不見倶楽部   作:遠人五円

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さあ拳は握ったか?


博麗を殴れ!

  伯奇が副部長を呼んでいる。

  夜の川辺を漂う蛍のように残された副部長にしか見えない霊力の残光が誘導灯となって歩む方向を教えてくれていた。諏訪湖の湖畔から山の方へ伸びていくそれを重い足取りで副部長は追って行く。

 

  副部長の足を動かすのは単純な怒りだ。

 

  薄暗い夜の道を歩く副部長の心は見るものが見れば何より眩しく見えるだろう。心の奥底に揺れる怒りの火は、進む足の一歩一歩に合わせてその揺らぎを大きくする。

  東風谷早苗が幻想郷へ旅立って、諏訪に残されたものは本当に少ない。副部長、生徒会長、副会長がそれぞれ持つ一枚の写真。その三枚の写真以外ではもう東風谷早苗の姿を見ることはできない。

  そのうちの一枚がこの世から消えた。それも人の手によって失われた。東風谷早苗と最も付き合いの深い副部長のものがだ。

  親友と二人で映った最後の写真、それを意図的に他人に壊されて怒らないわけがないだろう。

  夜の山、獣道さえない木の間を進み、深緑の光が迷いなく進んでいく。その光がピタリと止まった場所は、周りに雑多に木が並ぶ人の手が入っていない山間の中だ。

  大きな岩、長く風雨を受けて曲がり曲がった木々、それ以外は何もない。何もないからこそ、二つの深緑と深紅の首輪が異様な存在感を持って宙に浮いている。

 

「遅かったなぁ」

 

  月明かりが無かろうと退屈そうに一本の木の枝の上に座る伯奇の姿が副部長にははっきり見える。お祓い棒をつまらなそうに弄り副部長を見下ろす伯奇の顔を見るだけで、両手に力が入ってしまう。酷く歪んだ伯奇の顔は面白そうに副部長のその手を眺めている。

 

「お前が諏訪の異変を解決したっていう男だろう? ボランティアご苦労さん。名前も分からないふざけた男が頑張っちゃってさあ」

「生憎と博麗に名乗るような崇高な名前を持っていないものでね」

「は! お前の名前なんてどうだっていんだよ」

 

  ふわりと木から降りる伯奇は重力を感じさせず、月の地へと足を下ろすようにゆっくりと大地に立つ。膝より上のスカートの裾も、決して(ひるがえ)らずに重しでもついているように動かない。ニヤリとした顔は副部長の顔を捉え、その目には蔑視の色がありありと浮かんでいる。

 

「本当にそんな目なんだな、気持ち悪いって言われるだろ?」

「残念ながらそんなに無いな、崇め奉られることの方が多かったさ」

「そんな冗談いらねえんだよ、ボケが」

「嘘じゃないさ」

「あっそう」

 

  伯奇はゆったりと副部長の周りを歩く。副部長を見定めるように向けられる目に副部長は笑顔で返すが、その内にある想いはもういつでも伯奇に放つ準備が出来ている。それが分かっているように同じく笑みを浮かべる伯奇の言葉は止まらない。

 

「なあ、お前本当に強いのかよ? こんだけ近くにいるのにマジで霊力も魔力も感じねえ、強い奴を前にすれば何かしら感じるもんだ。それがお前には全くねえ。私の頭はそんな変な目を持ってようとお前は一般人だと言ってる」

「その判断は正しいさ、俺はどこにでもいる人間と大差ない」

「そんななんの力もねえ奴がどうやって異変を解決したんだよ、あたしにはそこんところがよく分からねえ」

「力が全てじゃないさ、それがない者のために技や知恵がある」

 

  副部長の姿がブレ、次の瞬間には隣に立っていた木に拳が叩き込まれる。轟音と共に木がひしゃげると、幾千の矢となって破片が伯奇に飛来する。

  それでも伯奇の顔は崩れず、なんの抵抗も見せずに笑顔のまま突っ立っているだけ。しかし、飛来する矢は滑るように伯奇から反れ、多くの滑る破片は、伯奇を中心にした見えない球状の壁をくっきりと映し出した。それを過ぎれば、破片は大地へと帰っていく。

