不見倶楽部   作:遠人五円

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大筋の話は不見倶楽部活動日誌と並行してあげていきます。


第二章 『博麗』
新しい日常


  けたたましく鳴く蝉がどれだけ頑張ったところで、 諏訪湖の水面には波紋一つ立たないそんな季節。

  副部長の方針で、やたら豪華な家具に囲まれている割に冷房設備の一つもない部室はさながらサウナのようだ。

  拭いても拭いてもしみ出し続ける汗を、もういいやと投げ出し願子、友里、杏、塔子の四人はお馴染みとなっているソファーに座り、目の前のソファーテーブルに死体のように突っ伏し動かない。

  副部長はそんな蒸し風呂の中でも、夏服になったというのに学ランを着続け、眼鏡をかけて相変わらず何かを書いている。その手は淀みなく、暑さというものを感じていないようだ。

  四人がソファーに座り談笑し、時折振られる話に執務机に座り何かをやっている副部長がぶっきらぼうに返す。数ヶ月で出来た不見倶楽部の新しい形だったが、夏休みをすぐ目の前にして、遂に暑さに音を上げた四人によってそれも崩れてしまう。

  夏になり部室に新たに置かれた陶器の豚から立ち上る蚊取り線香の煙と、普段珈琲の匂いに埋もれている中に混じる蚊取り線香の匂いが、より夏の暑さを四人に押し付け、項垂れる四人の制服は汗でぐっしょり湿り、男が同じ部屋にいるというのに気にする様子もないあたり、副部長の立ち位置はなんとも微妙なものであった。

 

「副部長、暑ーい」

 

  七月を回ってから何度目かも分からない願子の声は、要は冷房を買わないのか? ということを暗に言っているのだが、副部長はそんな願子の声を当然のようにスルーする。

 

「これもいずれいい思い出になるさ」

「なりませんよ! 暑いだけで、嫌な気分になるだけですって」

「そんなことないさ、暑いって言うから暑く感じるだけだよ、心頭滅却すれば火もまた涼しって言うだろう」

「暑い暑い暑い暑い暑ーい!」

「止めて願子、頭の中まで茹だっちゃったの?」

 

  なんとか上半身を起こし喚く願子に返される友里の言葉は、ぐったりとした体勢から言われたもので、普通に言われる苦言よりも酷く悲哀に満ちている。一言を言うのにも、額から垂れる新たな汗を気にしなければならないのだから当然だろう。茹だるような暑さにゾンビと化している四人を副部長は一瞥すると、溜息をついて眼鏡を外した。副部長が眼鏡を外すのは、やっている何かを止める合図であり、また、願子たちが喜ぶであろうことを言う合図でもある。

 

「お前たちもうすぐ夏休みなんだぞ、そんなんじゃあ連れて行けないな」

 

  副部長の言葉は相変わらず初めて聞いた時は要領を得ないものであるが、それでも四人の意識を変えるには十分なものだった。突っ伏していた身体を好奇心で無理やり起こし、なんとか聞く体勢を整える。

 

「連れてくってどこにですか? 副部長先輩」

「軽井沢さ」

 

  軽井沢。

  長野県の中でも、避暑地として一等有名な場所である。およそ都会と違い田舎の集合体のような長野県の中でも少し変わった場所であり、観光地としても有名だ。

  長野の諏訪出身である四人でも、軽井沢に行けるとなると僅かにテンションが上がる。それぞれ軽井沢に行きたい理由は異なるが、行ける、それも恐らく部費でタダでとなると、行きたくないと言う方が不自然だ。

 

「しかも、宿泊は万平ホテルだ」

 

  さらに、続けて副部長から齎された情報に、四人は堪らずソファーから立ち上がった。クラシックホテルの代名詞の一つ。軽井沢の万平ホテルに泊まれて嬉しくない筈がない。

 

「本当ですか、副部長!」

「本当だ。しかも部費で行くから全部無料だぞ」

 

  最高の副部長だ! と、手の平を返して喜ぶ願子たちだが、友里だけは大手を振るって喜ぶ三人とは対照的に少し難しい顔になる。

  それもそのはず、ゴールデンウィークやこれまでの幾つかの休日に、部費を用いての小旅行を何度も行ったため、『こちやさなえ』によって出た学校の修繕費と相まり、無駄遣いしないよう生徒会長から釘を何度も刺されているからだ。

