不見倶楽部   作:遠人五円

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不見倶楽部活動日誌 夏〜秋
言葉って不思議


「おい伯奇ちといいか?」

「なんだよ面倒くせえ」

 

  伯奇が来ておよそ数日しか経っていないが、すっかり不見倶楽部の風景の一部として定着していた。あれだけの死闘を演じた彼らだが、だからこそ打ち解けるまで時間はそう掛からなかった。口は悪いが副部長や願子たちが名前を呼べば絶対に返事を返し、少し揶揄(からか)っても弾幕が飛んでくることはない。

 

  そんな副部長と話している伯奇を眺めながら、願子はここ数日のことでそれよりも気になることがあった。

 

「副部長って伯奇のこと呼び捨てで呼んでるんですね」

 

  そう、副部長は普段苗字にさんずけで呼ぶのであるが、伯奇に関しては常に呼び捨てで呼んでいる。副部長も余裕がない時は願子たちのことを呼び捨てで呼びはするがその時だけでしかない。

 

  副部長は「ああそうね」といったどうだっていいといった返事しか返せなかった。そこまで呼び方にこだわっていないからだ。さんを付けるのは副部長の中では女性に対する最低限の礼儀のつもりなのだが、はっきり言ってどうだっていいだろう。まあつまり副部長は伯奇に礼儀を払うつもりはない。

 

「あぁ? なんだよ願子お前そんなこと気にしてんのか?」

 

  副部長との話を終えてソファーに腰を下ろす伯奇の手にはしっかり不見倶楽部ではお馴染みの副部長印のコーヒーが握られている。最初「コーヒー?」と顔を顰めた伯奇だったが、一度口を付けると気に入ったらしく今では自分から副部長に催促するほどだ。

 

  伯奇はそんなことと言うが、願子は実は結構気にしていた。四ヶ月で願子は副部長と結構仲良くなった気になっているのだが、願子以外の友里たちの呼び方も同じだからまだいい。しかし、伯奇の登場によってそうではなくなった。不見倶楽部に入っていないとはいえ一番新入りの伯奇が呼び捨てなのはおかしい。

 

「別になんだっていいじゃねえか呼び方なんてよお」

「いやいや伯奇はそれでいいのかもしれないけど私は気になるの! なんか私たちより伯奇の方が副部長と仲良いみたいじゃん!」

 

  実際そうなんじゃね? と両手を掲げる伯奇に願子は噛み付こうとするが結界によって阻まれる。なんて無駄な能力の使い方なんだろうか。それを馬鹿な目で見つめる友里と副部長は間違っていない。

 

「ちょっと願子、そんなのどっちだっていいでしょ」

「そうよ願子さん。副部長にどう呼ばれようと関係ないじゃない」

 

  どうやら塔子もそっち側らしく、人をイラつかせる不快な笑顔で優雅にコーヒーを(すす)る。無駄に絵になるのがさらに人をムカつかせるポイントだ。何も言わない副部長、どうだっていい伯奇と友里に塔子。唯一残った杏に願子は助けを求めるが、その思いはどうやら通じてくれたらしい。

 

「私もそう思います。副部長先輩にはもっとフランクに接して欲しいですね」

「だよねー!」

 

  杏に飛び付き両手を握る。願子は万軍の味方を得た気分だ。杏の笑顔が眩しい、今ならなんだって出来る気がする。

 

「なら次からはそう呼ぶよ願子、それでいいのか?」

 

  とあっさり口にした副部長のおかげで台無しになってしまった。

 

「えー……、いやそういうことなんですけど、なんか急に呼ばれるとありがたみが」

「願子あんた何がしたいのよ、めんどくさ」

 

  幼馴染にまで面倒くさいと言われては何も言えない。「でもなんか違うのー」とソファーにまるまる願子を慰めてくれるのは杏だけだ。

 

「ったくなんだよ意味わかんねえな」

「ふふっ、いいじゃないですか願子さんらしくて、それに願子さんの言う通り呼び方って面白いですよね、同じ物でも違う呼び方があったりして」

 

  例えば大根にも蘿蔔という呼び名があり、天気の雷にも地方によって色々な呼び方がある。杏が言っているのはそういうことだ。

 

「副部長さん、オカルトでもあるわよね」

「前にやったこっくりさんとかだな、ありゃ呼び方もそうだが亜種が結構あるな、呪文だったり真言(マントラ)だったり言葉は人類文化の基本だからね」

 

  魔法使い、祈祷師、巫女、願子や塔子の好きそうな職業の者たちが技を振るおうとするなら必ずそれに必要なのが言葉。それが数少ない人と不思議を結びつけるものであるのは確かだ。何かしらの効果が無かったとしてもそれによって妖怪であろうと意思疎通がはかれるそんな代物。人の持つ最強の武器の一つと言ってもいいだろう。