 

「それが技ってか? 面白えがせっかちな野郎だな。落ち着いて話もできやしない」

「会う前から自分の周りに結界張ってるような奴には言って欲しくないな」

「おいおい、こんなところで男と女が二人きりなんだぜ? か弱いあたしはこれぐらいしなきゃあ安心できないんだ」

「か弱いねぇ……」

 

  ふざけたようにサッと振られるお祓い棒から、霊力が払われ飛び散るが、伯奇と同じく笑顔の副部長は動かない。副部長のすぐ近くを通り過ぎる霊力の塊は、地面や木々に当たるとそれらを大きく削り取って消えていく。

 

「そんなバリバリ霊力を周りに放出しているくせに、随分と危険なか弱さですこと」

「女が自分のことか弱いつったらか弱いんだよ。それよりお前あたしがお前に当てないの分かってたな?」

「見えるもんでね」

「へぇ……」

 

  ジリジリと二人の意識が高ぶっていく。笑顔はもう二人の顔にはありはしない。どちらかが動けば、その時が始まりだ。副部長の目の光が引き絞られるかのように凝縮し、伯奇の纏う霊力の質が変わる。その攻撃的とも言える色合いは副部長の視界を覆うように彩った。

 

「じゃあさ……これも見えるか⁉︎」

 

  伯奇の色が限界を迎え爆発した。ダムが決壊したように、伯奇から出た霊力の奔流(ほんりゅう)が副部長へ襲いかかる。人間一人など軽く飲み込んでしまう霊力の流れは壁となって副部長に迫っていく。副部長は強さで言えば妖怪や魔といった相手と比べた場合決して強いとは言えない。それらと真正面から打ち合える博麗の力の壁を打ち壊すことも押し返すことも当然できない。ただ、副部長は見えるのだ。常人以上にものが見える。誰でも可視できるほどに濃い伯奇の霊力の奔流も、一般人からすればただの光の流れにしか見えない。一般人の目では捉えきれない小さな霊力すら捉える副部長の目は正しく迫るそれを文字どおり壁のように映し出す。迫る壁を前にした副部長の行動は至って単純、越えるだけだ。迫る壁に自分の方から突き進み、足を掛けるとそのまま伯奇の霊力さえ利用して、一息で霊力の流れから大きく跳ぶ。

 

「お前! それがお前の技ってやつか⁉︎」

 

  伯奇が驚いたのには理由がある。ただ人が高く跳ぶだけならば、はっきり言って伯奇が驚くには足りない。そんなこと『博麗』たちには出来て当然のことだからだ。

  伯奇が驚いたのは副部長が伯奇の霊力に触れたからだ。

  霊力とは固体ではない。電気や光に近い普通なら手で触れられないものだ。霊力や魔力同士の反発を使うのならば伯奇にも同じことが出来る。しかし、それをやったのはつい先ほど自分で見て霊力や魔力がからっきしと分かっている男。それもただ放ったのではなく、相手を潰すためにと攻撃の意思を持って放ったものだ。副部長が触れたにも関わらず、霊力は爆発すらせずに何事も無かったかのように副部長がいた場所にある岩や木々を抉っていく。

 

「見えるって言ったろ? 見えれば掴めるようにだってなるさ。ここまでくるのにはかなり苦労したがな」

「チッ、なるほどだから異変を相手に出来たわけか。霊力も魔力も無い野郎があたしの力に触れる……気に入らねえな」

「気に入らないのはお互い様だろ。行くぞ‼︎」

 

  重力に従って副部長は落ちていく。突き出した拳を伯奇は余裕で避けるが、拳の当たった地面は杭打ちされたように拳以上の大きな跡を残して凹み、砂が舞って伯奇の視界を覆い潰した。

  伯奇の視界から副部長が消え、副部長の視界からも伯奇が消える。普通ならそうなるが、副部長の蟲の目は砂のカーテンの向こうにいる伯奇の霊力の姿を(しか)と捉えていた。

  砂のカーテンを押しのけて副部長は伯奇に肉迫する。伯奇の驚いた顔が見え、副部長は躊躇い無くそこへ拳を叩き込む。大きな鈍い風切り音が空を走り、拳から伝わる感触は無い。