  もし、高級ホテルに泊まるなんて言ったなら、優しい生徒会長も流石に不見倶楽部にとって良くない手を出すに違いない。

  しかし、それを分かっていない副部長ではない。友里の心配など杞憂であるというように、満足気に四人を見回した後、一度手を叩いて四人の注目を集めた。

 

「一つ言っておくが今回は遊びに行くんじゃない。ちゃんと行く理由があるから行くのさ」

 

  そう言って執務机に高く積まれた書類の塔から一枚の用紙を引き抜くと、ソファーテーブルへ放った。乱れなく四人の見える位置に滑り込む用紙には、大きく全日本オカルト連盟総会のお知らせと書かれている。

 

「あら、これは?」

「文字通りだ。日本中の中学、高校、大学のオカルト関連の部活、サークルが全て集まる年二回の夢の祭典かな一応。まああんまり出席率はよくないらしいんだが、実際に俺と部長が中学の頃にも来てたけど一度も行った事がない。理由は開催地が毎回バラバラで諏訪からだと遠いことがほとんどなんだ。前回は北海道、前々回は京都だったかな。今回は軽井沢だから出てみようかなってことになったわけ、な? ちゃんとした部の活動だろう?」

 

  そんなことを知らなかった四人は当然目を丸くする。オカルト研究部にそんな大規模な活動があるなど信じられないといった感じだ。運動部と違い明らかにマイナーな部に日本中から集まるインターハイのようなものがあるというのは驚きだ。何より総会を開けるほどオカルト研究部が日本中にあるとも思えない。

 

「前回集まった部の数はおよそ二百、千五百人近く来たらしい」

 

  しかし、それも副部長の言葉で疑問は解消される。後に残るのは高揚感。願子たち四人は入ってまだ日が浅いから別として、長年不見倶楽部をやってきた部長や副部長のような存在に会えるかもしれないと考えれば、気分が上がらないわけがない。

  ただ、願子たちが知らないのは、不見倶楽部の部長と副部長は相当稀有(けう)な存在であり、四人の中でも特に願子が望んでいるようなものはほとんど無いと言っていい。その証拠に、

 

「言っとくけどそこまで楽しいものじゃないよ、

 

  と副部長は言うのだが、舞い上がっている四人には聞き入れられていないようで、あまり重要では無いからか副部長は肩を竦めるだけで再度同じことを口にすることは無かった。

 

「副部長先輩、総会って何をするんですか?」

「要は情報交換会みたいなもんだよ、今までやってきたことの発表とかね、素晴らしいものなら一応賞状なんかも出る」

「うわ、じゃあ頑張らないと! それっていつなんですか副部長」

「お盆の初日」

 

  夏休みが始まり三週間前後、まだだいぶ先は長いが、大きな楽しみが出来たため四人には活力が戻る。もう滴る汗も気にならないと意識は総会へと向いていた。

 

「じゃあまだ時間あるんですね副部長先輩」

「私たち不見倶楽部の名を売るチャンスじゃない!」

 

  名を売る気は無いんだけど、という副部長の呟きは届かず、折角総会に出るのだからと、少しでもオカルトを見つけるため、その日から数日四人は暑さを物ともせずに駆け回り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「諸君! 来たぞ、遂に来た! 何が来たって? 夏休みだ! 一ヶ月近い休日に諸君もやりたいことが多くあることだろう。勉強に力を入れるもよし、部活動を頑張るのもよし、勇気を持って告白し恋人を作るのもいいだろう。私はそのどれもを応援する! 夏休みこそ高校生の最も楽しい行事なのだから楽しまないのはむしろ罪だ! 恋に勉強にスポーツに、最高の一ヶ月を共に過ごそう! あぁただ体調管理や事故には十分気をつけてな、夏休みの大半を病院で過ごしてましたぁ、なんていう悲しいことにならないように! そんな馬鹿には私が直々にお見舞いに行って説教するからそのつもりで! 終わり‼︎」

 

  生徒会長の短くも力強い言葉で、待ちに待った夏休みが始まった。それから数日、授業が無い為毎朝学校がある時と同じように八時半までには四人とも部室に集合している。

  どれだけ早く四人が部室に行こうとも、扉を開けば必ずいる副部長の私生活は謎に包まれているが、そんなことはもう気にすることでもない。

  そして四人が話すのは総会までに集めるオカルト情報のことだ。ここまでおよそ四ヶ月で、不見倶楽部は最高の部活であると確信を持って言える四人は、日本中から集まるその場で不見倶楽部を見縊(みくび)られたくないのだ。

