた伯奇が副部長に近づいていく。

 

「おいおい副部長よお、ありゃ間違いなく大妖怪なんだろうがなんだあれ、藍への怒りが半端じゃねえぞ」

「狐とタヌキだからなあ、狐と狸の化かし合いなんて言葉があるぐらいだし仲悪いんじゃない?」

「そんなもんかねえ、まああの姿を見る限り仲良くはねえだろうな」

「絶対に次会うことがあったら赤い狐を食わせてやる! 同族食らいじゃ‼︎」

 

  ああこりゃあダメだと副部長と伯奇の冷めた顔がマミゾウに向けられるが、部室に充満する妖気の量は馬鹿にならない。青ざめた願子たちと橙は限界に近く、流石に不味いかと二人が動いた。

 

「おい副部長、あたしが結界張っててやるからあいつの相手は頼むぜ」

「ヘーイ……おいマミゾウさん。そろそろ落ち着いてくれよ。願子たちが怖がってるぞ」

「なんじゃあ! お前さんも狐が一番じゃと言うんか⁉︎」

 

  獣の目が副部長を射抜く。三日月のような視線を受けて副部長は内心ため息を吐いた。一度こうなったマミゾウは落ち着くまでに時間が掛かる。何度かマミゾウと一緒に行動している副部長はよく知っていた。普段は気のいい完璧なお姉さんだが、八雲藍が関わるとどうも子供っぽくなる。過去に何があったのかは副部長の知るところではないが、数少ない友人のためにもここは自分が落ち着かせるしかないと副部長は覚悟を決める。蟲の目が獣の目と相対する。

 

  副部長とマミゾウに限って言えば、副部長のマミゾウに対する相性は最高の一言に尽きる。ただ人より目のいい副部長だが、マミゾウの能力を看破するには十分すぎる。妖気の流れすら見透す副部長の目は、化させる程度の能力という規格外の能力に唯一完璧に対抗できるジョーカー。マミゾウはただの妖力による攻撃だけでも副部長を圧倒できはするが、それを持つだけで圧倒的な程度の能力を完封できる副部長の数少ない相手である。

 

  マミゾウにはデコピンだけで完封されると副部長は言っていたが、流石にそれは冗談だ。かなり厳しくはあるもののマミゾウの相手を副部長は存分にすることができる。

 

  膨らみ続ける妖気を前に一歩も引かずにマミゾウへと歩みを進める副部長の身体に緊張が走る。マミゾウの獣染みた表情が副部長の顔をしかと捉え、二人がぶつかる轟音と衝撃に願子たちは目を瞑ってしまう。次に目を開けた時には窓に大きな穴を一つ残し二人の姿は消え去っていた。

 

「マミゾウさんも面倒なことしますね、普通に出ていけばいいのに」

 

  大穴の空いた不見倶楽部の部室で願子たちがてんやわんやになっている頃、副部長とマミゾウの二人は学校の屋上の貯水槽の上で諏訪の街を見下ろしていた。行き交う車、湖畔を歩く人々、陽の光を受けて光る諏訪湖の鏡面の上を小さな船が滑っていく。

 

「なあに、ああでもせんとお前さんと二人で話すことは難しそうだったからな。それにしてもここも変わったのう」

 

  先ほど見せた怒りは何処へやら。すっかり元に戻ったマミゾウは遠くの小舟を指で摘めないかとちょいちょい指を動かしながらしみじみと口にする。副部長の顔を見ようともしないが、マミゾウも分かっているのだろう。副部長は困ったように笑うとマミゾウと同じように遠くの小舟を摘もうと指を動かす。

 

「俺としてはここに初めて来た時から何も変わっていませんよ。東風谷さんが居なくなっても、神様が居なくなっても諏訪は変わりませんよ」

「そういうことじゃあないさ」

 

  ここでようやくマミゾウは副部長の方へと振り返る。眼鏡の奥の優しい目が副部長の顔に向けられた。たったの一年ぽっち、その中の数日であるが、副部長とマミゾウの過ごした時間はそれはもう濃いものだ。

 

  初めてマミゾウが副部長に会ったのは諏訪にぶらりと立ち寄った時。旅行などではなく、その時には『こちやさなえ』の時とは比べものにならないほどの祟りの瘴気が諏訪中に立ち込め、諏訪に住む狸からの救難信号を受けたからだ。

 

  そこで見た光景をマミゾウは一生忘れないだろう。祟りの渦の中を二つの深緑の目が転げ回っていた。死ぬと思った。いとも簡単に、何もできず。だがそんなことはなく、死にはせずにその男は生き残った。惨めだ。その時その男がやったことは立ち向かったというより逃げていたに近い。大地を這いずり、小枝のように飛び、血と泥と汗に塗れて崩れ落ちる。

 

  そんな男はきっともう諦めると思ったのに、次の日も、また次の日も祟りの渦に飛び込んでいく。弱いくせに諦めの悪い人間そのもの。それが副部長に対するマミゾウの評価。

 

「あんな弱っちかった男がこうも化けるんじゃから人間は面白い! 儂よりお主の方が狸じゃろう!」

 

  そんな男が自分の想像を超えて会うたびに強くなる。その本質は変わっていない。この男の本質は初め見た時から何も変わらず、今でも初め見た時のまま。困ったような顔をする副部長がそれを何より証明している。脅威に震える足でなんとかその前に立ち、無謀と分かっていても拳を振るう。臆病だが強く弱い人間。