  伯奇は大きく身体を反らしバク転の要領で後ろへ跳ぶと、札を二枚投げそのまま宙へと浮かぶ。

  二枚の札はひらひら舞うわけも無く、直線的に副部長の元へ飛んでいく。しかし、伯奇が副部長の一撃を避けたように、それに当たる副部長ではない。最小限の動きでそれを躱す。札は地面に当たると沈み込むように破裂して大地を削った。それに巻き込まれ吹き飛ぶ岩を副部長の足が伯奇の方へ蹴り上げるが、結界に阻まれ明後日の方向へ滑っていった。

  そのまま伯奇は空を飛び副部長に突っ込んだ。放たれる拳、躱される。そのまま力を利用して空中からありえない体勢で蹴りを放つが、分かっているように避ける副部長には当たらない。大きな攻撃はそのまま大きな隙となり、副部長がそれを見逃すはずが無かった。

  大きく腰を落として振るわれた拳は、伯奇の結界を捉え滑ることも無く鈍い音を響かせる。鐘を撞木(しゅもく)でついてような音に見合った衝撃は、木々や岩を巻き込んで伯奇の身体を弾き飛ばした。十メートルは吹き飛んだ伯奇は、しかし怪我一つしてはおらず、舞う誇りを弾いて手の届かない空へ跳ぶ。

 

「気に入らねえ、気に入らねえが認めてやるよ。格闘戦じゃああたしの分が悪い。なぜか分からねえがお前やたら力が強いみたいだからな。だが空中ならどうだ?」

「……参ったな」

 

  夜の空に花火が上がる。

  伯奇から広がる色とりどりの霊力の飛沫は美しいが、その一つでも身に当たれば一般人にはひとたまりも無い力の結晶。

  伯奇から隙間無く一度広がったそれは空を彩り、副部長へと落ちていく。木々の隙間を縫って、副部長のみを目指し霊力の欠片が殺到した。

  大地を蹴り、木々を蹴り、副部長は自然の中を跳ね回る。

  時に太い枝の上を滑り、時に大地へ飛び込み、どこまでも追ってくる弾幕を紙一重で避けていく。

 

「おいおいダセえな、さっきまでの勢いはどうした? 避けるだけかよ!」

 

  弾幕の密度がさらに増し、副部長の退路を塞ぐ。

  副部長の目には、超常の景色が広がった。

  副部長の目はレントゲンのように生物、植物問わずその身に流れる電流といったエネルギーすらその目に写す。

  いつも複眼を(さら)せば見える電波も含めた光の筋の世界の中を、明らかな異物が群れとなって追ってくる。

  いくら目が良かろうと、人の身体には限界がある。

  目の前数センチを霊力の塊が通り過ぎ、それを追ってきた数発の霊力はそこらの枝を掴み身体を捻って回避する。しかし、いくら避けようと迫り来る霊力の群れを躱し続けることはできない。

  伯奇のように空を飛んでいられるなら別だ。上も下も横も三百六十度どこにだって行くことが出来る。副部長にそれはできない。特別な力の無い副部長は、大地を駆ける以外に移動する術は何も無い。常に足は大地を踏み、行ける場所には限りがある。

  だからこそ副部長の技は大地を掴んでこそ発揮されるものなのだ。出来ないことは出来ない。ならば出来ることをやるしかないのだ。

  自分を取り囲む霊力の群れは無視してしまい、足を止めた副部長は諦めた訳ではない。地に着いている右足を一度強く踏み締めると、それを起点とするように大地が隆起した。(うね)る大地に弾かれて宙へ勢いよく上がる石飛礫(いしつぶて)は、迫る霊力の群れを打ち落としていく。その様子を見ていた伯奇が、副部長の技のカラクリに気がつかない筈がない。仮にも『博麗』、副部長としてはあまり手の内を晒したくは無いのだが、手を抜けるほど『博麗』は甘い相手では無い。

 

「嘘だろお前、龍脈を使ってやがるのか?」

 

  ----龍脈。

 

