不見倶楽部   作:遠人五円

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*この話には非想天則、早苗ストーリーのネタバレが含まれております。読む際にはご注意下さい。


閑話 幻想郷の日常

  影を追った。

 

  大きな大きな黒い影、ブロッケンの妖怪を。

 

  それを巨大ロボの影だと信じて幻想郷中を駆け回った。

 

「早苗あんた馬鹿なんじゃないの? そうじゃなきゃイかれてるのね」

「酷くないですか⁉︎」

 

  幾人かが空に浮かぶ巨大な影を追ったその夜に、博麗神社で開かれた宴会で大きな胸を存分に張って駆け回った内の一人である東風谷早苗が話した内容に毒を吐くのは博麗霊夢。二人でまだ一升瓶を二本しか開けていないあたりまだ酔っ払ってはいないはずなのに大分胸に効く一撃をするりと口から出す霊夢は、もし外の世界の姉がこの場にいたら喧嘩を売るより早くどうしてこうなったと頭を抱えることだろう。ちなみに二人の足元に転がる二本の酒瓶の中身の八割は霊夢が飲んだ。

 

  しかし、霊夢が早苗を馬鹿にするのも頷けるもので、追った先にあったものは非想天則、蒸気によって膨らみ自在に動くアドバルーンだったのだから当然だろう。勝手に思い違いをし、そんなもののために一日無駄にした挙句神とまで闘ったとなれば馬鹿にされて当然だ。

 

「まあそういうなよ霊夢。しょうがないさ、なんたって巨大ロボを見ちまったんだぜ? なあ咲夜」

「ええそうね、仕方ないと思うわよなんたって巨大ロボを見ちゃったんだものねえ妖夢」

「そうですね、仕方ないですよ。なんたって巨大ロボを見ちゃったんですから、ね霊夢さん」

「そう言われればそうね、まあ確かになんたって巨大ロボを見ちゃったんだもの。ねえ早苗」

「そうですよ、なんたって巨大ロボを……ってもういいですよ‼︎ 皆さん意地悪なんですから!!!!」

 

  話を聞いていた霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢の三人が寄って来た。揶揄(からか)われた早苗は怒って両手を振り上げるが、口元は嬉しそうに笑っている。それをもし外の世界にいるある男が見たならば、きっと自分の行いは間違って無かったと思うだろう。しかし、その後に煽るようにお酒の入ったグラスを口に傾ける早苗の姿をもし見たなら死んだような顔になるはずだ。

 

「あら霊夢楽しそうね。なんの話かしら」

 

  楽しげな空気に誘われたのか空中からヌッと八雲紫が上半身をスキマから覗かせる。右手に一升瓶を、左手にはグラスを、臨戦態勢は完璧。いつまでも飲み続けられるスタイルだ。

 

  霊夢は伊吹萃香や西行寺幽々子のところにでも居ればいいのにと強く頭を悩ませながら、他の四人へと救援求む視線を投げるが全員から受け取り拒否されてしまう。なんて血も涙もない奴らだと顔を顰めた。

 

「何よ紫、ほらこんなとこに居ないで萃香とか幽々子とか幽香のところに居なさいよ。ほらあっちで騒いでるでしょ」

 

  何があったのか巨大化した萃香が転げ回っている。その下にある手水舎を押し潰し、耳障りな笑い声を上げた。あとで絶対弁償である。紫も面白そうに友人の乱痴気騒ぎを眺めるが、あらあら微笑んで視線を切ると目を細め霊夢へと顔を戻した。

 

「それもいいのだけれどね霊夢。今日は貴女に話があるのよ」

「話? それって面白い話なんでしょうね」

 

  八雲紫から個人指名の話。絶対にろくでもないことだと容易に予想できてしまう。霊夢は災難だが、早苗たち四人からすれば酒の肴に他ならない。視線は決してそちらに向けず、耳だけはしっかりと立てていた。

 

  紫の顔から笑顔が消えると、少しだけ申し訳なさそうな顔になる。普段絶対見せない紫の表情に少し霊夢は驚くと、手に持っていたグラスを境内の地面に置き、聞かされる話を聞き逃さないように集中した。それを確認した紫はあまり外に漏れないように霊夢の耳に口を近づけ、

 

「伯奇が負けましたわ、コテンパンに」

 

  そう口にした。

 