 

「まあ言葉の話をするなら絶対に外せないのは言霊(ことだま)だろうな」

 

  そう言ってソファーの方にやって来る副部長はどこか楽しそうな顔を見せる。言霊。言葉自身に宿る力。言霊学という学問すら存在し、遥か昔から日本で研究されてきたものだ。

 

  実際もし言霊を自由に操れたのならそれだけでその者は最強の存在の一つと言える。口を開くだけで良いことも悪いことも自由に起こせるなどとんでもない。

 

  妖怪退治の技の中にも、ただ妖怪を払う(うた)を読み上げるだけで撃退する技があるあたりその凄まじさが分かるというものだろう。

 

「まあ言霊の凄まじさを知りたかったら生徒会長に本気を出して貰えばいいさ」

 

  一葉高校の生徒会長、千人を超える生徒の頂点。戸隠流最強の忍びである副会長と蟲の目を持つ副部長、奇跡を起こす程度の能力を持つ現人神である東風谷早苗を親友に持つ生徒会長が普通なはずがない。

 

  いやそれは生徒会長を知っている者からすれば逆だと言うだろう。生徒会長が普通でないからこそ生徒会長と共にいられる三人も普通でないと。

 

「そうなんですか?」

「前に言っただろう? 生徒会長は凄いんだって、対人戦最強なんだぞー、あんなだけど」

 

  ただ副部長の言う通り残念ながら生徒会長は普段があんななためにその本質を知る者は少ないどころか副部長三人しか知っていない。

 

「嘘でしょ副部長」

「嘘じゃないって今度聞いてみろよ友里、びっくりするぞ〜」

「あら、伯奇さんもそういう技みたいなの使えるのかしら?」

「ああ博麗の技にちゃんとあるぜ」

 

  妖怪と共に長い時を過ごした『博麗』の技にそういったものが無いはずがない。寧ろ妖怪というものを知り尽くしている『博麗』の技のほとんどは妖怪退治に特化したものがほとんどであり、過去の博麗の巫女には弾幕も放てず格闘能力も低いが言霊だけでその地位まで上り詰めたものがいるらしい。

 

「へー見せてよ伯奇」

「んー? めんどいがまあいいぜ、この前の迷惑料ってことでな」

 

  そう言うとどこに隠し持っていたのかお祓い棒を取り出し、目の前で両手で握ると、伯奇の口から譜が漏れる。同じ日本語であるはずのそれは、息の伸ばし方、息の切り方、抑揚のつけ方といった細かい違いだけでまるで異国の言葉のように感じる。

 

  伯奇の口から流れる譜は空気を震わせ、部室を霊気で満たしていく。何かを払うように左右に時たま振られるお祓い棒によってそれは空気と混じり合い、蒸し暑いはずの部室の温度が下がった気がした。

 

「ーーーー!!!!」

 

  最後に伸びる語尾に合わせて一気に空気が膨らむと部室の窓を震わせるように弾け、今まで部室に渦巻いていた不思議な空気はもともと無かったかのように消え去った。

 

「凄い! 伯奇凄いじゃん! ってあれ」

 

  興奮してソファーから立ち上がった願子を物凄い違和感が襲う。ソファーから立ち上がったのは自分のはずなのに、願子の目には願子の姿が映り、友里と杏、そして自分が自分を見つめている。

 

  立ち上がった自分のはずの身体を見下ろせば、ごちゃごちゃと自分の動きを阻害するおまじないの装飾たちが目に入る。こんなものを身に付けてよく走れるなと思う願子だったが、それも一瞬で次の瞬間には叫び声をあげていた。

 

「え! ちょっと塔子になってる! なになに⁉︎」

「これは『博麗』に伝わるその名も『心身入替の法』だ」

 

  心身入替の法、九代前の博麗の巫女が幻想郷に移る前に編み出した技である。それはずっと幻想郷で博麗の巫女をやっていると疲れてしまうだろうから外の『博麗』の者と心を入れ替えたまに外の世界でのんびりしようと考えた博麗の巫女によって作られたのだが、幻想郷は結界で隔離され他の博麗がいないために無駄に終わるという悲しい技だ。この技は言霊により心を入れ替えるというその本質から『博麗』の上級技で、博麗の巫女としての合格ラインの一つとして博麗の里で決定されている技なのであるが、どうも博麗の巫女になる者には残念な部分が見える技でもある。

 

「いやいや凄いけどなんで今それやったの? 私の身体には誰が入ってるのよ!」

「私よ願子さん、いいわね貴女の身体肩が凝らなくて」

「それは宣戦布告と受け取った。覚悟はいいよね塔子!」

「入れ替えたのはお前らだけだよ、あたしはそんなにこの技得意じゃねえからな、大丈夫だすぐに戻る」

 