  龍脈とは世界中の大地を流れる大きな『気』の流れ。それは誰のものでも無く、星そのものが持つ無限のパワー。人がおいそれと扱えないそれを副部長は確かに使っている。伯奇の目には確かに副部長が大地を踏んだ瞬間に大地に波紋が立つのが見えた。『博麗』以外の術師には気がつかれないかもしれない僅かな揺らぎ、それに気付く伯奇も並ではない。

 

「使えはしないさ、流れを多少変えたり波紋を起こせるだけだよ俺は」

 

  それでもそれは相当凄いことだ。下手に龍脈に手を出せば、人の身では耐え切れず龍脈の流れに負けて身体の内から砕け散ってしまう。(ひとえ)に副部長が龍脈を扱うことが出来ているのは、見えるからに他ならない。大地の下に流れる大きな光の流れは、蟲の目がいつも見せてくれている。

  見ることができるのとできないのでは雲泥の差がある。

  これは間違いなく副部長だけの技だ。なんの力もないはずの男が自分には出来ないことが出来ている。

  伯奇は気に入らない。それが何より気に入らない。それがまるで『博麗霊夢』のようだから。

 

「ふ、ふざけるなぁ‼︎」

 

  伯奇の身体から溢れる霊力の波は大きさを増し、夜の暗闇を塗りつぶして副部長の世界を覆っていく。光の壁は一つの世界のようにあらゆるものを()き潰し副部長さえ弾き飛ばした。そのあまりの強さに宙に身を投げ出され、一気に諏訪湖まで副部長は飛んでいき、黒い水面に叩きつけられる。

  それで終わる訳がなく、空を埋め尽くす一つの世界は諏訪湖に沈み込むように落ちてくる。

 

「はぁぁ……面倒だなマジで、」

 

  目に映る水流の流れを掴み、水面に立つ副部長周りには世界の欠片が落ち始め、水飛沫(しぶき)一つ、波紋一つ起きずに暗い水底に沈んでいく。それを見た副部長の身体を痺れが襲い鳥肌が立った。伯奇の力の一端が、怒りの爆発により分かりやすく副部長の無数の瞳に映った。

  普通に見るのでは分かりずらいが、霊力の塊が水面に沈んでいるのではない。水面の方が伯奇の霊力に沈んでいる。伯奇の霊力は小さなブラックホールに他ならない。自分の霊力の何倍もあろうという諏訪湖の一部を吸い込んでも崩壊しない。もし伯奇の一撃が副部長に触れようものなら、抵抗虚しく沈み削り取られてしまうだろう。

  そんな落ちてくる小さなブラックホールを避けつつ、副部長が取った行動は一つ。

 

  見ることだ。

 

  突き詰めれば、副部長の最強とも言える能力は見ること一つである。副部長の目から逃れられるものはありはしない。およそ三百六十度に近い視界に見えないものが映る瞳。電気、電波、霊力、魔力、妖力、龍脈、粒子の動きに至るまで、副部長の目が取り零すものはない。

  そうして見た光景から、副部長が今まで蓄えた知識と経験によって、触れられるレベルまで上げていく。それが副部長の唯一の技だ。

  副部長は逃げるのを止め、水面を強く蹴る。向かう先は霊力の塊。ゆっくりとそれに足を下ろせば副部長はそれに確かに立った。

 

「……くそっ」

 

  だが完璧では無い。時間が経つごとに少しずつではあるが足が沈んでいっている。足の裏が溶けるような感覚に襲われ、痛みよりも痒いようなおかしな痛みが襲ってくる。

  時間は無い。すぐにそこから跳び去り次の塊へ、その次へ、その次へ、その次へ。

  しかし道は果てしなく遠い。落ちていっているものを踏み締めながら前に進むのでは、僅かでしか前に進めない。悠々と宙を舞う伯奇は、足掻く副部長の姿を可笑しそうに見ている。

 

「はははっ、やっぱりそうだ! お前みたいなやつがあたしに敵うはずが無い。そうやってどこにでもいる誰かのように下で足掻いてるのがお似合いなんだよ!」

「お前は何を焦ってるんだ?」

 

