不見倶楽部   作:遠人五円

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博麗との戦いが終わった後、副部長の家にて


閑話 呼んでない来訪者

「お邪魔していますわ」

 

  いや帰れよ。と思った俺は悪くないはずだ。伯奇との戦いで最もボロボロになっていた杏をおぶって送り届けた後(杏の親にばれないように泥棒よろしく窓からお邪魔した)、家に帰り居間にいたのは八雲紫、その美しさは作り物の人形のようで俺の寂れた家でもただ居るだけで美しく彩ってくれるがどうだっていい。それに加えて八雲紫の式である確か八雲(らん)(ちぇん)と昔名乗っていた二人、加えて伯奇まで勝手にお茶を飲んでいた。よく見れば開けられた茶葉の缶が居間に置かれたこたつ机の上に転がっており、おいちょっと待てそれ結構高いやつだぞ。

 

「おい人間さっさと座れ!」

 

  呆然と立ち尽くす俺に妖怪という奴らは全員そうなのだが、全く俺に失礼なことをしている気は無いらしく心ない言葉を投げつけてくる。追い出したいと思ってもこの四人を相手にそんな無謀なことができるはずもなく、だって怖いし、俺に主人の手を(わずら)わせまいと牙を剥く子猫の言葉に渋々従うほかなかった。そんな俺に嬉しそうな顔を向ける子猫は可愛いが腹が立つ。もう帰りたい。あぁここが俺の家だ……。

 

  決して広くはない俺の家の居間に五人もいるというのはなかなか無理があるもので、紫たち四人が机を囲んでいるため部屋の端に座るしかない。しかも九本の狐の尾が開いているはずのスペースを陣取っており邪魔なこと邪魔なこと。蹴りたい衝動にかられるが、読心術でも使えるのかギラリと向けられる美しい狐目が非常に恐ろしい。なあなんか違くない? そんな俺をなぜかいる伯奇が不機嫌な顔で見ているが、不機嫌な顔をしたいのはこっちだ。

 

「それで要件はなんです?」

 

  八雲紫が俺の家にいる理由などそれしかない。二年前、早苗たち三人が幻想郷へ行く手助けをした時も、後日急に現れたかと思ったら早苗たちを幻想郷で受け入れる代わりと称して面倒くさい頼まれごとを幾つかされた。今回別に頼んだわけではないが、諏訪を元に戻したことと住人の記憶を弄ったことの二つの代金を支払わせるつもりなのは明白だ。クーリングオフできるならしたいが、それをもしするとむしろ問題が増え生徒会長が過労死するかもしれないので無理だろう。

 

「あら酷い、私とは世間話もしてくれないのかしら?」

「そんな間柄じゃあないでしょう、それに今日は流石に俺もさっさと寝たいもので」

 

  いや本当にもう横になりたい。心からの本音なのに「またまたぁ」と手をこまねく紫は本当に憎たらしい、もし幻想郷の賢者でなければ拳が出ているところだ。絶対負けるだろうが……。そんな俺と紫の会話にお茶を飲みながらツンとすましている二人の妖怪はまるで興味がないらしくなぜここにいるのか。

 

「まあそこまで言うならいいでしょう、要件はまず貴方と東風谷早苗の不見倶楽部にいる四人に関すること、後は伯奇のことでね」

 

  ん? なぜ紫が願子たちのことを気にかける? 願子たちが博麗に手を出し一撃を入れた。その意味は俺にも分かる。それがどういうものを引き寄せるのかも。だがそれを加味しても紫が願子たちになぜ手を出そうとする?

 

「貴方明日彼女たちに不見倶楽部を辞めろと言うつもりでしょう? それは止めなさいな」

 

  こいつ……。腐っても幻想郷の賢者か、よくもまあ俺の考えを読んでくれる。だがこいつ分かってるのか? このまま不見倶楽部にいるのは危険だ。俺はいい、早苗たちが幻想郷へ旅立った後の一年半と比べればある程度のことは些細なことだ。願子たちは普通の女の子だぞ、今回だって見ていて正直怖かった。

 