  だから毎日朝から晩まで、知識の乏しい頭をなんとか捻って四人は議論を重ねるのだが、いい案が全く浮かばない。

  四人の気持ちを分かっているのか、いないのか、副部長は執務机に座ったまま四人の会話を眺めるだけで口を出すことはほとんど無い。

  そんな副部長に一度四人は質問ではなく助言を頼んでみたりもしたが、直ぐに首を軽く横に振って、頑張れー、と笑みを返すだけ。

  副部長は副部長でもう用意しているらしく、四人のやることには一切手を出さないことに決めたらしい。

  それは信頼なのか試練なのかは分からない四人であったが、副部長を頼るのは(しゃく)である友里を筆頭に、こうなったら副部長をアッと言わせてやると決めた四人は、狭い部室にいてはどうにもならないと、外へ飛び出して諏訪中を駆け回るのが日課になっていた。

 

「見つからなーい!」

 

  総会まで残り十日ばかり、捜索率を上げるためバラバラに探す四人は照り返すアスファルトの熱に負け、ラムネを片手に所々にある諏訪神社の一つに集まると境内に続く階段に座り込んでしまっていた。

  これだけ暑いにも関わらず、座る願子たちを飛び超えて虫を捕まえるためか虫網を掲げる小学生の元気を分けてくれと、濁った眼差しを向けるが、小学生の眩しさに逆に目をやられてしまう。

  ラムネの瓶に浮かぶ雫が額から垂れる汗とシンクロして落ちていく。喉を流れる冷たい感触が僅かばかり気力を戻してくれるが、終わりの見えない行動に落ちた腰が上がらない。

  境内に響く蝉の声が重しとなってより一層四人の立ち上がる気を奪っていく。頭上に登る太陽と、雲一つない晴れやかな空に、この数日ですっかり四人は日に焼けてしまった小麦色の肌から流れる汗を強引に手で拭う。

 

「そんな簡単に見つかったらオカルトじゃないでしょ」

 

  友里の言うことは尤もだが、今はそれでは困るのだ。このままでは四人は副部長について行くただのオマケになってしまう。まだ四ヶ月だからと言い訳はできるが、そんな格好良くないこと四人はしたくなかった。四人だって不見倶楽部なのだ。自分の中に不見倶楽部である意味を見出したい。

 

「副部長みたいに凄い目があれば楽に見つけられるのになあ」

「無いもの強請っても仕様がないでしょ、それに見たこと無いわけじゃないんだから、あるにはあるんだし」

 

  『こちやさなえ』に始まり、もう両手では足りないほどの不思議を四人は目にしている。つまり無いわけではない。それらは普段目に見えないだけであり、隣にいつも控えていたりする。それを見つけられるかどうかが大事なのだ。

  副部長の複眼なら、適当に首を動かすだけで見えないものが転がり込んでくるのだろうが、四人には足を動かすことしか出来ることがない。

 

「でもどうしましょうか? 普通に探してたんじゃ見つかりそうも無いですよ」

「私のアイテムをお貸ししてもいいわよ」

「「それは要らない」」

「あら酷い」

「なら頑張るしかないですね。一体他にどんな部や人が来るのか分かりませんけど」

 

  杏の当然な疑問には既に副部長が答えている。

  数日前に副部長から渡された参加者一覧を一様渡されているのだが、書かれていた部の数は二百を超え、願子たちは全く覚える気にならなかった。

  書かれている名もほとんどの部がどこどこ高校のオカルト研究部といった具合で、不見倶楽部のように一目で分かる名前は非常に少ない。お陰でその少ない部の名前だけは覚えられた。

 

「えっと、五光同盟にカルト新聞部、後うちに似た名前で秘封倶楽部っていうのもあったっけ? どんな人たちなんだろうね」

「どうなんでしょう、副部長先輩みたいな人たちがたくさん来るのかもしれませんよ願子さん」

 

  副部長みたいな人がいっぱい?