  誰だそれ? と早苗たち四人が思うのもしょうがない。博麗伯奇。霊夢が幻想郷に来るより前、博麗の巫女を目指した少女のことなど知っているはずも無かった。だが霊夢は違う。自分の姉代わり、数少ない本当に血の繋がった相手。

 

  幻想郷に行く日、伯奇と霊夢との別れは最悪と言っていい。大好きな姉に仕方ないとしても一撃を加え、別れの挨拶もなしにもしかしたら一生会うこともない近いが遠い地に移った。だから幻想郷に来てから霊夢が伯奇のことを口にしたことはない。

 

「ちょ、ちょっと紫それどういうことよ! 大丈夫なの⁉︎ け、怪我とか⁉︎」

 

  だが決して伯奇のことを霊夢が忘れたことはない。大好きな姉だ。例えどんな姿を自分に見せてもいつも傍に居てくれた最高の姉。霊夢は知っている、姉は強いことを。そんな姉が負けたと聞いて心配しないはずはない。

 

  取り乱し紫の襟を引っ掴んで引き寄せる姿に驚かない者はいない。近くにいた四人は勿論のこと、その叫び声と急なことで紫が落として割れたグラスと一升瓶の音を聞いた萃香、幽々子と永遠亭の者たち、アリスと紅魔館の面々、妖精に地霊殿の者、八坂神奈子と洩矢諏訪子の神さえも霊夢の声を聞きつけ集まって来る。

 

  紫の襟を掴む霊夢の必死の形相に誰もが一度止まってしまうが、一番近くに居た早苗がその霊夢の腕を慌てて掴んだ。

 

「落ち着いて下さい霊夢さん! それじゃあ紫さんが話せませんよ!」

「そうだぜ霊夢! それに伯奇っていったい誰なんだぜ? 一人で焦ってても分からねえよ!」

 

  早苗に続く魔理沙の援護にようやく霊夢は掴んでいた腕を離すと、一度息を吐いて頬を叩いた。自分の心をリセットする。心配そうに自分を見つめる数十の視線に答えるため、ゆっくりと息を吸った。

 

「伯奇姉ちゃ……姉さんはあたしの姉よ」

「「「「「姉⁉︎」」」」」

 

  そうして落とされたのは特大の爆弾。博麗霊夢に姉がいた。一番霊夢と仲の良い魔理沙ですらそんな話は聞いたこともないのだから当然だろう。この異変絶対解決するマシーンのような霊夢の姉など想像もできない。霊夢が姉ちゃんと言おうとした事実は周りの驚愕に押されスキマに流された。

 

「正確には従姉妹だから姉というより姉のような人なんだけど」

「いやそんなのどっちだっていいぜ‼︎ お前の姉ってどんなとんでもない奴だよ。咲夜は知ってたか?」

「いいえ知らなかったわ」

 

  当然、伯奇の存在を知っているのは霊夢、紫、藍、橙、紫の友人である幽々子、萃香、幽香、と例外として運命を操る程度の能力を持っているレミリアとその友人のパチュリーといった当事者たちと幻想郷での権力者しか知り得ていない。

 

  その情報が出回らなかったのも、霊夢自身が話さなかったことが一つ。紫や他の権力者も必要以上に語らなかったことが一つ。面白いと思い口外しなかったレミリアと、偶然が重なり霊夢に近しい幻想郷の友人たちが知る機会が無かった。

 

「それで? 伯奇姉さんは大丈夫なの?」

 

  一通り落ち着いた霊夢と周りの者たちの視線が紫に集まり、こんなはずじゃあ無かったと少し紫は反省した。まさかあの霊夢がこれほどまだ伯奇を思っていたとは見誤った。しかも伝える情報は大変というより、

 

「ええ大丈夫よピンピンしているわ、寧ろ前より元気なくらい」

 

  という全く心配もないもので、霊夢に(ささや)くように伝えるという思わせ振りな態度で言ったのはなんだったのか? 一気に紫に怒りが爆発した霊夢が拳を放ったことを咎める者は誰もいない。寧ろ紛らわしいことを言った紫に向かって魔理沙の援護射撃やこれに便乗して普段の鬱憤(うっぷん)を晴らそうと色とりどりの弾幕が紫を襲う。

 

  煙が晴れた先には流石に悪いと思ったのか、甘んじて弾幕を受け続けた少し焦げ臭い紫が地面に無様な姿で転がっていた。

 

「紫、次紛らわしいこと言ったら退治するわよ」

「いやもうこれは退治してしまっているのでは?」

 