「あの子たちは原石よ、貴方だって分かっているでしょう? 貴方と同じく彼女たちは強くなるわ、それに何を言っても彼女たちは辞めない」

「ですけど」

「それに貴方が思ってるより女の子は強いのよ……いえそれは貴方が一番分かっているわね」

 

  くそ、これだからこいつは嫌だ。こいつとはしっかり話をしようと思うだけでも本気にならなければならない。およそ未来予知じみた会話術ははっきり言って気味が悪い。

 

  胸糞悪い話だがこいつの言った通り分かっている。願子たちは俺が言っても辞めないだろう。それは普段俺を見ている時や部室にいる時の目を見れば分かる。だがそれでも願子たちには危ない目には極力あって欲しくない。あいつらは俺と、俺と早苗の初めての後輩なんだぞ。それでも辞めさせるなというのなら……。

 

「おい人間!」

 

  ゆらりと立ち上がる俺に子猫が吠える。狐の視線が俺を貫いた。だからなんだというのか、俺に当てられる妖気は凄まじく、それはコンタクトを外さなくても分かるほどに肌がピリピリとする。だがそんなものはとうに慣れた。俺の道を塞ごうと同じく立とうとする二人の妖怪より早く紫に詰め寄った。

 

「じゃあどうする、辞めさせないなら修行でもさせろって? 馬鹿いえうちは妖怪退治倶楽部じゃないぞ」

「でもそうするしかないわ、それに恐らく彼女たちもそれを望んでいる」

「それは! …………いやあんたがそう言うならそうなんでしょうね」

「ええ、女心は女に任せなさい」

 

  あぁくそ! いちいちイラつくがそれが恐らく最善手なのだろうことも認めたくないが分かる。実際辞めさせただけでは完全に危険は去らないだろう。全てが八雲紫の掌の上だという事実が腹立たしい。

 

「分かりましたよ! ただ言っておきますけど一度は辞めろと言いますよ。それに」

「ええ、たまに私が直々に見てあげるわ、それで街を直した件はチャラ」

「ああ」

「紫様! 人間なんかに」

「いいのよ橙、それと伯奇をしばらく泊めてあげてちょうだいね。それで記憶を弄った件はチャラ」

「ああ……ああ?」

 

  今なんて言った? ちょっと待った。え? 本当に? 伯奇の方へ顔を向ければ、もう伯奇は了承しているらしくそっぽを向いて舌打ちした。おいおいおいおいおいおい、うちに泊まる? 流石にそれは読めなかったぞ!

 

「おい伯奇お前はそれでいいのか⁉︎」

「仕方無えだろ‼︎ 博麗の里を追い出されちまって行くとこがねんだよ‼︎」

「いやそれは読めてた。お前友達いないの?」

「は?はぁぁぁぁ⁉︎ お前、お前ふざけんなよ‼︎ 友達くらいいるわボケ‼︎ 点に一角に」

「人間のだぞ」

「い、いるし普通にいるわ、そうほらあれだ博麗の里にいっぱい」

 

  ああ、あれだけ猛威を振るった伯奇がだんだん小さく見えていく。でも悪いがうちには泊めたくないから他をあたってくれ。癇癪起こされただけで家が壊れそうだし。

 

「おい紫さん、それしかダメなのか?」

「ええダメよ、全然ダメね。それ以外一切受け付けませんわ。まさか貴方伯奇に手を出すわけじゃないでしょう?」

「ハァ……出すわけないでしょ」

 

  ああちくしょう飲むしかないか、困ったことに紫の要求に対する手札がまるでないこの状況ではイエスマンになる以外道がない。ノーと言える手札があればいいのだが、唯一出せそうな手札はなぜ伯奇と一緒にいたかということ。しかしそれも街が壊れたら直すためだとかいくらでも言い訳がきく。それより伯奇はなんで胸を隠して後ずさってるんだ? 手なんか出すか馬鹿! 呆れながら俺は元いた場所に腰を下ろす。

 

「それで……本当の要件はなんですか?」

 

  俺の言葉を受けて狐の目がきつく細められる。言っておくがそれぐらい俺にも分かる。願子たちのこと、伯奇のこと、この二つの件は俺も関わっているが言ってしまえば他人事でしかない。わざわざ八雲紫が式まで連れて家を訪ねて来たのだ。個人レベルの話なわけがない。間違いなくもっと凄い面倒ごとを腹のうちに抱えているはずだ。それを証明するかのように袖から出されるのは一枚の写真立て。