  複眼を持つ何人もの人々が集まり願子たちを見つめる光景を一瞬思い浮かべたが、馬鹿らしいと願子は直ぐに首を振った。

 

「副部長みたいな人が何人もいたら日本は終わりね」

「あら、そうかしら友里さん。かなり面白いことになりそうだけど」

「それはない、あんなの一人で十分よ」

 

  空になったラムネの瓶をゴミ箱に突っ込んで、四人は再び足を動かす。うだうだ言っても意味が無い。一人一人が怪しいと思う場所へ足を向ける。

  部室とは違い、波打つ諏訪湖の小さな波音が涼しげな空気を巻き上げて、歩む足をなんとか止めずに動かせているが、困ったことに何を探せばいいのか四人にはさっぱりだ。折角神社に集まったのだからと賽銭(さいせん)を入れてみたりもしたようだが、その効果はまるで無いらしい。

  一口にオカルトと言ってもその種類は膨大な数に及ぶ。宇宙、深海、都市伝説、超能力、あらゆる分野に存在するオカルトをどれと決めずに探すのは無謀以外の何ものでもないと言える。

  副部長でさえその中に得意分野があり、全てを知っているわけではないのに、これといった分野を持っていない願子たちには酷と言えた。だが、それは塔子を除いた三人のことであり、それがオカルトを探す姿にはっきりとした違いを見せている。

 

「あらあら、次はどこかしら」

 

  塔子の探す姿は異様の一言に尽きた。時折落ちている棒を立てて倒す。花弁(はなびら)を毟り方向を決める。腰についた装飾を急に振り回す。職質されないのが不思議でならないが、時折見せる通行人の悲しい目から、病人だと思われているのかもしれない。

  占いだってオカルトの一部だ。占いマニアの力を十分に発揮して探す塔子が実は一番オカルト研究部としては正しい姿なのだが、その姿は真似したいものではないだろう。

  装飾塗れの少女が騒音を立てながら奇怪な行動を取っているとなれば、当然人目についてしまう。

  そんな新たに落ちている棒を拾う塔子の方へ向かって、遂に人影が一つ近付いていく。

  ジャラジャラ鳴る自分の装飾の音のせいで全くそれに気付いていない塔子は、肩を叩かれるまでその存在に気がつかなかった。

  軽く面倒くさそうな感じで肩を二回叩かれて、そうして振り向いた先にいた人物は塔子が初めて見る少女。

  その少女の容姿に塔子は目を()いた。

  ツーブロックに後ろで束ねられる黒髪、耳に付けられた大量のピアス。額や鼻にも小さな輪っかを付けている。それに合わせた切れ長の眉に猫のような目、端正な顔立ちの分、与えられる迫力はもの凄い。来ている服は、塔子の通う一葉高校のセーラー服では無く、真っ黒いセーラー服は諏訪あたりでは見られないものだ。靴は先の尖ったこれまた黒いヒールであり、そこから伸びる細い足は奇怪な模様の入った黒いタイツに包まれている。全身を真っ黒に染めている中で、唯一真っ赤な巻かれたスカーフが非常に浮いて見え、その鮮血に近い色から血が垂れているようにも見える。

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

  しかし、そんなパンクな少女から出た第一声は非常に礼儀正しいものであり、身構えていた塔子は肩透かしを食らった気分だ。

  にっこり微笑む少女の顔は柔らかく、見た目と非常に合っていない。ピアスを外し普通にすれば清楚な美少女の誕生だろう。

 

「あら、何かしら」

 

  初対面の相手に引いたままでは失礼と、いつもの口調を挟んで普段通りを装う塔子。しかしそれも少女の次の一言でまた簡単に崩されてしまった。

 

「その制服一葉高校の制服ですよね、私一葉高校に用が有って来たんですけど場所が分からなくって案内して貰ってもいいでしょうか?」

「え? うちの学校に用なの?」

「ええ」

 

  少女は再度「ダメでしょうか?」と少し困ったような笑顔で聞いてくるが、ダメか? と言われればダメに決まっている。塔子は今オカルト探しで忙しいのだ。しかもそれは時間がない。今日も傾いていく太陽が、残る時間を減らしていく。

  きっと今日も成果の上がらない三人に変わって何かを持ち帰り存分に踏ん反り返りたい塔子にとってそれは手痛い時間ロスだ。

  断ろうかと口を開きかけていた塔子だったが、不意に持っていた棒が地面に落ち、少女の方へパタリと倒れた。

 

「もちろんいいわよ!」

 

  答えは出た。少女が答えだ。

 そうと決まれば塔子の行動は早く、 塔子は少女の手を引いて諏訪湖の湖畔を歩いていく。装飾の音は嬉しそうに跳ね、手を引く少女は少し迷惑そうに笑っている。

  見た目派手な二人が歩く姿はかなり目を引くものだが、その格好が方向性は違くとも、手を出したくない類のものは確かだ。目を反らす通行人は気に留めず、軽い談笑を交えながら歩く二人の足取りは軽い。

 