  主人(あるじ)の友人であるために傍観者に徹していた妖夢の言葉の通りピクピク痙攣している紫は退治されたと言われた方が納得できる。そんな妖夢とは対照的に笑いながら紫に弾幕を放っていた幽々子のことはここでは語らないでおこう。

 

「でも霊夢さんの姉ですか、やっぱり強かったんですか?」

 

  なんとも間抜けな間が空いてしまった宴会場に響くのは空気の読めない早苗の声。だがそれはこの場にいる誰もが気になっていることだ。すぐに答えが返ってくると思われた。しかし、その疑問に一番に答えてくれるはずの霊夢は口を開かない。霊夢は知っている姉が強いと言うことを。ただその強さの理由を語ることができない。最後に霊夢が伯奇といたのは五歳の頃だ。もうあまりその時のことを覚えていない。だからこそ早苗の疑問に答えたのは紫だった。ボロ雑巾のようになった紫はなんとか立ち上がると、なけなしの残ったチリのような優雅さを絞り出す。

 

「ええ強いわよ、博麗伯奇、その能力は沈む程度の能力。幻想郷の住人たちと比べても殺傷能力、攻撃能力、それ以外の能力もトップクラス。博麗の名に恥じない者よ」

 

  八雲紫が言い切ると言うことはそういうこと。その寸表に間違いはない。そうなると気になるのは伯奇を倒した者。それほど強い者に勝てる者が外の世界にいるというのか? だが幻想郷という箱庭でさえ上には上がいるのだ。外の世界に幻想郷の住人より強い者がいてもおかしくはない。

 

「そんな霊夢の姉ちゃんに勝つなんてどんな妖怪なんだぜ?」

「まあお嬢様より強い妖怪なんていないと思うけれどね」

「いえ、それを言うなら幽々子様の方が」

「何言ってるんですか! 神奈子様と諏訪子様の方が」

「主人自慢しているところ悪いけど伯奇を倒したのは妖怪ではなく人間ですわ」

 

  妖怪ではなく人間。再び落とされた爆弾に一時宴会場を静寂が襲う。続いて人間たちは驚愕に、妖怪たちは面白そうに顔を歪めた。『博麗』、その凄まじさは幻想郷にいる者ならば誰もが知っている。霊夢程ではないだろうと誰もが思うが、それでも紫が強いと断言する『博麗』に勝つ人間。妖怪たちにとって面白くないわけがない。

 

「おいおいいったい誰なんだぜ⁉︎」

「そうですよ教えて下さい‼︎」

 

  『博麗』に勝った人間。それに興味を持たない魔理沙と早苗ではない。自称博麗霊夢のライバルである二人が自分の目指す相手に類する者を倒した相手を知りたいのは自然な流れで、だから面白そうに早苗の方を見る紫の目に二人は気が付かなかった。

 

「不見倶楽部。早苗、貴女はよく知っているでしょう?」

「「「は?」」」

 

  間抜けな声を上げたのは早苗、それに合わせて神奈子と諏訪子。不見倶楽部。その名を三人が知らないわけがない。それどころかどこまでもよく知っている。不見倶楽部が勝ったということは、伯奇に勝ったという人間は早苗たちが知っている中では一人しかいない。自分たちを幻想郷へ送った男。外の世界にいる『守矢』の男。

 

「副部長?」

「ええそうよ、貴女が自慢するだけあるわね強かったわよ彼」

「本当ですか⁉︎」

 

  不見倶楽部副部長。それを受けて顔を輝かせたのは早苗を含め神奈子と諏訪子の三人だけ。残りの者の顔は総じて渋いものに変わっていく。

 

  早苗は酒に弱い。グラス一杯飲み干せばすぐにヘロヘロだ。そうなった早苗の口から出るのは早苗が外の世界にいた頃の話。その内容も七割が副部長との不見倶楽部での思い出話で残りの三割は生徒会長と副会長という者の話。もう早苗が来てから約二年、その話はここにいる全員耳にタコができるほど聞かされてきた。たまに神奈子と諏訪子まで乗っかって話すものだから止めるのも難しく、中には暗記してしまった話まであるほどだ。

 

「あれ? でも本当に副部長が勝ったんですか? だって副部長って」

「ええ分かってるわ、霊力も魔力もない凡庸な男。でも勝ったわ。強くなったのよ、貴女が居なくなった一年半で。その理由は……貴女の方が詳しいでしょうね諏訪子」

「うん……そうだね。そっかあ、やっぱりやったんだ。全く格好つけちゃってさあ、男の子だねぇ」

 