  拳を放った願子だが、伯奇の言う通りすぐに元に戻ってしまい自分が放った拳を自分で受けるハメとなった。いい音が響き願子は自分の鼻を摩る。なんだか非常に大きな悲しみが願子を襲い泣きたくなってきた。

 

「うぅぅ、なんで私ばっかりこんな目に」

「普段の行いじゃないかしら?」

「塔子には言われたくない‼︎」

 

  ソファーに座りなおし願子は項垂れる。自分の前にあるソファーテーブルに乗った一枚の原稿用紙の上に額を置いてため息を吐く。願子、友里、杏、塔子の前にある原稿用紙はオカルト総会に向けての話し合いに使うものなのだが、一向に白紙。今日もそのためのネタを集めるために集まったのに全然ダメダメだった。

 

「あー、今の書く? ちょっと願子起きなよ」

「うーんちょっと厳しくないですか? 一瞬でしたしあんまり面白みが無かったと言いますか」

「そうね、それにいろいろなものを書くよりも一つのことをとことん書いた方が多分いいわ、私たち副部長さんみたいに知識があるわけじゃあないんだし」

「そうだねー、どうしようか」

 

  痛みをコーヒーと共に内に流し込みようやっと息を吹き返した願子が会議に参加する。すぐに復活するあたり願子も相当オカルトに慣れてきた。しかし、慣れたのはいいとしてもうオカルト総会まで一週間もない願子たちは焦っていた。なにも答えてくれない副部長の代わりに増えたオカルトスペシャルアドバイザー博麗伯奇に期待していた願子たちだったが、副部長になにを吹き込まれたのか全く答えてくれない伯奇は部室に置かれた置物と変わらない。それどころかたまに煽ってくるあたり置物よりもタチが悪かった。

 

「何を書けばいいのかここまでくると分からなくなってくるわね」

「そうだけど、そうも言ってられないでしょ」

「どんなのがいいんでしょうね? 要は自由研究みたいなのものだと思いますから何やってもよさそうですし」

「朝顔の観察日記みたいに? それって面白いかなあ?」

 

  オカルト総会の話を聞いてからずっとこの調子だ。情報を集めるために駆け回り、少しでも集まった後は会議をする。今回の会議では初め『博麗』についてのことを書こうと考えていた四人だったが、それは速攻で副部長と伯奇から却下されてしまったために今日話すことが無くなってしまった。

 

  しかしこれは副部長と伯奇のファインプレーだ。もし願子たち四人がそれをオカルト総会という人目の多い記録の残る場で発表していたらいろいろ大変なことになっていた。だがそれでも今回かなりやる気になっていた四人の出鼻を挫いたのは悪かったと思ったのか副部長の方から助け船を出す。

 

「そういえばなんだが、最近家に化け猫が住み着いてさあ」

「はい?」

「いやだから化け猫が住み着いてな?」

 

  化け猫。みんな知ってる猫の妖怪。実は猫又と化け猫は違うものであるのだが、それはここではいいだろう。猫の持つ神秘性、夜闇で光る大きな目、と不思議な魅力を持つ猫は昔から神聖視されることが多かった。それも相まって老いた猫が化け猫になるとよく言われ、長野県では十二年生きた猫が化け猫になると言われている。化け猫になるとなんと手拭いを被り二本足で立つ。みんなも二本足で立って頭に何か被っている猫を見つけたら気をつけようそいつは化け猫だ、マタタビを投げつけてやれ!

 

「ちょっと副部長! なんでそういうことを早く言ってくれないんですか⁉︎」

「いや友里さん、住み着いたの結構最近で」

「最初に会議で出たマミゾウさんに取材は遠いから無理ってことになりましたけど、これでなんとかなりそうですね!」

「取材どころじゃないよ! 住み着いてるんならこれは化け猫の観察日記とか!」

「あらいいわね面白そう」

「マミゾウさんに取材なら電話できたのに」

「「「「え?」」」」

 

  どうやら願子たちの方針は決定したらしい。伯奇は昔から知っている猫の妖怪の冥福を祈った。

 

  一方その頃副部長の家で一人留守番していた橙はというと、縁側で日向ぼっこをしていたにも関わらず持ち前の第六感によって逆立つ毛を止められないでいた。

 




次回、橙に好奇心に侵された人間たちの魔の手が迫る。頑張れ橙、負けるな橙、八雲の姓を手に入れるその時まで!

多分ちょいちょい不見倶楽部活動日誌 部長編 ってことで幻想郷の話を書くと思います。大筋関係なく原作キャラだけで書く予定の話なので出てきてほしいキャラクターがいたら感想などで教えていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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