 

「貴方たちの部室にお邪魔した時に見つけたわ。酷いことをする人もいたものね。あんまりだと思ったから直しておいたわよ」

 

  俺と早苗が写っている写真。会長と副会長と共に写っている二人が持っているものを除けば、最後の早苗の姿が見れる写真だ。なるほど……なるほどね、こいつは参った。俺が打てる手はこれに関しては本当にゼロだ。首を縦に振るうしかない。

 

「で、要件は?」

 

  俺を見つめる怪しい輝きを持った瞳は面白いというように俺の顔から外されない。分かっているのだろう、俺が絶対に次の要件を断らないことを。だからこそ薄ら笑みを浮かべて可笑しそうに笑っている。それは自分の思う通りに事が進んで嬉しいのか、それとも目の前にいる無力な人間が哀れだからか、それともその両方か。多分両方だろう。

 

「貴方にはなって欲しいのよ。外の異変解決者に」

「……なるほど」

 

  紫の要求はたったそれだけ。だがそれがどういうものなのか、それに対しての疑問は残念ながら俺には湧かなかった。早苗たちが幻想郷へ行くと言った際に幻想郷の情報を集めたのは俺だからこそ分かってしまう。それがいったい何をする者であるのか。

 

「外の異変解決者と来ましたか。言い得て妙ですね、もっと分かりやすく殺し屋とかでいいんじゃないですか?」

「あら嫌よそんな物騒な呼び名。それに別に間違ってはいないでしょう?」

「まあそうですね」

「おい人間、お前本当に分かってるのか?」

 

  また子猫が噛み付いてくる。おいちょっとこの子化け猫だからって自由すぎやしませんか? 確かに周りで聞いている者からすれば俺と紫の会話はかなり飛ばし気味かもしれないが、分かってなければこんな会話はしない。俺の左手前に座る八雲藍も、その奥にいる伯奇も何も言わないあたり分かっているのだろう。何より俺の予想が正しければ、既に伯奇は外の異変解決者だ。

 

「分かってるよ」

「本当か?」

「ねえ君なかなかしつこいね、俺に恨みでもあるのかい?」

「ふん! 人間なんて信用してないだけだ!」

 

  面倒くせえな! だがここは大人になって一応仕事内容の確認をした方がいいだろう。子猫も黙るし一石二鳥だ。

 

「外の異変解決者、異変とは幻想郷にとってだろう? 単刀直入に言うと幻想入りしてしまっては困るものの排除。今になっても妖怪や変わった人間など色々いるが、その中の一番は」

「「「幻想の否定」」」

 

  俺の言葉に続いて伯奇と紫の声が重なる。幻想の否定、何を言っているのかと思われるかもしれないが、これが今最も幻想郷に入ってはいけないものだ。

 

  今の世の中には、妖怪などいない。魔法もない。神様なんているわけない。と言った考えが大部分を占めている。いや普通にいるじゃんと思う人がいるかもしれないが、日本と同じ、民主主義だ。大多数の知恵あるものがそう思えばそれが概念、常識となる。だからこそ今世界に溢れている概念のひとつに幻想の否定がある。

 

  さて問題はここからで、もし今日起こった伯奇と俺たち不見倶楽部の闘いを見て覚えている者がいたとしよう。その者の中では幻想が肯定され、幻想の否定は幻想となる。一人ならまだいい。ならこれが十人なら? 百人なら? 千人なら? 一万、十万、百万千万一億十億、七十億なら? そんな多くの幻想の否定という名の幻想が狭い幻想郷にぶち込まれればどうなるかは目に見えている。小さな紙コップに海の水を全て注ぐが如し、一夜にして幻想郷は綺麗さっぱりこの世から姿を消すだろう。

 

  そうならないために話が通じる相手はまだいいが、『こちやさなえ』のようなものが人目の付くところで盛大に暴れたらその時が最後だ。だからそうならないためにそういうものはこちらから出向き討ち滅ぼし、一滴も雫を残さずに全てを消し去る。だからこそ俺は殺し屋と言ったのだ。

 