  話を振られた諏訪子は帽子を深くかぶり直し明後日の方向へ視線を逃す。諏訪に起こるであろう事態を遥か太古から諏訪を治めていた諏訪子が分かっていなかったはずがない。諏訪に起こることは副部長が予想した通り、諏訪子の空いた穴を埋めるために流れ込んだ祟り。それが巻き起こす異変を諏訪子は無視して幻想郷へやって来た。本当ならばぐちゃぐちゃになっているであろう諏訪、だがそれは副部長が残ったことによりそうはならなかった。

 

  副部長が外の世界に残ると分かった時、諏訪子もどうにかしたかったが、自分を見ることのできない副部長に、存在が消えかかっていた自分ではどうにも出来なかった。その後の副部長がどうなったかは諏訪子の知るところでは無かったが、まさか生きていてそれほど強くなっているとは露とも思わなかった。諏訪子たちが幻想郷に移った時、諏訪子は心の中で半ば副部長のことを諦めていたのだ。いったい何をして、いったいどうして、そんな言葉が頭に浮かぶが、結局のところ諏訪子に神奈子、早苗の中では副部長だからで答えになってしまう。

 

  自分たちを幻想郷へ送った男。その当時何の力も無く一般人だと思っていた男が見せた奇跡。それだけで三人が副部長を信じる理由になる。

 

  その副部長が『博麗』に勝った。つまりそれは、

 

「『守矢』が『博麗』に勝ったってことでいいんですよね? いいんですよね⁉︎」

「なーに言ってんの早苗! いいに決まってるじゃん! だって副部長は私たちの家族も同然‼︎」

「そうだねぇ、言うなれば守矢の四人目、わたしたちが『博麗』に勝ったってことでいいでしょ。すぐに烏天狗たちに新聞を書かせるとしよう」

 

  浮き足立つ三人に鋭いお札が投げ込まれる。神奈子と諏訪子は余裕の表情で防ぐが、早苗だけは顔面で受けてしまう。目も眩むような光が目前で弾け、早苗の髪型が面白くなる。投げたのは博麗の巫女。宙へ溶けるように浮かぶ霊夢は、肉眼でも分かるほど周囲の空気を歪ませて、肌を刺す霊気は攻撃的で激しく(ほとばし)っている。

 

「ちょっと待ちなさいよ。うちの姉を倒したのがあんたらの身内? へー面白いわね。どうやって落とし前つけてくれるのかしら?」

「いやいややだねえ、勝った負けたなんていうのは自己責任だろうに、それにどれだけ霊夢が騒いでも事実は覆らないよ。ね? 神奈子」

「そうそう、これを機に我ら守矢の大躍進が始まるのよ。これで信仰もがっつりゲットね」

「新しい異変の企ては止めて貰える? 今から退治するわよ、博麗の力を知りなさい」

「「上等!」」

 

  転がる早苗を無視して夜空に数多の光が散る。これこそ幻想郷でしか見ることのできない光のアート。誰もが目を奪われる最高のショー。ちょっと危ないがこれを見ることが出来ることがどれだけ幸せなことか。空を見上げ誰もがそれを肴に酒を煽るが、ただ一人紫だけが転がる早苗に向かって近寄っていく。

 

「早苗、副部長だけじゃないわよ。貴女の後輩も頑張ったわ。…………あらあら聞こえてないみたいね」

 

  乱れた髪とは異なり満面の笑みで夢の世界へ落ちた早苗に紫は優しい笑みを向ける。その心のうちの半分は少しだけの申し訳なさと、もう半分は紫だけの秘密だ。




この作品の霊夢が努力が嫌いなのは伯奇を見たからです。報われない努力をした大好きな姉なのですからしょうがないですね。

早苗だけでなく神奈子と諏訪子の二人も副部長が蟲の目を持っていることを知りません。諏訪の住民を見捨てた諏訪子は仕方がないです、先に見捨てたのは人間ですから。もし、副部長の複眼のことをもし三人が知ったら雷が落ちるでしょう。もちろん副部長に。

次回はまた閑話です。副部長の家での八雲紫と伯奇との会話を上げます。

やっぱり原作キャラが出るといいですね。ただ今回まるで出番が無かったキャラがいるので、次回は少しでも多くのキャラクターを登場させたいです。本筋には全く今は関係ないですが、幻想郷の話もちょくちょく書きたいと思います。書いてたら書きたくなっちゃいました。

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