「貴方遠野から来たのね」

「電車を乗り継いで九時間も掛かってしまいました」

「それは大変だったわね、それでうちの学校になんの用なのかしら?」

「不見倶楽部ってご存知でしょうか、そこの副部長さんに用があるんです」

 

  不見倶楽部⁉︎ まさかその単語を見知らぬ他人の口から聞くとは思わなかった。ただ、少女の崩れない顔は言ったことが嘘ではないことを表している。それでも気になった塔子は「本当に?」 と、念を押して聞くが、少女から帰ってきたのは肯定の言葉。

  遠く離れた遠野の地でさえ名前が届いている驚きに塔子は固まってしまったが、身体を叩く装飾に直ぐに意識を取り戻すと、電光石火で聞き返す。

 

「副部長さんに用なの⁉︎」

「ええ、ちょっとした野暮用が」

 

  そう言う少女は少し目を伏せ、その表情を塔子は伺うことができない。それからまた少しなんでもない談笑をして学校に着いた時には日は傾き切り、夕日に染まる学校が二人を出迎えてくれた。大きく抉れたように無くなっていた二階から三階にかけての壁は大分直ってきていたが、大袈裟にかけられたシートは嫌でも目を引いてしまう。

 

「あれはなんでしょう?」

「あれは前に『こちやさなえ』っていうお化けと副部長が戦った跡よ、すごいでしょう」

 

  当然の疑問を口にする少女に答える塔子の言葉は嘘ではなく本当のこと。

  これは副部長の指示で、嘘みたいなことだから本当のことを言えば誰も信じないという方針から来ており、実際に何人も塔子たちはこの方法で話を終わらせている。

  しかし、少女からは「ふぅん……」といった声が出るだけで、それ以上の質問はやって来なかった。

  あら?おかしいわね、という違和感を塔子も覚えたものの、合ってまだ少ししか経っていない相手に邪推するのも悪いとそれ以上聞くことはせずに、学校の中へと少女を案内する。

  夏休みだというのに学校の中からは誰の声も聞こえず、塔子と少女の二人の足音だけしか聞こえない。一葉高校の運動部や文化部が弱いのはこういう部分から来ている気もするが、学校を不見倶楽部が独占しているような気分になり、塔子は悪い気はしなかった。

 

「貴方は長いんですか? 不見倶楽部に入って」

 

  学校に入ってからなぜか上履きに履き替えない少女の廊下に響くヒールの固い音に合わせて少女は少し早足気味になりながら塔子に語りかける。それほど副部長に早く会いたいのか、塔子もそれに押されるように歩く速度を僅かに上げた。なぜか注意しないあたり流石塔子だ。

 

「あら全然よ、半年も経っていないわ」

「そうなんですか、副部長はどんな人です?」

「うーんそうねぇ、私から見た副部長は面白い人かしら、なんだかんだ言って優しいし私たちのことよく見てくれてるわ。私ってこんな見た目でしょう? だから敬遠されがちなんだけど、副部長にそれはないの」

「へぇ……それで、副部長さんは強いんですか?」

 

  今までの質問と違いこの問いは少しばかり強い口調で少女から発せられた。ちらりと後ろを歩く少女に塔子は視線を向けるが、そこにあるのは特に変わらぬ少女の顔。

 

「強いわ、私が会った人の中で一番よ」

 

  少女は顔を俯かせ、塔子には見えないように深い笑みを浮かべる。

  強い。それはなによりだ。

  目に強い光を灯す少女の顔に違和感を持ちながらも先を行く塔子は気が付かない。その目に宿る輝きは、夕日よりもなお赤く、遂に視界の中に現れた不見倶楽部の部室へと繋がる扉を見つめる顔は醜悪な笑顔に染まっている。

 

「そう言えば名前をまだ聞いていなかったわね、教えて貰えるかしら?」

 

  扉に手を掛け、振り向く塔子に最高の笑顔を返し、少女は笑う。何も知らない無垢な塔子の顔を馬鹿にしたように自分の名前を口にする。その少女の口の動きに合わせて夜のべったりとした嫌な熱が塔子の肌を包んだ。少女の視線は開いていく部室の中へと動き、塔子から外されると、もう興味もないように塔子に戻されることは無かった。

 

「博麗……博麗伯奇(はくれいはくき)

 

  そして、部室の扉は開かれる。

 

 




第二章が始まりました。この章では、この世界での博麗の話を掘り下げたいと思います。原作キャラも少し出ると思いますので、お楽しみに。

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