  それを考えると今回の伯奇の行動は非常に幻想郷にとって不利益だろう。自分の我儘のためにここまでやったのだ。寧ろ博麗の里を出禁になったくらいでは罰としては軽すぎる。処刑だと言われてもしょうがない。

 

  だがそれをしないのは伯奇の能力が有能だからだ。博麗の巫女に伯奇が選ばれなかったのはおそらくそこにあるのだろう。伯奇の程度の能力は殺傷能力が高過ぎる。人妖の共存を旨とする幻想郷には合わないと紫も判断したに違いない。悪いが俺が紫の立場でも同じ判断を下す。外の異変解決者、こちらの方がよほど伯奇の能力は向いている。最後に全て沈めてしまえば後始末も完璧だ。なんか言ってて恐ろしくなってきたな。だがまあそういうことなのだ。

 

  俺の説明を受けてようやく子猫は納得してくれたらしい。「なんだ分かってるじゃない」とか喧しいわ。肩叩くな。最初に分かってるって言っただろうに。だが少しだけ俺に向けられた目が優しくなったあたり少しは認めてくれたらしい。本当に少しみたいだが。

 

「あら橙と仲よさそうで安心したわ、取り敢えず貴方が外の異変解決者として安定するまではこの家に置いて様子見と伝言を頼もうと思っていたのよ、良かったわ」

「「え?」」

 

  ちと待てよ。待て待て待て。え? 伯奇だけでも嫌なのにおまけでペットまで付いてくるの? おかしいでしょう、だってこいつ俺と一緒に「え?」って言ったよ。了解してないじゃん。ほらなんかすっごい嫌そうな顔で俺の方睨んでるんだけど、ちと待て俺悪くないからね。睨むんならあっち、紫の方睨んでよ。くそこいつ頑なに紫の方を向こうとしねえ! 完全に俺に八つ当たりする体制に入ってやがる。

 

「頼むわね橙」

「頑張れ橙」

「はい! 紫様! 藍様! 私にお任せください!」

 

  紫と今まで全く一言も発しなかった八雲藍が聖母マリア像みたいな顔で子猫に激励の言葉を掛ける。掌を返すように速攻で了承したけどそれでいいのか? なんともブラックな一面を見てしまった気分だ。てかこいつ二人に見えない位置で俺の背中(つね)ってやがる! お前居候先の主人が俺だと分かっているのか? このままだとお前の飯は三食ねこまんまだぞ。

 

「でも良かったわ、貴方が快く受けてくれて。最悪東風谷早苗の近況でも教えなければ動かないと思っていたから」

「紫さん、俺が東風谷さんの名前出されればなんでも引き受けると思ったら大きな間違いですよ」

「ふふっ、そうね。そういうことにしておきましょう」

 

  なんだかなぁ、なんかこの先もこんな感じでいいようにこき使われる気がする。幻想郷で紫が酷い目に合うように洩矢諏訪子様と八坂神奈子様に祈っておこう。

 

「さて、それじゃあ後はこれね」

 

  こたつ机の上空に紫が手をかざすと、スッと通った一筋の境界からズルッと取り出したのは真澄。長野の酒といえばこれである。

 

「あのー紫さん?」

「異変解決の後はお酒で全てを洗い流す。これは決まりよ! 今回のはさしずめ博麗異変とでもいいましょうか、ねえ伯奇?」

「はいはい悪いのは全部あたしだよ」

 

  酒を掲げて叫ぶ紫に先程までの少女染みた面影も幻想郷の賢者の面影もない。ただのお酒大好きおばさんにしか残念ながら俺には見えなかった。それは伯奇も同じらしく、舌打ちすると頭を抱えている。え? 本当にここで酒盛りするの?

 

「ちょっと紫さん俺はお酒弱いんで勘弁して欲しいんですけど」

「あらそうなの? 東風谷早苗と同じね」

 

  いやそんな情報いらねえ、てかあいつ幻想郷になにしに行ったんだよ。酒飲みに行ったの? 俺の努力はいったい……。 だめだそりゃ。

 

「さあ今日は飲むわよぉ! 藍! 橙!準備なさい‼︎」

 

  勘弁してくれ……。

 




副部長の心の内はこんな感じ。


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