 

「初めお主に会った時は不見倶楽部はお主一人だったのにのう、それが五人になって七人になって、賑やかなものじゃ」

「まあ伯奇と橙は部員じゃないですけどね」

 

  博麗と八雲かとマミゾウは少し寂しい顔をする。博麗と八雲、その二つがさす先は一つしかない。それが副部長にはよく分かる。その顔は幻想郷に旅立つ前の親友の顔によく似ている。

 

「マミゾウさん幻想郷に行くんですか?」

 

  マミゾウが電話一本で諏訪に来た理由。それは決して電話口で言った遊びに来たというものではない。知人に会いに来る。急に昔話をする。どちらも遠くに行くための準備をする行動のそれだ。マミゾウの行動もそれと何も変わりがない。

 

「ははは、まだ行かんさ、ただ古い古い友人から手紙が届いてのう、今幻想郷にいるそうじゃ。儂にも思うことがあってこうしてお前さんに会いに来たというわけじゃ、ついでに可愛い妹分たちの顔でも見れればいいじゃろうとな」

「何か分かりました?」

「そうだのう、儂はきっと変わらないものを見に来たんじゃ。例え何があってもお前さんら不見倶楽部は変わらないじゃろう? なぜならお前さんがいる。お前さんがよく言う東風谷早苗が居なくなっても神が大地から消えても変わらないように儂が居なくなってもきっと変わらん。それはお前さんを見てよく分かった。ならばお前さんがそれほど言う東風谷早苗に会いに行ってみるというのも悪くなかろう? 儂はお主みたいな弱い人間と違って幻想郷を行き来できるしの!」

 

  そう言って締めくくるマミゾウに副部長は何も言えなかった。副部長は幻想郷に行こうとする者を止めることは出来ない。夢を追うのは誰もが自由だ。どれだけその相手が親しく寂しいと思ってもその手を掴むことは許されない。

 

  見えないものを見て、聞こえないものを聞くのが不見倶楽部。もしここでマミゾウを止めてしまったら副部長は副部長でなくなってしまう。だから早苗を送り出した副部長がマミゾウを止めることはない。部室に向かうマミゾウの背中を副部長はただただ眺めるしかなかった。

 

「いやあ悪かったのう!」

 

  部室に戻ったマミゾウはわざとらしく頭を掻いて願子たちに詫びる。部室に空いた穴は消え去り戻ってきたマミゾウと同じくすっかり元に戻っていた。これこそマミゾウの程度の能力、化させる程度の能力である。

 

  本当に空いていたはずの穴が消え去るとそこにあるのはいつもの部室の景色、相変わらずマミゾウの見せる幻想は分かりやすく凄まじい。

 

「もうびっくりしましたよマミゾウさん、副部長は大丈夫なんですか?」

「うむ大丈夫じゃ、もうすぐ帰ってくるさ」

「それで副部長とマミゾウさんどっちが勝ったのかしら? 副部長? マミゾウさん?」

「そりゃ当然勝ったのはみんなのマミゾウさんじゃ!」

 

  そう言って胸を張るマミゾウにすごーいと群がる願子たちはなかなか薄情だった。それを入り口に佇む副部長が悲しい目で見つめている。それを労ってくれるのが白起と橙だけというのがさらに哀愁を漂わせている。

 

「じゃが残念なことに儂もそろそろ帰らんといかん」

「えー、もうちょっといてくださいよ、私たちもっとマミゾウさんと話したいです! ねえ杏ちゃんもそうだよね!」

「そうですよ! まだ全然お話してないのに‼︎」

「ははは、可愛い奴らじゃ! なにまたすぐに会えるさ約束じゃ!」

「「「「はい!」」」」

 

  マミゾウへの返事はそれはもういい返事だ。副部長が泣きたくなるくらいいい返事だった。両肩を叩く白起と橙の手が温かい。それがどうにも悲しい気持ちにさせてくれる。

 

「副部長もまたの! 必ずまた会うとしよう‼︎」

「うわあ、俺にその台詞を言いますか、その台詞あんまり俺信じてないんですけどね」

 

『また、また絶対会いましょう! 約束です! きっと、きっとまた、いつかきっと‼︎』

 

  夏の終わりに諏訪大社で緑の髪を宙に漂わせ言った少女の言葉は二年経った今でも果たされていない。その言葉を再び副部長に信じろというのは酷だろう。二度目三度目はそうかもしれないが、一度目の約束は今でも信じている。不見倶楽部の部室から空飛ぶ狸を眺めながら副部長は少しだけ昔の記憶に潜って行った。




次回はオカルト総会に入ります。副部長と部長の話を書こうとすると非常に長くなるのでまたどこかで。マミゾウに届いたぬえからの手紙は今幻想郷にいるよー的なものでありまだ呼んでいるわけではありません。幻想郷の異変は不見倶楽部の時系列に合わせるためにちょっと加速して貰います。どれくらい加速するかというと四ヶ月くらいの間にアマノジャクくらいまで進むという異変過労死状態まで加速します。もう霊夢達は毎日出勤です。そして毎日宴会です。ウコンの力を常に懐に忍ばせて頑張って貰いましょう。

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