  伯奇の顔が今一度歪む。副部長の目は伯奇を見ている。その副部長の目が気に入らない。全て分かっているというような副部長の目が。無数の目が自分だけを見ていることに伯奇は言いようのない不安に駆られる。今優位に立っているのは紛れもなく自分のはずなのに、自分が下にいるように錯覚する。

 

「は? お前は何を」

「なぜ俺に会いに来た。力を示したいならそれは俺にじゃ無いだろう? 八雲紫か? それとも噂に聞いた博麗の巫女か?」

 

  伯奇の顔が崩れ、副部長の口はニヤリと弧を描く。副部長は伯奇の逆鱗に触れた。

 

「う、うるせえ! 霊夢のやつが選ばれたのは何かの間違いだ! あたしが! あたしこそが『博麗の巫女』に相応しいんだ! あたしこそが幻想郷に行くべきなんだよ!」

「それで俺を相手に力を示すか。だったらそれは完全に何かを間違えてるぞ。俺は強くは無い。俺に勝ったとしても何の意味も無いだろうさ」

「よく言う。それでもお前は異変を解決したんだろう? 紫に聞いたぜ、幻想郷でもあまり目にかかれないような異変だったそうじゃないか。それを解決したんだ。あたしが解決するはずだった。それを! お前が解決した! 『博麗の巫女』のように! それもあたしよりも劣るような奴がだ‼︎」

 

  弾幕は激しさを増し、代わりに副部長の足場が増える。二人の距離は確実に縮まっていた。

 

「それで博麗伯奇、お前はそんなことのためにあれをやったのか?」

「そんなことだと!」

「そんなことさ、俺にとってあれは、早苗との写真は何より大事なものだった」

 

  副部長の瞳の輝きが増す。形振り構わず前に進み、擦り始める霊力も気にしない。赤い雫が宙に垂れ始め、霊力に触れると沈み消えていってしまう。

 

「そんなこと知ったことか!」

「初め会った時の自信満々な方がマシだったな。今のお前は何より気に入らない」

「うるさい! あたしは! あたしは‼︎」

 

  伯奇の弾幕が止み、その力が振り上げられた両手に集まっていく。どこまでも収縮、圧縮し、全てを沈み込ませる力は質量を強め、その緊張が高まり切った瞬間、七色に光る光りの玉が副部長に落とされた。

 

「あたしは霊夢より強いんだぁぁぁぁ‼︎」

 

  大きな塊は副部長をゆっくりと取り囲んでいく。だが副部長はもうそれを見ていない。副部長が見ているのは博麗伯奇ただ一人。力を振り絞って伯奇へ向かい最後の跳躍を行う。空中で身体を引き絞り、気に入らない顔を殴るためにその手を伸ばした。

 

「お前は何も見てないな」

 

  伯奇の目の前まで伸ばされた副部長の拳は伯奇に当たることは無かった。伯奇の結界の隙間にさえ滑り込み視界を覆った拳は、直前に大きな塊に副部長が押しつぶされたことによって届かなかった。その代わりに届いたのは副部長の言葉。伯奇は動かず、呆然とその伸ばされた拳だけを見ている。

  霊力の塊が消えた先には副部長の姿が消えずにあった。副部長が霊力の海に沈まなかったのは、副部長の言葉が伯奇の心を揺らし能力を完全には発動させなかったからだ。

  だが副部長にもう身体を動かす力は残っていない。落ちていく副部長が最後に見た光景は、伯奇でも無く、落ちるであろう諏訪湖の水面でもない。虹色の世界を通してこちらを見る願子の姿。

  色眼鏡を掛けた願子が心配そうに副部長を見つめ、その後ろには友里、杏、塔子の姿が見える。なぜかその中に四人と比べ非常に浮いた八雲紫の姿も見えるが、今更そんなことを気にする余裕は副部長にはない。

  ただ自分を見つめる色眼鏡を掛けた願子の姿があまりに似合っていないものだから、自然と副部長の口角は上がってしまう。

  まだ終わりではない。

  東風谷早苗以外にも、副部長には戦う理由がある。

  諏訪湖の心地いい波音が近ずいてくる音に身を任せ、副部長は少しの間休むべく水の底へと沈んでいった。

 

 

 




戦闘描写……ムズイよ……

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